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七 委員会活動

七 委員会活動


「あっ、あったわ。この先よ!」

 丹塗りが剝げ落ちて色彩を失った鳥居の下を潜り、マミルがすたすたと先を歩く。


「ちょっと、ねぇってば、マミル! いったいどこに行くのよ?!」という私の言葉には反応もせず、彼女は高々と隆盛する草木にその姿を消した。


 久しく誰も人が入っていなかったのだろう。

 道と思わしき箇所は野草に埋もれ、精々轍ほどの溝があるくらいで、なんの導にもなりはしない。

 だが、草の隙間から見え隠れする前方の光景を少しずつ足し合わせていくと、その先に古びた神社が視認された。


「いつも迷っちゃうのよね、ここ。この神社が目的地よ」

 前方から、そんなマミルの声が聞こえてきた。


 ここは亀島高校の裏に位置する山、通称『流山ながれやま』と言うらしいが、GPSマップで確認してもここにこのような神社があるという情報は得られない。地域の歴史の中でもすでに忘れ去られた遺物なのか、それとも敢えて隠された聖域なのか。


 必死になって草を掻き分け、私はようやくマミルに足を並べた。

「へぇ、こんな山中にに神社なんてあるんだ」

「そうよ。うちの生徒でも、ここを知っている人間はいないわ。私たちを除いてね」

「どうしてよ。ここって学校のすぐ裏じゃない。頭の悪い幼稚な男子なんて、探検ごっことか言って来てそうじゃない?」


 私は、アイドルがどうとかゲームがどうとか下らない話ばかりして、あげくこの私をカラオケとかいう意味不明な催しに誘ってくる平和ボケも大概なクラスのクソ男子共を思い出して、無性に腹が立ってきた。

 ――あんな奴ら、テンプトアルなら絶対に生き残れないわ。


 向こうでは、いつ敵国の攻撃に遭って戦火に巻き込まれるか分からなかったし、亜生体による被害も増加していた。

 私たちの日常は、命を保証されたものではなかった。


 だからこそ、呼吸が飽和したようなここでの生活は、まるで生きていることが軽々しいことにさえ思える恐ろしさがあった。

 そんな思いに男子生徒たちのアホ面が重なると、私はつい口に出して言ってしまう。

「……あんな奴ら、亜生体にでも食われちまえばいいのよ」

 っていうか、こっちの世界じゃ亜生体は発生しないんだっけ……。


 マミルはまぁまぁと私の肩を叩き、片目を瞑って不敵に笑った。


「みんな、知らないだけよ。自分たちが、何によって守られているかをね」

「何によって……どういう意味よ」


 私はふと、昨日までのことを思い出した。


 アルケミーエネルギーのないこの地で、マミルたちがスキルを使えるという衝撃の事実。そして拓馬がダーク総帥だったこと。

 そして、そのことをマミルたちは知っていたこと。さらに、それを知り得た沙羅が、じつはサルサの妹だったということ。


 ……私の中では、もうぐちゃぐちゃよ。


 そして、私はマミルに聞いた。それを押さえないと、この小憎たらしい女に好き勝手やられることになるからだ。私自身の存在価値を確かなものにするためには、どうしても必要なこと。


 ――それが、昨日のことだった。



 

昨日@亀島高校/風紀委員会室


「で、あんたたち。ここには肝心のアルケミーエネルギーがないのに、どうやってスキルを発動してんのよ?!」


 正直言って、立場的に下手に出る感じになるから、直入に聞きたくはなかった。が、そうも言ってはいられまいと、覚悟を決めた。


 とは言え、分かっちゃいたけど聞いた相手が悪かった。

 マミルはこれ見よがしに指先から炎を出してドヤ顔をキメている。たまにこっちを見てウィンクとかしているのがマジ腹立つ。


 だから、それをどうやって出しているかを聞いているんだってば、このクソ女が。と、思ったけど、口には出さない。


 私だって能力さえ使えれば、あんたなんか瞬殺なんだから、なんて思いながら歯ぎしりしていると、マミルがピストルの銃身から立つ煙を吹き消すように、指先の火をふっと吹き消す。

 白い煙が私の顔にかかってるっつうのよ、このアホ。


 そして、マミルがオクターブ高くした猫撫で声で言った。

「なんだ。本家テンプトアル人はアルケミーエネルギーがないと何もできないのかにゃ?」


 カチンッ!

