四 初体験
またもやイラストが追い付いていません。。
わりと刺激的で個人的にも好きなシーンではあるので、後追いで別途つけたいと思います。
→2018.01.28 表紙イラスト追加しました。
→2018.01.30 なんか違和感あったから表紙イラスト修正しました。
→2018.09.09 表紙イラスト再度修正しました。
四 初体験
それにしても、この国は本当に平和、平穏、静穏、閑寂……というよりも、むしろ無聊、倦怠、無気力、まったくもって刺激がない。
見る限り、日本人の悩みなんて、仕事や勉強、学校生活、人間関係、正直くだらないものがほとんど。それを損なえば死するわけでもなく、生きるという大目的を忘れてデコレーションに命を懸けているような、戦地で生きてきた私から見れば滑稽な世の中だ。
殺しに来る敵はいないし、街を破壊する超獣も、亜生体の発現もない。
「あ、あったあった。このトリートメント、私の髪に馴染むのよね」
整然と色彩豊かな商品が並ぶ陳列棚から、ピンク色のボトルを手に取る。
この国では、お金さえあれば大抵のものはいつでもこうやって手に入る。こんなものを手に取る自分に嫌気がさしそうになるが、事実、この世界で生きるにはこの滑稽な生き方を受け入れるしかない。
ないならないなりに、道を探す。
そして私は、元いた道に戻ってみせる。
でも、いつしかこれに染まり、自分自身が戻れなくなるのではと、恐怖を感じなくもない。
こんな寂れた田舎町でも、コンビニなる商店は市街地を中心に数店存在する。本当に客が来るのか? と、心配になるような町だが、ちゃんとコンビニと称するとおり、二十四時間営業しているのには感心する。
私は、地球の情報を得るために雑誌コーナーに移動して陣を構えた。外の暗闇が目の前のガラスを鏡のように変え、正面に立つ自分の姿が映し出される。そこにあるのは、生気の欠片も見当たらない、なんともつまらない顔。
どこか日常の隙間に、刺激が隠されていないのか。いくつかの冊子を目で流していると、一つの雑誌に視線が止まった。
その表紙が妙に気になる。なにせ、それはテンプトアル星でもよく見た記号をあしらったロゴがでかでかとプリントされていたからだ。
『ヌー』と書かれたそれは、どんな雑誌なのだろうか。私はすかさず掴み取って開いた。
ミステリー、謎、怪事件……なるほど、これは地球とテンプトアルをつなぐヒントになるかもしれない。
『オーパーツ特集』巻頭カラーでいくつもの遺物が掲載されている。
――この時代には存在し得ないはずのもの。ふむふむ。
えっと……アステカの水晶ドクロ。「こんなのテンプトアルでは置換系スキルの奴らがごまんと作っていたわね」
次は、コロンビアの黄金スペースシャトル。「テンプトアルの旧式飛空艇じゃない、これ」
ページをめくると、懐かしい奴ら。「恐竜土偶? これテンプトアルの野生動物じゃん」
そしてその横には、アンティキティラ島の機械。「作動歯車機構、地動説に基づいて制作された高精度な装置……って、嘘でしょ?! これテンプトアルの洗濯機の一部よ」
なんだ、これ。バカバカしい。
さらにページを進むと、UMAなる未確認生物の記事がある。
北極海のニンゲン。スカイフィッシュ。吸血チュカカブラ。おいおい、どれも亜生体じゃん、これ。
まったく、どれもテンプトアルの日常じゃないの。それがミステリーだなんて。どこまで平和な世界よ、ここは……。
でもまぁ、どうやらリーク現象は古代から続いていて、それが少なからず残滓として存在することは分かった。そして、この世界はそれを事実として認めてはいないことも。
つまり、それが私自身の立ち位置だということだ。
とりあえずトリートメントとトマトジュース一本を買うと、店を後にした。
――明日は、またマミルが放課後に来いとほざいていたわね。
私は、今日の昼休みのことを思い出していた。
