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八 導線

挿絵(By みてみん)


八 導線


 

 おそらく、マミルたちはこの中だろう。

 だが、明らかにこれまでとは雰囲気が違う。私は、妙な胸騒ぎに足が止まった。


「ね、ねぇ、拓馬……」

 振り返ると、拓馬は「これ以上は危ないよ、引き返そうよ」と言って私の背後に必死と隠れている。


 スキルレベルがものを言うテンプトアルにおいては、性別による優劣の差など存在し得なかった。事実、私の足元には幾人もの男たちが跪いてきた。


 しかし、ここは地球。男が女を守るのが美徳とされているのを毎週のドラマや映画で私は学んだ。

 いくら足が不自由とは言え、「俺は地球人だ!」とか言い張りながら、そんな文化の前提をあっさりと灰に帰すような拓馬の腐った性根に、正直幻滅する。いっそ、思い切り殴り倒して再度記憶喪失にしてリセットした方が、元のダークマ総帥に書き換えし易いのではとさえ思う。


 とはいえ、スキルの使えない今の私は無能力も同然。そうなると、私を押し上げていたパラメータのほとんどを失っているのは事実だ。

 それでも、体得している戦闘術があればどうにかなるかという期待もあるが、この先に何が待ち構えているのかは全くの未知数であって、安心材料は皆無。


 私独りでは心配。やはり、少しでもこちら側の戦力は確保したい。

 でも、それを女を盾にするような男に期待できるわけもなく、私は僅かばかり感じた恐怖心を打ち消そうと、張り上げた声で誤魔化してみた。


「ちょっとぉ~! マミルゥ~!! あんた、そこにいるのぉ~?!」


 すると、「リリスちゃん、こっちよ! ちょうどいいわ、早く来て!」という、張りのあるマミルの声が扉の隙間から聞こえた。

 少し安心した私は、「何よ、勝手に消えないでよね」と、いつものノリで、その扉を勢いよく押し開ける。


 ――本当は、その時点で違和感に気付かなかったわけではなかった。


 私は、それに気付くチャンスがあったのだが、内心抱いていた慣れない恐怖心に戸惑い、平静を装うのに必死だったのだ。私がそれに気付く前に、唐突に投げつけられたマミルの言葉によって、その機会を失った。


「あっ、ヤベっ! リリスちゃん、そっち行ったわ、気を付けて!」

 えっ、何? こっちくる? 何がよ?!


 突如、目の前に光景に、私は懐かしささえ覚えた。

 無色で透けてはいるが、中心部から放出される青い光で体の輪郭を浮き上がらせている。こいつはまるで、六本の足がある犬のような形態で、俊敏に動く。


「あ、亜生体……?!」

 それ以外には思いつかない。亜生体は生命の中間物である以上、地球でも発生しないとは言い切れない。ただ、その発生過程には時空歪による次元圧縮に加えて、実のところアルケミーエネルギーの影響もある。それも、多分に。


 発生した亜生体が本来不安定な中間状態を維持できるのは、アルケミーエネルギーの触媒反応によって、生成時に濃度の高い皮膜状のゲル化エネルギーが形成されることによる。

 つまり、触媒のない地球では、亜生体の発生過程でその存在を維持できず、即時消失してしまうのだ。


 ――理論的には、そのはずだった……のだが。

 おかしい……現にこうして、亜生体が目の前にいる。すなわち、発生する瞬間、そこにアルケミーエネルギーが存在していたことになる。


 すると亜生体がこっちに向かって来た。

「ヤバい。スキルの使えない私じゃ、荷が重過ぎる!」


 足がすくんだまま、入り口から動けない私たちに向かって、亜生体が猛進してくる。すでに、周囲の木材や陶器の残骸と思わしき物が、そいつの体に取り込まれている。反撃しないと、私もこいつに喰われて、その体の一部になってしまうだろう。

 ――そんなの、いやだ。ちくしょう!


 なんとかしないと……私の背後では拓馬が目をひん剥いて怯えている。元はダークマ総帥とは言え、こいつは本当に使えない野郎だな。


「リリスちゃん、能力を使って!」

 えっ?!

