14 金づる少女に先行投資
「・・・約束の食料品だ。パン、干し肉に、芋・・・葉物野菜は早めに食えよ」
「ありがとうございます!」
カガラとラトは、再びトルン街道にて落ち合っていた。ここ数日好天に恵まれ、暖かい。秋に至るにはもうしばらくかかると見え、ラトの薬草採取も順調のようだ。前回ほどではないにせよ、かなり多くのレカン草を集めてきた。
「今回は、マヌム苔もあります。胃薬の材料です。乾ききっていないので、しっかり天日干ししてから使ってください・・・既に私が調合した丸薬もあるのですが・・・」
「すまんが、オレが受け取るのは素材だけだ」
「まぁ、もともとそういう約束ですし、文句はありません」
笑顔でそう言うラトだが、やはり不満ではあるらしい。薬草売りならぬ薬師としての矜持があるということか。
「申し訳ないが勘弁してくれ。それで、侘びというわけじゃないんだが、嬢ちゃんには食料品以外にも渡すものがあるんだ」
そういうとカガラは、自分のかばんから数着の子ども服を取り出した。
「大きめのもんを選んだから、着れないことはないだろう」
「え・・・良いんですか?」
「良いも何も、嬢ちゃんの薬草を売った金で買ったんだ。遠慮するようなもんじゃない。それと、他にもあるぞ・・・」
続いてカガラは数枚の毛布やナイフ、鍋など、野外生活を送る上で必要と思われる品をいくつかラトに手渡した。
「わ・・・私、父以外の方から、こんなにも良くしていただいたのは初めてです・・・!あ、ありがとうございます・・・!」
ラトは喜び、感動して震えている。この少女は思っていた以上に純朴であり、歳相応に愚かである。カガラはほくそ笑んだ。ラトに送る物資を増やすことでカガラの儲けは減るが、これは先行投資だ。ここでしっかりこの少女の信頼を勝ち得ておく事で、将来的には大きな利益が約束される。
それにしても、少し道具を渡しただけでこの喜びようとは、この少女は一体これまでどのような人生を送ってきたのだろう?他人の人生にはさして興味も共感も抱かずに生きてきたカガラだが、ラトに対しては、さすがに少しだけ不憫なものは感じていた。
「他にも必要なものがあれば、言ってくれ。街で買ってきてやるからよ」
「では、“炎の魔術石”をお願いします。今使用している石の、調子が悪くなってきまして・・・」
炎の魔術石とは、その名の通り、炎の魔術が込められた魔石だ。魔術師が副業で作っている事の多いこの魔道具は、魔術の心得がない素人でも簡単に火をおこす事が出来る便利な品であり、野外生活を送るラトにとっては欠かすことのできない逸品だ。
「・・・いいだろう、次までに用意しておこう。また3日後、ここで落ち合うと言う事で良いか?」
「はい!よろしくお願いします!」
笑顔で頭を下げると、ラトは日向でまどろんでいたアオを起こし、その背に飛び乗って森の中に消えていった。
(・・・炎の魔術石か・・・)
カガラはラトを見送りながら、少しだけ渋い顔をした。
何しろ魔術石は、高額だ。今回預かった量の薬草があれば買えないこともないが、そうするとカガラの儲けはほぼ0だ。
(・・・まぁ、しょうがないか。これは先行投資、先行投資・・・と)
カガラはメシューヤッツに薬草を売った後、魔道具店で炎の魔術石を買った。組み込まれている術式が一世代古いとかで、それ故に若干値段も安くなっていたが、それでも高いもんは高かった。今回の取引では、カガラに酒を買う余裕はなかった。
そうこうしながら、カガラとラトの取引は続いていった。
ラトの採ってくる薬草はどれも品質が高く、メシューヤッツも大満足だった。
カガラもそれなりに儲けた。あくまで、“それなりに”。というのも、ラトに対する“先行投資”のおかげで、思ったほど手元に金が残らなかったからだ。
テント、鉈、丈夫なロープ・・・ラトからのリクエストが無くとも、カガラは必要性を感じたものをラトに買い与えた。
そのたびにラトは震えて喜び、赤い瞳を輝かせながら満面の笑みを浮かべた。
完全に自分になついたラトを見て、カガラはほくそ笑んだ。良い金づるができた、と。この少女を、絶対に手放すわけにはいかない。
・・・しかし。
夏の終わりが近づいていた。
突然吹き来る冷風に驚き身を震わせながら、カガラはラトを待っていた。
しかしその日、カガラは日が落ちるまでトルン街道で待ち続けていたが、ついぞラトが現れることはなかった。
翌日も、そのまた翌日もカガラは待ち合わせ場所に立ち続けていたが、結果は同じだった。
ラトは突然、姿を消してしまった。




