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最終話です。
新学期、旧校舎。
屋上へ続く階段下に来ると、颯の歌声が聴こえた。
さすがに寒すぎて、屋上ではなく内側の、階段の一番上に座って颯が歌っていた。
弾かない方がいいんじゃないかっていうくらいヘタクソなアコギを伴奏に、よく気持ち良く歌えるものだ。
そっと顔を覗かせると、颯の数段下に腰掛けて雑誌を読んでいた春海が気づいて軽く手を上げた。
私は春海の一段下に座る。颯はちらっと私を見たが、特に止めもせずそのまま歌っていた。
新学期になって颯に会っても、颯の態度は今までと変わらなかった。
まるで、あの告白がなかったみたいに。
特に意識してるわけでもなく、今までと何ら変わりなく。
意識すらされないことに若干の悔しさはあるが、あんなことで急に意識し出すような颯も嫌だったし、そんなヤツたぶん好きになってない、とか思う私はもう重症だと思う。
――とにかく、私の恋心は、あの時抹殺された。
……そして、颯の友達って立場は失わずにすんだ。
颯が、あの歌を歌う。
私の背を押した、ライブの最後に歌った歌。
春海がちょっとだけ私を見て、肩を竦めたような気がした。
私は背後に颯の声を聞きながら、膝に顔を埋める。
平和な感じがした。
のんびりとした仕草の春海と、どうしようなく好きな颯の声。
昼休みの、柔らかな光。
ちょっと埃っぽい匂い。
幸福じゃないのに、満たされないのに、それでいいような不思議な空気。
私じゃ無理だ、という颯の声を思い出すと、胸を抉られるような気もするけど、同時に颯の歌に救われている矛盾。
――ぜんぶ、ひっくるめて、それでも私はこれを、受け入れよう、と思っている。
どれだけ颯が他の人を好きになっても。
私が他の人とつきあっても。
颯がプロになっても、ならなくても。
颯と友達じゃなくなっても。
今。
今だけは、今の、この瞬間だけは、ぜんぶ私のものだ。
この歌を、忘れない。
ずっと、きっと。
そこで、颯の歌が終わり、ジャーンッとアコギがわざとらしく響いた。
「ところで、この歌タイトルなんだっけ?」
春海の呟きに、颯が得意そうに答えた。
「『主人公、俺』!」
「……そんな、ばかばかしいタイトルだったっけ? なんか、もっとカッコ良さげなヤツじゃなかったっけ?」
「うん、サギに勝手になんかつけられてるけど、真のタイトルはそれだから!」
――あの時、これは、私の歌だ、と思ったんだった。
そうか。
……私も主人公で良かったのか。
颯が別の歌を歌い出す。
とん、と階段を降りる軽い足音がして私は顔を上げた。
「芹羽」
雑誌を持ったままの春海が隣に座って、小さく呼びかけてきた。
「ん?」
颯を邪魔しないように、私も春海に顔を寄せれば、春海がまるで「今日、朝飯何食べた?」とでも言うように気軽に言った。
「俺たち、つきあう?」
「…………は?」
ちょっと面白そうににやり、と笑った春海の視線にぶつかる。
戸惑った私の眼差しに、春海がふっと息を吐いた。
「……なんちゃって」
「…………ばか」
颯の走り出すみたいな軽快な片想いの恋の歌が、そこにはただ鳴り響いていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
いろいろ、試してみたりして勉強になりました。ありがとうございました。
(追記)
春海の話や芹羽のその後なども書きました。ご興味ある方はシリーズからどうぞ。