 ――マミルは何を言っているんだろう。私は使えないって知ってるよね――と内心諦めに近い心境で突っ込みを入れつつも、無意識の内に、私は制服のタイを引き抜いていた。

 そして、続け様にシャツを思い切り引き剥がす。その行為は、肉体が覚えていたあの頃の記憶。

 ちぎれて弾かれたボタンが、拓馬に向かって飛び散り、驚いた表情で開け放ったままの口に飛び込んでいく。


 感じる。肌が、全身が――これは、まさしくアルケミーエネルギーだ。そして、近づく亜生体から漏れ出す生命エネルギーが強いコントラストを放って私の表皮に浸透していく。

「この感じ、ひょっとして」


 『アニマ』この能力をもってすれば、亜生体の処理など容易いもの。そう、この能力さえ使えれば。

 亜生体が私に向かって飛び掛かる。私はそれに合わせて右手をかざした。それは、半ば反射的な動きだった。

 そして亜生体は、その腕にかぶりついた。

 肘までずっぽり。腕一本丸々持っていこうという、えげつない奴め。寄りにもよってこの亜生体は、気性が荒いようだ。


 これまでは、私の能力”アニマ”によって如何なる戦地もほぼ無傷で乗り切ってきた。この能力は、使い方しだいで対亜生体にも、対人間にも絶対的な攻撃力を持つ。

 まるで、強力な吸引機に腕が巻き込まれたような痛みが走る。

 私は歯を食いしばった。それに逆らわず、逆に中に押し込んでいく。そして、亜生体の口腔が私の腕を完全に飲み込むと、自然に力が入った。


 グボォゥアァァ~!

 なんとも生理的に受け付けない音。そしてなんだか……懐かしい。

 私には、はっきりそれが分かった。その声は、実際に空気を鳴らして聞こえたのではない。それは、物理的な実体を持たない亜生体特有の鳴き声だ。私がアニマで亜生体を握り潰すとき、いつも聞いてきた断末魔のような叫び声。


 私の手の平から強い光が放たれる。これは、アルケミー反応発光だ。

 能力を使用するときに発生する、アルケミーエネルギーとスキルコードの反応で見られる一般的な現象。そしてそれは、まさに能力が使えることを示すエビデンスだ。


「本当に、能力、使えるんだ」

 体中の遺伝子が活性化しているような、強い高揚感と刺激が末梢神経に至るまで走り廻る。私のアニマは、亜生体を作り出しもすれば消すこともできる。そして、コントロールすることも。

 私は、亜生体の生体エネルギーを内部から圧縮し、エネルギー密度を攪拌して不安定化させた。すると、声とも紛うその音を一層荒げ、亜生体は消失した。


「やったわぁ! リリスちゃん、やるじゃない! やっぱり私の眼に狂いはなかったわね!」マミルが駆け寄ってくる。

 そして、彼女は徐に私の胸を揉みしだく。

「それにしても、リリスちゃんの能力、とっても魅力的よね。こんなあられもない格好で」


 てめぇ、何やってんだよ。マジ殺……あっ?! しまった!

 そうだった。咄嗟のことで忘れていたけど、私は今、ほぼ下着一枚になっていたんだ。


「いやいやいや、これはその、私の能力は肌を露出しないと上手く使えなくて――って、拓馬、こっち見てんじゃねぇよ!」

 私は真っ赤に燃え上がる拓馬から身を離し、慌ててボタンの弾け飛んだシャツを羽織った。

「み、見てねぇよ! ……俺はリアル女子には……興味ねぇし」拓馬はそんなことを言いながら両手を目に当てているが、胸に押し広げられるシャツを必死に両手で抑える私を、指の隙間からしっかりと見ている。

「てめぇ、ガン見してんじゃねぇかよ! バレてねぇと思ってんの?」

「ひぃ~! 見てないってば」


 そんな私たちを見て、ニヤつくマミル。

 そしてその後ろにいは、いつものように不敵な笑顔を絶やさない栗栖と、危うく存在感のなさで見逃しそうになりつつも、沙羅が飄々とした表情でこちらを眺めている。

 ――そんな風に達観されると、余計に恥ずかしく感じるからやめてほしい。


 そんなことよりも、私に聞かなければいけないことがある。

 この格好の事は一つの問題ではあったが、『ここで能力を使えた』ということが大きな問題であり、その驚きが先行した私は、ふざけるマミルを差し置いて、素直にその理由を尋ねる。

 すると彼女は、興奮した様子でどこからともなく取り出した眼鏡を掛け、コスプレ紛いの様相で答えた。


「おっほん。ここは太古から存在する定常的なリークスポットなの。次元の揺らぎによってムラはあるけど、テンプトアルからアルケミーエネルギーが常に漏れ出しているわ。だから、昔からここは聖地として崇められ、今もなお禁足地とされているの。山に入るとき、金網の施錠を解いてきたでしょ?」


 施錠、だって?

 私は呆れた。確かに、学校の裏手に回って少し登った所にフェンスがあり、マミルがどこからともなく出したカギで門を開けていた。だが、あんなもの金網に手を掛ければ簡単によじ登れる。

「あんなの子供だって容易く越えられるわよ。仮にも、ここは地球の物理法則から外れる空間なわけよね? 無防備過ぎでしょ、これ。どんだけ平和ボケしてんのよ、日本人は」

「あら、そんなことはないわよ。ここに入るとき、気付かなかった?」


 はっ? ……なにを?

