4 薬草摘み
ラトとレイリーは木々がうっそうと生い茂るサジャ大山を黙々と進んでいた。ゼリ村はサジャ大山の麓に位置し、村の子どもたちも山にはよく遊びに行くほど慣れ親しんでいる。しかし、山に遊びに行くといっても、彼らが行動するのはせいぜい村の家々が視界に収まる範囲内だ。それ以上村から遠ざかると、魔物に襲われる危険性が格段に上がる。ラトは父に連れられ、薬草を探すために村が見えなくなるほど遠くまで山の探索を行ったこともあるが、今回はそれよりも深く、山の奥へ奥へと二人は進んでいた。獣道、時には道など無い茂みの中を通り抜け、レイリーは迷いなく歩みを進めていた。村を出発してから3時間経つが、一度も休憩などしていない。レイリーは肩で息をしていた。時折ラトの方を見やり、遅れずについて来ていることを確認すると、再び背を向け歩き出すのだ。
(これだけ山奥に入らないと、赤眼鹿は獲れないんだ・・・。)
ラトは黙ってレイリーを追いかけながら、狩人という仕事の難しさを実感していた。あれだけ疲れるほど歩いても、獲物が見つからなければ徒労に終わるのだ。薬草探しも似たようなものとはいえ、こちらの獲物は逃げない分、楽であるようにラトは思った。
肩で息をするレイリーとは異なり、ラトはあまり疲れてはいない。彼女は丈夫なのだ。父と薬草を探しているときも、先に疲れて休憩したがるのはいつも父の方だった。
「・・・さて。」
山中を進んでいくと、シーイの大木の前で突然レイリーが止まり、ラトを振り返った。
「ここから先は、別行動だ。」
レイリーはラトと目をあわせないよう、顔を横に向けながら言った。
「別行動?」
ラトは当然不安になった。こんな山奥で一人になることの危険性は、誰にでもわかることだ。ここは既に魔物の生息域なのだ。
「心配するな。お前さんにも魔物避けの鈴は渡しているだろう?」
ラトの背負うかばんにくくりつけられた鈴を指さしながら、レイリーが言った。なんでもこの鈴は以前ゼリ村にやってきた行商人からレイリーが購入したもので、“教会”の偉大な僧侶の聖なる力が宿っているのだとか。
「でも、山の中では絶対に一人になってはいけないと、父が・・・。」
「・・・このままでは、本気で赤眼鹿を追えぬのだ。奴らは音に敏感だからな。素人のお前さんと一緒では、すぐにこちらの気配に気づかれてしまう。・・・それに、お前さんもオレのペースで歩いてきたせいで、あまり薬草が集まっていないだろう?」
確かにレイリーの言うとおり、現在ラトが見つけたのは数本のカガ花と、レカン草の葉が3枚だけ。薬師としての役目を果たしているとは、到底言えない。どこかでじっくりと探索をする必要があると、ラトは思っていた。
「なに、そこまで心配することは無い。経験上、このシーイの大木の周りに、危険な魔物は寄りつかないんだ。オレが父から教わった休憩場所なのさ。この木からあまり離れすぎないようにして、薬草を探すと良い。オレはここからもう少し奥まで進むが・・・そうだな、2時間もすれば戻ってくる。それまでに、十分な量の薬草を集めておいてくれ。頼んだぞ。」
ラトは断れなかった。そもそも、ここまでラトを連れて来てくれたのはレイリーの厚意によるものであり、これ以上わがままを言う事はできないと感じていたからだ。
「・・・わかりました!」
ラトは不安をごまかすため、にっこりと笑ってそう言った。どんな時でも笑顔を忘れてはいけない。父との約束だ。
「よし、では2時間後、またな。決してここから遠くには行くなよ。」
そう言ってレイリーは茂みの中に入っていき、姿を消した。
