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灰色の空  作者: 珍古
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山男との出会い

 誰もが理由があって生まれてくる。天涯孤独の人でも、生んでくれた母親と種まきしてくれた父親がいるはずである。突然、意味もなく湧き出る蛆虫だって、ハエのパパとママから生まれてくる。僕は親の顔を知らない。死んだ祖母は僕が生まれてすぐに死んだと言っていた。僕は子供ながら、その話をすると辛そうな顔をする祖母を気遣い、その話はしないようにしてきた。



 その日、僕は、山手線で大崎に向かっていた。治験のための面接という名の身体検査に向かうためだ。

 電車の中でぼんやり会社のことを考えていた。僕は入社した当時、職場にあまり馴染めずにいた。原因は森田課長だ。僕をことあるごとに揖斐ってくるのだった。さらに腹立たしいのは、彼はKOOLというタバコを吸っていたのだが、「KOOLってKiss Only One Ladyって意味なんだぜ。」と、毎回同じうんちくを女子社員の前で披露し、無理やり接吻しようとするのだった。それだけでも万死に値するのだが、こともあろうことか、僕の片思いの美樹にまで同じことをしたのであった。

 だがそんな、人としての価値は限りなく0に近い彼でも、僕より仕事が出来て、僕をいびってくるのだった。そんなこんなで僕は軽い鬱になっていた。

 そんなときに、人事の高橋部長が相談に乗ってくれたり、「菅野は絶対これから結果が出る。森田、もう少し長い目で見てやってくれ。」と、僕をかばってくれたりした。僕は、僕の事を助けてくれた人の為に、何が何でも結果が欲しくなった。すると、不思議なことに、成績も伸びて、同期では一目置かれる存在になり、森田課長の嫌がらせも無くなった。

 僕は、就職活動が上手くいかなかったほうだった。受けた所はすべて落ちた。もう駄目か、と思ったとき、僕のとっていたゼミの担当講師から、「うちのゼミから、一人人材を欲しがっている変わった企業があるんだがどうする?」と言われ、その話にとびつき、内定をもらった。その企業はアパレル業界ではかなり名の通っている企業で、なぜそんなところから?と疑問をもったが、職場はお洒落で、いつしかその企業の一員として働いている自分に誇りを持つようになっていた。


 大崎駅に着き、歩いて15分ほどの病院へむかった。歩きながら思った。僕は、仕事を探したくない。働きたくないわけじゃない。できれば社会と繋がっていたい。こんな、自分の命を金に変えるような汚いことはしたくない。だが、仕事を探す気にはなれない。怖いのだ。また切り捨てられるのが。そんなことを考えているうちに病院に着いた。


 受付の女性に治験のことで来たことを告げると、6階の会議室のような所に通された。真っ白な壁に、長机が4つ。その上にはペットボトルのお茶が置いてあった。僕の他には、学生であろう男性が10人、髭面の山男のような奴、ヤクザ風の男、などの、様々の人種が来た。周りの人間は僕を見て、どんな印象を持つだろう。差し詰め、リストラされ、就職浪人しているさえない男とでも思われているのだろう。

 担当者が来るのを待っていると、山男が話しかけてきた。

 「あんた、初めて?」山男は大柄な体格にいかつい髭なので、どんな恐ろしい男かと思ったが、近くでみるとなかなか人懐っこい眼をしている。

 「はい、初めてです。」僕は聞かれたことに素直に答えた。

 「そうか・・・。このバイト、すげー暇だからさ、話し相手居ないと頭おかしくなっちゃうんだぜ。俺は額田ってんだ。よろしくな。」彼はニコニコしながら握手をしてきた。なんだか同じ日本人とは思えない、外人と話しているような気がした。


 担当者が来て、薬の簡単な説明をされ、記入用紙に今まで病気にかかった既往などを書き、医者に聴診器などを当てられた。尿検査や採血などが終わり、同意書と諸注意の書いてある紙を渡された。

 「今日の結果はメールで通知します。そのとき、次回の集合時間、持ち物も発表します。それでは今日はご苦労様でした。」担当者はそれだけ言うとすぐ部屋から出て行った。



 僕が帰ろうとすると、額田が話しかけてきた。

 「せっかくだし駅まで一緒に帰ろうぜ」見かけによらず、中学生みたいな奴だ、と僕は思った。

 帰り道、額田は、治験の体験談を話してくれた。起床、消灯がはやく、起こされると採血から始まり、小便のたびに紙コップに入れ、何cc出たか申告する。メシは不味く少ないなど、聞いているだけで嫌になった。


 僕が東京駅で乗り換えようとしたときに、額田は突然、

 「今日、どうせ暇なんだろ?飲みに行こうぜ。ここで会ったのも何かの縁だ。店はお前さんの好きな店でいいぜ。」と言い出した。僕は、今日会ったばかりの、素性の知れない男と飲むなんて、不安でならなかった。会話は持つのだろうか。大体どんな話をすればいいんだ。しかし、上手く断ることもできず、結局、僕は額田をGの酒場に連れて行くことになった。ゲンなら、客商売だし、どんなタイプの人間とも上手く話してくれる。僕が会話に詰まってもどうにかしてくれそうだ。

 読みは当たった。それどころか、額田とゲンは意気投合して、会話は盛り上がった。話して解ったのだが、実は額田は、フリーのジャーナリストで、色々な人生経験を踏んでいて、色々な事件の裏話などをジョークを交えながら話してくれた。


 こうして僕らは朝までビールを飲みながら盛り上がった。


 「じゃあ、治験の日にまた会おうな。」額田はフラフラの足取りで、小岩の朝もやの中に消えていった。

 「あいつ最高だな。今日は連れて来てくれてありがとうな。」ゲンは僕に礼を言った。感謝してるのはむしろ僕の方なのに。

 「治験終わったらまた額田さんと飲みに来るよ。」僕はゲンに手を振り、家に帰った。


        ・・・



 翌日、パソコンのメールを見ると、治験の担当者からメールが来ていた。

 『治験への登録ありがとうございます。それでは11月○日、朝9時に集合ですのでよろしくお願いいたします。


 持ち物・・・寝巻き、下着1週間分、歯ブラシ、髭剃り、湯飲み、外出は基本できませんので、必要と思われるものはあらかじめご用意下さい。それでは当日お待ちしております。』


 しばらくすると、額田から携帯電話にメールが来た。どうやら彼も参加が認められたようだ。

 僕は適当に額田にメールを返信すると、治験の間、暇つぶしのための本を買いに、神保町まで出かけることにした。

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