13 子ども服
「・・・で、こうして山盛りの薬草を預かったんでな、先生に見せに来たってわけだ」
場所は再びメシューヤッツ診療所。行商人カガラは薬師ラトとの出会いについて、メシューヤッツ医師に語り終えた。既に夕日は沈み、ニアスの町並みは闇に沈んでいる。
「なぁ先生、このレカン草、いくらになるかね?」
カガラの問いかけに、メシューヤッツは顔をあげる。この老医師はカガラの話を聞きながら、既にレカン草を大きさや品質ごとに分け、いくつもの束を作っていた。
「・・・そうじゃの・・・」
メシューヤッツは口ひげをいじりながら少し考え、言った。
「量もべらぼうに多いし、聖貨三十万ってとこかの?」
「もうちょい高くならねぇか?」
「阿呆、欲をかくな。・・・ちょいと待っておれ」
そう言うと老医師は後ろの棚の鍵をあけ、ごそごそとしわくちゃの札束を取り出した。
「ほれ、確かめろ。きっちり聖貨三十万じゃ。それ以上はワシも出せん」
「・・・え?待てよ先生、あんたが全部買い取ってくれんのか!?」
カガラとしては、知人であるメシューヤッツには薬草の目利きをしてもらい、診療所で使う分だけ安めに卸し、他の薬草は自分で薬屋をめぐって売りさばくつもりであった。
「おうよ。カガラ、お前さんは薬草売りではないじゃろ。足元を見られるぞ。なに、ワシにまかせておけ。伝手もあるし、これほどの高品質な薬草であれば、すぐに買い手も見つかろうぞ。・・・ひひひ、カガラよ、お前のおかげでまたひと儲けできそうじゃわい!感謝するぞ」
メシューヤッツは目をぎらぎらと輝かせながら、下品に笑った。
「・・・まぁ、余計な手間も省けるんだ。先生には借りもあるし、文句はねぇさ」
カガラは肩をすくめて言った。
「なんか、騙されてる気もするけどな」
「えぇい!余計なことを考えるでない!・・・もしあるのなら、次も頼むぞい」
こうしてカガラは、メシューヤッツから強引に聖貨三十万を受け取らされた。おそらく、薬草の価値に比べて損な取引なのだろうとは思ったが・・・メシューヤッツとは付き合いも長く、恩もある。なにより、この薬草は薬師ラトからのタダで手に入れたものだ。損とは言っても、それはカガラが被る損ではないのだ。
ラトは別れ際、彼女に代って薬草を街で売ってくるようカガラに依頼した。野山で暮らすラトにとって紙幣は使い道がないため、稼いだ金は食料品にかえてラトに渡すことになっているが、必要な手間賃、経費はカガラの裁量で抜き取って良い事になっている。
食料品と言っても、腐らせずに食べきれる量とならば、それほど金をかけずに購入できる。余った金はカガラのもの。つまり今回の取引は、カガラにとってもかなり好条件なのだ。損はまるまるラトが被っている形になるが、特に問題はないだろう。昼間の様子を見る限り、どういうわけか彼女が欲しているのは金銭的な利益ではなく、取引をしたという実績であるようだ。薬が売れれば、それだけで良いのだ。カガラは小悪党なので、自分の利益を出すために、他人を不当に搾取することも厭わないのだ。
(本当に、おままごとしてるようなもんだ)
カガラは診療所を出て、小走りで暗い裏通りを抜ける。特に襲撃を受ける事もなかったので、ほっとした彼は腹をなでながら、まだ営業している店の多い表通りをゆっくり歩き出した。
(・・・しかし薬師ラト、ね・・・。あいつ、一体なんなんだろうな?)
カガラは彼が出会った薬師を名乗る少女について、ふと考えをめぐらせる。
十歳前後の幼い少女。それなのに魔物を従え、一人野山で生活している。しかも、薬草を探索するために、サジャ大山の奥深くまで入り込んでいるらしい。
薬学に関わる知識はそれなりにもっており大人びた印象も受けるが、一般常識に欠けている点は歳相応だ。
美しい黒髪に山暮らしとは思えない白い素肌、そして良く見ると整った可愛らしい顔立ちをしているが、ボロボロの服装、そして爛々と輝く赤い瞳が、張り付けたように変わることのない笑顔をより不気味極まりない表情に変貌させていた。
・・・考えれば考えるだけ、わけのわからない存在だったので、カガラはそれ以上考えないことにした。彼にとって重要なのは、ラトの薬草が彼の命を救った事、そして思いがけず聖貨三十万の収入をもたらしたこと、さらにこれからも継続的な彼の収入源になりそうだということだ。
ラトとは3日後、再びトルン街道で落ち合う事になっている。その時にカガラは食料品を、ラトは新たに採取した薬草を交換する。ラトは自分で調合した丸薬なども取引したがっていたが、それはレカン草とは違い見た目などからの判別が難しいという理由で、カガラが断っている。胃薬のはずが間違って毒薬を渡されていても、カガラにもメシューヤッツにも区別がつかないのだ。
とにかく、ラトとの継続的な取引は利益になる。今回のレカン草は、たまたま群生地を見つけたこと、そして採りだめしていた分があったことからあれほど大量になったので、次回はそれほどの量にはならないとラトから言われてはいたが、殺されかけたこともあり、しばらくキーリスには行商に行きたくないカガラにとっては大変にありがたい話だった。
(どうもあの嬢ちゃん、ぱっと見不気味だから他の行商人には逃げられていたみたいだしな。・・・ふふふ、この取引はオレが独占させてもらおう。赤い瞳は不吉な“邪眼”とは言うが・・・そのおかげで商売敵が寄ってこないんだから、ありがたいこった。嬢ちゃんにとっちゃ不幸でも、オレにとっちゃ邪眼様々だな!)
にやにやしながらカガラは家に向かって大通りを歩いていた。
道すがら高い酒を買い、上機嫌に鼻歌を歌っていたカガラの目に、営業を終えようとしている衣料品店が目に入った。店内には子ども用の衣服も並んでいる。
カガラはふと、ラトの着ていたボロボロの服を思い出した。
(・・・さすがにあれは、あんまりだよなぁ)
思わず店に入り、子ども服を手に取ったカガラに、閉店作業をしていた店員がすかさず近づく。
「あら!そこのお父さん、娘さんにプレゼントですか?」
「・・・オレにはもう、娘はいないよ」
「えっ・・・」
「これと、これと・・・これ。いただくよ」
「あ・・・はい、かしこまりました・・・?」
カガラから聖貨を受け取り、店員は事情を読み込めないまま、子ども服を手渡した。
「あ・・・あの、お供え用のお花でしたら、斜め向かいのお花屋さんを使ってください。友だちが働いているんですが、良いお花がそろっていますよ」
そして見当違いのアドバイスをくれた。
カガラは苦笑しながら礼を言い、再び家に向けて歩き出した。
(・・・大した額でもないんだ。服ぐらいはサービスでつけといてやろう)
カガラは小悪党なので、その程度の良心は持ち合わせているのだ。




