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 そうしてるうちに冬は深まり、12月に入った。

 入ってすぐ期末テストだ。

 颯は本当にテスト前もテスト期間中も学校に来る以外はバイトを入れてるらしかった。


 同じ教室の左前方に颯がいるが、まだ十五分もあるのにもう諦めて爆睡してる。……決して余裕なのではなく、あれは諦めているのだ、確実に。それ以上埋めようがないから寝てる。大丈夫かよ?

 赤点だと追試の上、冬休みも補習だよ?

 進級も危ない。留年したら余分に一年勉強するんだぞ。

 ――どんだけ勉強したいんだ。むしろ、勉強好きなんじゃないのか、あいつ。

 私は追試も補習もまっぴらなので、記入箇所の見直しをした。


 ――後で泣いても知らないぞ、颯。




 テストが終わって各教科返ってきて、颯は担任に呼び出されていた。こっぴどく絞られたらしい颯は、帰ってきてほんとにちょっと涙目だった。

 だから、言ったのに。

 とりあえず、今回は追試と補習で勘弁してもらって、進級に関しては学年末テストの結果次第、ということになったらしい。


「補習、ってライブはどうすんの?」

 涙目でぶすっとしながらも、颯はそれだけは譲れないとでもいうように、きっぱりと言った。


「やる」


「25日でしょ、ライブ。もう冬休み入ってるじゃん。大丈夫なの?」

 チケットも颯の名前出してかなり捌いたし、それで本人出られないとかほんと有り得ない。

「補習、午前中だけだし、ライブ夕方からだから、問題ない。……それより、追試……ッ! 受かんないと、年内だけじゃなくて、補習が年明けてからも続く……! バイトぉぉぉ……! 稼ぎ時なのにぃ!」

 追試落ちる気満々なのか、机に突っ伏して悶えている。

「歌……、歌いてえ。毎日。空いてる時間ぜんぶ。なのに補習て!」


 自業自得だ。


「がんばれ」

「うう。友達甲斐のないヤツめ! 代わりに出るわよ、くらい言えないのか」

「あ、バイトに? でも既に入ってるからな~。同じ時間はさすがにムリだよ」

「じゃなくて、補習代わって!」

「それこそムリだから。私が出てどうする。颯が勉強しないのが悪いんでしょ?」


 あんなにバイトはがんばれるんだから、勉強もがんばればいいのに。




 ライブの日、春海が迎えに来たので玄関に待たせ、上がり框に腰掛けてブーツを履いていると後ろから眠そうなお母さんの声がした。


「……あれ、芹羽でかけるの?」


 振り返れば欠伸混じりに階段を降りて来る。

 夜勤明けで今起きてきたのだ。


「ん、ちょっと出かけてくる」

「こんにちは、悦子さん」


 春海が笑顔で挨拶する。お母さんが、三和土に立つ春海をぼんやり見た。ちょっと目が覚めてきたみたいだ。


「ああ……、春くんとかあ。そうか、今日、クリスマスだったか……。デート?」

「ちがう」


 見当違いのことを言われて、とりあえず事実を告げる。お母さんはニヤニヤしながら、手を振った。


「いいのよう、照れなくっても。あたし、今夜は深夜勤だからまだ寝るけど、あんた、あんまり遅くなるんじゃないわよ? まあ、春くん一緒だから心配ないか。よろしくね~」


 お母さんは、春海と私が付き合ってると誤解している。その都度訂正しているけど、一向に認識が変わらないからだんだん面倒になってきた。まあ、春海と一緒ならわりと遅くなっても何も言われないので、それはそれで便利なんだけど。お母さんは春海を信用しすぎだと思う。年頃の娘が夕方から出かけようとしているのに、行き先も詮索しないのはどうなのか。


 春海は幼馴染みだ。隣の家に住んでいる。両親共働きで、どうしても二人共夜勤が重なる日はお隣の春海の家に預けられてた。子どもの頃からお世話になりっぱなしの春海の家族のことを両親はとても信頼している。春海もしっかり者だという認識だ。とりあえず春海と一緒と言っておけば、行き先はどこでも大抵オッケーなのだ。放任だ。


「……行ってきます」

「いってらっしゃーい」

 ぺこり、と会釈した春海を急かして家を出た。


「悦子さん、相変わらずだなあ。自由。クリスマスなのに」

「ウチは昔からクリスマスもゴールデンウィークも盆も暮れもない。知ってるでしょ?」


 両親共シフト制で、休みは不規則だ。世間様がお休みでもウチではお休みじゃない、ということはザラだった。昔は寂しいとか不公平だとか思ったこともあるけど、今は過度に干渉されないこの関係は悪くないとも思っている。


「ま、そうだよな。おかげでお前も自由」

「そう。夜やるライブに行っても特に何も言われない、てのは悪くない」


 春海と折半で差し入れのドリンク剤と缶コーヒーを買って、ライブハウスに向かった。

 地下にあるライブハウスの楽屋を覗くと、バンドメンバーの鷺本の兄さんとシゲさんがいた。

 シゲさんが顔を覗かせた私達に気づいて笑顔で手を上げた。


「せっちゃん、春海!」

「こんばんは。……これ、差し入れ」


 鷺本は準備でもしてるのか、見当たらない。――颯も。

 考えてみたら飲み物ばっかガチャガチャ言っちゃってるビニール袋を春海が渡す。

 なんか食べ物の方が良かったかなあ?

 ま、日持ちするし、いくらあっても困らないものだからいいだろう。


「おお、サンキュ! チケットもだいぶ捌いてくれたってな。ありがとうよ」


 鷺本の兄さんにも礼を言われる。

 私が楽屋をきょろきょろしてると、シゲさんがちょっと苦笑した。


「ぶっきーな、腹痛えっつって、便所から出てこねえんだよ」

「またか、颯……」


 私は思わず春海と目を合わせた。


「ま、本番までには出てくんだろ。客席で見ててやって」


 鷺本の兄さんはいつものことだ、というように笑った。

 颯はほんと、本番に弱い。いつも直前までお腹痛くしてる。


「うん。じゃあ、みんな、がんばって」


 手を振って、春海と一緒に会場に向かう。ドリンクを一杯受け取って、飲みつつ会場を見る。まだ三十分はあるからか会場はそれほど埋まっていないが、ちらほら知った顔の客がいた。舞台の上では鷺本が機材のチェックを手伝っていた。


「鷺本!」


 近づいて声をかけると、鷺本が目を上げる。


「おう、来たかー!」

「順調?」

「まあ、な。颯がいつもの調子でアレだけどよー」


 腹痛のことだろう。ただ鷺本もそれほど気にしてはいない。もう慣れたものなんだろう。


「芹羽、今日たぶん、びっくりするぜ」

「なにそれ?」


 鷺本が面白そうに、にやりと笑う意味がわかんない。


「ま、聞いてのお楽しみ」

 親指を立ててニッと笑うとさっさと準備に戻ってしまう。


 ――なんだろ。

 春海と目を合わせて首を傾げる。

 ――まあ、始まればわかるか。

 私たちはライブの開始を静かに待った。

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