☆13話 仲間と共にラン!
「まずは体力をつけるぞ。楽しくないかもしれんが体力がないと話にもならない。どうせ父さんはそんなこともやらせなかったんだろ?」
俺は準備体操をしている5人に向かって1つ目の練習を伝える。
「そうね。だって走るだけなんて楽しくないもの」
宇津木は手で髪をファサッと揺らして妙にお嬢様風にドヤりながら言ってくる。そんなことでドヤらんでいい。本当にレベル1から育成ってことか。
「今から外で走ってきますっ! えっと……コースは?」
「いや、外に出なくていい」
「え? じゃあ……」
舞依は陸上をしてたこともあってか走るのは外と思っているがそれは違う。
「走るのはこの体育館の中だ」
「体育館の中? まぁ走るのはどこでもいーけど」
亜子は意外そうに聞いてきた。有名なのは外での外周だろうな。よくあるものだ。
だが、サッカーとは違ってせっかく体育館という練習場所が直接に試合の場所になるんだ。そのフットサルの利点を活かさない手はない。
出来る限り体育館の中で動き、走り、考えてほしい。それに外で走ってこんな時に怪我したらそれこそ一巻の終わりだ。
「今から体育館をひたすら往復してもらう。そうだな……ちょっと長いかもしれないがフィールドの端から端まで」
「はぁ!? それってもちろん横よね?」
「いや縦だ。わかりやすく言うとそこのバスケットゴールから向こうのバスケットゴールまで」
そう言うと宇津木はアグアグと口を開閉させていた。舞依や亜子はそこまでショック受けていないところを見ると体力には自信があるんだろう。牧野は不安そうにしていた。体力に自信がない子が聞けばそりゃ不安になるわな。四井は首を傾げて何が起ころうとしているのかよくわかっていなさそうだ。
「言葉足らずで悪いが何もずっとそんな距離を走り続けろって言うんじゃない。時間は20分。その間走ってもらうんだが……疲れたら歩いてもらって構わない」
俺のこの言葉に4人は驚く(まだ四井はわかっていない)。だってそうだろう。体力をつける練習なのに休んでどうするんだという話だ。もちろん昔の俺なら休むなと言っていた。なにせ体力をつける近道は休まずひたすら走ることなのだから。
けどそんなことをしてもこの子達は嫌がるだけ。きっと3日目には辛いという感情ばかりが心に残って走り続けることになるだろう。それでは試合の中でとても辛い局面のここ一番というところで「もう少し頑張ろう」という気持ちが出にくい。
最近じゃ死ぬほど走らせれば気持ちがついてくるとか言う奴がいるが、俺はそうは思わない。厳しく、それでいて楽しく、でもやることはちゃんとやる。そういったバランスが大事なんだ。だから……
「休んでいいが……5人それぞれ休んでいい時間は5分だけ。数秒ずつ小刻みに休んでもいいし5分一気に休んでもいい。ただし累積して5分休んだらもう休めない。それが条件だ。けど、本当に辛くて倒れそうって時はさすがに休んでいいからな。というかすぐ休め。そこまで無理はさせられない。体が一番だ」
これが厳しさ。なにも好きな時に好きなだけ休むのはさすがにダメ。それでは練習が楽しくてもただ楽というだけで何も身に着かない。
大事なのは考えること。どこで休むか、どこで頑張るか。それをちゃんと考えて自分で体力を管理することが重要なんだ。それにこの「休んでいい時間」というのは徐々に短くしていくつもりだしな。
それぞれの休んだ時間を計るための5人分のストップウォッチを俺と白戸で分担する。こういう時くらい働いてもらわないと困るので白戸には多い方の3人分渡した。あと俺の分の椅子も出しておいてくれよ。なんで自分だけ座ってるんだ。
「それじゃ……始めっ!」
ピーッと事前に買っておいた笛を吹く。それが始まりの合図。もちろん四井にも改めて説明して理解してもらっている。
5人は体育館の端から走り出した!……と思ったが、
「……亜子。スタートしないのか?」
なんと亜子が1人だけ走り出していなかった。直前に足でも痛めたのか?
