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五 次元転送

五 次元転送




 ピピピピピピ――。

 と、鳴り響く目覚まし時計の音に、私は恐怖を覚えて目が覚めた。慌ててアラームを止めようと音源に向かって手を振り出したが、動揺で目算を誤り、私は思わずその時計を弾き飛ばした。


「あっ、しまっ――」


 ベッドサイドから宙を舞った時計はガチャガチャと金属音を発しながらフローリングの床に傷をつけた。

「やっべぇ……またやっちゃったわね」

 最近はもう大丈夫だと思っていたが、あの時の感覚がぶり返してしまったようだ。そう、昨日漫研の部室で起きた一件が、徐々に忘れかけていたあの日の出来事を思い出させたのだろう。


 ――私のせいで、ダークマ総帥があんなことになったのだから。





一年前 @テンプトアル/スアール国/軍事総局研究所内兵舎


 ……やく……てく……、はや……きて……さい。

 ――ん? なんだろ。さっきから、……なんか耳元でうっさい声が……。


「……だから、早く! 起きてください!! さっきからアラーム鳴ってますよ!!」

 ピピピピピピ、ピーピーピピピー!


「――はぁ?! ……ったく。うっさいわねぇ」

 こいつ、何焦っちゃってんのよ。ただの目覚ましだっての。今日は一大イベントだっつうことで、いつもより早めにセットしておいたって話でしょうが。忘れたの?


 アルキマイトのタイマーギミックで稼働するアラームクロックが鳴り響いている。謂れのない批判をされたと思って気を悪くした私は、力任せにクロックを掴み取ろうとしたが、勢い余って思わずそれを弾き飛ばしてしまった。


「しまった! またやっちゃった。これも軍の備品なのに、壊れたらまた説教だ……」


 すぐさま床に落ちたクロックを拾い上げ、停止パネルに触れて気に障る人工音の絶叫を止める。私は恐る恐るクリスタルディスプレイを覗き込む。よかった、特に壊れているところはないようだ。

 でも、問題はそこじゃなかった。

 私はパネルの内部で輝く数字の羅列に違和感を覚えた。


 ……?!!

「ちょっと、なんで、もうこんな時間なわけよ?!」

「だ~から、さっきからずっと起こそうとしてたのに、もうスヌーズ十回は突破してますよ!」

「うあぁぁ! なんだよ、っざぁけんな、ちゃんと起こせよ! マジやばくね! 総帥たち、もう転送ルームに向かっている時間だわ。巻きで行かないと!」

「……はぁ?! ざぁけんなは、こっちのセリフですよ……」


 私の横でため息をついている、この小さくてうるさいのは、『ギミュ』。

 彼は、アルキマイトに転写した電脳回路を金属種の亜生体に搭載して自我を与えた、召使型ロボット。

 電脳回路は、工学エンジニアだった母が設計したもの。戦争と次元リークの災害で私の両親は死んじゃって肉親は兄だけだから、召使型とは言え、こいつは、母の残した兄弟に近いかも。

  

 今日は待ちに待った地球侵攻の日ということもあって、戦闘用防護服もモールの最上階で買ったいっぱしのエエやつにしたわけ。なにせ、今回は憧れの総帥直属の精鋭小隊デビューだからね。

 でも、昨夜はそれに合うファンシーでファンキーな小物を選んでいたら、うっかり時間を忘れて深夜に突入。さらに武者震いが止まらず、寝付けないでいたら、そのうち地平線から生まれたての太陽が窓を照らし、早朝を告げたの。

 ところが、どうやらそのタイミングで突如寝落ちして、今に至る……ってとこね。


 ああ、すでに集合時間を過ぎている。やばい、マジやばいよ、これ。死ぬわ、殺される、あたし。


 そう、これってマジやばい事態なのよ。

 なにせ、地球侵攻チームのリーダーであるダークマ総帥は、ご存知の通りあの『マグラ』と称される伝説的な最上級能力者であり、このテンプトアル星の諸国大半を統治する軍事連合のトップ。敵対する者への非情極まりない容赦なさから、悪魔オブ悪魔として恐れられる存在なのだから。

