☆14話 止める、蹴る
「よし。十分休めたと思うから、いよいよボールを使った練習に入るぞ。パスの基礎練習だ」
俺はボールを持って皆のところに向かう。ここから本格的な練習だ。
「パスの基礎練習? はっ、ふざけないで。パスくらい誰でもできるわよ」
他の4人は張り切ったり、テンション上がってくれるのに宇津木だけ反応が真逆だ。こんにゃろう……
「じゃあ、ほれ」
俺はボールを、地面に這って進むように勢いよく投げる。
しかし、その速度は子供に対して容赦のないレベルのスピード。目で追うのもキツイくらいのを宇津木向けて投げた。
「ッ!」
宇津木はすぐにそれに反応するも……もちろんミス。足でなんとかボールを受けたが勢い余ってポーンと空中に浮いてしまった。
「できてないじゃないか」
「はぁ!? あんなの取れるわけないじゃない!!」
宇津木のその返しで俺はハァ……と息を吐く。
そう言うと思ったよ。やっぱりこういうところはサッカーもフットサルも変わらないな。全く同じだ。
「サッカーを始めた奴っていうのはよくドリブルやディフェンスやシュートをとにかく練習しまくる。でも、それは間違いだ。それよりも前に、基礎である『ボールを止める。ボールを蹴る』ことを身につけなきゃいけない」
「ボールを止める、蹴る……ですか?」
牧野は聞き返してきた。あまりにも当たり前のようなことが出てきて困惑してるという意味合いだな。この「ボールを止める、蹴る動作」の重要性に関しては初心者が気づきにくい。ここは1つ説明してやるか。
「そもそもテレビでサッカーの試合なんかを見ればわかるがプロなんかは長いロングパスや速いパス、さらには受けづらい体勢で貰うパスもしっかりと取ってるだろ?」
「そだねー。でもあれが?」
亜子が聞き返してくる。きっと亜子はプロの選手が難しいパスでも上手く一発で受け取っているところを記憶から探っているのだろう。目が空中を泳いでいた。
「あれは一見簡単そうに見えるが『パスを受ける』ということは難しい。いや、言い方を変えるとすればどんなパスが来ても完璧に受けられるように練習する必要があるほどに奥が深いものなんだ」
パスを受ける時にどう受けるのか? ボールの位置がどこに行くようにするか? 足の力の加減は? そういったものに一々ムラがあるのでは困る。
時に上手くパスを受けることができて、時に失敗するのではまったくその選手の信用度も違うし、次に行うプレーの安定感もまるで違う。ボールの止め方次第でプレーが1テンポ遅くなったり速くなったりすることだってあるのだ。
「じゃあどうすればいいのー?」
「今からそこを徹底的に練習する。前みたいに五角形になって隣にいる人に向かってパスをするパス回しの練習だ。そこで、できるだけ速いパスを打ってもらう。相手はそれをしっかり止める。簡単だろ?」
俺は宇津木が持っていたボールを受け取って力強く壁に向かって蹴る!
そのボールはドゴッ!と大きい音と共に跳ね返り、ほぼ同じくらいの勢いで俺に向かってくる。速度はもちろん尋常じゃない速さだ。しかし……
パシッ
気の抜けるほどに軽い音が鳴って、俺はなんともなくそのボールを止める。ボールは浮いたりせずその場でピタリと止まる。まるでボールが一時停止の命令を受けたみたいに。MAXのスピードから一気に0へと。
「目標は全員がこれくらいできるようになればいいんだが……」
その言葉に舞依達はゴクリと喉を鳴らした。今見た光景に驚いたといった風に。大丈夫。ひたすら練習を繰り返せばこれくらいできる。
この前の最初の練習の時にはこのパス回しがとにかくひどかった。受け方もバラバラ。パスの速度も遅すぎる。構え方も、ボールを受ける時の足の力加減も違う。これは教えることもできるが一番は自分で感じてほしい。
幾度となく続ける反復練習の中で自分が止めやすい足の角度や位置、力の加減を体に覚えさせるんだ。その答えは誰よりも自分が知っている。いや、自分が造り出すんだ!
「『止める、蹴る』。これはサッカーの一番の基礎にして究極と言ってもいい。これを極めることこそがサッカーを極めることの近道だ。そしてそれはフットサルにも通じることのはずだ」
それから舞依達は俺の言う通りにパス回しをする。
最初は失敗だらけ。速いパスを出せと言っているため、皆足で止めた時にボールを浮かせてしまったり、目で追えずにスルーしてしまったりしている。これは何も彼女達が下手すぎるというわけじゃない。
今では部活サッカーをしている者でもこれを疎かにする人間はいくらでもいる。色んな当たり前といったプレーを「なんとなく」で済ませているのだ。そのためサッカーに経験がある奴でも今やっている練習が案外上手くできない奴だっていたりするんだ。
プロはここが違う。プロはまず当たり前のことをとことん突き詰めて「完璧」にする。だからこそ、そこから生まれる様々なプレーが素人目でもハイレベルな物になる。
これこそが初心者の落ちる最初の穴というわけだ。だが逆に言うとこの穴を回避することで完全に初心者からは抜け出せる。
それどころか並みの部活サッカー……じゃなかった、並みの部活フットサルの選手はこの練習を意識して積んでないため……止める、蹴る動作に関しての練度ではすぐに抜くことができるだろうな。