#01.神さま、地上に立つ。
#01.神さま、地上に立つ。
荒野の真ん中に、つむじ風が生まれた。
砂をはらんだ風は回転を続け、充分な密度を得ると、さらに圧縮され、核種変換されていった。
まず骨ができた。肉がそのまわりを覆いはじめる。
血管と神経がまとわりつきにいって、最後に皮膚が生じる。質素な服が肌を覆う。
一〇歳前後の少年の肉体が、なにもない場所から生み出された。
風が消えると、少年は、どてっと、地面に落ちた。
「あ痛っ」
思わず声がでた。
おお……っ! 痛いぞ!
はじめての感覚に、少年は驚きと喜びをあらわにした。
少年は――〝神〟だった。
受肉して生物の〝肉体〟というものを持ったのは、遙かな昔に存在をはじめて、これがはじめてのことだった。
手を、ぐーぱー、と握ってみる。握ったその手を、びしゅっと突き出してみる。
足で、だんだんと地面を踏みしだいてみる。
遠くの雲にまるい穴が開いた。足下の地面がすり鉢状に粉砕された。
肉体には感覚がある。そして物は力を与えると壊れる。
物質界。おもろい。
神さまは、気をよくして、周囲を見わたした。
物質界の〝生物〟というものに逢いに来たのだ。
非常に貧弱な感覚器官――〝目〟というもので見える範囲に、ちょうど生物がいた。
大型の飛行生物と、小型の地上型生物二匹とが、なにやら闘争をしている真っ最中のようだ。
神さまは、そちらに向けて歩いていった。
◇
「――もうっ! なんでこんなところにワイバーンがいんのよ!!」
勇者アリアは、剣を振るいながら悪態をついた。
「手がお留守になってますわよ! 絶望している暇があったら、攻撃なさいな!」
賢者エレノーラが、防御結界と、強化の祝福と、回復魔法を同時に扱いながら、さらにアリアを叱咤してくる。
「誰が絶望なんてしてるのよ!」
アリアは叫び返した。
……だが、ちょおぉ~っと、分が悪い。
勇者と賢者という、選ばれし職の二人ではあったが、冒険者ランク的には、まだBランク……。
対してワイバーンは、Aランクの魔物。
ソロ討伐にはSランクが必要とされる。Bランクでの討伐実績がないこともないが、それは六人のフルパーティが複数あってのこと。
通常、討伐には軍隊が出るようなモンスターである。
だがアリアとエレノーラは、たった二人のパーティだ。
〝魔王を倒す〟なんていう非常識な旅路に、そうそうついてこようとする者はなく、いたとしても、通常職では、そのうちついてこれなくなる。
よって彼女らは、二人だけで旅を続けていた。それが今回は裏目に出た。
ワイバーンが距離を取って、ホバリングする。
大技の気配を察しとって、エレノーラがすさかず全魔力を防御結界に振り向ける。
ワイバーンは炎を噴いた。
「このあたりに、こんな強力なモンスターがいるなんて……!! 聞いてない!!」
防御結界の障壁で防がれる炎を見つめながら、アリアは言う。
なわばりから追い出された「はぐれ」だろう。
その証拠に、もうだいぶ傷を与えているのに、逃げていこうとしない。
ワイバーンは凶暴ではあるが、野生のモンスターだ。つまりは生物であり、「食う」ために、「生きる」ために獲物を狙っている。よってある程度のダメージを与えれば、捕食を諦めて、撤退してゆくものだ。
だが腹を空かせている場合は別だ。
棲息地を追われて、行き場をなくしたはぐれ個体は、普通のモンスターとは違う行動を取るよううになる。
食わないと死ぬ、というところまで追い詰められている場合は、少々のダメージでは逃げていってくれない。
このワイバーンからは、必ず食ってやるぞという決意のようなものが見えていた。
アリアとエレノーラは、ワイバーンに多少のダメージは与えているとはいえ、倒すまでには至らない。
こっちのHPは乱高下を繰り返している。回復魔法がすこしでも遅れれば、前衛のアリアは倒されてしまうだろう。そうなったら後衛のエレノーラの運命も決まってしまう。
「アリア……! あれをやりますわよ!」
エレノーラが言った。
「ちょ――!? 待っ――!? あれはだめ! やめなさい! エレナ!」
「そんなこと言ってる場合ですか! このままワイバーンのお腹に収まって、うんちになるなんて、わたくし、ごめんですからね!」
「うんち――!?」
それはアリアも嫌だった。
しかし賢者は、魔術師であると同時に、神に仕える聖職者でもあるはずなのだが……。普段は上品なのに、エレノーラはたまに口が悪くなる。
「あれ――。やりますわよ?」
エレノーラの目に妖しい光が宿る。
「くっ――!」
アリアは腹をくくった。
彼女にやらせるぐらいなら、いっそ自分が……!