あれだけの能力を持ったものがこの地球にいた。それは間違いなく、総帥が探し求めていたリークドビヴロスタだ。そして、彼女が言っていた言葉。拓馬が、逸材だと。
正直、私は拓馬に関しては認めていない。それはマミルの勘違いだろうと思ってはいる。でも、どこか気になる自分がいるのも事実だ。まぁ、あいつがどうあれ、いずれにせよ一人では多くの情報を得られそうにもないし、リークドビヴロスタの協力は色々な意味で絶対に不可欠だ。結局のところ、今頼ることができるのはマミルだけだ。
彼女のことを思い出すとわずかばかりの緊張を覚え、無意識の内に右手を左胸に当てていた。どうやら、こっちの世界にも多少の刺激はあるようだ。
私は、自宅に向かう街灯の少ない細道を、足早に進んだ。
そして放課後 @亀島高校/漫研の部室
カーテンの閉まった部室。廊下から侵入するわずかな光に目を慣らし、ようやく周囲が視認できるようになった。
「俺が……いったい何をしたと言うんだ。昨日の謝罪やアニメの話をしたいと言うから部室に入れたのに……いやいやいや、それはないって、ないない、あり得ない……ややや、やめろって、マミル! っざぁけんなよ、ちきしょう!」
――つい先ほどの話。
私はマミルに連れられて漫研の部室に向かった。そして彼女は、アニメを餌に拓馬を釣ってまんまと部屋に侵入すると、ヲタキャラ全開で鼻息を荒げていた彼を背後から縛り上げて拘束したのだ。
そして、彼女は身動きのとれない拓馬の体を、舐めるように撫で始めた。
「マミル、ってめぇ~! こんなことしてただですむと思うなよ!」
私から見ても女の魅力全開のマミルだ。リアリティー満載の浮き上がるような立体感に、あらぬ感帯を刺激する快感が、見ているだけの私にも伝わってきそうだ。
いくらヲタに浸った彼と言えど、この充実したリアルは充分な効力を持っているようで、すでに拓馬の顔は真っ赤に燃え上がっている。
本人の口からは聞けていないが、マミルがリークドビブロスタであることは、能力を使えるところからもおそらく間違いない。そして、そんな彼女は拓馬に何かの可能性を見出している。
そうなると、すでに彼を総帥候補から外した私も、結論を急ぐべからずと心が揺らぐ。
ひょっとしたら――その事実を確かめるため、私はマミルに加勢することにした。
「先輩、やや、やめてくれよ! 俺、こんな失い方、ヤダぁ~!」
「失う? 何言ってんの、与えてあげるのよ、私が」
マミルは舌をぺろりと出して、ピンクに色付いた柔らかそうな唇をしっとりと舐め濡らす。
女子と話しすらしたことのないであろう拓馬は、彼女を前に顔面を燃やして破裂しそうだ。その表情は、今にも昇天して気を失いそうな勢い。
「くふふ。いいから、すぐに気持ちよくなるわ。ねぇ、リリスちゃん手伝って。ほら、拓馬の口を開けさせて」
「あの……マミル。拓馬にいったい何をしようとしているの?!」
私も、この事態を飲み込めていない。
何が始まろうとしているのか、私は理解が追い付かないままマミルの指示に従って彼の口に手をかける。
意外にもその肌は、きめ細かく滑らかに滑り、私の指は彼の柔らかな唇の隙間に吸い込まれた。
指に絡む生暖かい唾液が、「やめろよ!」と叫ぶ度吐き出される彼の呼気に晒され、風向きを探る仕草のように濡れた表皮を浮き上がらせる。
――なんだろう。胸が、ドキドキする。
私の心拍がどんどん高まっていく。心臓音が外気を伝って耳に届くんじゃないかという勢いだ。
「あら、ひょっとしてリリスちゃん、はじめて?」
私は、こくりと頷く。
「大丈夫よ、私が教えるから……ほら、さっさと脱がせて、拓馬、大人しくなさい」
「てめぇ、やめろってば! ああぁっ、ちょっ――」