 そんな相手に、下手なことして怒らせたらどうなるか分かったもんじゃないって話。

 しかも、これが案外細かい性格だったりして、そりゃもう、時間には厳しいお方なのよね。おそらくこのまま遅れたとあっては、私に待っているのは地獄の鉄槌。


 はぁぁ、そんなのマジ、ご褒美よね。なんて、それはちょっと冗談にはならなそう。総帥の手にかかったら、二度と太陽は拝めないだろうね。


「って、いやいやいや。兎にも角にも、総帥を待たせるわけにはいかないわ。よし、準備OK! 早くここを出るわよ!」


 あたしはお気に入りの戦闘ツールを一頻り詰め込んだバックパックを掴み上げると背中にぶんと振りかぶり、すばやくショルダーストラップに腕を通した。


「おっと、忘れるところだったわ」そして、ベッドに置かれた抱き枕を抱える。

 準備万端。

「ちょっと、リリス! ちゃんと荷物リストでチェックしたんですか? NGマテリアルは次元転送の干渉ノイズになるから気を付けないと!」


 まさか、このタイミングでいつもの説教とは……。もうヤバいんだっつうの。


「昨日確認したから大丈夫よ。前回のプリテストでも練習したじゃない。とにかく、急ぐわよ!」

「いやいや、それって本番は未経験のまだ素人ってことでしょうが! ったく。テンプトアル人は進化の過程で高い知能を獲得したんじゃなかったのですか。これでは、原始人のような地球人にも、頭脳で負けちゃいますよ」

「はぁ? 私をなめんな。あんな低能な奴らに負けるわけないじゃない。それに、私は選ばれしアルケミースキルの使い手よ。そんなことより、早く早く!」

「ったく、なんでこのバッグこんなに荷物入ってるんですか。ちゃんと転送リストに登録しました?」


 時間がないこの状況で、こいつの愚痴が止まらない。几帳面な割に、こういうときブレーキかからなくなるのよね……めんどくさ。

「も~、これを運ぶこっちの身にもなってくださいよ。それに、なんでボクが急かされる感じになってるんですか。寝坊したのはリリスなんですよ。早く、行きましょう」


 ギシギシと金属の摩擦音を響かせながら手足をバタつかせ、ギミュは小さな体でそのごつい大型旅行バッグを担ぎ上げる。


 ――ったく、こいつはいつもいつも小言ばかり長々と……言訳をする隙間もないじゃない。

 こんなとき、言いたいことは、端的に。「ホントうっさいわね。ぶっ殺すよ!」


 すると、彼は肩でため息をして振り返った。

「殺すも何も、僕はあなたとお母様によって亜生体から作られた擬人ですからね。今更殺すとか言われたところで――」


 ああぁ、マジうっさい。

「あんたはいつも一言多いのよ。ったく、中間物のくせに生意気なんだから」

「中間物?! おっと、それは聞き捨てならない発言ですね。確かに僕は亜生体をコアにしていますが、その根源はリリスと同じ生命エネルギーです。さっきのような差別発言は今の世の中タブーですよ」

「はぁ? 今の世の中って、この戦乱の世に何寝ぼけたこと言ってんのよ。この世は強い者だけが生きる権利を得るのよ。弱者に待つのは死あるのみ……って、こんな事くっちゃべってる場合じゃないでしょうが! 完全に遅刻よ!」


「ああっ、僕としたことが! リリス、急いで!!」

「もう、バッカじゃないの! なんなのよ、使えない召使ねっ?!」

「いや、元はと言えばリリスがちゃんと目覚まし通りに起きていればですね――」

「うっさい、とにかく、走るわよ!」


 私たちは研究所最奥端の最高機密エリアに走った。総帥の作った『人工リークスポット』、そこに皆が集合しているはずだ。

 分厚い金属版を張り合わせて作ったような冷ややかでそっけない廊下が延々と続く。テンポを上げる私の足音は、金属の干渉音を打ち響かせるギミュの足音でかき消される。


 如何にも極秘と言わんばかりに、一見すると何もない突き当りの金属壁。通達に従ってそこに手をかざすと、壁はパツリと割れて生き物のように開く。すでに約束の時間は過ぎている。私は、躊躇している余裕もなく、そこに飛び込んだ。


