#04.神さま、街に向かう
徒歩で荒野を歩く。
神さまはこの二人と一緒に行く必要はなかったのだが、聞きたいことがいくつかあったので、とりあえず同じ方向に歩いていた。
「強いといったら、魔王かしら」
「魔王?」
神さまは二人に、「この世界でいちばん強いのはなんだ」と聞いた。その答えが「魔王」というものだった。
神さまは「魔王」というものを知らなかった。
全知を失ったことが、悔やまれる。
「え? まさか知らないの?」
「しらんな」
「ああ、まあ……。このあたりじゃ、のんびりとしたものよね」
アリアという女は、勝手に納得している。
「その魔王とやらは、強いのか? 何ワイバーンくらいの強さだ?」
「だからワイバーンを強さの単位にしない」
「せめてすくなくとも、何千か、何万ワイバーンくらいの強さがなければ困るぞ」
「なんで困るのよ? まあ……、魔王がどのくらい強いかわからないけど……。ワイバーンなんかとは比べものにならない強さなのは、間違いないわね」
すこし遠い目になって、アリアは言う。
彼女は勇者だ。魔王を倒すための旅をしている。まだはじめたばかりだが……。道程の膨大さに、目眩がしてくる。
男の子の言葉ではなかったが、それこそ――「何万ワイバーン」くらいの強さを手にしなければ、話にならないのだ。
「ところでこいつをどうにかしろ。歩きにくいし、重いぞ」
「ビョーキだから」
神さまは、ぎゅー、とエレノーラという女に抱きしめられている。
「ねえキミ……、キミとかぼくとか呼ぶのもなんなんで、名前、教えてくれない?」
「名前?」
「そう。……あたしはアリア。そっちの変態はエレノーラ」
「変態とはなんですか。可愛いものが大好きなだけです」
エレノーラが神さまから身を離す。服を直して髪を撫でつける。
「あ。正気に戻った」
「俺は……」
神さまは名乗ろうとして……。名前を持っていないことに気がついた。
名前というものは、普通、上位者が付けるものだったが、神さまは神さまであるがゆえに、上位者を持たなかった。
「……名前はない」
「なんかワケアリ? なんであんなところにいたの?」
「強いていうなら、俺より強い者を探していた。……というところだな」
「武者修行?」
「そんなようなものか」
「どこの戦闘民族よ?」
子供を原野に放り出して武者修行させるような少数民族でも、このあたりにいるのかな? ――と、アリアはそう思った。
名前がないというのも、武者修行を終えて「一人前」とならなければ、名前を得られないという風習なのだろうと……。勝手にそう納得した。
「あたしたち、これから街に戻るんだけど。――乗ってく?」
「乗る、とは?」
神さまが聞き返すと、アリアは口に指を入れて、「ピイイ――ッ!!」と指笛を吹き鳴らした。
二匹の足の速い生き物が駆けてくる。
その生き物は前までやってくると、頭を垂れた。羽毛を持つ生き物だ。精悍なフォルムをしている。
「おー、よしよし。いい子で待ってたわねー」
アリアが、わっしゃわっしゃと、羽毛をかきまわす。生き物は喉の奥で、くっくるー、と鳴いた。
ほかの生き物を調教して乗用としているらしい。
ふむ。人間という生物は、けっこう賢いらしい。
「本当は一人乗りなんだけど。きみは小さいから、平気だよね」
「じゃあ一緒に乗りましょう」
エレノーラが腕を回して、神さまをぎゅっと抱きしめてくる。
「ちがうわ。あたしと一緒よ。その子……ええと、名前ないと不便よね。適当になんかつけちゃっていい?」
「かまわんが」
「じゃあ、きみは、えっと……レオ」
「伝説上の一番強い動物――百獣の王の名前ですわね」
「そうそう。……俺より強いやつに逢いに行く、っていうきみに、ぴったりでしょ?」
神さまはうなずいた。
うむ。気に入った。
神さまは、はじめて名前を得た。
「じゃあ、レオ。あたしのほうに乗りなさい」
「あらアリア? レオ君は、わたくしと乗るのよ?」
「だめよ。あぶないから」
「それはどういう意味なのかしら?」
「そのまんまの意味でしょ」
「そういうこと言って、アリアだって、レオ君を、ぎゅーってしたり、もふもふしたいと思っているくせに」
「うっ……、そ、それは……」
「いいチャンスだから、偶然と必然を装って抱きしめよう、とか思っているくせに」
「そ、そんなことは……」
「レオ君ほら落ちちゃうよ。――とか言って、ぎゅーっとやる作戦なくせに」
「な、なんでそれを……」
どちらに乗ればいいのか。ぜんぜん話がまとまらないようだ。
そもそも、なぜこの人間たちと一緒に行く話になっているのだろう?