両手を後ろ手に縛られた拓馬が、部屋の片隅で必死にもがいている。マミルは自分の制服のボタンを外し、その胸元を大きく曝け出した。ゴム毬のように弾む巨乳がシンプルな無地のシャツをピンと張らせ、その形を浮き上がらせている。女の私でさえ、そのフェロモンにやられそうだ。
「さぁ、ご褒美の時間でちゅよぉ~」
マミルは、シャツを押し破って弾け出そうなほど窮屈に収まった二つの房を掻き分けるようにして、その谷間に手を差し込んだ。すると、その豊満な胸が溢れ出そうなギリギリの挙動で、彼女は黒光りした棒状のものを取り出した。
私はこの状況に体中を火照らせ、狼狽しそうになりながらも、言われるがまま拓馬を床に押し付けてシャツを引き剥がす。そして、勢いに任せてその胸元を開き出した。
暗がりを湛えた部室。目が慣れたとは言え、薄い光で色付けした視界の中では、コントラストが低くスモークがかって見える。すると、マミルが中空に炎を発生させ、彼のコントラストゲージを引き上げた。グッジョブ、マミル。
そこには、オタクらしからぬ意外にも引き締まった胸板が、汗ばんで艶やかに光を反射していた。
このシルエット……ダークマ総帥のそれと似ている。
「さぁ、口を開けて、これを咥えなさい」
マミルが胸元から抜き出した棒状の物体の上部を指でつまむと、先端がキャップのように外れた。そして、彼女がそれを少し傾けると、透明な液体が一滴、拓馬の胸に零れ落ちた。
「ひやっ……冷たぃ」
「リリスちゃん、もっと口開かせてよ。拓馬、こいつを咥えなさい」
言われるがまま、私は彼の口に差し込んだ指に力を入れる。目に涙をためてヒクつく拓馬を無視して、マミルはその口に黒光りするそれを押し込み、液体を流し込んだ。
「ううぇ~、まずいぃ! なんだよ、これぇ!!」
「さぁ、リリスちゃん、見てて」
「今拓馬に飲ませたのって、いったい何なの?」
「見てれば分かるわよ。ほら、もう反応が始まったわ」
マミルは指を鳴らして炎の明かりを消し、室内を再び暗闇に戻す。しかし、それはほんのわずかな間でしかなかった。程なくして、もう一つの光が、室内を照らし出した。
私は目を疑った。その緑がかった淡い光は、拓馬の左胸から放たれている。
それは、まるで彼の心臓が体を透かして浮き出したかのように、輝いている。拓馬本人は、自分の身に起きたことに驚愕した様子で、瞳孔が開き、今にも昇天しそうだ。
「こ、これは、なんなのよ?!」
「これはね、アルケミースキルを調べる試薬よ。知っての通り、テンプトアル人は遺伝子中に特有のスキルコードを持っているわ。そしてアルケミースキルは、スキルコードと、アルケミルエネルギーとの反応で発揮される。この光は、能力固有のスキルコードに反応するの」
確かに、マミルの言う通り、私たちテンプトアル人は固有のスキルコードを持っている。それは人それぞれ違うが、一般的に親子ではある程度の類似性がみられる。
それにしても、こんな試薬はテンプトアルでも見たことがない。本当だろうかと疑いの目を浮かべてもみるが、私はそれを認めざるを得ないだろう。
事実、「スキルコードを含む遺伝子は血中に多く存在するから、特に心臓に発光体が集中する」という彼女の言葉通り、はだけた拓馬の左胸には、ドクドクと脈打つように、光の濃淡が浮き上がっているからだ。
冷静になれ、私。こうなると――。
「――拓馬はただのオタク地球人じゃなくて……」
「そう、私の情報では、拓馬はただならぬオタクテンプトアル人ってところね」
私はふと思い出した。それなら、最初にマミルが出したカード上の検知器と変わらない。
「なんでわざわざこんな試薬を使うのよ。昨日のカード型の検知器でも分かるでしょ?」
「よく分かってるじゃない。実は、拓馬がテンプトアル人だってことは以前それで見たから知っていたわ。でもね。この試薬は、光の色や強さで能力の種類や強度の類別もできるのよ。まぁ、ざっくりだけどね。一種の炎色反応みたいなもんよ」
――えっ、じゃぁこの拓馬の反応は、一体どんな……?