 ――なんだっけ、そう言えば何か違和感を感じたような。っていうか、またマミルがドヤ顔してる。ホントむかつくわね。亜生体の前に、こいつ消すべきだった。

 そして、さらに栗栖が、これでもかというキメ顔で追い打ちをかけてくる。


「ここには結界が張ってあるんです。私たちが許可した者でないと、この社殿周辺は視認することすらできません。この結界は、太古のリークドビヴロスタが本殿の四方に配置したアルキマイトに、能力をインストールしたものです。発動したのは数百年以上前と聞きます。今なおそれが生きている。とても強力な能力ですね」


 あぁ、そうか。結界だ。

 私は思い出した。あの時の違和感。目を瞑り、意識を集中すると確かにそれを感じられる。この本殿の中に一重、それに、社殿全体を包み込むように、もう一重存在している。二重構造の結界、それも、それぞれ役割が異なっている。これは確かに、高度なスキルが成せる業だ。


 ……わたしとしたことが、そんなことも気付かなかったなんて。このボケた日本に長くいたせいで、鈍ってしまったのかもしれない。


 栗栖の前髪を風がなびかせる。

「そして、その結界は、これを守っているわけです!」彼は、社交ダンスのワンシーンを切り取ったように滑らかなステップを挟んでバシりとポーズを決め、部屋の中央を指さした。


 そこには一メートル四方程度の祠のようなものがある。人の丈程で、材質、デザイン、どれをとってもこの社殿にはにつかわない異様さを醸し出している。

 次いで、栗栖のウィンクに合わせて、絶妙な立ち位置で構えていた沙羅がその遺物に手をかざすと、まるでタイムラプスで捉えた花弁の開花のように、八葉の弁に分かれてひらりと開いた。中には強い光源があり、暗闇に慣れていた私の瞳孔は、そこから放たれる光の強さに追いつけず、思わず顔を逸らして視線を離した。


 すると、そこにいたマミルが腕を組んで祠を見つめ、何やらうんうんと頷いている。そして、彼女は言った。


「栗栖君、沙羅ちゃん。ちゃんと練習通りいったじゃない。良かったわ……」

 二人のナチュラルな連携は練習の賜物かよ。何やってんだ、こいつらは。


 それにしても、この光景。徐々に慣れてきた目を部屋の中央に投げかけると、そこにあるのはなぜだろうか、私にとって驚きよりも、どちらかというと懐かしさに近い感情を与えてくれる。

 遺物の機構は明らかにアルケミーテクノロジーの産物。

 ――そして何より、そこから放たれる光。


「この光がリークスポット。テンプトアルから、常にリークが発生している。こちらからは、触っても何も起きない。この小祠は『シャンバラ』と呼ばれる、古代から継承された遺物。次元リークを防ぐものじゃなく、単に外からの検知を防止するもの」沙羅が参考書を読むように淡々と発する。


 それはまるで、宇宙空間の銀河系を俯瞰したミニチュアのようだった。部屋のちょうど中心部。光り輝くそれが、中空に固着したかのように浮いている。中心部はより一層強い光で満たされており、私は眼球に焼き付くようなその光を避けようと、目を閉じた。

 網膜に突き刺さるような鋭い光源が粒のように散らばり、柔らかく粘性を帯びた別の光がそれらを包み込んでいくつもの渦巻く潮流を作る。それらが幾重にも折重なってより大きな球体状の光体を形成している。


 痛覚に流れ込むようなこの光。

 私は、思い出した――総帥と次元リークの事故に巻き込まれたあの時、私たちが飲み込まれたのは、ちょうどこんな光だったような気がする。あの時はもっと大きなものだったが、おそらく本質は同じだろう。


 目を閉じると、ひしひしと感じる。皮膚を突き抜けて感じる波動が、次元の繋がりを教えてくれる。ここを遡れば、テンプトアルに帰れるのに。残念ながら、次元リークは一方通行だ。

 マミルが言うには、このような定常リークが地球上に数箇所存在していて、それが古代からの伝承の中心として語り継がれ、守られてきたそうだ。ここ数年は、特に日本のリークスポットが活性化していると言う。


「そう、私たち風紀委員の役割は、地球上のリークスポットを世の中から隔離すること、そして、そこから発生する亜生体の除去。さらに、リークドビヴロスタの管理と異能で悪さをする奴らのお仕置き。で、今日はここの異常反応を検知したから偵察に来たってわけ」


 風紀委員、めんどくさい組織に入っちゃったもんだ。でも、アルケミースキルを取り戻せるなら、もう少し付き合ってやってもいいだろう。まずは魔丸をマミルから入手しないと。


「あれっ?」

 などと考えていた私は、その変化にふと気づいた。

 波動が徐々に振幅を増している。……これは、大きな次元振動の前触れだ。能力を使えるここでは、その波を感じ取ることができる。次元波動は、私のコントロールできる生命エネルギーにも干渉するからだ。


「みんな、危ないっ! ここから離れて!! 大きい次元振動がくるわよ!!」

 すると、光の球体が強弱を繰り返し、本殿の内部に暗闇と光が行き交う波を生み出した。


「……来た」



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