「アリア!」
エレノーラの声が飛ぶ。全身を包んでいた妖しいオーラは、驚きによって霧消している。
決して使ってはならない〝奥の手〟を持っているのは、エレノーラばかりではない。
勇者にだって、〝奥の手〟の一つぐらいあるのだ。
「おやめなさい! アリア! 貴女はだめ! その力を使っては――!?」
「使わなきゃうんちなんでしょ!? ――やってやるわよ!?」
アリアは足を止めて剣に力を注ぎはじめる。
死すら覚悟して、技の準備をしていると――。
てくてくてく、と、男のとこが歩いてきた。
一〇歳くらいに見える――その可愛い盛りの男の子は、無造作に、アリアたちとワイバーンたちの間に立った。
「ちょ――!? ぼく! 危ないから! どきなさい? ――逃げてっ!」
アリアは叫んだ。
なんでこんなところに――。一般人が――。男の子が――。
そんな断片的な思考が、アリアの脳裏を駆け回る。
だが体は反応できない。もう間に合わない。ワイバーンが襲いかかる。
勇者の――。勇者である自分の目の前で、あんな可愛い年頃の男の子が死ぬなんて――。あってはならないことだった。
だが――。
男の子は、ワイバーンに向かって、パンチを一発、繰り出した。
「え……?」
なにが起きたのか、アリアには理解できなかった。
ワイバーンが、突然、爆散したのだ。
数秒か、あるいは十数秒も経った後――。
血と、肉と、骨の破片が、周囲に降り注ぎはじめた。
「……え?」
アリアはエレノーラと顔を見合わせた。
エレノーラも、ぽかんとした顔をしていた。
「いま……、なにが起こったの?」
「あの子が……、パンチしたように……、見えましたけど?」
どちらからともなく、ふらっと体が揺れる。
ふたりで抱きあうようにして体を支えあったが、へなへなと地面に座りこんでしまった。
やば……。腰抜けた。
「ぱ……、パンチで、ワイバーンが爆散する?」
「で、でも……、見たとおりですわよ……?」
二人は男の子を見た。
ワイバーンを一撃で爆散させた男の子は、自分の手を見つめている。握ったり開いたりして、自分の掌をじっと見つめる。
その幼いながらも端正な顔には、「信じられない」という驚愕の色が浮かんでいる。
それともあの表情は、怖がっている表情なのだろうか?
あんな強さを持っていても、戦いは、やっぱり怖いとか……?
力の入らない足を叱咤激励して、アリアは立ち上がった。
「ねえ……? ちょっと……、ぼく? ……ねえ、キミ?」
アリアは、男の子に、おそるおそる声を掛けてみた。
男の子は、声が聞こえないのか、まったく反応を返さない。
茫然とした表情をしている。いったいなにが信じられないのか。
そして、その口から、言葉を洩れて――。
「弱い……。なんたる弱さだ……!」
なに言ってんの? ワイバーンは……、ぜんぜん、弱くないよ?
アリアは心の中で、つっこんだ。




