#09.神さま、勇者と賢者と話す
「勇者~! っていうのはねえ~! 弱い者を守る、すっごい仕事なのよ~!」
だん、とジョッキをテーブルに叩きつけて、アリアは言う。
「飲み過ぎですわよ。アリア。ほら、美少女が台無し」
エールの泡が口許について、ヒゲみたいになっている。それをエレノーラが布で拭いてやっている。
冒険者ギルドを出た後、「酒場」という場所に入った。
神さまは串焼きが食べたかったのだが、この店で出てきた「はんばーぐ」というものに夢中になった。
おかわりをした。もう三度目だ。
アリアとエレノーラの二人は、食べるというよりも、むしろ飲んでいた。
アリアは泡が出て、しゅわしゅわとする金色の飲み物。エレノーラは果実を発酵させた血の色の飲み物。
美味しそうに飲んでいるので、神さまも飲みたくなり、「よこせ」と言ったのだが、「子供にお酒はだめ」と言われてしまった。
神さまのところには、水しか置かれていない。ずるい。
「その〝弱い者を守る〟というのが、わからないのだが? 勇者とは、なんだ?」
神さまはそう聞いた。
アリアとエレノーラの二人が、「勇者」と「賢者」という職であることは聞いていた。
スキルシステムと同じく、職システムも、神さまが作ったものだった。一時期ハマって、すんげー細かいツリー構造を構築した覚えがある。
何千何万何億もの世界で、まったく異なる職ツリーを構築したが――。
……はて? 「勇者」と「賢者」などといった職を作った世界はあっただろうか?
生物脳の限界があるので、全部の記憶は持ってきていないが……。
どうもその二つは、この世界において特殊な職のようである。
そんな特別なものであれば、記憶の片隅に残っていても、おかしくはないのだが……。
「勇者――っていうのはね、神に選ばれた職なわけ」
「選んでないぞ」
「弱き者を守るために立ちあがる! それが勇者!」
「だからなぜ弱い者を守る?」
「絶望しても挫けない! それこそが勇者!」
「絶望したら、それはすでに挫けているのではないのか?」
エレノーラが肩をすくめて首を横に振る。
「もう、酔っ払いになにを言っても無駄よ」
「勇者という職は、ひとまず置いておいて……。なぜ弱い者を守らねばならないのだ?」
「それは難しい問題ね……」
エレノーラは上品な仕草で、頬に手をあてた。
「レオ君の出身は、戦闘民族だったのよね? じゃあ難しいのかも……」
べつに戦闘民族ではないのだが。
「強き者は生き、弱き者が死ぬのは、それはあたりまえのことではないのか?」
「でも人間は生まれた時は、とっても弱い赤ちゃんよ? 弱かったら死ぬのが当然なら、赤ちゃんは全員、死んで当然になってしまうわ。そうしたら人間、滅びちゃうわよ?」
「む?」
そういえば……。そうだな?
魔獣の一部を除き、通常の生物は、発生時には弱く小さい。
少ない個体を親が守るか、大量に卵を産んで生き残る確率にかけるか、生物にはおもに二つの戦略がある。
べつに神さまがそのようにデザインしたわけではなく、適者生存で、だいたいどこの世界も似たり寄ったりになっている。
神さまが直接命じたことは、たったひとつだけ――。
〝スタンド・アンド・ファイト。――勝ったら食ってよし〟
「あと動物はともかく、人間は、強くはなくても、皆の役に立つ技能を持っている人もいるわよね? 武器や防具を作るのが上手な人だったり、料理が上手な人だったり、歌が上手な人だったり」
「武器防具の製作をする人間はともかく、ほかはなんの役に立つのだ?」
人間は武器と防具を使う。それは強さと関係がある。そこは理解した。
だが料理とは? 歌とは?
「レオ君が、おいしいって言って食べてるハンバーグ。――料理人が作ったものよ?」
はっ、――と。
神さまは、はんばーぐを見た。
なんと!
これを作ったのは弱き者か!
「歌というのも、ハンバーグのように美味いのか?」
「もー、レオ君! かわいー!」
膝の上に抱え上げられて、ぎゅーっとやられる。のっしと、頭のうえに重たい物体が載せられる。
エレノーラの膝の上に座らされると、ちょうどよい高さになった。
テーブルが高すぎて、あるいは椅子が低すぎて、さっきから、はんばーぐが食べにくくて困っていたのだ。
「弱い人も、まわりまわって強い人の役に立っているわね。だから強い人は、自分だけが良ければいいってしないで、戦えない弱い人のために戦わなければならないの」
「そ……、そうだったんだ……」
アリアが感心したように言う。
「いや、あたしは……、勇者っていうのは、正義の味方だから、みんなのかわりに戦わなくちゃならないんだ! ……って」
「それでだいたい間違っていないわよ」
エレノーラはアリアに微笑みかける。
「正義とは?」
「また難しい問題ね。レオ君は哲学がお好き? 正義って人によって違うものだから……。戦争が起きてしまうのだけど」
「争いか? それはまずいことなのか?」
神さまには、さっぱりわからなかった。
強い存在を生むために世界を作っているのだから、争いは必須のものだ。
野生の動物なんて、毎日が闘争の連続だ。争いなくしては、毎日の〝ごはん〟にもありつけない。
「神様は、おっしゃっているの。――汝、友を愛せよ。家族を愛せよ。隣人と仲間を愛せよ。――と」
「いや言ってないぞ? 神は、〝立て、戦え。――勝ったら食ってよし」〟としか言っていないのではないか?」
「それは古の邪神の教えね」
「邪神!?」
邪神と言われて、神様はショックを受けた。
「至高なるエルマー神は、慈愛で世界を包まれているわ」
ああ……。あいつか。
天界において唯一絶対の存在である神さまに、小言を言える唯一の存在が、女神エルマリアだった。
世界を作ったまま放置することの多い神さまと違って、しょっちゅう干渉している。人間に興味を持って、たまには人間界に降りてゆき、人間となって八〇年ばかりの〝生〟を楽しんでいたりする。
神さまが人間界に降りて受肉するにあたり、手伝いもしてくれた。
あいつであれば、皆で力を合わせろだの、弱き者を強者が守れだの、妙なことを言いだしてもおかしくはない。
「人間の世界は、妙なふうにこんがらがっているのだな」
「なによ、レオ。なっまいきー」
ほっぺを、ぷにぷにと指先で押された。
だがアリアの好きにさせておいた。
神さまは、はんばーぐを食べるのに忙しい。