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鍼する左手 灸する右手  作者: 松本コウイチ
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鍼はいたくないの?

中堅鍼灸師のマツハリ先生と健康マニア宇宙人のキュウタロウ君のドタバタ鍼灸問答です。わかりそうでわからない、鍼灸の世界を垣間見てみましょう!

キュウタロウ: ねぇねぇ鍼って痛くないの?

マツハリ先生: 痛くないよ。痛いのもあるけど。


キュウタロウ: 答えになってないよ。

マツハリ先生: 簡単に言うと、痛くする必要がない。そして、普通にやっていれば痛くない。しかし、私のやり方とは違う人がいるわけ。例えば「痛いほうが効きますよ」とか「鍼は痛いものだ」という信念がある人はそうするわけだ。


キュウタロウ: 本当にそんな人いるの?

マツハリ先生: 鍼はある意味では職人の世界だから、みんな技術者なんだよ。その技術が未熟な場合にどのように弁明するだろうか。また鍼を刺激の道具として考えている人には刺激を与える必要があるよね。


キュウタロウ: マツハリ先生は違うの?

マツハリ先生: 鍼は本来、刺激の道具ではないんだよ。


キュウタロウ: えっー?じゃぁ何なの?

マツハリ先生: 鍼は気の流れを調整する道具に過ぎないんだ。


キュウタロウ: 気の流れって…。

マツハリ先生: そうだよね。いきなり言われても難しいから今は血液の流れってことにしようか。でも、いつか思い出してね。「鍼は気を調整する道具」だって。


キュウタロウ: うん。でも、鍼って痛そうなことには変わらないんだけど。

マツハリ先生: 鍼は直径が0.16ミリくらいで髪の毛くらいの細い金属でできているんだ。その先端は松葉のようになめらかなカーブになっている。


キュウタロウ: でも、刺すんでしょ?

マツハリ先生: 「刺す」とか「打つ」という言葉のイメージとは実際は違うよ。注射針の先端のように皮膚を切るというよりは、網戸に楊子を刺す感じかな。


キュウタロウ: ほら、やっぱり刺すんだ。刺すって言った。

マツハリ先生: 私のやり方はほとんど刺すと言っても1ミリくらい。痛いっていう反応はまずないね。手で支えなければ鍼はポトって落ちちゃうよ。


キュウタロウ: 筒に入れてトントントンって指でたたくよね?

マツハリ先生: あぁ、よく知っているね。それは管鍼法といって、日本で発明されたやり方なんだよ。皮膚に当たる時が最も痛みを感じやすい時だから、垂直に安定して皮膚に入れることで極力痛みを感じない方法なんだ。学校ではこの技術を練習することになるね。私は管鍼法じゃなくて捻鍼法っていって、鍼管を使わないけど、接触するだけでOKってやり方だから、刺さらないんだけどね。


キュウタロウ: 鍼が刺さっている時は痛くないの?

マツハリ先生: 痛みを感じる痛覚は皮膚の表面にしか存在しないからね。そうそう痛く感じるものじゃない。ただ、さらに深く刺していくとドーンと重苦しく感じることはある。それを必要だと思う人もいるし、私みたいに必要ないと思う人もいるわけだ。


キュウタロウ: えー、こわいっ。

マツハリ先生: だから、1,2ミリ皮膚にあてるだけのやり方、鍼が立つくらいでやめるやり方、さらに深くまで刺すやり方などいろいろあるわけだよ。そして、鍼灸師によって何を重視するかでやり方が変わるんだ。


キュウタロウ: 刺したら血管切れない?

マツハリ先生: 血管ってかなり堅いんだよ。注射針と違って鍼灸の鍼はたわんじゃうくらい柔らかい物だから血管を切るどころか刺さらないんだよ。むしろ、血管を刺せって言われてもできないんじゃないかな、やったことないけど。


キュウタロウ: 背中にいっぱい刺してあるのをテレビで見たことあるよ。

マツハリ先生: そういうやり方もあるよね。電気を流すやり方もある。ただ、それが全てではないんだよ。筋肉を目的に刺激って考えるとそのやり方になるんだけど、本来の鍼灸はそうじゃないんだ。


キュウタロウ: 本来ってどういうこと?