ここからは、ラトはしっかりと自分の仕事をしなくてはならない。パンと頬を叩いてから周囲を見渡すと、すぐに少し離れたところに美しく水色に輝く植物を見つけた。レカン草だ。村の近くで見つかるレカン草の背は低く、せいぜいその大きさは膝の高さを超すかどうか。それが、この場所ではラトの腰の高さよりも大きく成長している。ラトは近寄り、その株から何枚か葉を摘み取る。採りすぎるとその株が死んでしまうので、気をつけなければならない。父の教えだ。
ふと顔をあげると、同様の大きなレカン草の株がいくつも目に入った。ラトは夢中になって薬草を摘み、1時間が過ぎるころには、かばんの中は水色の葉でいっぱいになっていた。
(レイハのお父さんは、自分には薬草の見分けがつかないと言っていたけど、嘘だったのね。)
ラトはそう思った。レイリーは、この場所にレカン草が多く生えていることを知っていたのだろう。だから、ラトをここまで連れて来てくれたのだ。ラトに、薬師としての仕事をさせるために。これからも村に、住まわせてくれるために・・・。
ラトは嬉しくて、心からの笑顔になった。レイハも、レイハのお父さんも、凄く良い人だ。他の村人たちはいつもラトに冷たくあたるし、酷いことをしてくるが、レイハの家族だけは違う。レイハはこっそりと・・・ではあるが、いつもラトと遊んでくれた。レイリーとはこれまであまり話をした事はなかったが、彼はこうしてラトを薬草摘みに連れてきてくれている。
(薬師として皆の役に立って、レイハたちに恩返しをしなくちゃ!)
ラトは決意を新たに、にこにことしながらシーイの大木の下でレイリーを待っていた。
3時間が過ぎた。
約束の時間を過ぎたのに、レイリーはまだ戻ってこない。
(・・・鹿が見つからないのかな。)
ラトは不安になったが、レイリーの仕事は狩人である。いつも予定通りに獲物を狩れれば、苦労はしないだろう。このくらい遅れる事は当然あるだろうと、ラトは思った。笑顔を作って、不安を追い払った。
4時間が過ぎた。
レイリーは、やはりまだ戻ってこない。時刻は既に正午を過ぎ、お腹がすいたのでラトはお弁当の芋餅を食べていた。
(もしかして、レイハのお父さん・・・怪我でもしちゃったんじゃ・・・。)
もしそうだとしたら、すぐに行って手当をしてあげなくちゃいけない。自分は薬師なのだから。・・・しかし困ったことに、肝心のレイリーはどこに消えてしまったかわからないのだ。ラトは必死に笑顔を作る。レイリーも、このシーイの大木から離れないようにと言っていたことだし、もう少し、待つことにしよう・・・。
5時間が過ぎた。
それでも結局、レイリーは戻ってこなかった。
(きっと、本当に怪我をしちゃったんだ。早く助けてあげないと・・・。もしお父さんが死んじゃったら、レイハも凄く悲しくなる。)
自分と同じ悲しみを、友だちのレイハには味あわせたくなかった。レイリーはきっと怪我をしている。絶対にそうだ。助けなくちゃいけない。自分は村の薬師なんだから!
ラトは必死になってそう考えた。そう考える事で、気付いてしまった“もう一つの可能性”から、目をそらした。
(でも、私一人ではレイハのお父さんを見つけるのは、きっと難しいよね。)
サジャ大山は恐ろしく広い。何しろ、ラトたちが住む国、カース王国の4分の1は、このサジャ大山が占めているのだ。山のほとんどの区域が未踏破のまま残されており、山頂には竜が棲むとまで言われる魔境である。
ゼリ村に一度戻り、事情を説明しよう。そして、村人みんなでレイハのお父さんを探して、助け出すのだ。ラトはようやく、自分一人で村に戻ることを決意した。
ちょうどその時、ラトの目の前にある茂みが音をたてて揺れた。
「レイハのお父さん!?」
ラトは思わず立ち上がり、声をかける。
しかし、茂みから飛び出してきた者を見て、ラトの笑顔は恐怖でひきつった。
現れたのは3匹の魔物。青紫の毛皮をまとった狼たちだった。




