☆1話 「フットサルって知ってるか?」
突然だが「サッカー」というスポーツを知っているだろうか?
……こんなことを聞くのはおかしいか。白と黒で色づけされたよく弾むボールを足で操り、敵陣のゴールを狙う。フィールドプレイヤーはそれぞれ11人の…………皆知っているであろうスポーツだ。
じゃあ「フットサル」は知っているだろうか?
今、「え? 同じじゃないの?」とか「ミニサッカーだよね?」とか思った人がいると思う。恥ずかしがらなくていい。俺も最初はそう思っていた。だって見た目一緒だもんな。
でも、違うんだ。サッカーにはサッカーの、フットサルにはフットサルの世界がある。
もちろんお互い似た部分があるのは否定できないが、たしかに違う部分もあるのだ。って言ってもそんなこと実際にそのスポーツをやってみないとわからないのは当然だ。
現在、高校1年生の俺は中学「まで」サッカーをしていた。サッカーに生き、楽しみ、中学の頃の俺はこのままずっとサッカーをして生きていくんだと思っていた。
じゃあ、そんな俺がなぜ高校でサッカーをやっていないのか。そしてなぜフットサルのことなんかを語っているのか。
前者の方を説明するには時間がいるが、後者の方はすぐに済む。それは……
「『かんとく』~! もう練習時間来てるよ! なにボーっとしてんのー!」
「あ、すぐ行く!!」
俺は靴を脱ぎ捨て「体育館」の中に入った。その中にいた5人の少女に駆け寄る。俺はまだ靴下のままだが5人の少女は体育館シューズを履いていた。
「よ~し! 『かんとく』も来たことだし、練習はじめよー!」
「もう。亜子はしゃぎすぎ。少し静かにできないのかしら?」
「なゆさん起きてください! 練習始まりますよ」
「ふわぁ~。もうすこしだけ……zzz」
4人の少女は俺の前に整列する(1名立ったまま寝てるけど)。
そこに5人目の少女が遅れて列に加わった。その少女は天使のような笑顔で俺に声をかけてくる。
「今日も近衛学園初等部女子『フットサル』部の指導、よろしくお願いします!!」
人生色々ある。もう一度言おう。なぜ俺がフットサルのことを語っていたのか。
それは俺が女子小学生フットサルチームの監督になっているからだ……。
舞台は2020年。これは年々高まるサッカー人気からフットサルというスポーツが注目され、今やサッカーと並ぶほどの超大人気スポーツとなった世界で、
フットサルに燃える少女達と、サッカーに燃えていた俺が織りなす物語だ。
☆
「さぁ始まりました2030年ワールドカップ決勝戦!! なんとなんと日本がまさかの大躍進! そしてそれをここまで率いたのはもちろんあの選手!」
実況のテンションと共にテレビの前の観客、実際にスタジアムで試合を見ているサポーターのテンションは高まっていく。そして俺達、選手は光溢れる世界へと入場する。
「日本代表キャプテン!! 桜庭楓だー!!!!」
わああああああああああ!! と入場する日本選手を見て歓声を上げるサポーター達。きっとテレビの前でも同じように声を上げていることだろう。
この俺、桜庭楓も自分の名前が呼ばれたことで日本中の期待、そして日の丸を背負っているんだという責任がひしひしと伝わってくる。
だが今やそんなものはプレッシャーにはなっていない。むしろ強敵である外国人選手と戦うための勇気や力の原動力となっている。
「今まで振るわない結果だった日本。しかし、桜庭選手が全てを変えました。強いスター選手が活躍する『個のサッカー』ではなく、チーム全員が協力し個を圧倒する『チームサッカー』。それを胸に決勝まで勝ち上がってきたのです!」
俺達のサッカーは1人のタレントがチームの顔となるサッカーではなく、数で勝負するサッカーだ。
どれだけ技術が優れていようと数的有利を作れば勝てる。つまり人の力が合わされば才能にも勝てるという考え。そこから生まれる完璧なチームワークは他国を圧倒した。
「楓。今日で俺たちが世界一だぜ」
「ああ大吾。いつも通りにいくぞ」
時間は経ち、試合開始前となる。コイントスで勝った方が自陣のフィールドを決め、キックオフは負けた方から。使うフィールドが決まりキックオフは俺達日本からになった。
メンバーは配置に付き自チームのフォーメーションを組み上げていく。その1つ1つが大事なピース。1つでも欠ければそれはたちまち破綻する。
相手チームはずっと黙っているが俺達はチームメイト同士で軽い会話をして心を落ち着ける。
こういう時はとにかく固くなり過ぎないことが重要。試合開始直後というのは力み過ぎてしまう。本調子をすぐに取り戻すことが試合序盤で選手達に求められることだ。
だからこそ俺たちはこの試合の空気に流されない。こうやっていつもの練習風景を思い出すんだ。
そして審判が笛を鳴らす。試合が……始まる!
