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 会場の明かりが落ち、舞台にスポットが当たる。

 颯たちの順番が来て、マイクスタンドの前に颯が立つ。――腹痛は、大丈夫そうだ。

 鷺本のギターと、鷺本の兄さんのベース、シゲさんのドラムの音。

 ――そして、颯の、声。


 低い声が、タイトルを短く告げる。

 一瞬の、空白。

 颯の息を吸う音、同時に走るギターの響きとガツンと鳴るドラムの音。

 サビから入る、バカみたいに早口の恋。

 狂おしくて、可愛くて、一途な、颯の恋。


 聴きながら、ずるい、と思う。

 これを受け入れたくせに、独り占めしたくせに、捨てた人に。

 ここまで一途になってしまう、颯に。

 心の奥をかき混ぜて、鷲掴みにする颯の声に。

 ぜんぶに。

 届かなくて、そのくせわかりすぎるほどわかるような気持ちにもさせて、共鳴させて、揺るがすくせに捉えられなくて。ずるい、と泣きたくなる。

 

 ――ああ、好きだな。


 颯が、颯の声が、歌が。

 颯が。颯のぜんぶが欲しくて――でも、手に入らない。


 四曲、立て続けに歌って、ワッと盛り上がり、ギターの余韻が残って、そのまま音が空白になる。

 しん、と静かになるまで充分待って、颯がそっと囁くように一言告げた。


「――ともだちに」


 私と春海の方をまっすぐに見て、言った。


 ――ともだち。……私たち?


 すっ、と颯の息を吸う音を合図に、次の瞬間、ドラムもイントロもなく、すべてが同時に鳴った。

 颯の声と、ドラムとギターとベースが、うわん、と同時に響いて印象的な旋律が歌い出す。

 

 ――はじめて、聴く歌だった。


 片想いでも失恋でもなくて、ネガティブなのに、希望がある曲。

 立ち上がれ、というメッセージがある曲だった。

 寄り添うような優しさと、突き抜けるような一途さがあって、奮い立つ気分にさせる。奇跡みたいな、一曲。


「……なんなの、颯……」


 颯は、時々こんな歌を作る。

 自分の想いを歌って、歌い尽くした後、二十曲に一曲くらい、こんな奇跡みたいな歌を作ることがある。


 ――あいつ、モブの気持ちなんか、わかんないくせに。いつも主人公のくせに。

 馬鹿なのに。

 どうして、作る歌だけはこんなに「これは、私の歌だ」と思わせるのか。


 泣きたくなりながら、ひとつ残らず、聴く。

 一音も聴き逃したく、ない。

 この歌を、この人の声を、残らず、ぜんぶ。

 



 私は、この歌を一生忘れないんじゃないかと思う。

 たとえ颯が誰かと結婚しても、もう友達でも何でもなくなって、音信不通になったとしても。ああ、そんなヤツもいたっけね、ってくらい颯のことを思い出さなくなっても。


 この歌は、きっと、ことあるごとに私の中で鳴り響くんじゃないだろうか。

 今日の、この、どうしようもない悔しさとずるいという切ない気持ちと、同時に励まされるような、奮い立つような、涙が出るみたいに共鳴してる気持ちの残滓と共に。きっと、ずっと、忘れない。

 

 聴きながら、そんな風に思っていた。

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