3 ラトの決意
ラトは日課である父の墓参りの後、自宅に戻っていた。いつもは一人で過ごしている家の中に、今日は久しぶりの客がいる。先程ラトを助けてくれたレイハの父、レイリーだ。ラトはレイリーにサイノ茶を差し出す。山に自生する香草で作ったお茶で、父は「無いよりマシだ」と言ってよく飲んでいた。苦いのでラトは好きではなかったが、父がよく飲んでいたということは、このお茶はお客様にもお出しする価値があるものなのだと考えていた。
「・・・レイハのお父さん、それで私に話があるとは・・・どのようなご用件でしょうか?」
ラトは赤い瞳でレイリーをまっすぐに見つめ、問うた。レイリーはその瞳に少しだけ怯えるように身体を震わせた後、額の汗をぬぐってからしゃべり始めた。
「・・・お前さん、フィドさんからどれだけ薬草のことを学んだ?」
「どれだけ・・・と言われましても・・・」
「例えば、山に入って、薬草を採ってくることは可能か」
「レカン草やマヌム苔程度でしたら、私一人でも可能です。採取の方法も、簡単な調合方法も父から教わっています」
「そうか」
とても10歳とは思えぬ受け答えである。これはフィドの教育の成果であり、ラトはゼリ村に住む者としては珍しく、文字の読み書きすら習得していた。
レイリーはここまで聞いて、深く一呼吸してから、意を決したように再び口を開いた。
「・・・フィドさんが亡くなり、村で保存している薬草が減ってきている。冬が来る前に、至急備蓄を増やさなくてはならない。お前さん、フィドの後を継いで、村の薬師として仕事をしてはくれないか?」
「薬師・・・父の、後を継ぐ・・・!?」
「そうだ。まだ小さいお前さんに頼るのも面目ない話ではあるが、我々村の者ではそもそも薬草の見分けがつかん。もちろん、村の者のお前さんへの仕打ちを考えれば、虫の良い話であるのはわかっているが、な。」
「・・・・・・。」
ラトは、先程の言葉を何度も何度も反芻していた。自分が、父の後を継ぐ。薬師になる。そんなことが、果たしてできるのだろうか。ラトにとって父の背中は、あまりにも大きく、輝いて見えた。
「フィドさんは、お前のことを褒めていたぞ。自分には勿体ないほど、できた娘だとよ。」
「父が・・・私を?」
「そうだ。それにな、今はレイハが隣人のよしみとして食べるものを差し入れているだろうが、うちとしても、それをいつまでも続けるわけにはいかんのだ。」
レイリーはうつむき、床の模様を見つめながら言った。
「薬師として、薬草を用意してくれ。それを食べ物と交換する。それがこの村で、お前さんが生きていくために必要なことだ。」
用意しておいた言葉を全て述べ、レイリーは黙り込む。家の中が静寂に包まれる。ラトに聞こえているのは、自分の鼓動のみ。
しばらくのち、ラトはレイリーに赤い瞳を向け、少し震えた声で言った。
「私に、父の代わりが務まるのでしょうか?」
その時、思わずレイリーはラトの瞳と目をあわせてしまった。宝石のように赤く妖しく輝くラトの瞳。わけのわからぬ不安と恐怖がレイリーを襲い、汗が噴き出す。すぐに目線を床に落とし、彼は叫ぶように言った。
「できる、できないは知らん!やるか、やらないか聞いているのだ。やらないのであれば、すぐに村を出ていけ。我が家には、お前さんを養う余裕などないのだ!」
薬師を継ぐか、村を出ていくか。まだ10歳にも満たない幼い少女にとって、本来それは選択肢にはなりえない。幼い少女が村を出て危険な魔物の蔓延る野山に下り生きていくなど、不可能に近い。
しかし、ラトはこの時はっきりと自分の意志で、自分の人生を選び取った。
彼女の憧れであった、偉大なる父の背中。それを追いかけ、少しでも近付きたいと思ったのだ。
薬師になりたい。
薬師にならなければ。
自分は薬師であらねばならない。
ラトはレイリーに、自分が薬師を継ぐことを伝えた。
「そうか。」
レイリーはうなずき、立ちあがった。
「明日オレは赤眼鹿の狩りのため、山に入る。お前さんもついて来て、薬草を探せ。かなり奥まで行くつもりだが、一人で山に入るよりも安心だろう。」
そう言って、レイリーは去っていった。
「・・・ありがとうございます。」
ラトは深く頭を下げた。
レイリーに出したサイノ茶はすっかり冷え、未だなみなみと湯呑を満たしていた。