「なによっ! 四の五の言ってないで、いいからどうやってんのか教えなさいよ!」

 ったく。マジ今すぐ殺したい。てめぇ、ふざけてんじゃないわよ。


 すると、マミルが「ごめんごめん、冗談よ」と言いながら、小さなポーチから包み紙にくるまれた丸いものを取り出し、私に向かって一つ投げた。

 中空で弧を描くそれを、咄嗟に掴み取る。


 手の中のそれは、真っ赤に色付けされた包装がやけに目立っている。

 そして、外装を剥がす。内側にも白い紙があり、二重構造で包まれた丸い物体を取り出す。


「……これって、飴?」

 それは、赤とも青とも言い難い、なんとも毒々しい色の球体状の個体。少し硬めのグミのような感触。

 色さえ見なければ、ソフトキャンディーと言って相違ない。


「うん、飴ちゃん。食べていいよ」

「おっ、サンキュ。ちょうど口が寂しくて甘いものがほしかったんよね……って、んなことどうでもいいわ。ボケっ! あんた、ふざけてんの? 私は飴なんか舐めてる暇ないのよ!」


 マミルは、驚いたような表情を見せる。

「ほぉ、感心。テンプトアルから流れ着いたわりに、もぅノリツッコミまで習得しているとは、なかなかの手練れね」

「でしょ? ってマミル、人の話聞いてんの? マジ、殺すわよ」


 私は、言葉のほとんどをテレビで覚えた。そのせいもあって、つい癖になりつつある関西バラエティのノリで返した自分を後悔しつつ、マミルへの殺意でそれを上書きして誤魔化す。


 しかし、今歯向かっても能力を発揮できなければ、こっちが不利になるのは自明だ。ここは一旦、抑えるしかない。


「あの……この飴、なんか関係あるの?」


 マミルが私の手からその飴らしき物体を掴み取り、自分の口に含んだ。そして恥ずかしげもなく舌を突き出すと、その上で転がして見せた。


「リリスちゃん。よく見てなさい。これが、能力の源よ」

 飴にはマミルの唾液が絡み、日の光を艶めかしく反射している。彼女の舌がまるで別の生き物のように動き、その飴を濡らしていく。


 ――ったく。こいつ、なんのつもりよ。そんなの女の私に見せつけても……。

 って、忘れていた。横には拓馬もいたんだ。


「ねぇ、拓馬ちゃん。ほら、こうやって舌で舐め回して溶かすのよ。どう?」さっそくマミルが拓馬を捕まえて色仕掛けをかましている。


 そして拓馬は、「いや、あの……お、俺、リアル女子は……あの、ちょっと……マジで、勘弁してよ」と顔を真っ赤にして必死に目を逸らしている。

 その姿は、童貞代表のテンプレートのようで、見ていて痛くなってくる……けど、実際のところ、ダークマ総帥って、どうなんだろ?

 確かに周囲に美女は多かったけど、あまり興味あるようには見えなかったし……一見悪行の限りを尽くしているようで、その躰は汚れを知らな……って、きゃー!

 ――私、何考えてんのよ!


 などと思考を巡らす自分がなんともむず痒く、寒気もするが、火照りもする。とにかく、これは尋常でない状況だ。一刻も早くマミルを黙らせて打開せねば。


 ったく、なんなのよ、この光景は。とんだ茶番だわ。

 そろそろ冗談のマージンを食いつぶして、怒りを覚えた私は、拳を握りしめてマミルに駆け寄った。

 そして彼女の襟元を掴み上げたそのとき、私はようやく気が付いた――その変化に。


 マミルの口先にある飴が徐々に光を放ち、まるで赤いドライアイスのような煙とも気体とも言えぬ何かがそこから流れ出していた。マミルはその物体ごと口の中に吸い込み、深呼吸する。わずかに彼女の口から漏れ出たそれが、私の飲んだ息に紛れ込む。


「ウソ。これって……」

 私の中で、遺伝子の一部がざわついた。それは、テンプトアル人に組み込まれたスキルコードと呼ばれる塩基配列。

 こっちの次元に墜ちてから、ずっと眠り続けていたそのコードが、今わずかではあるが目を覚まそうとしている。


「これは、間違いなくアルケミーエネルギー。いったいどうやったの?!」

 アルケミーエネルギーはアルキマイト以外には反応せず、他のどんなエネルギーにも安定的に優位状態にあるから、エネルギー転換が困難だとコーディックから聴いたことがある。

