12 行商人と薬師
時をさかのぼること数時間・・・治療が終わり、意識が戻ったカガラを待っていたのは、ラトの質問攻めであった。
「痛みは残っていますか?」
「あ、あぁ・・・急に動いたりすると、痛む」
「なるほど。・・・しばらくの間、激しい運動は控えてくださいね。傷口が開く可能性があります。他には・・・吐き気とか、ありますか?」
「吐き気はないな。ただ・・・少し頭がぼんやりする」
「あれだけ血を流したのですから、当然ですね。レカン草の治癒効果にも限度があるのです。ちゃんとご飯を食べて、夜更かしせずにしっかり寝てください」
カガラはトルン街道脇の木陰に腰掛けながら、赤い瞳の少女の質問に答えていた。少女はカガラから聞き取ったことをノートにまとめながら、分厚い本をぱらぱらとめくり、そして笑みを深めた。
「・・・はい、わかりました。多分怪我はもう大丈夫です。ただし、先程も言った通り、しばらくは激しい運動を避けたほうが良いでしょう」
・・・まだ幼い見た目からは想像もできないほど大人びた対応である。カガラは数年前に妻と一緒に出ていった娘の姿を思い浮かべる。娘と別れたとき、ちょうど彼女は目の前の少女と同じくらいの年齢であったように思う。娘は、こんなにも理知的な受け答えをできていただろうか。できるわけがない。そもそもまず、命に関わるような怪我人を助けるなど、できるはずもない。
カガラはラトに命を救われたことは自覚しているため、他の旅人のようにラトを忌避するような行動はとらなかった。しかし、赤い瞳を爛々と輝かせるこの奇妙な少女に、怖れを感じていないわけでもなかった。
自分をじっと見つめるカガラの視線に気づき、ラトは笑顔で小首をかしげる。そして、何かを思い出したらしく、カガラの目の前に両手を差し出した。
「・・・なんだ?」
「なんだ、じゃないですよ!お代をいただきます。お薬代をいただくまでが、薬師の仕事です!あなたを助ける為に、レカン草をたくさん使いました。だからお代もたくさんください!」
カガラはちらりと横に山積みされた血まみれのレカン草を見る。これらは全て、カガラの怪我を治療するために使用されたものだ。百枚はあるだろうか・・・かなりの量だ。質によりばらつきはあるが、レカン草一枚につきおおよそ聖貨五千。百枚なら聖貨五十万。夏場であればカガラが2ヶ月は暮らせるだけの金額である。もちろん、命の値段として考えたら安いものかもしれないが、あいにく零細商人であるカガラのサイフには、現在それほどの金は入っていなかった。それに加え、今回の治療には何やら貴重なポーションも使用されたようだし・・・。
カガラは、今度はラトの後ろに座る大きな青毛狼を見る。大人しくしているが、聞くところによると、こいつはそれなりに凶暴な魔物のはずだ。カガラ一人では、闘う事も逃げる事もできまい。無理やり治療代を踏み倒す事は出来そうもない。
(・・・ここで金を払えなかったらどうなる?まさか、丸かじり、なんてことはないだろうが・・・)
カガラの顔が青くなる。
「?・・・やはりまだ、具合が悪いのですか?」
「い、いや、そんなことはない!嬢ちゃんのおかげで元気いっぱいだよ!・・・でだ、そのお薬代だが、一体いくらくらいかかるかな?おじさん薬草の値段には疎くてなぁ・・・」
カガラは必至で笑みを浮かべながら、頭をフル回転させ交渉の糸口を探す。一方のラトは、にこにこ笑いながら、能天気にこう言い放った。
「・・・わかりません!」
「・・・は?」
「ですから、わかりません。以前暮らしていた村では、物々交換が基本の生活でしたので・・・実は聖貨というものを、あまり見たこともないのです。お薬代って、いくらもらえば良いものなのでしょうか?」
・・・不気味なほど賢いはずの少女が、今度は歳相応のおままごとのような事を言いだした。カガラは、その落差にめまいを覚える。なんなんだこいつ。自分の商品の価値もわからずに商売をしようとしていたのか?不意に、茶髪の露店店主の顔が思い浮かびさらに気分が悪くなるが、しかし・・・これはチャンスである。
「そうか、嬢ちゃんもわからないのか。これは困ったねぇ・・・。ならばしょうがない、おじさんが今支払えるものを全て、嬢ちゃんに渡そう。・・・何、気にするな。命を救ってもらったのだから、安いものだ!」
そういってカガラは、アオが拾っておいてくれた自分のかばんの中から、木製の皿など、数種類の木工品をとりだし、ラトに手渡した。
「キーリスの町の特産品だよ。軽くて丈夫・・・もち運びにも便利だ。きっと嬢ちゃんの役に立つと思う」
「うわぁ・・・!」
ラトはもともと笑顔だった顔をさらに輝かせ、カガラに礼を言った。
「ありがとうございます!実はこれまで、食事の時大変不便をしていたんです!このお皿があれば、よりおいしいご飯が食べられるというものです!」
そう言ってカガラの手を握り、ぴょんぴょん飛び跳ねた。
カガラはにっこりと笑みを浮かべる。・・・今カガラが手渡した木工品の価値は、金額にすればあわせて聖貨一万ほどでしかない。本来支払うべき薬代には到底届かない額だ。しかしカガラは小悪党であり、いたいけな少女を騙しても、ほんの少ししか良心は痛まないのだ。
ちらりと後ろの青毛狼を見るが、特に不信感を抱いている様子もない。・・・よし。
「ははは・・・喜んでもらえて何よりだ。さて、おじさんはそろそろ行くよ。ありがとうな、嬢ちゃん。怪我をしないよう、気を付けてな・・・」
カガラはそそくさと会話を切り上げ、その場から立ち去ろうとした。しかし、ラトは手を離さない。
「・・・どうしたんだい?」
背中に冷や汗をかきつつも笑顔は消さず、カガラは問いかけた。ラトは笑顔のまま・・・大きく見開いた赤い瞳を爛々と輝かせている。
(・・・ばれたか!?)
カガラは再度顔を青くする。
「あの、実は・・・一つ思いついたことがあるんです!」
しかしラトは、カガラを疑うそぶりすら見せず、嬉しそうに言った。
「カガラさんは、行商人なんですよね?」
「・・・確かにそうだが・・・?」
「でしたら!!」
ラトはにこにこしながら、頭を下げた。
「お願いがあります!私のかわりに、私のお薬を・・・街で売ってきていただけませんか!?」