「さぁ、試合開始だ!!」
トップ下─FWのすぐ後ろの位置から、前にいる選手がボールを蹴りだす瞬間を見て、俺は……
ドテッ!!
「痛っ!……ん、んあ?」
俺はむくっと起き上がる。体には布団、尻には固い感触。……んん? え? 試合は?
「あ、あれ? 大吾ー? みんなー? ワールドカップはー???」
寝ぼけた頭はまだワールドカップのあの景色を描き出す。しかし徐々に覚醒していく目はいつもと変わらず俺の部屋を映し出していった。どうやら俺はベッドから落ちたみたいだ。
「……アホか俺。なんて夢を見てんだよ」
フラフラと立ち上がり、机の横に立てかけられていた無数のトロフィーやメダルを見る。
それは全てサッカー関係の物で俺の名前である「桜庭 楓」という名前が彫られていた。でも……
「俺はもうサッカー辞めたんだろ……」
飾られているそれらを見えないところに片づける。こんなのがあるからまだあんな夢を見るんだ。起床一番にそんなことをしているとドアの向こうから声をかけられる。
『おにぃ、大きい音したけど大丈夫? 早く起きてこないと遅刻するよ』
「あ~すぐ行くって。……え?」
俺は近くに置いてある目覚まし時計を確認する。鳴るよう設定していたのは7時。
今は8時だ。学校が始まるのは8時半。移動に自転車を使っているのだがそれでも15分はかかる。おいおい…………これ、寝坊してる!
『私、先行くから。じゃ、行ってきま~す』
「おう。行ってらっしゃい。って、俺もこうしてる場合じゃない」
すぐに制服であるブレザーを引っ張りだしてネクタイを締める。カバンの中に教科書と筆箱を詰め込んでいく。
「よし。後は……」
俺は机の近くにあったとある袋を取ろうとしてピタッと止まった。その袋の中にはサッカーシューズつまり……スパイクが入っていた。
「まだ寝ぼけてんのか俺は。もうやってないんだって」
その袋を取らず、学校カバンだけ手に持って自室を出た。ドアがパタンと閉まり部屋には誰もいなくなる。その部屋はサッカー用具に溢れており、そのほとんどが埃をかぶっていた。
☆
「ごめん母さん、朝ごはんある?」
リビングの扉を開いて突撃気味に家族が食事に使っているリビングのテーブルに座る。キッチンにはまだエプロン姿の女性─母の「桜庭 小春」がいた。
「あ、かー君おはよう。はい、朝ごはん」
「もういい加減その名前で呼ぶのやめてくれって。それ幼稚園の時くらいに生まれたやつだろ」
母さんは机の上にサラダや目玉焼きが乗った皿、味噌汁、白ご飯と朝ごはんオールスターを並べていく。
ちなみにさっきの「かー君」とかいう呼び名は幼稚園の時に母さんが俺につけたあだ名みたいなものだ。困るのはそれからずっと高校生になってもそう呼んでくること。
こっちはそれから幼稚園、小学校、中学校と卒業を3回も経験してるんだから母さんはそろそろその呼び名から一度くらいは卒業してくれ。
「父さんは?」
「もう出たよ。ほら、最近教師に加えて監督もやってるから忙しいし」
「あー。なんか小学校の部活受け持ってるんだって? 最近の小学生にもそういうのあるんだな」
父さんも俺と同じサッカー経験者だ。どうせサッカー部の監督でもやってるんだろうな。朝から大変なことだ。そういう俺もゆっくりはしていられないんだが。
用意された朝ごはんをカバンに教科書を入れるがごとく口に詰め込んでいく。ありがたいことではあるが急いでいる時にこんなちゃんとした朝ごはんが出るとは思ってなかったから食べる速度を上げなければ本当に遅刻してしまう。
