5
お正月、補習もバイトもない、唯一の日、颯と春海と近所の神社に初詣に行った。
「じゃーんけーん……ぽん!」
「げー、俺かよ。三人分も持てっかな?」
ぶつぶつ言いながら春海が甘酒をもらいに行く。
参道脇に避けて、寒さに足踏みしながら颯と二人で春海が戻るのを待つ。
「はー……。さむい」
手をコートのポケットに突っ込んで、ぞろぞろやってくる参拝客をぼんやり眺めながらつい言葉が唇から零れていた。
「……颯、好き」
ずいぶん間があって、颯が私の方を向いた。
「……は?」
颯は耳がいい。じゃなきゃ、あんなに正確に歌えない。
この喧騒の中でも、私の声を拾ってないはずがない。
「好きって、なにが。初詣が? この寒いのが?」
本気で意味がわからない、という顔をしている。
「ちがう。颯のことが好きだって、言ってんの」
お馬鹿な颯もそこまで言えばさすがに意味もわかったのか、口を噤んだ。
「颯が好き。颯のぜんぶが欲しい。つきあって」
私が更に言うと、颯がふっと、私から視線を逸らした。
「……なんだよ、それ。なんで今なんだ。バカじゃねえ?」
……ひどい言い様。
「春海もいるのに。なんでこんなところで」
「……颯のせいだからね。あんな歌、歌うから」
「はあ? 歌? 歌ってなんだよ」
「さいごの。あれがなければ、今言うとかなかった」
ライブの最後に颯が歌った。私たちに向かって、はじめての歌を。
――あれが、背中を押した。
新学期なんて、待てなかった。颯と二人きりのチャンスなんて、今しかなかった。
――だから、伝えた。
「……あれは」
呟いて、颯が押し出すような溜め息を吐いた。
ポケットに突っ込んでた手を出して、頭をガシガシ掻く。
「……ちげーよ。なんだ、それ。俺のせいにしてんじゃねえよ。あれは……だから、春海に。春海とお前に対して歌ったのに。俺にとって、お前らはセットなんだよ」
「勝手にセットにするな」
「……だいたい、ラブソングでもなんでもねえだろ、あれ。お前に対する愛なんか歌ってねえよ、これっぽっちも」
「わかってる」
「勝手に勘違いして何盛り上がっちゃってんの」
「してない。勘違いなんか」
「じゃあ、なんで」
颯が悔しそうに呟いた。
「……こんな、ぜんぶ、ぶち壊すようなことすんだよ」
私は、少しだけ嬉しくなった。
こんなひどいことを言われてるのに、嬉しいなんてどうかしてるけど。
――颯が、私たちを友達として見ててくれて、それを壊したくないと思ってることを、嬉しい、と思った。そして、私の告白ひとつで、バランスが崩れてしまうのではないか、と恐れてくれてることを。
「颯、ずるいよ、ちゃんと答えて。……わかってるから。ちゃんと振ってよ」
颯が嫌そうに私を見て、それから大きく息を吐いて天を仰ぐ。
「……こんなことじゃ、生まれた時から一緒にいる私たちの関係は壊れないから」
――嘘だった。春海との関係なんか、簡単に壊そうとすれば壊れるだろう。むしろ、今まで幼馴染みなんて関係が続いてるのが不思議なくらいだった。
でも、今、颯にそれは言いたくない。
あんな歌を聴かされて、なんでもない顔で友達の振りなんか、できない。
ちゃんと伝えて振られるまでしなきゃ、もう傍になんていられない。
颯が、私の背中を押したんだ。
――責任は、取ってもらう。
「私は、颯が、好きなんだよ」
ダメ押しのように私が言葉を重ねると、むすっとした顔で私を睨んでいた颯が、観念したように口を開いた。
「……お前が好きなのは俺じゃねえよ。俺の歌だろ」
「それも含めて、ぜんぶ」
正直言うと、もうよくわからなくなってた。
私は颯が好きなのか、声が好きなのか、歌が好きなのか。
でも、歌わない颯は颯じゃないから、歌ごと好きでもういい、と思った。
歌を含めてぜんぶが颯だから。だから、伝えたんだ。
「ちげぇよ。歌だけだ。……俺は、俺の歌じゃなくて、俺自身を見てくれる人じゃないと嫌だ。歌がなくても、俺だけを見てくれる」
確かに、颯のつきあう人は、颯の歌にあまり興味がない人が多かった。少なくとも、颯の歌が好きだと公言するような子や音楽関係の人には絶対に手を出さない。……そんな、乙女な理由だったなんて。
「歌がなきゃ何も残らないじゃん、颯」
「なんだと、失礼な」
「……出会えてないじゃん、そんな人」
「……これから出会うかもしれねーだろ」
それに、と続けて、颯は一度言葉を切った。上から下まで私を見て、はあっ、と溜め息を吐く。
「……お前に女を感じない。ヤル気にならねえよ」
結局、それか。最悪だ。
「サイテー」
「一番重要だろ。ヤりたくねえヤツとつきあってどうする。ちゃんと振れっつったの、お前だろ。何言わせてんだよ」
それから、颯はぼそりと呟いた。
「……友達とヤりたくなるなんて、最悪だろ。お前とだけは絶対にヤりたくない」
「……サイテーの振り方」
「うるせえよ」
言葉が途切れたところで、春海が帰ってきた。
「やべー、熱い。こぼした。早く取って!」
みっつの紙コップをプルプルしながら持ってきた春海の手から、それぞれ甘酒を受け取った。
甘酒には口をつけないまま、むすっとした顔で、颯が急に「帰る」と言った。
「えー? おみくじは?」
「お守りは?」
私と春海が口々に言えば、苦々しい顔で「腹が痛え」と呟く。
「俺は、クソして帰る。じゃあな。お前らは恋愛のお守りでもおみくじでもなんでも買いやがれ。つーか、もうつきあっちゃえよ」
「はあ?」
わけのわからないことを捨て台詞にして颯は本当に帰ってしまった。
黙って甘酒に口をつける。春海が言うほど熱くなかった。
口にざらついて残るような、ほのかなぬるい甘さを飲み込んだ。
私と春海は甘酒を飲み干すと、おみくじを引いた。
私が末吉で、春海が小吉。
――モブ感、すごい出てる。
凶でも大吉でもない小者な感じがまた、なんとも言えなかった。
正月から振られて、大凶とかならまだ気分も盛り上がるだろうに、なんだろ、この小者感。ちょっとだけ、涙が滲んだ。
「……聞いてたでしょ、春海」
「何が」
「……タイミング、良すぎなんだよ。わかるっつーの」
「……ばれたか」
「ばれたか、じゃない。甘酒ちょっと冷めてたし。どっから、聞いてた?」
「……『ちゃんと振ってよ』あたりから?」
ほとんどぜんぶじゃないか。
「……」
「絶妙なタイミングで出てきた俺を褒めろよ」
「……うるさい」
二人で、恋愛成就のお守りじゃなくてごく普通に学業成就のお守りを買った。ついでに颯の分も、二人で半分ずつ出して買う。これが今、一番必要なのはあいつだ。
「……春海から、渡しといて」
「おう。ついでにフォローもしといてやるよ」
「フォローってなんの。余計なこと言わないで」
「はいはい」
家の前で春海と別れる前に、不安になってつい、引き止めた。
「……ねえ、私たち、今まで通りでいられると思う?」
私と颯と春海と、友達の関係で。
「大丈夫だろ? 颯だぜ? あいつ、あんまり頭良くないから、深いこと考えられないって」
「……そうか」
春海は軽く言って、帰っていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
あと1話で完結します。