☆12話 気持ちを1つに
体育館に着いたので扉を開ける。
するともう5人は体育館の中にいた。すでに体操服にも着替えている。5人はそれぞれいつものようにフットサルのボールで遊んでいるようだった。
「あっ、楓さん!」
舞依は俺の姿を見るとすぐに駆けよってくる。舞依だけだよ。俺のことを警戒せず寄り添ってくれるのは……
「よし。全員揃ってるみたいだな。舞依、全員ここに集合させてくれ」
「はいっ!」
舞依は俺の指示を聞くとタタタッとボールで遊んでいる4人の方へ走っていった。
よしよし。気分だけでも監督らしくなってきたぞ。
「ふむふむ。では監督よ。マネージャーであるあたしのベンチを用意するのだ」
「お前は少し静かにしてろ。即刻マネージャーをクビにするぞ」
白戸がこんなことを言ってくるから気分は監督じゃなくてただのパシリだよほんと。
「あー! またかんとく来てくれた!」
「なによ。もう来ないと思ってたのに」
「くー。すやすや……」
「なゆさん、立ったまま寝ちゃダメですよ」
舞依と共に4人の少女が俺の前に並ぶ。監督という心構えで俺も前に立ったわけだ。
「まず、昨日は悪かった。謝らせてくれ。そして、今日から本格的にこのフットサル部の監督をやらせてもらう桜庭楓だ。よろしく」
もう皆は俺の名前を知ってるけどもう一回名乗っておいた。これからよろしくという意味を込めて。そして名乗り終わると皆に今置かれている状況を伝えた。
「「「「「練習試合?」」」」」
5人は声を揃えて俺が言った内容である練習試合のことを気にする。
「ああ。父さんが勝手に組んできた試合なんだがな。それが2週間後にある。つまりお前達が経験する初めてのフットサルの試合だ」
俺のこの言葉に5人の少女は様々な反応を示す。
舞依と亜子は見るからに闘志を燃やす。亜子なんか「燃えてきたぞー!」とはしゃいでいるくらいだ。牧野はオドオドとしているが少しだけワクワクといった感情が見えている。四井は相変わらず眠そうにしているが「試合?」と確かな興味を示していた。だが宇津木は……
「なんでそんなことしなきゃいけないわけ?」
1人だけ明らかに興味を持っていない。むしろ嫌そうな顔をしている。だがこれは想定内だ。この話を切り出した時、どうせこいつは俺に反論してくると思った。
「どうした? フットサル、やりたくないのか?」
「別にそんなこと言ってないわよ。けど、試合とかする必要あるのかって言ってるの。別に今みたいにワイワイやってればいいじゃない」
たしかに。それも悪いとは言わない。勝負の世界なんか切り捨てて楽しいと思ったことだけやる。いいじゃないか。それもスポーツの楽しみ方の1つだ。もちろん否定はしない。
けど、それじゃ一定のラインまでの楽しみは得られても、それ以上の楽しみなんかは得られない。
宇津木のその言葉に舞依や亜子は何か言いたそうな顔をしていたが、その前に俺が言葉をかける。
「そうか。それもいいが……もったいないな」
「は? なにがよ」
「いや。試合に勝った時のあの最高の喜びを知ることができないなんてもったいないなーと思ってな」
俺はチラリと横眼で宇津木を見ながら言葉を紡いでいく。それはまるで餌をチラつかせるように。
「なによそれ」
「できないことをできるようにして、スキルを高めて試合で試してみて、チームワークで点を取ったり相手の攻撃を止めたり。それで勝利した時の嬉しさ、楽しさは最高なんだがな」
「は、はぁ? そんなの楽しそうに思えないけど」
「それはお前が知らないからだ。知らないままだから……もったいないと言ってるんだ。あ~もったいないもったいない」
ここまで言われて宇津木はグギギ……と歯ぎしりしている。
悔しいだろうよ。なんたってそれは本当に知らないことだから。それに加えて本当は心では知りたいと思ってるはずだ。
いくら初心者で、試合に興味なさげにしたって。フットサルを少しでもかじってしまっていればその先を想像したことは必ずあるはず。
『誰かと試合するということ』を
今のこいつは例えるとサッカーボールを買ってずっと1人でリフティングばかりをしてたようなものだ。それじゃ全然楽しくないよな? いや、最初は楽しくてもどこかでもっと楽しいことを求めるようになるはずだ。
もし、このボールを複数人で追い掛け回したらどうなる?
シュートしてゴールを決めるのは気持ちいいのだろうか?
ドリブルで相手を抜く感覚はどういうものなのか?
ディフェンスは? パスは?
そういった興味をつついてやる。近くに試合があるぞ、そこでお前がやってみたかったことができるぞ、と。そして最後のダメ押しは……
「特に、前で待っている仲間にスパッと鋭いパスを出せた時は最高に気持ちいいんだがなぁ。あの時の相手が驚く様といったら…………。お前はこれを知らずにいるとは……」
「!!」
その言葉に宇津木は顔色を変える。くく……やはり反応したな。思った通りだ。
こいつは「パスを出すこと」が好きな人間だ。状況を冷静に分析して、決定打となるフィールドを斬り裂くようなキラーパスを生み出すような……司令塔─「ゲームメイカー」にピッタリのタイプ。
宇津木は昨日5人でパスを出させ合っていた練習の時に見た感じ、素人にしてはパスが妙に上手かった。蹴り方も問題なし。相手の足元に綺麗に入るパス。
こんなのは1日そこらで出来るものじゃない。恐らくだが父さんが自由にボールで遊ばせていたという1週間の間、宇津木はずっと誰かにパスを出していたんじゃないだろうか。俺はそれを昨日のパス練習で見抜き、こいつこそが司令塔に相応しいと思った。
そう、父さんが自由でボールを遊ばせていたのはなぜかというと「それぞれの長所」や「自分のやりたいこと」を伸ばしていたわけだ。
いきなり初心者に「基礎をやれ」と言っても何も面白くない。すぐ飽きる。
そう考えた父さんは自分の好きなこと、得意なことだけをやらせてそれをひたすら伸ばした。「色んなことは出来ないけど、これだけは出来るぞ」という風に。
そして俺に監督業を引き渡し、それを見極めさせ、チームとして完成させろという話だったわけだ。
「うぅ……わかったわよ。やってやるわよ! 仕方ないわね……」
くくく。ほら乗った。やっぱり気持ちいいことは知ってみたいよな? 安心しろ。俺がお前を気持ちよくさせてやるよ。
「あんたすっごいキモい顔してるけど何考えてんの?」
「うるさいぞ白戸。俺があいつを気持ちよくさせてやろうとだなぁ……」
「は? なに言ってんの? 変態こっわ……」
白戸はドン引きした顔でこっちを見ている。反論してやりたかったが冷静に考えてみるといくら「パス」のこととはいえ小学生相手に気持ちよくさせてやるとかいうセリフは犯罪臭がすごかったので黙っておいた。
「と、とりあえず! ここから2週間、練習試合に向けて練習をしていくぞ!」
「はいっ!」
「おー!」
「はいはい」
「がんばるぞー」
「よろしくお願いします!」
それぞれ返事を返してくれる。心は1つ。練習試合勝利……つまり初試合勝利。さぁここから忙しくなるぞ……!