マツハリ先生: 伝統にのっとった方法って言えばいいかな。


キュウタロウ: 鍼灸って昔からあるみたいだから全部伝統ってわけじゃないの?

マツハリ先生: さすがに鍼に電気を流すのは昔からじゃないよね。少なくとも戦後だろう。鍼灸の世界では異論はあるだろうけど、大きく分けて伝統を重視する古典派と科学的なアプローチを試みる科学派っていうのにわけることができるんだよ。


キュウタロウ: それって、いわゆる流派ってこと?

マツハリ先生: そうだね。自覚している人、自覚していない人それぞれいるけど分けることは可能だよ。


キュウタロウ: 鍼灸に流派があるなんてマツハリ先生が言うまで知らなかったな~。

マツハリ先生: まぁそうだよね。ひとり一流派っていうくらい際限なく別れちゃうからね。根本の発想が同じでも使うツボの場所や使うツボの数まですべて同じ意見ってことはありえないからね。


キュウタロウ: そうなの?

マツハリ先生: だから、学校教育が大変なんだよ。


キュウタロウ: それはどういう意味?

マツハリ先生: はり師やきゅう師、いわゆる鍼灸師になるには国家資格を取得する必要があるんだ。ただ、その国家資格でも当然ペーパーテストがある。そのペーパーテストはマークシート式であって、論述式ではないから、自分の目指す流派で正しいことでも、間違いだと評価されちゃうんだよ。


キュウタロウ: そっか。だったら、建前としてテスト用の正解を覚えなければならないのか。

マツハリ先生: そうだね。東洋医学っていうのは、正解があるようで、正解がない世界なんだ。


キュウタロウ: どういうこと?

マツハリ先生: 簡単に言うと、たどりつきたい山の頂上は一箇所だけど、登る道はたくさんあるということだよ。


キュウタロウ: そうか。どんなにわかりにくい道でも頂上についちゃえば目的は達成したから問題ないってことね。

マツハリ先生: 山を登る人はそれでいいんだけどね。案内する人となるとそうはいかない。


キュウタロウ: え?どういうこと??

マツハリ先生: 「治ればなんでもいい」というのは患者さんの立場から言った場合。治療する人は、こういう理由があるから、このようになるって説明出来なければいけないんだよ。


キュウタロウ: 説明できるの?

マツハリ先生: できるさ。鍼は効く人もいるけど効かない人もいるっていう立場の人は明らかにわかってないって白状しているようなものなんだよ。本来、この状態はこうなるって東洋医学的な考え方がしっかりできている必要があるものさ。


キュウタロウ: また本来って言ったー。

マツハリ先生: そうなんだ。逆に言うと、そのような本来のやり方ができていない人が大勢いるってことなんだよ。例えば、キュウタロウをお寿司につれていくとするだろ。


キュウタロウ: うんうん。

マツハリ先生: どういうお店なんだい?


キュウタロウ: えー、どんなお店ってクルクル回っているヤツで好きなヤツを選べるのがお寿司屋さんでしょ?

マツハリ先生: そこだよ。本来、お寿司っていうのは、回転寿司ってわけじゃないんだよ。


キュウタロウ: 噂に聞いたことある高級なヤツ?回らない寿司!?

マツハリ先生: 本来、寿司は高級だし、回らないの。いや、もっと昔の正式な寿司とは高級だったとは限らないんだけどね。


キュウタロウ: それで、さっきからマツハリ先生は「本来、本来」って言うんだね。

マツハリ先生: つまり、歴史あるものを説明するときに、何をもって正統派かという議論は難しくなるんだよ。多数派が良いのか、歴史が長い方がいいのか。治療の場合なら治れば何でもいいのか。


キュウタロウ: マツハリ先生はどう思っているの?