「はい、お弁当置いておくね。いっぱい食べてサッカー頑張ろー!」
「弁当は確かにいるけど……俺もうサッカーやってないっての」
「あれ? そうだっけ。まぁお弁当は大盛りの方がいいでしょ?」
いつもこれ言ってるのに母さんはすぐ忘れる。無理もない。なんたって小学校から中学校の最後まで、休日にある練習の日はずっと弁当作らせてたんだから。サッカーの練習or試合=弁当大盛と考えるようになっても仕方のないことだ。
なんとか朝ごはんを速攻で食べ終えて食器を重ねて置いておく。
「じゃあ、行ってくる!」
「は~い。行ってらっしゃい」
靴を履いて玄関の扉を開けて走りだす。今は4月。春らしくポカポカしたり、涼しい風が吹いたりでとても過ごしやすい世界が俺を迎えてくれる。
「急がないと……って、自転車パンクしてるし! 昨日どこかぶつけたか?」
家の横に置いてある自転車に乗ろうとしたがすぐにそれを諦める。理由は後輪のパンク。どうやら帰り道の気づかないとこでやっちゃったんだろう。なんでよりによって今日なんだ!
自転車がダメとなると自分の足で走り出す。
母さんに車を出してもらうという選択肢もある。が、以前にそれをお願いしたら校門の前で停めてひらすら「行ってらっしゃい」やら「~は忘れてない?」やらを繰り返された。生徒達の前でな。もうあんな拷問を二度とこの世界に顕現させてはならん。信じられるのは己の足だけだ。
俺が通っているのは東京の地に建つ小中高一貫、俗に言う「エスカレーター式」である学校─「近衛学園」の高等部だ。
とは言うが、俺自身は転入してこの学園に入ったから初等部、中等部のことはよく知らない。
あ、でも妹はここの初等部にいるし、俺の父さんは初等部の教師をやっている。まぁ高等部以外で知ってることはそれくらいか。
時間はあと10分。学園の姿はまだ見えない。絶望的ではあるが遅刻の度合いによってセーフということもある。5分くらい遅刻からの情状酌量を狙ってみよう。それしか道はない。
桜の木が立ち並ぶ道に入る。これは学園までもう少しの合図。そのせいで変な余裕ができたのか。自分以外にも意識が向いた。
前の方から、体操服姿の小さい女の子がこちら側の方向に向かって走ってきているのだ。
長い髪を後ろに束ねているのか、走る度に後ろの方で小さい尻尾がピョンピョンと跳ねているようで可愛い。
普段からよく走っているのか短パンから見えた脚はしっかりと引き締まっているが、それでいて小学生らしい柔らかさも見える。まるで美術品のようだ。
体躯はもちろん小さいが走る姿からは確かなエネルギーを感じる。羽を捨てた天使が地を走っているよう……。
大げさかもしれないが見たものはそれほどの表現をいとも簡単に脳裏によぎらせるほどに……その子は可愛かった。別に俺はロリなんちゃらという偏った趣味など持ち合わせていないのだが普通に可愛いと思ってしまったほどに。
ただいくらそんな子だろうと別に走っているだけでは意識なんて向くわけもない。
ではなぜ、俺がその女の子に注目してしまったのか。
それは……足元に「ボール」があったから。女の子はボールを蹴りながら走っているのだ。
ただ、その……ボール捌きというのか。蹴り方で一発でわかる。
「下手」だ。
力も強すぎ。無駄が多すぎてボールをうまくコントロールできていない。ドリブルというよりもあっちに行ったりこっちに行ったりするボールを必死で追っているように見える。
(サッカーでもやってんのかね。にしてはなんかボールがちょっとだけ小さいように見えるけど、って、うわっ!)