「も、申し訳ありません。遅れました!」


 装置が入り組む物々しい空間。そこにダークマ総帥の背中がある。


 ――やばい、怒られる。どうしよう……。

「あ、あの、すす、すみませんでした!」


 私は深々と頭を下げた。幾国も乱立する広きテンプトアルも、謝罪の形だけは共通だ。とにかく、頭を下げよ。私は、肩程の髪が地面に触れる勢いで腰を折り曲げた。


 ……。

 ……。

 ……つづく、沈黙。


 私は恐る恐る顔を上げる。総帥は、私に気付いているのかいないのか、熱中した様子で、背中を向けて何やら装置をいじっている。よく見ると、奥にはせわしなく走り回るコーディックがいた。


「あ、あの……」

 そして、辺りを見渡すと、既に来ている他三人の視線が痛いほど……いや、ちょっとまった。五人じゃない。二人しか見えない。


「あぁ、リリス。来てたのか」

 突然の美声。

 そのとき、総帥がようやく振り返った。いつものように口元はマスクで覆われていて、美しい御眼だけが覗いている。しかし、その表情は怒りに打ち震え……て、あれ? なんだか、そうでもないようだ。


 彼は私が遅れたことなど気にもしてないかのように、いつもの薄く涼しげな表情を顔に貼り付けたまま、こちらに近付いてきた。


「早いな」

 ――はや……えっ?! 今、総帥、何て言った?!

 早い、って言ったよね。横を見ると、無機質な顔面のギミュも困惑した表情を見せている。


「え、あの……早い……ですか?」

「ああ、後の三人は相変わらず時間通りに来やしねぇ。まぁ、いつものことだ。それに、次元転送装置のダイアグで特性ズレが見つかったから、今キャリブレーション中だ。あいつらが揃う頃にはちょうど終わるだろう。これも想定済みだ。少し待っていてくれ」


 いつものこと?!

 ――なんだか、総帥のイメージが少し変わりそうだ。こんな状況絶対許さない人だって思ってたけど……っていうか、世界最強の総帥を相手にこの緩みようってのは、むしろシャリルたちの度胸の太さに感嘆すべきか。


 それでも、まだ新米の私は、どの空気でここにいればいいのかさっぱりだ。でも、ここは慎重にいくべきだろう。せっかく、憧れの総帥の小隊に入れてもらえたんだ。うっかり選択を誤って嫌われたくはない。


「しょ、承知致しました。 ……あ、あの。私に何かお手伝いできることがあれば、お申しつけください」

「大丈夫だ、人手は足りて……いや、そう言えばお前が能力を発動しているところもう一度間近で見てみたいな。この小隊編成は、スキルデータのステータス分析と実戦データで自動的にリスティングされたんだが、お前は特別に俺が指名した作戦の要だ。データベースにも類似の能力種のないレアスキルだから、自動分析の結果なんて当てにはならねぇしな」


「そ、そうだったんですか?! は、はい。……わかりました!」


 要――って、なんで?! もちろん嬉しいけど、突然そこまで言われると逆にビビるんですけど……。


「はぁ……」

「どうしたんですか? リリス。ため息なんかついて。せっかく総帥が能力を見たいって言ってくださってるんですよ」

「いや、なんだか急に緊張しちゃって、えへへ」


 戦績もそこまで優秀とまではいかなかったし、何故私が選ばれたのかと不思議だったけど。どうにも気持ちが落ち着かない。


「リリス、らしくないですよ。そもそも、作戦の要だと言ってくださるなんて、単純に考えれば喜ばしいことです。もちろん聡明な総帥のことですから、リリスがまだ新人であることや、問題ある性格のこともご理解の上でおっしゃってるに違いありません。これはチャンスと捉えて、頑張らなくちゃ!」