マツハリ先生: 私は鍼灸師として、治す使命は当然ある。それと同時に伝えていく使命もあると考えているんだ。


キュウタロウ: 伝えていく使命って?

マツハリ先生: 自分が鍼灸師として、一人前になれたのも多くの先輩の手助けがあったからなんだよ。だから、後輩に伝えていく必要があるんだ。


キュウタロウ: マツハリ先生が本来って何度も言うのは、その伝統を重視しているからなのね。

マツハリ先生: そういうことになるかな。


キュウタロウ: 学校を卒業して国家資格に受かればビシビシ活躍できるんじゃないの?

マツハリ先生: あのね、鍼灸の資格っていうのは「施術していいですよ」っていう許可のための免許なんだよ。だから、「治せますよ」とか「痛くないですよ」っていう保証書じゃないわけ。もともと医師以外の医療行為は禁止されているのだけれど、はり師やきゅう師の国家資格を取得すれば、この分野に限り免除されるということなんだ。


キュウタロウ: 鍼の学校行けばヒミツのツボを教えてくれるかと思っていたら違うんだね。

マツハリ先生: 学校の授業も大変なんだよ。鍼を刺す練習をするわけだけれど、誰も「鍼を刺すから病気がよくなる」なんて思っていない。


キュウタロウ: どういうこと?

マツハリ先生: 学校の授業では、健康な人が授業で練習として鍼を打つわけ。これは病気を治す授業ではなくて、鍼が刺さるかどうかという授業ってことなんだ。


キュウタロウ: それが何が問題なの?

マツハリ先生: だから、「鍼を刺したから治った」という検証が一切できないし、やってないんだ。


キュウタロウ: そりゃそうだよね。

マツハリ先生: 授業は、こういう症状、こういう病気の時にはここに鍼を刺してみましょうということになる。「鍼を刺せるかどうか」が目的であって「治るかどうか」はまったく別な話なんだけど、「刺せば治るはず」という暗黙の了解で授業が進んでいくんだよ。


キュウタロウ: そっか。

マツハリ先生: それが、最初に言った「危険じゃないのでやっていいですよ」「施術していいですよ」という資格であって「治せますよ」ってことじゃないってことなんだ。


キュウタロウ: 「施術していいですよ」ってことで資格を取るのか。

マツハリ先生: そう。だから、資格があっても治す技術のない人は多い。これが現実なんだ。


キュウタロウ: なんか、ツボとか知っていると全部病気治せるんじゃないかって思ってたのに違うんだね。

マツハリ先生: ツボのことを正確には経穴と言うんだけど、経穴の授業で片っ端から名前と部位とその近くの神経や血管を覚えるわけ。そして先生がこれは何に効くってボソッと言うんだよね。それをみんなが必死にメモする。その授業では「なぜ効くか」という話は一切でてこないんだ。


キュウタロウ: それっておかしいことなの?

マツハリ先生: まぁいろいろな考え方があるってことだね。


キュウタロウ: どういうこと?

マツハリ先生: 「ある特定のツボに刺せば治る」っていう考え方がいまのヤツだよね。ツボの性質っていう意味で穴性って言う。そうかと思えば、筋肉を柔らかくすればいいって考える人もいる。これはツボなんて関係ない。筋肉や神経を目的にしている。それ以外にも経絡といって経穴の連なりを意識して処置することもある。正確には経絡の説明は違うけど。


キュウタロウ: 経絡の説明が違うって?

マツハリ先生: 経穴の連なりが経絡っていったのは正しくないんだよ。経絡という水脈のがあって、泉のように現れるのが経穴って考える方が良いわけだ。


キュウタロウ: そういうことか。

マツハリ先生: この考え方は大切だからまた違うときに話すね。


(つづく)

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