 だからこそ、何らかの反応体に置き換えて圧縮保管することが難しく、現に、彼はそれを実現するために重箱ほどの大きな装置とマスク型のデバイスを開発していた。それも、スキルの発現時間は二時間程度。テンプトアルの最高技術でもってそのレベルだ。


 だが、マミルはただ、この小さな飴みたいなものを舐めているだけだ。

 本来のエネルギー状態とは形態こそ違えど、そこに含まれるのはまさにアルケミーエネルギー。どんな技術があれば、こんなものを開発することができるのか。疑問は尽きない。


 私は、マミルにスキルの持続時間を尋ねた。ひょっとしたら、ほとんど持続しない可能性もある。これもハッタリに過ぎないかもしれない。


「うふっ、リリスちゃん、興味津々ね。舐めてる間は持つわよ。大体なくなるのに三、四時間ってとこかしら。地球ではすでに千九百年代初頭にシャルルという研究者によって開発された技術よ。当時はこれを、エクトプラズムと呼んでいたわ。そして彼も当然、リークドビブロスタだった」


 ――この大きさで三、四時間?!

 エネルギー効率はコーディックのシステムを充分に上回っている。私が心の内で驚嘆していると、いつの間にかマミルが拓馬を脇に固めてヘッドロックをかましている。彼女の巨乳が密着し、彼は既に虫の息だ。


「さ、拓馬君もどう? 私のを少し上げるわ。さぁ、口を開けて」


 あぁ~ん。

 マミルがそう言って拓馬の口に自分の唇を押し当てようとしている。


「ごらぁー!」

 で、私は間髪入れず拳を突き出した。


 ……拓馬の頬に。

「おぶつぅ~!」


「ちょっとぉ! 何やってんのよ、マミル!」

 私の拳にいつもの感覚がほとばしる。あぁ~、総帥……またやってしまいました。ごめんなさい――。

 でもなんだろ、毎回感じるこの快感……。癖になりそうで怖いわ。


「……リリス、てめぇ……なんで毎回俺なんだよ……ぐふぁっ」

「拓馬がボケッとしてるからマミルがつけあがるのよ……マミルも、拓馬捕まえてふざけるのいい加減にしてよね。本当は崇高な総帥なんだからね! あんた知ってんでしょ!」


 私がそう言ってとりあえず誤魔化すと、マミルが悪気の欠片もなく「いやだなぁ、リリスちゃん。冗談よ、冗談。ってか、あなたが言っても説得力まったくないわね。拓馬君、かわいそう」などと痛恨の台詞を吐いてくる。


 このままだとなんでか私が不利な立場に追いやられそうで、何より話がぶれる。

 とりあえず、私は飴の話に戻し、自分にも使わせろと彼女に要求した。


「ん? ああ、魔丸まがんね。ほしいの?」

「へぇ、魔丸っていうんだ、それ。ほしいに決まってるでしょ。ちょうだいよ」

「……いや、ダメ」


 はっ? こいつは何を言ってやがんだ?! ダメ? じゃぁ、どうして私を風紀委員に入れたのよ!


「冗談はよしてって言ってんでしょうが!」

「……いや、冗談じゃなくて」


「えっと――」マジ、殺してぇ、こいつ。

 ――マミル、何考えてんのよ。なんで私には魔丸をくれないのよ。もう、意味分かんない。


「ちょっと。私にそれくれないなら、なんで風紀委員なんかに入れたのよ! 話が違うでしょう!」

「まぁまぁ、リリスちゃん。これはテンプトアルの環境とは大きく異なる物体よ。エネルギーも濃淡が発生するから、慣れていないと制御が難しいのよ。特にリリスちゃんの能力は未知数で危険な代物っぽいから、慎重を喫したいの。とにかく、あなたには次の委員会活動で試してもらうから、それまでそこで見てなさい」


 そこで見てろ? ざぁけんな。そんなのつまらない。あり得ない!


 私たちテンプトアル人にとっては、この能力こそが個人に価値を与えるアイデンティティーの結晶だ。

 多くの場合、生まれ持ったスキル種によって職業適正が決まるため、人生のベクトルは生まれた時点で強い指向性を持っていると言っても過言ではない。

 もちろん、同種のなかにも能力レベルの差はある。最初から高位の能力者としてキャリア組街道まっしぐらな才能ある者もいる。反面、低レベルなスキルであっても、訓練による絶対値の増加と演算能力の向上による制御の高精度化で、努力によって高位に這い上がる者も珍しくはない。


