#06.神さま、冒険者ギルドに向かう
「金というものは、どうすれば手に入るのだ?」
指をぺろぺろと舐めながら、神さまはそう聞いた。
だいぶ経ってからの質問だった。
何本もの串焼きを三人で分けた。アリアが二本で、エレノーラが一本。
残りは全部、神さまが夢中で食べた。
はじめての〝食事〟は、鮮烈だった。
生物は有機物を摂取し、消化吸収する必要がある。――ということは知っていたが、実際の「食べる」という行為には、神さまをしばらく夢中にさせるだけのなにかがあった。
そういえば、そんなふうに設計していたのだった。
生存のため、繁栄のため、そして進化のため。食事が快楽となるように生物は作ってある。
「普通の街の人は……。ええと? 働くんだっけ?」
「貴女も大概ですわねえ」
ほっぺたに手を当てて、エレノーラがアリアを不憫そうに見る。
「うるさい! あたしは小さな頃から王宮で訓練を受けていたの! 装備はみんな支給されてたの!」
「けど、お金を得るために、働くのは、あんまりお勧めできませんわよ? 市井の方々のお給金って、知ってます?」
「だから、よく知らないって」
「大銀貨三枚ぐらいですから」
「え? それ、一日で?」
「……一ヶ月です。三万ナールあれば、家族四人が、なんとか一ヶ月、食べていけます」
エレノーラのじっとりとした目が、アリアに向けられる。
「レオには! 冒険者を薦めるわっ!」
アリアは話題を大声で変えると、背中をばしんと叩いてきた。
痛いぞ。
「冒険者……とは?」
「冒険者っていうのは、冒険する人のことね。あたしたちみたいな」
「魔物を倒したりするのよ。薬草や素材の採集やら、害虫の駆除やら、護衛などもありますけれど」
「あたしたちは、討伐オンリーよね。強くならなきゃいけないし。――レオだって、あんなに強いんだから、絶対、冒険者になるべきよ! 武者修行にいいわよ!」
武者修行は関係ないのだが。
だが強い魔物とやらには興味があった。
「ふむ……。その冒険者とやらになるには、どうしたらよい?」
「これから行くわよ。冒険者ギルドに。ワイバーンの魔石を換金しなけりゃならないし」
そういえば、ワイバーンの残骸から、なにかを回収していたな。
魔石といっていた。
ふむ。……あれが金になるのか。
「レオ。ほらっ。貴方のお金よ」
「そうそう。ワイバーンの魔石なら、かなりの大金よ。やったね。大金持ち!」
「俺の?」
神さまは、首を傾げた。あの魔石はアリアが持っていたはず。
「あったりまえでしょ。――だってワイバーンを倒したのはレオなんだし」
「そういうものなのか」
「そういうものよ」
死体の価値など、まったく気づいていなかった神さまであったが……。あのまま当然、置き去りにして立ち去っていたはずだが……。
まあ、アリアがそういうものだと言うのなら、そういうものなのだろう。
金が手に入るのはよい。あれはよいものだ。
串焼き、うまかった。
もっといっぱい食べたい。
神さまはアリアとエレノーラに連れられて、冒険者ギルドとやらに向かった。
◇
「わ……、ワイバーン――ですかっ!?」
受付嬢は、目をいっぱいに開いて、びっくりとしていた。
冒険者ギルドとやらの建物の中に入り、カウンターテーブルの向こうの受付嬢の前に、アリアは拳サイズの魔石をごろりと転がして、「ワイバーンよ」と言ったのだ。
そうしたら、この反応だった。
「あ、貴方がたが倒されたんですか……? Aランクモンスターのワイバーンを?」
「え? それはこっちのレオが――」
「さすが勇者様! 賢者様!」
「あっ、ちょっと聞いて――。倒したのは――」
「お二人ともBランクなのに! Aランクモンスターを討伐されるなんて凄いです!」
「目撃例があったんで、今日、討伐依頼を張り出すところだったんです!」
受付嬢は、文字の書かれた紙を突き出してきた。
「もういりませんよね! これっ!」
目の前でびりっと破く。
「皆さーん! 勇者アリア様がまたやってくれましたーっ!」
――うおーっ!!
ギルドの中にいた他の男女たちが――冒険者というのだろうか? 一斉に、歓声を張りあげる。
「あはははは……」
アリアは困ったような顔で、愛想笑いをしていた。
◇
「ごめん! レオ、ごめんっ!」
冒険者ギルドでさんざん賞賛を食らって、魔石の代金とやらを受け取って、人垣を抜け出したあと――。
アリアは路地裏で、神さまに向けて両手を合わせていた。
「お前はなにをしているのだ?」
大きな金貨を手の中で弄びながら、神さまは、不思議そうにアリアを見た。
この大金貨で串焼きが何本食えるのだろうか。――と、そっちのほうを考えたいのだが、なにやらアリアが不思議な踊りをやっている。
「だから、謝ってるんだってばー。ごめん。あたしたちの手柄にしちゃって!」
「手柄?」
「だから、レオの倒したワイバーンが、あたしたちの倒したことになってたでしょ?」
「何度も言ったのですけれど。レオ君が倒したって、信じてもらえませんでしたわねぇ……」
エレノーラが自分の頬に手をあてて言う。
「それのどこが問題なのだ?」
まるでわからない。
「あと、その変な踊りの意味を教えろ。手を合わせるその仕草だ」
「踊りじゃないって。これは謝ってるの」
「謝るとは?」
「そこからかー!」
「まー、レオ君、かわいいわぁ!」
レオノーラにぎゅーっと、された。
のっし、とされた。
「まあ……。レオが気にしないなら、いいんだけど……」
「俺はこれが手に入れば気にしない。……で? これで串焼きはどれだけ食える?」
「ああもうっ! そういうとこだよ!」
アリアまで、ぎゅーっとやってきた。
なんなんだ?