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邪眼の薬師ラト  作者: むらべ むらさき
ラト、崖から落ちる
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21 村娘の憂鬱

村人たちがゼリ村中央の広場に集まっている。

祭りの日でもないのに、昼間であるにも関わらず、酒や芋餅、燻製肉を持ちこみ、大騒ぎしている。

彼らいわく、今日はこのゼリ村が真に“邪眼の魔物”から解放される記念すべき日なのだそうだ。

なぜなら、魔物を討伐するに足る戦士達が、この村を救うためにやってきたのだから。


教会から“退魔師”達がやってきたのだ。



「・・・・・・」



退魔師達を囲み歓迎の宴を続ける村人達を、レイハは一人、村の端から冷めた目つきで見つめていた。

ラトが村を出て行ったあの日以来、レイハは村人達との付き合いから、距離を置くようになった。


あの日、レイハの家で起きた事は村人達も当然知っている。

“あの日、村の英雄レイリーの英知により邪眼を追い詰める事に成功したが、滅ぼすには至らなかった。邪眼は卑怯にも英雄の家に忍び込み、不意をうって襲いかかった。英雄は必死に抵抗し、大きな傷を負わせ撃退するも、やはり邪眼を滅ぼすことはできなかった。邪眼は今も、己を傷つけたこのゼリ村に復讐を果たすため、機を伺っているのだ。”

・・・これが、ゼリ村の村人達なら誰もが知っている“真実”である。

教会の退魔師達にも、きっとこのように語っているのだろう。


当事者である父レイリーや母も、そう信じ込んでいるのだから笑えない。吐き気がする。

村人達に言わせると、最近たくさん虫が湧いて畑の作物を食い荒らされたのも、山で獲物を狩ることに失敗したのも、全ては邪眼の魔物の呪いが原因であるのだとか。馬鹿ばかしい。


「・・・はぁ」

レイハはため息をつく。


彼女は村人達を嫌悪していた。

そしてそれ以上に、ラトを助ける事のできなかった自分を嫌悪していた。

結局自分は、村人達から友をかばうことをしなかったのだ。


あの日、最後に見たラトの姿を、レイハは今でも忘れる事ができない。

血まみれの服をまとい、爛々と赤い瞳を輝かせ、その顔にははりついたような笑顔。

まるで、レイハが知っていた彼女とは別人になってしまったかのようだった。


あそこまでラトが追い詰められたのには、何もしてやれなかった自分にも責任があるとレイハは思っていた。だから結局、自分は他の村人達と同罪なのだとも。





・・・宴から目を背け、レイハは弓を構える。

ここは村はずれにある、レイハの“練習場”。

深呼吸する。雑念を飛ばす。

彼女が放った矢は、的がわりの大樹に深々と突き刺さる。


ラトが村を出て行ってからのことであるが、レイハは弓の練習を熱心に行うようになった。


レイハの父レイリーは、あの日以来邪眼の復讐を怖れ、山に入ることが出来なくなってしまった。母やレイハと共に他の村人の畑の手伝いなどをするも、当然収入は落ちる。まだ幼い少女ではあるが、レイハも至急手に職をつけ、稼ぐ必要が出てきたのだ。

もともと父レイリーは弓の名手であり、レイハは昔から弓の扱い方をよく観察していた。自分で使うとなるとやはり難しかったが、それでもレイハはかなり筋が良かった。


レイリーは、レイハが弓を習い山に入る事に反対した。

今や山には邪眼の呪いが満ちており、そんな所に行けばレイハにも不幸が起きるというのがその理由だ。村の魔術師であるダス爺がそう言っていたのだと。


何を言っている、生活がかかっているんだ、娘を山に入れたくなければお前が山に入れ。

端的に言うとそんな感じで抗議をしたら、殴られた。

それ以来、レイハは父と言葉を交わしていない。


基本的に、弓の扱い方は父の弟子シジムに習った。

明言こそしないもののレイリーが半ば引退している現状では、シジムは村一番の稼ぎ頭だ。弓や罠の扱いも上手い。

初めのうちは、シジムも自分に初めて弟子ができたことに喜び、熱心に弓のひき方、罠の仕掛け方を教えてくれた。

レイハは地味だが容姿が悪い方では無い。将来的な下心もあったのかもしれない。


しかし、レイハはすぐに弓の才能を開花させた。

弓に限ったことではあるが、あっという間にシジムの腕前を抜き去ってしまった。

おもしろくなくなったシジムは、レイハを無視するようになった。

しょうもない男だった。


そうやって、レイハはだんだんと孤立していった。

これまではラトに集中していたいじめの矛先も、少しずつレイハに向かい始めた。

これも一つの報いであると思って、レイハは甘んじてそれを受け入れた。





ひゅんっ!


レイハの放った矢が、本日初めて的から外れた。

いつの間にやら、余計な事をぐだぐだと考えていた。

レイハは額の汗を手でぬぐい、弓をおろす。

休憩しよう。集中できていない。





・・・ラトは今なにをしているんだろうか。

レイハはぼんやりと考える。


そもそも、まだ生きてくれているのだろうか?

村人達は“邪眼の魔物”の生存を決して疑っていないが・・・。普通に考えれば、いくら妙な“丈夫さ”があるラトとはいえ、10歳前後の小娘が一人で生きていけるほどサジャ大山周辺の環境は甘くない。

街道付近では数が減るとはいえ、野山には魔物が出るのだ。

その危険度の高さは言うまでも無い。



それでも、レイハはラトに生きていて欲しいと思った。

もう一度、ラトに会いたいと思った。


会って、ちゃんと謝りたかった。

ごめんなさいと言いたかった。


どうして?


そうしないと・・・。

そうしないと、いつまでも自分の気持ちが晴れないから。

罪悪感が薄れないから。

自分を許してほしいから。



「・・・うぇっ」


急に胸からこみあげるものがあり、レイハは少しだけ吐いた。

また、自分のことが少し嫌いになった。

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