#08.神さま、試験される
受付から中庭のほうに連れて行かれる。
「レオーっ! がんばってねー!」
「ここで待ってますから」
アリアとエレノーラの二人が、ひらひらと手を振ってくる。
また変な踊りをやっている。その仕草にどういう意味があるのか、
神さまはこの肉体に受肉するとき、適当に、人間の言語だのといった最低限の「知識」については、生物脳に入れておいた。だが人間の習慣や風習といった情報については「無駄」と判断して持ってこなかった。
生物脳の情報キャパはおそろしく低く、断捨離しないことには、はじまらないのだ。
そのせいで、わからないことがいくつか出てきている。
「お金」というものもこの脳には入っていなかったし、いまの指先だけを振る「ひらひら」の意味だってそうだ。
細かいことなので、神さまは気にしない。
建物の内側には、空の見える空間があった。
「おい。実技の試験だ!」
ギルドマスターは、中庭で鍛錬をしていた男に言う。上半身裸の男は、年は取っているが、まだ衰えを見せない体をしていた。ただし片足は膝から下が木の棒になっている。
「それと……?」
ギルドマスターは、神さまを見た。
「魔法は使えるのか?」
「うむ」
神さまは、うなずいた。
そっちの知識も〝適当〟に持ってきたもののなかに含まれている。
「マジかよ……」
ギルドマスターは、ごくりと、唾を飲みこんだ。
こりゃ……、ひょっとしたら、本当に拾いものなのかも……?
「魔法のほうも試験するぞ! ――スクロール室から呼んでこい!」
試験官が二名、やってきた。
片方は筋骨逞しい壮年の男。もう片方は、ひょろひょろに痩せている男。
それぞれ、武技担当、魔法担当だ。
――と、そこで、ホールのほうから騒ぎが聞こえてきた。
乱闘でもやっているような音だ。
ギルドマスターは顔をしかめた。
まーたなにか、あの火の玉娘が、トラブルを起こしたに違いない。
くるたびに必ずトラブルを起こしてゆくのだ。
胸を見ていた目つきが嫌らしい、とか因縁をつけて、格下をボコるのだ。
そりゃまあ、あれだけの別嬪なのだから、柄の悪い連中は頭の中で裸ぐらいにはしているだろうが――。いい加減に慣れろ。
「俺はあっちに行ってる! ちゃんと試験をしておけよ!」
そう言い残して、ギルドマスターは立ち去った。
「どのくらい剣を使えるのか見るぜ」
武技担当の試験官のほうが、前に出て、そう言った。……が、そこで不審な顔になる。
「おまえ、剣は?」
「剣?」
神さまは、小首を傾げた。
「なんだ。剣も持ってないのか。……そこに練習用の剣がある。好きなのを使え」
神さまは樽の中を覗いた。金属製の武器がいくつか入っている。
どれが剣だ? ――と考える。
剣:刃のついた手持ち武器。
――と脳内の知識にあったので、それっぽいものを選んだ。
剣を持ちあげると、よろけた。
筋力が足りないのではなく、単に重心バランスの問題だ。
「あっはっは! 自分を斬るなよ!」
男が言う。
だがそもそも、錆だらけの剣は、刃の部分が完全に潰れてしまったなまくらで、ちょっと「斬る」という行為には使えそうにない。
どうも重心バランスが保てない。ふらふらとしてしまう。
なので神さまは、「スキル」を取得することにした。
「スキル」というのは、神さまが世界に設定したシステムだ。高度な技術を自動的に使えるようにするものである。
これがある世界と、ない世界とでは、生物の強さが段違いとなる。
神さまは世界を作るときには、およそ半数以上の世界で、この「スキル」を採用していた。
この世界も、スキルシステムの存在する世界である。
スキルポイントは、レベルアップ、その他の手段で手に入る。
そして神さまは、けっこうなスキルポイントを手に入れていた。この世界に受肉したときにはLv1だったが、ワイバーンを倒した経験値によってレベルがだいぶあがっている。
スキルポイントを割り振ってみた。
剣術スキルを、適当に「10」くらいに上げてみる。
「……お?」
試験官が声をあげた。
剣の重さにふらついていた神さまの動きが、ぴたりと定まったからだ。
「ちょっと、おまえ……、振ってみろ」
試験官が言う。
構えでさえない自然体の立ちかたに、試験官はなにかを感じていた。
神さまは、無造作に振った。
ぶん。――と。
「……あ?」
試験官が、ぽかんとする。
神さまの手の中には、柄の部分しか残っていなかった。
あまりにも速く振ったために、刀身は空気との摩擦で燃え尽きて消えてしまった。
試験官は目を擦った。先端はどこへすっぽ抜けてしまったのだろうか。
「どうも……折れてたみたいだな。他を使ってみろ」
神さまは別な剣を取り出して、振った。
同じになった。
神さまの手の中に、柄だけが残る。
「……またか?」
また別な剣を取って、振った。
もう一本取って、また振った。
とげとげ鉄球のついた棍棒を取り出した。
もう剣でさえない。モーニングスターという。
振った。柄だけが残った。
「……待て」
このままだと、全部、柄だけとなってしまう。
試験官は止めた。
剣のテストをするはずが、剣がない。
なくなってしまった。――いや。ぜんぶ不良品で壊れていただけだろう。そのはずだ。
