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 私や春海は学校でも外でも、空気みたいな存在だ。

 マンガで言うならモブ、良くて主人公の友達、みたいなポジションだ。勉強もスポーツも頑張って平均。顔も体型も特筆するところがない。特別嫌われるほどではないけど、目立たない。……逆か。目立たないから嫌われることもない、というか。


「拡散しまくれ、と言ってもなあ……」

 帰りにマックに寄ってコーヒーを一杯飲みながら、二人でスマホを覗き込む。

「とりあえず、颯の動画撮ってひたすら歌上げてくしかないんじゃない?」


 毎日最低一曲アップすることにした。


「歌だけはいいんだから。颯、自分のアカウントもあるでしょ? それもリンクして」

「あとはあれだな。やっぱり人気者にご協力を仰ぐんだな」


 空気みたいな存在のいいところは特別嫌われてもいないところ。自分がダメなら影響力ある子に頼めば良いのだ。


「颯、人気だけはあるから、協力してくれる子いるんじゃない?」

「ま、やるだけやってみるべ」


 気軽にクラスの女子らに頼んでみることにした。


「あ、颯のライブ? 行く行く! チケットも買うよ。いくら?」


 カースト上位のカワイイ系女子たちに軽く振れば、いくらでも引き受けてくれた。嫌われていないと、こういう時助かる。

 動画上げはじめて、一週間でフォロワーが一気に100越えた。……なんだこれ、怖い。




 三週間で結局十八曲作って、颯はようやく吐き出しきったのか、曲作りを止めた。

 それからは猛烈にバイトをし始めた。バンドの練習日以外はほぼ全部入れてる。週6くらい。バイト終わってから朝まで曲のブラッシュアップもしてるらしくて、学校ではほとんど寝てる。

 もうすぐ期末なんだけど。勉強しろよ。

 私たちと違って、颯はいつも赤点スレスレだ。今回は絶対スレスレじゃすまない気がする。


「芹羽。テスト期間中、シフト代わってやってもいいぜ」


 バックヤードでPOPを書いてたら、ノックもしないでエプロンを付けた颯がバックヤードを覗いてきた。


「あんたもテストだってば。つーか、教養のカケラもないあんたがこっちの売り場できんの?」

「レジくらいできるわ、バカにすんなよ」


 馬鹿も漢字で書けない颯に不安しかない。


 颯と私は同じ会社でバイトしてる。

 一階二階が書店で、三階が雑貨、四階がCDやBlu-rayなんかの売り場で、全部同じ会社が経営している自社ビルだ。私は主に一階担当で、颯は四階だ。人が足りなきゃ違う階も手伝うが、基本的には担当が決まっている。

 私も四階のレジに入ったことはあるが、あんまり突っ込んだ質問をされると困る。まあ、所詮バイトだから社員さんに助けを求めればいいんだけど。

 書籍売り場の方が落ち着くのは確かだ。

 新刊のPOP書きを再開させながら、向かい側に座った颯をチラリと見る。どうやらここで休憩するらしい。


「颯、あんた大丈夫なの? 今度赤だと進級ヤバいんじゃないの?」

「ハハオヤみたいなこと言うなよ。お前に関係ねえだろ」

「へいへい、そうでしたね~。泣きつかれてもノートのコピーはあげないことにしますよー」

「今さらノート見たくらいでわかると思ってるのか? 俺を見くびるなよ」

「威張って言うことか」


 バンドは金がかかる。ライブで儲けが出るのはほんの一握りの才能ある人たちだけだ。

 機材も練習スタジオも、ライブのチケットノルマももろもろかかる。颯はバンドとバイトと彼女に入れ込むあまり、学業を疎かにしていた。彼女がいなくなった分、今はバイトが増えてる。……たとえ、それらがなくても疎かにしていた可能性は大いにあるが。


「稼げる時に稼いどきたいんだよ」

「……そもそも最初からテスト期間中はバイト入れてないから、代わるも何もない」

「あっそ」

 他当たるわ、と呟いて颯はさっさと立ち上がる。


 ほんと、自分の都合しか考えない男だな。世間話くらいしろよ。

 颯にとって私は機嫌を取らなきゃいけないような女の子じゃない。気軽に口を利ける代わりに、気を使うということをまったくされたことがない。

 完全に恋愛対象外なのだ。


 バックヤードを出て行った颯を見送り、ちょっとだけ溜め息を吐いた。

 わかりやすい颯が好きでもあって、そんな自分の趣味の悪さに我ながら時々首を捻りたくもなる。でも簡単に私に振り向くような男だったら、やっぱり好きになってないだろうから、もう仕方ないのだ。




 春海は学校の昼休みに文字通り颯の尻を蹴って起こしながら、毎日歌わせ続けた。ひたすら動画を撮って、毎日地道に投稿していく。

 私たちは、自分たちでも投稿しながら、比較的フォロワー数が多い子で颯に興味ありそうな子たちにガンガン拡散してもらっていった。

 そのうち、今まではほとんど放置されてた颯のチャンネルに、動画が上がるたびに結構なコメントもつくようになってきていた。


「……結構、行けんじゃね、俺?」

「お前が、じゃなくて俺らが頑張ったんだろ!?」 


 まんざらでもない顔をし出した颯に春海が怒鳴る。

 まあまあ、とその肩を叩いてやった。


「まあ、そう言ってもほとんど見てんの知り合いばっかりだからね~。調子乗んなよ、颯。あんたはただ歌ってりゃいいのよ」


 もうむしろ、歌しかやるな、残念男。


 むっとした顔で颯がふてくされて、歌い出した。

 そうそう、練習が必要だ。


「チケットも結構売れてるよ。追加もらえるか聞いてみなよ」

「まじで。やるじゃねえか、二人とも」


 にやりと笑って、颯はまた歌った。


 そもそもチケットが売れてるのは、主催のバンドが人気あるからだ。今回はメジャーデビューが決まった記念企画イベントらしい。颯は彼らになんだかかわいがられている。対バン形式にしてくれて、出してもらえることを光栄に思うくらいの謙虚さを持った方がいいんじゃないか。

 颯のバンドの持ち時間はもらえてせいぜい三十分というところだ。四、五曲歌えればいいところだろう。

 まあ、颯の新曲もほぼ失恋ソングで、十曲とか聴かされてもげんなりするからちょうどいいのかもしれない。


 ――何を歌うんだろう。今から楽しみだ。


 颯の歌はよく聴いているけど、やっぱりちゃんとした機材と場所で聴くともっといいんだ。

 鷺本と鷺本の兄さんがバンド用に編曲してくれて、他の楽器の音が加わると颯の声は負けるどころが更に艶を増して身震いする。


 ――聴きたい。はやく聴きたい。

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