#07.神さま、冒険者カードを申請する
一度は抜け出してきた冒険者ギルドに、もういちど戻ることになった。
冒険者ギルドを訪れた目的は二つあった。
一つ目は、魔石の買い取りと、それとアリアとエレノーラが二人で達成していた討伐依頼とやらの報告だ。
もともと二人が受けていたのは、オークの討伐だった。
新しく作られたオークの集落を襲撃して、依頼を完遂させたあと、帰り道のアクシデントでワイバーンに襲われていたのた
ワイバーンの討伐の大騒ぎで、すっかり霞んでしまっていたが、そちらの報告もさっき終わっている。
そしてもう一つの目的は――。
「冒険者とやらには、どうすればなれる?」
さっきと同じ受付嬢に、神さまは話しかけてみた。
後ろにはアリアとエレノーラも保護者の顔で立っている。神さまは気にしていないが、二人のほうはすっかり保護者のつもりだった。
「ええっと……。本来でしたら、ちょお~っと年齢が足りない感じなんですがぁ……」
受付嬢は、カウンターからようやく頭の先が出る程度の神さまを見て、困った笑顔を浮かべた。
後ろに立つ、アリアとエレノーラに目を向ける。
「ですけど……。勇者様と賢者様からの、せっかくのご推薦ですので……。ええと……?」
「この子。すっごいんだから。冒険者にしておかないと。絶対。損なんだから」
ふんす、と、鼻息も荒く、アリアが言う。
「十年……、いいえ、百年に一人の逸材ですわよ」
エレノーラも、上品に口添えをする。
ギルドでも上位のBランク冒険者の二人――しかも〝勇者〟と〝賢者〟の二人の言葉を、受付嬢は無視できず……。
「ギルド長……、呼んできまあぁぁす……」
「このボウズがねえ?」
現れたのは、年齢を経た人間の男だった。
頭に毛がない。
神さまは、そのつるつるした頭が不思議で――。ぺちぺちと叩いてみたくて、手を伸ばしてみたのだが……。背丈がぜんぜん足りない。カウンターから身を伸ばしても、まるで届かない。
「そうよ! すっごく、強いんだから!」
「ええ。保証しますわ」
「Bランク! ――いえ! Aランクに登録して」
「アリア嬢ちゃん。いくらなんでもそら無理だ」
「なんでよ? だってこの子、ワイバーンをワンパ――むぐっ」
アリアはエレノーラに口を押さえられている。
「この子が一人で戦っているところを、わたくしたちも見ています。実力は保証します。――それどころか、この子を所属させないと、ギルドの大きな損失になりますわよ?」
「そこまでか」
ギルドマスターは品定めをするように神さまを見る。
神さまは背伸びして、手を伸ばしていた。
「なに? どうしたいの? レオは?」
アリアが神さまを抱き上げてくれた。
ようやく手が届くようになったので、神さまは、ぺちぺちと、ギルドマスターのつるつる頭の感触を堪能した。
「……単なる悪ガキにしか見えんが?」
「いいから冒険者カードを発行しなさいよ」
アリアが噛みつく。
「このさいBランクでもいいから」
「嬢ちゃんたちの口利きだ。年齢制限には目をつぶってやるとしても、試験は受けてもらわんとな……」
「そんなのパスさせなさいよ」
「いやあ……。まわりの目もあるしな」
ギルドマスターはアリアに言った。
ホール中の冒険者が、じっと注目している。
勇者と賢者、二人の功績はギルドマスターも認めるところだが……。
せめて密室で相談してくれれば、融通を利かせてやることもできたのだが……。窓口で衆人環視でやられてしまっては、どうにもならない。
可愛いばかりで機転の利かない受付嬢と、実直すぎて腹芸というものがまったくできない若き勇者に、心の中でため息をついた。
だが賢者のほうは、若いが老獪だと思っていたのだが……?
「その試験とやらを受ければ、それが手に入るのか? 串焼きが食えるのか?」
アリアの胸元で揺れている「冒険者カード」を指し示して、神さまは言う。
冒険者カードがなければ街にも入れない、と聞いて、なぜかは知らないがそういうものかと、神さまは納得している。
「おお? ボウズ、やる気か? おお、冒険者になりゃ、毎日、串焼きぐらい、好きなだけ食えるぜ?」
ギルドマスターが、がっはは、と笑う。
その言葉に、冒険者のうちの二割くらいが、ふいっと気まずそうに目を外した。
冒険者でも、アリアたちのような高ランクはともかくとして、底辺のほうは、その日の食い扶持にも困る有様である。
Fランク冒険者は、ギルドホールに張り出される依頼のうちの、「薬草採集」だの「害獣駆除」だのを必死になってこなしている。
その種の依頼は、危険度こそは低いが、報酬は低い。一日、必死に取り組んで、得られる報酬は、その人の食事代と宿泊代とが、ギリギリ払える程度であった。
文字通り、その日暮らしだ。
ほかにも、「荷運び」「掃除」などの依頼もあるが、その手の仕事は、もはや、冒険者がやる仕事でさえない。
「どうする? レオ? 他のギルド、行く?」
抱っこしていた神さまを下ろして、アリアが聞く。
「おいおい……」
ギルドマスターが慌てた顔になる。
冒険者ギルドは一定以上の大きさの街にはどこにでもある。ギルドカードは共通で、冒険者にとってはどこのギルドでもサービスは同じだ。
しかしギルド的には、それぞれのギルドの思惑がある。ギルドとしての〝貢献度〟は、所属している冒険者の達成依頼の質と量とによって決まるからだ。
Bランクの二人が所属していることで、ここ最近の達成度はうなぎ昇りである。
なにしろこの二人は、装備と人員に充実した熟練Cランクパーティが、ようやく受けてくれるような、高難易度の討伐依頼を次々と達成してくれる。
オークの群れを「経験値稼ぎ」と称して、鼻歌交じりで、たった二人で片付けてくる。そんな「怪物」なのだった。
そして今日も、偶然、遭遇したAランクモンスターも血祭りにあげてきた。
実力的にはすでにAランクの力があるに違いない。
「ここでいい。その〝試験〟とやらを、はやく受けさせろ」
その二人の連れてきた男の子は、そう言った。
妙にふてぶてしく、胆力がある。――ということだけはわかるが、それ以上のことは、ギルドマスターにはわからない。
やはり試験を受けさせてみなくては。。
「試験に立ち会わせてもらうわよ」
「試験官が萎縮する。勘弁してくれ」
Bランク冒険者にいられては、試験官のほうが圧迫面接状態となってしまう。試験官というのは引退した冒険者がやるもので、このギルドの場合、元のランクはせいぜいCランクだ。
王都のギルドにでもいけば、元Aランク冒険者がギルド職員をやっていることもあるが……。
神さまは、試験を受けることになった。