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π  作者: 座長
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当たり前に感謝できない人間に幸せなンてやってこない

あたり前に感謝できない人間に幸せはない


私の人生が狂ったのはもう1年半前のことになる、覚えている記憶の中で最後に泣いたのは13歳の冬だったと思う。とある映画を見て泣いた、タイトルは伏せるが人間とサルが分かち合いともに生きていくといったような内容だったと思う。涙もろいほうではないし誰もその上映中に泣いてはいなかったと思う。

年頃の男女というのは非常にもろく非常に美しく、ときに非情である。

私自身小説(エッセイ?)というものを描くのは初めてなので至らない点が多々あると思うがお付き合い願おう


退屈で一番幸せだった20歳

誕生日は冬、1年で2番目に素敵な日それが誕生日。いろんな人におめでとうと言われあわよくばプレゼントまで頂けたりする。大事なのは値段ではなく気持ちだと周りの人間がよく言うし、インターネットを通じてもそのような文章をよく拝見するが、私は値段がとにかく大事だと思っている。気持ちが大事なのはわかるが値段で自分の価値を図ってしまうのだ、当時の私はそんなことミジンコほども思っておらず完全に前者寄りの思考だったと思う。

20歳の誕生日私はとても素敵なことに彼女と過ごしていた。そう俗にいうところのリア充である。(リア充とはリアルが充実しているの略称である)

おいしいご飯を食べてプレゼントをもらい、「生まれてきてくれてありがとう」といわれる、とても幸せな一日なのである。

今現在渡しに彼女という存在はない。つまり別れたということになる出会いがあって別れがあるとはよく言ったものだなと思うが、別れがあるなら出会いなどいらないと思った時期もある。19歳の夏から20歳の春まで私は彼女(ここから先は元カノと表記する)と同棲していた、一緒に住んでいた、生活していたのである。

同棲というのは非常に簡単で一緒に住んで、嫌になったら離れるだけという本当に簡単なものである。にも拘らず周りの人間は「結婚すんの?」だったり「子供できたの?」だったり想像力が豊かすぎるのだ。

好きな人と一緒にいたいと思ったから同棲した、それだけではだめなのだろうか?


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