そのとき、拓馬の放つ光が揺らぎ始めた。その色は多様に変化し、鼓動に合わせるように明滅する。私にはそれがどんな能力を示すのかが分からないが、きっと何かを意味するものなのだろう。
「ねぇ、こいつっていったいどんな能……?!」
私がマミルに尋ねようとしたが、彼女は困惑した表情で拓馬を見つめていた。これまでは、全てを知り得たまるで神的なポジションのドヤ顔だらけでむかつく態度の彼女であったが、今は、初めて素肌を晒して強張っている処女のような、初心な表情を見せている。
――聞こえていなかったのだろうか? 私はもう一度声をかけてみた。
「ねぇ、マミルってば……どういうことなの? 拓馬の能力って……」
マミルは、途中で我に返ったかのように気付き、私を見た。
「“あの子”の言っていたことは本当だったのね。正直、この反応は私にも分からない。こんなの、初めてよ。まるで、能力が次々と湧き上がってくるような感じ。それも、尋常な強度じゃないわ」
あの子、って誰よ。という疑問は『能力が次々と湧き上がってくる』というマミルの言葉によって瞬時にかき消された。
「それって……まさか――?!」
それを聞いて思い出すのは、あれしかない。
――マグラのマルチスキル。
私は咄嗟に拓馬の額に手を当て、前髪を掻き上げた。すると、そこには同様に光り輝く、傷のような文様が浮かび上がっていた。
その文様は、あのドラルド戦で見た彼と同じものだ。
そう、それこそが、私が探し求めていた者の証。
「……そんな、まさか。やっぱり、あなたが……ダークマ総帥なの?!」
だが、当の本人はそれどころではないようだ。色々なところから汁の類を垂れ流し、慌てふためいている。その様は、とてもじゃないがクールビューティーな総帥とは似つかない。私自身、こんな奴が彼であるとは、到底信じたくない。
私がこの状況を前にたじろいでいると、部室の外で数人の話声が聞こえた。廊下の奥から、こちらに向かって誰かが近づいてくる。
「まずいわ。ちょっと静かにして。こんなところ見られたら大変なことになるわ」
部室の扉に耳を当てたマミルが、唇に指を当てて「静かに」のサインを送ってきた。おそらく、外の誰かはすぐ近くに迫っているのだろう。
あの性格から察するに、普段のマミルであれば大抵のことはもみ消して平然と構えていそうではあるが、さすがに女子二人が服を脱がせた光り輝く男子生徒を縛り付けていたとあっては、なかなか良い言訳も思いつかないというもの。
それに、風紀委員を闇の組織と称していたあたり、地球ではアルケミースキルが公認の現象ではないのだろうと察しが付く。であれば、この状況はやはり、他者に見られては困る事態なのだろう。
「うがぁ! よく分からないことばかり言ってないで、早くこの光を止めてくれよぉ! うぎゃぁ~!」
「ちょっと、拓馬、静かにしてよ! バレるでしょうが!」
私は、大声を吐いてバタつく拓馬が、総帥を汚していくような気がして、妙に腹が立った。マミルが焦った顔をして必死に合図を送るので、私は咄嗟に拓馬の唇に手を押し当て、喧々たるその口を塞いだ。
手の平に、彼の薄く少し硬めの唇が触れる。何故だろう。私はその感触に、むず痒さと伴に体の深部にじわりと浸透する、色欲の類を感じずにはいられなかった。
――どうして?! こんな糞みたいなオタク野郎なのに。
「う~、う~」
そして、私は気づいた。口を隠した彼の顔が、その眼が、私の頭の中で、あの時の総帥のそれと重なり合っていた。
私は、これ以上おかしな気にならぬよう、彼から目を逸らす。