 ――そっか。たしかに、そうかも。こいつ、亜生体ロボットのくせしてなかなかイイことを言う。

「そうね。そうよ。ギミュ、ありがと。たまにはイイこと言うじゃない」

「たまに……リリスはいつも、一言余計なんですよ……」


「総帥、了解です! では、お見せしますっ、私の能力を」

「ああ、たのむ。そこは狭い。こっちに来てくれ」


 総帥には前に一度私の能力を披露したことがあった。それは、半年前のドラルド戦。

 彼はあのとき「後で話がしたい」と言って、戦地を後にする間際、それは本当に実現した。けど、あの時は戦勝の熱気に当てられた多くの外野がいてひどい喧噪の中だったし、出艇の時間も迫っていたからあまり集中できなかった。総帥はいくつかのスキルデータを測定していたみたいだけど、さっきの言葉は、あの時の結果が関係しているのかしら。


 総帥は、コーディックに「少し休憩する」と声をかけると、床に円形の魔法陣のようなものが描かれたスペースに私を誘導した。よく見ると、天井や壁にも大小種々いくつもの陣形が描かれている。そして、周囲には見たこともない装置が並んでいる。


 言われるがまま、その中心に立つと、静かにそれでいて豪壮に、宇宙の言霊が命の底から力が湧き上がってくるような、荘厳な気持ちにさせられた。


「ここは人工的に作った次元転送のリークスポットだ。今調整中だが、準備が整い次第ここから地球へと進攻する。さぁ、見せてくれ。環境的には問題ないはずだ」

「……わかりました。少し、お待ちください」


 私はゆっくりと深呼吸をした。そして、この地下空間を全身で感じ取る。私の能力を発現するための、”それ”を探す。


 この能力はどこでも同じように使えるわけではない。とは言え、ほとんどの場所に”それ”はあるから、普通は気にすることもない。でも、こんな地下空間で発動するのは初めて。

 総帥は「問題ない」とおっしゃったが、どうだろうか……。

 私は不安になって周囲を確かめたが、それも気に病む必要はなかったようだ。


 ――へぇ、意外に豊富にあるものね。こんな地下の奥深くなのに。


 幾万年も、幾億年もかけて堆積した生命の残滓。この地下を取り囲む地層は、そんな気の遠くなるような生物の織り成す歴史が幾重にも積み重なって作り上げられたものなのだろう。


「はい、ここならいけそうです――」

 私は上着を脱いで端に置き、内側に装着している重々しいアーマーを露わにした。そして、首に手を掛けると、チョーカーのスイッチをオンした。

 アルキマイトギミックが仕込まれたアーマーは、瞬き程の時間でその表面積を縮小化させ、ビキニ状に変化して私の肌の多くを露出させた。

 私の能力は、全身の肌で”それ”を捉える必要がある。ある程度なら着込んだままでも可能だが、こうすることで、コントロールの精度が格段に上がるのだ。


「うっ……少し寒い」

 でも、そうは言ってられない。ここは一つ、総帥にカッコいいところを見せたい!


 私は、両手を広げて意識を集中した。そこにあるものを、両手いっぱいに抱え込むようにしっかり掴み取る。そしてゆっくり両手を狭め、最後に小さなボールを手の平で包むように、丸くした両手を合わせた。


 手の平に収まる小さな空間の中で、それが凝集されていくのが分かる。


 空間を漂う生命エネルギーが、私の手の中で圧縮されていく。そして、ある閾値を超えたところで変質化し、粘性を持ってコアが形成された。

 生命意識の誕生――その瞬間、私にはいつも声が聞こえる。どこからともなく響く、とても小さくか細いものだが、確かに聞こえてくる。それが、生命の産声なんだろう。


 私はそれを確認すると、両手を離して手中のコアを中空に解き放った。コアは透明だが、まるでそこにだけ時空が歪んだかのように光が屈折し、その存在を主張する。そして、台風の目ように周囲の生命エネルギーを吸収していき、無色の体のようなものを形成していく。