女の子がミスキックでボールを勢いよく前へと宙に浮かせて飛ばしてしまう。
その進行方向には俺。一瞬遅れて俺の存在に気付いた女の子は「しまった」という顔になる。
だが、俺は体が覚えてしまっているのか。思わずそのボールを胸で綺麗にトラップして受け止めた。
(ん? これサッカーボールじゃ……ない? 微妙だけど、なんか感触が……)
俺は受け止めたボールを手に取ってジーッと眺めて疑問の解消を行っていた。するとさっきの女の子が目の前まで駆け寄ってくる。
「す、すみません!! 大丈夫ですか!?」
「え? ああ、大丈夫だ」
俺はボールを女の子に返してやる。それを受け取ると女の子は「申し訳ない」と思っている目から今度は「尊敬」という目に変わった。
「あの……あなたもフットサルをやってるんですか?」
「フットサル? いや、サッカーをやって…………やってた」
ちゃんと過去形にして少女に答える。その子の質問でわかったが……これ、フットサルのボールだったんだな。どうりで小さいし感触も微妙にサッカーボールと違うと思ったんだ。
「そうだったんですか! すごいです!!」
「すごいのは君の方だろ。まだ小さいのにこんな朝から頑張ってるし。それにフットサルやってるのか? 最近は小さい女の子でも走るだけじゃなくてスポーツもバリバリやってるんだな……」
自分も子供の頃はスポーツ一筋だったからこういう子を見ると感動っていうわけじゃないが嬉しい気持ちになる。こう……「頑張れ!」っていうのかな。
それに最近は「フットサル」というスポーツがとても人気になっている。サッカーの熱がそっちにも伝播したのか、また一味違うサッカーというような見方をされているのだ。
テレビでもフットサルの色んな大会の放送も大きくやってるくらい。各学校にも部の存在が最早当たり前になっているらしい。俺はサッカーしか知らないからそこらへんは詳しくないんだがな。
「えへへ。せっかくの脚ですから。ただ走るだけじゃ勿体ないです。蹴ったりするのはとっても楽しいですから」
「へぇ……」
なんか面白い言葉だな。走るだけじゃ勿体ない……か。って、今はこうしてる場合じゃないんだった!
「あ、ごめん。今、急いでるんだ。それじゃあ」
「私もそろそろ帰らないといけなかったところです。それでは」
今が絶賛遅刻中だということを忘れていた。すぐに向かわねば!!
女子小学生のフットサルを書くことになりました。はい。さすがに1話だけじゃこれどういう話なんだよってなりますから3話まで投稿しました。
ラブコメもしっかり書きますが、試合の方にけっこう力入れてますので割とガッツリ試合シーンがバトルっぽくなってるかもです。いや、超次元サッカーの必殺技とかは出ませんが。
諸々ルールブック仕込みなところあるので書いてるルールに不備がありましたらマジですみません。
とりあえず鉄骨振ったり、ゴールずらしたり、ゴールネット突き破ったりなんかはしませんが基本真面目に、時に「不思議な能力」要素が出ることがある女子小学生フットサルバトルと思っててください。
……なんでロリなのかはツッコまないでください。この作品の一番大事なところです。