 スキルはテンプトアル人の文明を支えるテクノロジーのベースでもあったが、最も必要性が要求されるのは戦争だった。

 戦争が日常の骨子となる彼らの生活は、学校も、教育も、哲学も、仕事も、ほとんどがそれを中心に構成されていた。


 私はレアスキルの持ち主だと言われる。だが、そのせいでレベルアップのためのテンプレートがなかった。

 だから私は、自分に価値を与えるため、そして、自分の命を守るために、血の滲むような訓練を耐えてここまで成り上がったんだ。


 ――私の中ではそれが生まれたときからの日常だった。

 地球も広いから、必ずしもそうではないが、少なくとも私が降り立ったここ日本という世界は、それとは大きく相反する。


 この地に来てから、今日までずっとそれを鞘に収めてきたけど、もう我慢できない。私には、アルケミースキルが必要なんだ。


 っていうか、こいつまた拓馬捕まえてイチャつこうとしているっ!

「マミル、てめぇ! いいから、拓馬から離れろよっ!」




で、また現在@亀島高校の裏山(流山)


 ――昨日のことを思い出したら、なんだかまた腹が立ってきたわ。


「ここで何をやるのか知らないけど、今日こそはマミルから魔丸ぶんどって、拓馬をダークマ総帥に戻す特訓をするんだから」


 私は古びた境内の縁側に立ち、拓馬にそう言った。

「ダークマ総帥とか、そんなの知らねぇって言ってんじゃん。俺は俺だよ、ほっとけよ。ったくあと三十分でブリキャワが始まるのに。だいたいこんな山奥までこの足で来るのきつかったんだぞ。少しは労われよ――ぶつぶつ」と、少し前まで抵抗していた彼だが、今は諦めたように脱力して私の右手で引きずられ、その体重を任せている。っていうか自分で立て、重いっつうの。


「ううぅ~、俺はいいってば。マミルみたいな能力なんて俺にはないって。普通の地球人だってば」

「うっさい。拓馬は私についてくればいいのよ。っていうか、なんでマミルはこんなところに連れてきたんだろう。相変わらず何も教えてくんないし、ほんと自分勝手よね、地球人って。くそっ、ちょっと休憩」


 私は拓馬を引きずり、境内の脇の石垣に腰を下ろした。


「――地球人、ね。いや、そんなことはないさ」

 私の手にぶら下がっていた拓馬が、いつの間にか私の横に座っていた。


 驚いて振り向くと、私の視線の高さに、彼の横顔があった。

 彼の表情は、妙にすんと遠くを見て、世の中を達観したような、すっきりとした清々しささえ感じた。その眼は総帥のそれを彷彿させ、私は思わず赤らめた頬を隠そうと顔を逸らした。


「リリス、これだけは言っておく」

「な、なによ」


 拓馬の凛とした声に、私は何を言われるのかと生唾を飲む。


「お前は俺のことをダークマがどうとか訳分かんねぇこと言ってるけど、ここは一つ地球人代表として言わせてもらう。マミル先輩は、普通じゃない。だから、あんなのを地球人の平均値にしてもらっちゃ困る」


 ――え、それだけ?

 まぁ、確かに言葉のあやで言い過ぎた感はあるかと思い、それくらいは分かってはいると言い返した私に対し、拓馬はなおも遠くを見つめて、言った。


「――それに、日本の文化はいいぜ。平和を愛する心、正義に立ち向かう勇気、人として美しくあろうとする人生観。そこに色んな彩や演出が付いて、誰しもが、特別な調を奏でている。そして、そのいかなる旋律にも、彼らの気高い心が唄われている。この地にあるのは、そんなストーリーなんだぜ」


「……拓馬、あんた急にどうしたの――」


 彼は、しなやかな手つきで肩掛けのバッグに手を入れ、滑らかに何かを取り出して私の前に突き出した。


「――っで、リリスへのお薦めはこのコミック。乱暴者だったやくざの娘がお淑やかな令嬢になろうと奮起奮闘する漫画で、来期のアニメ化も決定――って、ひでぶぅっ!」


 ――瞬殺。

 それっていい言葉よね。私、好きよ。テンプトアルにはなかった言葉ね。


 気付いた時には、この拳が拓馬の頬にめり込んでいた。良くも悪くも、徐々にこの行為が私の脳髄を頼らず、反射反応へと転化していくのを実感する。


 そして、「いい加減、二次元趣味から卒業しろ、てめぇ」と、たしなめる私に、彼は言った。


「……これは卒業とかそういう概念のものではない。人生の道標となる教科書であり、自己の経験と慧眼を主張するライセンスであり、そして何より、俺がここに生きたことを示す、足跡でもあるんだよ」


 私は言葉を失った。彼の眼はまっすぐその先を見据え、自信に満ちている。そしてその言葉は、自分という存在を息づかせた、命あるもののように感じた。

 ――拓馬、あなたって人は……って、全然伝わんねぇよ。

 このキモヲタが!


