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邪眼の薬師ラト  作者: むらべ むらさき
薬師ラトの誕生
2/21

2 父との思い出

ラトは、村の墓地の前で10数人に取り囲まれ、殴られていた。彼らは皆、ラトの住むゼリ村の住民たちである。

「死ね・・・死ね!邪眼の魔物・・・悪魔!」

「兄ちゃんを返せ!」

「地獄に堕ちろ!」

皆口々にラトを罵り、暴力をふるう。


ラトは、ただ黙って殴られていた。「私は、何もしていない。何も悪くない!」初めのうちは自分の無実を訴えていたのだが、それは無駄であるどころか彼らの怒りの炎に油を注ぐだけであるとわかったからだ。彼らの中では、彼らの家族が死んだ理由は目の前にいる邪眼持ちの少女の呪いによるものであり、ラトが何を言おうと、それは悪魔の卑怯なる言い逃れにしか聞こえないのだ。

ラトは悲しかった。悲しくて悲しくてしょうが無かった。父が生きていれば、きっとラトのことをかばってくれたことだろう。父は、ラトの言葉を絶対に信じてくれたはずだ。そんな父は、もういない。そのことだけが、途方も無く悲しかった。ラトの父フィドは、彼女を殴りつける村人の家族らと共に、魔物に殺されたからだ。



あの日は、雲ひとつない快晴だった。村人たちは畑仕事に精を出し、フィドもラトを連れて薬草を摘みに山へと入ろうとしていたところだった。


「ラトもだいぶ大きくなったことだし、今日はいつもより山奥・・・父さんの秘密の場所に、連れていってやろう!」

フォードは朝飯のスープをすすり、ラトにウィンクをしながらそう言った。

「秘密の場所?」

「そうだ!・・・ラト、これまで私が君に教えた薬草のこと、全部覚えているかい?」

「うん!レカン草は、日当たりのよい所に生えている水色の葉っぱで、傷にあてると治りが早くなるでしょ?カガ花は逆に暗くてじめじめしてる所にあって、ヤン花に良く似てるから注意することでしょ?それと下霊木は・・・」

「・・・君の説明にはだいぶ漏れがあるから、本当に理解しているのか若干不安だが・・・まぁ良いさ。・・・今まで君に教えてきたのはね、比較的街中にも流通している薬草だ。しかし、今日採りに行くのはそんなもんじゃないぞ・・・!」

フィドはラトに顔を近づけ、イタズラを考え付いた少年のような顔で、楽しそうに言った。

「今日狙うのはレスティア草・・・このあたりで採れる物の中じゃ、一番高価な薬草だよ!」

「レスティア草・・・!?」

ラトは目を丸くして驚いた。ラトもレスティア草のことは、図鑑で見たことがあるから知っている。いわゆる、“幻の薬草”とも呼ばれる最高級品だ。レカン草に似た美しい水色の葉を持つが、若干形が異なる。レカン草の葉は綺麗な楕円形だが、レスティア草は少しだけ、ギザギザとしている。

「お・・・お父さん!レスティア草って、本当にこの山で採れるの!?」

「あぁ、本当だ。父さんは薬師だぞ?嘘は言わないのさ。お客さんはその薬師を信じるからこそ、その人から買う得体のしれない丸薬を服用するのだ。信用が大事なんだぞ」

フィドは少し声を低くし、偉そうに言った。

「ねぇ、お父さん!レスティア草ってさ、どんな怪我でも治しちゃう、すごい薬草なんでしょ!?」

「そうだよ。おとぎ話にも良く出てくるよね」

「本当に、本当にそれがこの山で採れるの!?」

興奮して同じ質問を繰り返すラトに苦笑しながら、フィドは残りのスープを飲み込んだ。

「本当さ!でもレスティア草の自生地は少し遠いからね、朝ごはんを食べたらすぐに出かけるよ。暗くなる前に帰ってきたいからね。」

「はい!」

ラトは急いで残りの朝飯をかき込み、バタバタと山に入る準備を始めた。にこにこと穏やかな顔をしながらラトを眺めるフィド。

父と娘の、幸せな一時。これが、ラトに残された、大好きな父との最後の思い出であった。



「おらっ!!」

頬を殴られ、ラトは思い出の中から現実に引き戻された。ラトを殴り続けた村人たちは皆肩で息をしており、苦しそうだ。

ラトは、別に疲れてはいない。黙って殴られているだけだったから。実はそんなに痛くもなかったし、最初に殴られてできた傷は既にふさがっている。彼女は、丈夫なのだ。

だからと言って、平気なわけではない。悲しい。お父さんにもう会えないのは、辛い。赤い瞳に涙が溜まる。だけど・・・。

「・・・ふふっ」

ラトは目をこすって涙をふき、微笑んだ。それが父との約束だからだ。辛い時こそ笑うのだ。胸がはりさけそうなほどの悲しみを笑顔で隠し、明るく生きていくのだ。何故?その理由については、父は特に教えてくれなかった。それに理由なんて、ラトにとってはどうでも良いのだ。これは大好きな父と自分との、大事な約束なのだから。ラトの赤い瞳が、妖しく輝いた。


「ば・・・化け物・・・!」

散々痛めつけたはずの少女が、平気な顔をして微笑んでいる。村人たちは怖じ気づき、思わず後ずさる。

「・・・臆病者ども、どけ!」

ラトを取り囲む人の輪の中から、暗い顔をした一人の青年が進み出た。その名は、シジム。村の狩人見習いであり、その手にはナイフが握られている。

彼の妹は、フィドたちと共に、ラトの後ろにある墓地で眠りについている。魔物・・・山のように大きい、熊のような化け物に、腹から上を食いちぎられて死んだからだ。


「お前さえ・・・お前さえいなければ!!」

シジムはナイフを両手で握り、ラトにかけ寄った。ラトの笑顔がひきつる。ラトは丈夫ではあるが、戦闘訓練を受けた戦士ではないのだ。急に自分に向かってきた凶器を避けるすべを、ラトは持たなかった。

(あのナイフに刺されたら、どうなるだろう?)

ラトはこれまで、何度も何度も殴る蹴るといった暴力にさらされてはいたが、刃物を向けられたことまでは無かった。しかし、さすがにあれは、凄く痛いだろう。それはわかった。思わず彼女は目をつぶった。


ドサッ・・・!!

何かが倒れる音がした。うっすらと目を開けるラト。彼女は刺されていなかった。シジムは横から飛び込んできた大きな影に押し倒され、うなだれていた。

「馬鹿野郎・・・!何やってんだお前・・・!!」

顔を真っ赤にしてシジムを叱りつけるその大男は、レイリー。村一番の狩人にして、シジムの師匠。ラトの唯一の友達であるレイハの父親だった。

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