「じゃ……、じゃあ……。素手でやってみるか?」
試験官は言った。
神さまは構えを取った。
まるで素人の構えだった。
「ようし……、どこにでもいいから、一発、打ってこい」
その構えを見て安心した試験官は、鍛え上げた腹筋をさらして、そう言った。
神さまは「格闘」のスキルレベルを「10」にあげた。
構えが変わる。試験官の顔色も変わった。
「ちょ……、ちょっと待て……」
神さまがパンチを打とうとしたところで、試験官が止めた。
「か、かまえを見れば……、わ、わかる! 待て打つなあぁ! 合格! おまえは合格にするっ!」
全身にびっしりと脂汗を浮かべ、試験官は宣言した。
神さまは構えをといた。
パンチを打てと言ってみたり、打つなと言ってみたり。
よくわからない相手だった。
まあ合格というなら、それで構わないのだが。
「おや? もう終わったのですか?」
魔導書を読んでいたもうひとりの試験官が、顔を上げた。
脂汗をだらだらと流す武技担当試験官と、神さまを見て、不審そうな顔をする。
「では魔法の試験のほうから。まず魔力を測定します」
試験官は、真っ黒な水晶の玉を箱から取り出した。
「この魔力球に手をあてて、魔力を込めてみてください」
「ふむ」
台の上に置かれた魔力球に、手を伸ばす。ぎりぎり手が届いた。
「魔力、とやらをこめればいいのか?」
「ええ」
魔法も魔力も、神さまは使ったことはないが、適当にやってみた。
技も技術もなにもなく、純粋な魔力を、ずどんと出した。
ぱんっ。
「……は?」
破裂した魔力球を、試験官はぽかんと見ていた。台座のまわりに破片が散乱している。
「……ええと?」
「これは、どういう結果になるんだ?」
神さまは聞いた。
「え……、ええと……、ですね……。いやだな。壊れてたんですかね……?」
壊れていたというよりも、壊れた、という感じだったが……。
試験官の脳は、現実の認識を拒んでいた。
「困りましたね……。ま、まあ、計測はできなくても、じ、実技をしましょう」
試験官は的を運んできた。
体力がないので、ひいひい言いながら運んできて、中庭の中央に設置する。
一〇メートルほどの距離に的を設置して、神さまのところに戻ってくる。
「あの的をですね。どんな魔法でもいいので、破壊して――」
「ふむ」
神さまは、魔法を放った。
「……え?」
試験官は振り向いた。
だが的がない。
たしかに置いたはずの的が消えている。
「あれ? ……置き忘れたかな?」
試験官は薄ら笑いを浮かべていた。
たしかに置いたはずなのに、その的が消えている。
それはどういうことなのかというと――。常識的に考えて、結論は――。
うっかり置き忘れたに違いない。……そのはず。
「もう一回、的を持ってきます」
同僚が、首を横に振っている。
武技試験官が、首を横に振って、「よせ、やめとけ」的なサインをしきりに送ってくる。
試験官は、やめることにした。
「え、ええと……、では……! 空に! 魔法を空に向けて撃ってください!」
「うむ」
神さまは、魔法を空に向けて撃った。
魔力の収束から、形成、そして解放――。
それは「ファイアボール」の魔法だった。
0.01秒もかからずに、超高速で駆け抜けていったファイアボールは、試験官には見えなかった。
試験官にわかったのは、いま魔法がたしかに発動したということ。
そして空を覆っていた雲に、丸い穴が開いているということ。
――その二つだけだった。
「ご……、合格……です」
試験官は、ようようのことで、そう言った。
◇
「あー、結果を発表する」
試験官たちからの書類をギルドマスターはめくっていった。
「……なんだこりゃ?」
備考欄に、「死ななくてよかった」「おうちかえりたい」「合格でかんべんしてください」「的が消えました」などと書いてある。
いちおう、合格、不合格の欄には、「合格」のほうに印がついているのだが……。
あいつら、真面目にやれ。あとで大目玉だな。
「合格だ。Fランクだ」
「ちょ――! なんでFランクなのよ! おかしいでしょ! ありえないでしょ! 再試験を要求するわ! なんか不正でも行われてるんじゃないの!?」
「こんな子供を合格させて、不正を疑われるのは、むしろこっちだ。とりあえず合格なんだから文句はないだろ」
ギルドマスターは冒険者カードを出してくる。
だがアリアはカードを受け取らずに睨みかえすばかり。
二人の間で、神さまは、手を上にあげてジャンプを繰り返していた。冒険者カードに、もうちょっとで手が届かない。
エレノーラが微笑んで、神さまを抱きかかえた。
カードを、はっし、とつかまえた。
「これが俺の冒険者カードか」
神さまは、〝自分の物〟というものを、これまで持ったことがなかった。
ぶっちゃけすべての次元とすべての世界が神さまの物であった。すべてを持っているということは、なにも持っていないのと、じつは等しい。
串焼きと、ポッケにしまっている大金貨と、この冒険者カードは、この世界に降り立って、神さまが持ったはじめての物だった。
ちょっと嬉しい。
「まぁ……。レオがいいなら、いいんだけど……」
毒気を抜かれたアリアは、そう言った。