 私は拓馬を二、三発ほど殴った後で、アルケミースキルの特訓をしようと彼を促すが、拓馬は冷たい汗を撒き散らしながら杖を振り回し、それを全力拒否する。

 ふざけんな、私にめっちゃかかってんじゃん。


 けど、私は最初から彼を説得するつもりなどない。そんな時間はないのだ。

「いいから、こっち来なさいよ!」


 私は、拓馬の手を引いてマミルがいた境内の正面に回る。

 しかし、さっきまでいた彼女の姿は見えない。木々の間から吹き込んだ風がつむじを巻き、伸びきった野草やそこに絡んだ小枝がくるくると巻く渦に身を委ねている。ただ静かに、そんな光景があるだけだ。


「あれ、おかしいわね。栗栖と沙羅もいないわ……どこいったのかしら?」マミルだけでなく、さっきまでいた委員の誰もが、そこから消えた。

 私は、引きずって連れてきた拓馬とただ二人、呆然と立ち尽くす。


「ち、ちょっと、みんな! どこいったのよ!!」

 周囲を見渡してみると、正面中央の拝殿の扉が少し開いているのに気付いた。こっちの世界では、電気がないと文明的な生活はできないということを私は知っている。火から生み出された文明の利器は、やがて電気へと移行し、今やそれがこの世界のインフラを支配している。

 しかし、見る限り送電線も配電盤もない寂れた山中の社殿に、電力など通っているとは思えない。それは、その扉の隙間から覗く暗闇が教えてくれている。


「……拓馬、行ってみましょ」

「えっ?! 俺、やだよ。不気味だし」


 膝を内側に曲げて腰を引く拓馬は、おとこたるものの全てが抜け落ちた骨抜きの引き籠り男子としか見えない。それは、不自由な足を差し引いてなお余りある虚弱っぷりだ。


 おいおい、さっきの虚勢はどうした?

 こいつの一挙手一投足が、拓馬が伝説の戦士ダークマ総帥だと推測する私の自信を加速度的に希釈していく。

 でも、私は負けない。どんな手を使ってでも、私はこいつを元の総帥に戻して見せる。

 ――それが、私の果たすべき責任だから。


 私は、ギャーギャーピーピーとわめく拓馬を引きずり、その暗がりへと足を運び入れた。


「マミルぅ~、どこにいるのよ~!」

「うわぁ~! リリスっ。足に、俺の足になんか変な虫がついてる! うぎゃぁ!!」


 拓馬のうわ言は一旦無視して、劣化した壁板の隙間から入るわずかな光と小型タブレット端末のバックライトを頼りに、手探りで拝殿の奥へと行く。足元に散らばる小物に足を取られないよう気を付ければ、小さな拝殿だけあってすぐに奥端の通路へと繋がった。


 さっきから喚き続けている拓馬を引きずり、私たちは狭い通路を進んだ。すると、端末のライトが扉を照らし出した。おそらく、位置的にここが本殿だろう。

 私は少し前にテレビで見たNなんたらKとかいうチャンネルの神仏社殿特集を思い出した。最近の国営放送は、芸人も出してなんだか空回りしている様が滑稽で面白い。ってまぁ、そんなことはどうでもいいけど。


 小さな光で照らし出されたその扉の様相は、部分的にしか視認できない。だが、それが両開きの扉であり、そこに何らかの幾何学模様があしらわれているのが分かる。

 テレビでかじった程度だからそれほど詳しいわけではないが、あの番組で見た印象とは大分違う。神社には似つかわしくない、異文化的な印象がある。

 ――というより、私にとっては、むしろその様式に懐かしさを覚えた。


 そう、それはまるで、テンプトアルの寺院によくある幾何学模様のゴシックデザインを彷彿させる。

 ……っていうか、むしろそれそのものね。


 その扉は施錠されておらず、すでに少し開いていた。そしてその隙間から、淡い青光が風になびくシルクのオーガンジーの如く、ゆらゆらと揺らめきながら漏れ出している。


「おかしいわね。ここには電力が来ていないと思っていたけど……これって、どういうこと?!」


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