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灰色の空  作者: 珍古
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プロローグ

   プロローグ  


 よく言われる言葉に、一寸先は闇という言葉がある。

 誰だって、明日のことはわからない。とんでもない不幸が両手を広げて待っているかも知れないし、信じられないような幸せが訪れるかもしれない。ただ、ほとんどの場合、明日も今日と同じような日がやってくることを、人は知っている。ありふれた日常に麻痺しているのだ。僕もそうだった。今日、リストラされるまでは。


       2008年11月


 美樹「菅野さん、人事の高橋部長が呼んでましたよ」美樹は職場の後輩でスレンダーな体に似合わず、あどけない顔をした、俗に言う、美人さんだ。

 「はーい、ありがとさん」間抜けな声で答えた。その先に待っている不幸など、考えてもいなかった。


 部長「菅野君、調子はどうかね?」部長はいつもと変わらない、穏やかな口調で言った。

 「やはり、サブプライム、リーマンショック、追い討ちをかける円高ドル安のせいで、うちのようなメーカーは大変です。特に、私のように営業にいると、かなり実感させられますね。」

 実際、営業にいる僕にとって、数字が全てだ。僕自身の成績は、同期の中ではまあまあだ。僕は二流大学をまあまあの成績で卒業した後、この、アパレル業界では大手のYUMIKO TAKAGIに入社した。仕事は華やかで楽しかった。この仕事が、劣等感の強かった僕にプライドとアイデンティティを与えてくれた。僕はこの仕事が好きなのだ。

 部長「そうか・・・。今日は君にいい話と悪い話がある。どちらから聞きたいか?」部長はいつもこんな感じで、映画の台詞みたいな言い方を恥ずかしげもなく言う。

 「良い話からお願いします。」僕は知っている。こうゆう時、本当は悪い話が本題であって、良い話はたいがいどうでも良いのだ。

 部長「では、良い話だ。うちの娘がついに英検3級に受かったんだ。すごいだろう?」本当にどうでも良い話だ。

 「おめでとうございます・・・。」

 部長「では、本題に入ろうか。君もよく知っているようだが、現在とても不況だ。消費者の意識は我々の作るような高価なモノを買う時代からユ○クロみたいな安価でシンプルなモノを求めている時代に変わったんだ。そして、今、わが社は好景気のアジア、ロシアにターゲットをシフトさせる動きになってきた。君の同期の坂本君もBRIKSをマーケットとしたプロジェクトに参加してもらっている。彼は中国語が堪能だからね。」部長は一体何を言いたいんだろうか?だんだん僕は嫌な予感がしてきた。

 部長「君もせめて英語だけでも出来たら上にアピールできるんだが・・・。」

 「部長、一体僕は今日何のために呼ばれたんですか・・・?」もう話が見えてきた・・・。なんてことだろう。自分は子供の頃に両親が離婚し母方の祖母に引き取られた。その祖母も去年亡くなり、ほぼ、天涯孤独の身であった。自分独りの為だけに働いてきた。その為、貯蓄もあまりしてない・・・。そんな考えが一瞬の間に走馬灯のように頭の中を駆け巡って行った。

 部長「本当に残念だが、再就職を考えてみてもらえないか?私も君のような真面目な社員を失うのは辛い。出来る限りのサポートはしていきたいと考えている。」部長は採用試験の頃から僕のことを気にかけてくれていた。採用試験でも、入ってから営業に移りたいと申し出たときも、いつも力になってくれていた。そんな彼が自分の意思で僕をクビにするはずがなかった。きっと上層部で一斉解雇の話が出たときにはすでに僕はクビになることは決まっていたんだろう。僕は彼のことを恨むことは無かった。

 「解りました、今まで本当にありがとうございました。部長にかわいがって頂いたご恩は忘れません。」

 部長「すまない・・・。」





 デスクに戻った僕はもう仕事どころではなかった。もう、今やりかけの仕事を片付ける気も、今後何をするか考えることも出来なかった。僕は蛍光灯の明かりをボーっと見つめていた。

 美樹「魂抜けちゃったみたいな顔してどうしたんですか?」

 「ああ、ちょっとね・・・。」もう泣きそうだった。いや、泣いていたかもしれない。誰かに話して少しでも楽になりたかった。

 「なあ、美樹、今日飲みに行かない?」僕は捨てられた子犬のような目で見つめた。

 美樹「いきなり言われてもなぁ・・・。また今度誘ってください」彼女はすまなそうに言った。



・・・



 女社長はオフィスの窓から、灰色の空を見上げながら憂鬱になっていた。自身の会社の経営状態は過去に類を見ない不況のせいでいつ潰れてもおかしくない状態であった。だが、ワンマン経営だったYUMIKO TAKAGIの経営状態の実態を知るものはごく一部の役員だけであった。

 女社長は空の色と自分の爪の色を見比べながら自身の人生を振り返っていた。旦那を捨て、幼い子供を捨て、仕事のみに生きてきた女は、ついに全てを失う日が目前に迫っていることにはあまり恐怖は無かった。ただ無念なのは・・・。ドアをノックする音がした。

 部長「人事の高橋です。失礼します。」

 「あの子はどう?やっぱり落ち込んでた?」

 部長「ええ、でも誰よりも彼を可愛がっていた私からの宣告だったので、きっと解ってくれています。」

 「そう・・・。ありがとう。他にあの子にしてあげられることがもしあったら、そのときはお願い。」

 部長「はい・・・。きっと彼も暫らくたてば、この半ば強引なリストラも愛情あってのことだと気づくでしょう。もう少し遅れると、退職金も満足に出せなくなる可能性が出てきます。」

 「高橋、色々ありがとう。あなたもこの泥舟から降りてもいいわよ?」

 部長「大丈夫ですよ。わたしはあなたを最期の瞬間までお守りします。独りにはしませんから。」高橋は女社長の髪をそっと撫でおろし、接吻をした。



     ・・・ 



      1982年

 

 高木由美子は悩んでいた。2歳になる息子をあやしながら趣味でデザインしたドレスを、興味本位で公募したところ思わぬ評価を受け、大手婦人服ブランドからスカウトされていた。

 夢を追ってアパレル系の企業に就職したが理想と現実はかけ離れていた。クリエイティブな仕事はそこには無かった。由美子は早々と結婚し妊娠がわかり次第すぐに退職した。家庭に入ることに疑問は無かった。しかし、心の片隅にあった未練が由美子を動かしてしまった。


 「母さんごめんね。」

 母親「ほんとに最低な母親だよ。もうこの子の前に現れるんじゃないよ!」


 由美子は子供を母親に押し付け、旦那と別れ、デザイナーの人生を歩んだ。留学し海外でも評価されるようになり帰国後、独立した。YUMIKO TAKAGIの設立である。バブルの後押しもあり服は飛ぶように売れた。事業を拡大しバブル崩壊後もなんとか生き残った。 

 





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