 それは、あっと言う間のできごと。


「改めて、これが私の能力『アニマ』。亜生体を生み出し、コントロールするスキル、亜生体クリエーターです」


 手毬ほどの透明な生き物が、さも楽し気に床の上をころころと舞う。


 そして――。

「うわっ?! な、なんだ!」

 コーディックの叫び声が、装置の脇から聞こえてきた。すると、彼が持っていた金属の工具類が飛び出し、こちらへ引き寄せられてきた。


 小さな亜生体が、周囲の金属片を食べる。それはそうやって、ガチャガチャと金属の干渉音をたてながら体を形成していった。

 総帥は、その亜生体をペットでも扱うようにして優しく掴み上げた。


「面白い。改めてみると、やはり不思議な能力だな。こればかりは、俺も真似できない。それは自分で操作することもできるのか?」

「はい。まだこいつは小さいから多少駄々をこねるかもしれませんが、自分の体と同じように感覚を共有することができます」


 私は右手を胸に当て、次いで天井を指す。スアール式の敬礼。すると、リンクした亜生体も同じ動きをとる。


「へぇ、これは凄い。こいつは、金属種か。見たところ、そうだな……エネルギー圧縮密度が四百二十バーミットパーパークルと言ったところか。なるほど、アルケミーテクノロジーをしても、人工的には作れないわけだ。それに、圧縮で生じた次元歪が糸状のワームホールを形成している。それがお前自身の生命に結合して連動している。どんなテクノロジーでも、これはさすがに真似できないな」


 ――す、すげぇ。目測でそこまで算出できちゃうの?!

 さすがカオスも掌握するというダークマ様の演算力だわ。


「ところで、もう一つ聞きたい」

「は、はいっ。なんでしょう?」

「前に、亜生体を同時に複数作ることも可能だと言っていたな? もう一体作ってくれないか?」

「……できます。大きさにもよりますが、五、六体程度なら可能です」

「ふふっ、そこまではイイ。試しにもう一体、九百五十バーミットパーパークルで頼む」


 ……総帥が、笑っている。

 私は興奮した。彼が笑うなど、戦闘中にはあり得ないことだ。それに、総帥が私のことを”凄い”と言ってくれた。私にとって、これ以上の名誉はない。少し彼の素顔に近づけたかもと思うと、私は心が躍った。願わくば、マスクを取った笑顔の尊顔を拝みたいところであったが、これ以上の欲張りは罰があたりそうだ。


「わかりました! すぐ作ります!!」

 今度はエネルギー容量も指定されている。集中しなくちゃ。


 私は同じ要領でもう一体のコアを作り出した。今度は要求通りに倍程度の大きさ。


 そして、それを中空に開放しようとしたとき、違和感を感じた。

「――な、何これ?! なんだか、エネルギー圧縮が加速度を増してる?!」


 それはまるで、自分の中から湧き上がる力が暴走するかのような感覚だった。最初にこの魔法陣に入った時の感覚に似ているが、今はその比ではない。急速に膨張する次元歪が、周囲の光景を歪ませていく。


「何が起きてるの?」


「大変だ! 次元転送装置が暴走している! 私の制御が効かない!」

 コーディックがクリスタルの制御パネルを叩きながら叫んでいる。


「異常なエネルギー圧縮が装置のコントロールに影響を与えたのかもしれません! ダークマ総帥、まだ転送条件が安定化できていません。ここは危険です!」

「まずいっ。コアを退避させないと! リリス、ここから離れるんだ!」


 私は何が起きているのか理解できず、動転して体が言うことを聞かない。それに能力が暴走状態から抜け出せず、まるで強い磁場に貼り付けられたかのように、その場から動けない。


「リリス、今私が助けに入ります! これは、おそらく、次元干渉の始まりです!」

 ギミュが歪んだ時空を乗り越えて走り寄ってくる。


「ギミュ! 危ないから来ないで!」

「くそっ、俺の手を掴め!」

 亜生体と膨張するコアを抱きかかえたままの総帥が私の手を取ったその時、私たちを取り囲む光の全てが周囲の魔法陣に吸い寄せられていった。そして、辺りを強い閃光が包み込んだ。


「しまった、次元転送が――」


 突然、床が抜けたような感覚を覚えた。そして、暗闇の中をどこまでも奥深くへと引き込まれ、加速度を増して落下していく浮遊感に内臓が逆流しそうになって嗚咽を漏らした。全身の神経が引き剥がされるような痛みが襲い、ついに私は意識を失った。

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