「いやいや。アタシすごいこと思いついちゃったんだよねー」
「なんのことだ?」
「5分しっかり休んで準備して、後の残りの15分を走りまくればいいんじゃないかって! ダメ?」
確かに、それも1つの手段だ。健康面のことや体力を管理してほしいということもあって本当は小刻みに休んでほしいが、自分がこういう条件を出したのだから何も文句はないしそれが亜子のやり方ってこと。だが、それでは終盤キツイと思うが……大丈夫か?
☆
現時点で4分経過。亜子以外は極端な動きをしている子はいない。
宇津木と牧野はどうしても無理な時に止まって数秒間だけ息を整えたりしていた。
舞依は陸上経験アリとはいえ短距離走の選手のはずだが休まずにグングン走っている。俺が来る前からドリブル練習してたみたいだし長距離もそれなりに自信があるみたいだ。
一番意外だったのは四井。なんとスピードは舞依の次に早い(まだ亜子がスタートしていないので暫定2位)。しかもまだ休んでいないぞ。体力もしっかりある。動きから運動神経も悪そうにない。むしろ良さそうだ。
偏見で悪いが四井はあまり運動が得意じゃないと思っていた。しかしこれはどうだ。いつも走ってたりするのか?
意外な収穫だったが四井はちゃんと動ける選手だということがわかった。……あ、今亜子がスタートした。もう5分経ったのか。
そうして時間が経ち……18分経過。
もう舞依と四井は走り終えている。これは休んでいい時間をある程度しっかりキープしておいたおかげだろう。残り数分、キープしていたその時間を全て使うことで疑似的な終了を迎えていた。
牧野と宇津木も終了目前。慣れないことだったと思うが途中から休む時間の間隔を掴んできて体力の管理ができていた。辛そうにしているがなんとか無事終えられそうだぞ。
だが問題は亜子だ。ノンストップで走り続けるのは大変だろう。
さらには時々自分の目の前で仲間が休んでいる様子も見させられるんだ。そして終盤になれば舞依や四井のように終わりを迎える子も。
その中で休むことも出来ず実質1人きりで走るというのは、これがまた想像以上に疲れるんだよな。
複数人で走る、仲間がいる。これだけで頑張れたりするもんだが……今の亜子にはそれがない。むしろ休んだりする子がいるというのは逆効果になる。その証拠にチラチラと他の4人の子が視界に入った時は辛そうに顔を歪ませていた。
それでもなんとかふんばって……亜子も走り終えた。よし、全員クリアできたな。
「あー! 疲れた!!」
「亜子、わかっただろ? 皆と一緒にやれないことの辛さが。サッカー……あー、えっと、フットサルもそうだが協力するスポーツで大切なのは『皆と頑張る』ことだ。精神論とバカにするかもしれないが……」
「ううん! バカにしない! だってめっちゃ大変だったし! それに最後とか……なんか寂しかったもん!」
そうだ。辛いよな。1人で走るのは。いくら仲間から声援が飛んできたって、隣で一緒に頑張ってくれる仲間がいないんだから。
もう亜子は明日から皆と一緒に走るだろう。1人が辛いってことを知ってくれたから。
「ふーん。あんたもちょっとは考えてんだね」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「変態マザロリコン」
白戸は即答した。なんだその星人みたいな名前は。
「マザロリコンってなんだ。あれか? マザコンとロリコンってことか? 矛盾してないかそれ」
「どっちか好きな方を選んでいいよ」
「アホか。どっちも嫌に決まってんだろ」
「じゃあシスコンで」
「それどこから出てきたんだよ!!」
そういえば初等部という場所は妹の凪が俺のあることないことを吹聴しているせいで俺が「妹好きのド変態」という噂が蔓延しているであろう「桜庭楓指名手配地帯」だった。
舞依あたりから聞いたんだろうな。嫌なやつに知られたな。全部凪の嘘だが。
それにしても。どうでもいいことだがこれでは「マザシスロリコン」とかいういかにも化け物みたいな名前になってしまう。いやほんとどうでもいいんだけど。