聞くべきことはだいたい聞いたし、これ以上同行する必要はないような気もするのだが……?
うん……。ないな。
「ずるいわよアリアちゃん。勇者だからって、いつもいつもおいしいところをひとりじめ」
「それ勇者関係ある? あたしはただ、レオの貞操を守ろうと――」
「失敬な! わたくしはそんなことしたことはありません! イエスショタ! ノータッチです!」
「いや触ってる。触ってるよね? さっきからずっとベタベタと触りまくりだよね? 頭に載せてるよね? 無駄にデカいそれを」
神さまは、二人を置き去りにして、歩きはじめた。
「あーっ! ちょっと! レオ! ――ああっ! これは違うの! べつにケンカしていたわけじゃなくって! あたしたちのいつものじゃれあいっていうか――! だから呆れて行かないで! 一人で行ったら危ないよ!」
「あの子の強さからいって、べつに危なくはないんじゃないかしら? むしろまたワイバーンでも出てきたら、危ないのはこっち――」
「あぶなくないけど――! でもほら! お姉さんたちと一緒に行こう! 街への道だってわからないでしょ!?」
二人は生き物に跨がって追いかけてきた。
神さまは、速度をあげた。
「ちょ……!? なんで走って――! なんで逃げ――! はやっ!」
「レオ君まってー!」
まだついてくる。
神さまは、もっと速度をあげた。
◇
街、とやらに着いたっぽい。
「おい? ここが〝街〟という場所でいいのか?」
神さまは、後ろを振り返った。
アリアとエレノーラの二人は、羽毛のある動物に乗って、走る神さまを追ってきていた。
だが動物はふらふら。乗っているほうの二人も、ぜーはーと、息が荒い。
走っていたのは動物のほうなのに、なぜだ?
「ちょ……、息も乱してない……、とか……、どー……なってるの……」
アリアがそう言いながら、ずるりと落ちて、べちゃりと崩れる。
動物のほうも、地面にうずくまって、ぷるぷると震えている。いや痙攣しているのだろうか。
「どうした? なにかに襲われたのか!」
街の門を守っている兵士が、近づいてくる。
「い……、急ぎすぎただけよ……、き、気にしないで」
這いつくばっているアリアが言うと、兵士は、はっとなって、直立不動になった。
「ゆ、勇者様と! け――、賢者様っ!」
アリアはようやく身を起こした。エレノーラと顔を見合わせて、困ったような顔をする。
それから――。
しいっ、と、口許に指先をあてて、兵士に合図した。
顔を赤くさせて興奮している兵士は、ぶんぶんと首がちぎれるほどにうなずいていた。
「そ、そちらの子は――」
「わたくしの子ですのよ」
エレノーラが、しれっと言う。
ぴきっと、兵士の表情が固まった。
やめなさい。
たぶんこの人、あんたに惚れているんだから。
男はみんなエレノーラに惚れる。経験則だ。
「ちがうって。どこかの未開部族の子。この年で武者修行に出るのが慣わしなんだって。――街に入れてもいいわよね?」
アリアは言う。
「い、いや、しかし――。子供とはいえ、正体不明の者を街に入れるわけには――」
「あたしとエレノーラが身元保証人になるわ。――それでも不足?」
「うちの子を入れてはくれませんの?」
そう。いけ。エレノーラ。もっとやれ。
余りまくっている色気は、こういうときにこそ使うべき。
二人と兵士のやりとりが終わるのを、神さまは辛抱強く待っていた。
いつのまにか「未開部族」で「武者修行」ということになっているのだが……。
べつにこだわらず、訂正することもしない。
まあ「武者修行」という点については、あながち間違っていなくもない。
べつに「強くなるため」にやっているわけではないのだが、強い者(生物)を求めてはいるな。
「だめなんですの?」
「い、いえ……、そ、そんなことも……」
エレノーラが兵士の手を取る。兵士の顔は真っ赤になった。
「わ……、わかりましたから……。お通りください!」
「――さ。レオ君。こっちこっち」
話が終わったらしい。
神さまは街へと入った。