「もう、いい加減大人しくしなさいって……っ? あふぁっ――」
その時、私の手の平を、生暖かい湿り気とともにぬるりとした感触が伝った。拓馬の舌が、生き物のように暴れている。
艶めかしい感触が、私の肌の内側まで舐め入って来るかのようだ。
それはあまりにストレートに浸透してくる。かつてない快感が神経を伝い、胸の先まで広がっていく。
まるで、誰かが私の胸を鷲掴みにし、揉みしだいているかのような……。
いるかの……ような。
……いる、よね。
「――っておい、ゴラァ~、人の胸揉んでんじゃねぇよ! この痴女がぁ!!」
「ぎゃふんっ!」
鉄拳制裁。
いつの間にか背後に回り込んであらぬことをしていたマミルに、私は徒手格闘訓練で鍛錬された手刀をお見舞いした。まぁ、当然軽く当てた程度ではあるが、狙いは精確。さすがのマミルも涙目でうずくまる。
ざまぁねぇってのよ。
「ちょっとぉ、マジ痛いじゃない、それっ!」
「うっさい、自業自得だろ。何やってんのよ、急に」
「いや、外の奴らが通り過ぎたから、もう大丈夫だよぉ、って伝えようと思ったら、なんかそこで恍惚な表情浮かべてたからさぁ。なんなら手伝おうと思って。思いやりよ、あくまで。リリスちゃん、感じてたんでしょ?」
「……うぅ」私は恥ずかしさで顔が燃えるように熱くなった。火照った体を涼ませようと、私は制服のシャツを少し開けて手で仰いだ。
「恥ずかしがらないで、大丈夫よ。さ、次はあなたの番なんだから――」すると、マミルがここぞとばかりに私のシャツを掴み上げ、一気に開いた。ボタンがいくつか弾け飛び、勢いでズレたブラに辛うじて支えられた私の胸が、露わとなった。
「きゃ~っ! 何すんのよ!!」
私は咄嗟に胸元を隠すも、横では拓馬が鼻血を出して卒倒しかかっている。両手で目を塞いでいるが、指の隙間からその眼がしっかりと覗いていることなどこっちはお見通しだ。
この変態野郎。
てめぇ、三次元は興味ないんじゃなかったのかよ!
……と、思いつつも、それってヲタを脱却して元のダークマ総帥に戻せる可能性を秘めてるってことじゃぁ、なんて思ってもみるが、そもそもこんなエロ野郎に成り下がった拓馬が完全無欠の総帥に戻れるはずなかろうとも思うわけで、自己矛盾が私の中で勝敗の決まらぬ言い争いを始めた。
何て言うか……そんなことより、拓馬にこんな姿を見せるわけにはいかない。……いろんな意味で。
「さ、あなたもこれを飲みなさい」
マミルが私の口に黒光りする棒状の物体を捻じ込む。
私はそれを拒もうと舌で押し返すが、彼女は何度も押し入れて、先端から漏れ出てくる液体を飲み込ませようとする。
そしてついに、息苦しくなった私はそれを飲み込んで、ようやく喉を解放された。
「あっ……あふんっ――」体中の性感帯を刺激されるような感覚が、全身を駆け巡る。鼓動と伴に反芻される快感が、喉の奥から這い出て来た。
まるで喘ぎ声にも紛いそうな音が、必死に閉じた口から漏れ出すが、私にはそれを抑制することができない。必死に押し殺そうと努めるが、一層高まる鼓動が心拍の打音を増幅し、その都度声が漏れ出てしまう。
――もう、嫌だよ、こんなの……恥ずかしい。
あいつは、これを必死に耐えていたの?!
そして、恥辱的な感覚の増大に伴い、私の左胸が輝き出した。
「まぁ、リリスちゃんも……なんて美しい光なの。こんなの見たことない!」
マミルの言葉の意味は分からないが、さっきの拓馬とは異なり、私のはまるでプリズムを透かしたかのように、透明度の高い光が周囲を照らし、そのエッジに七色の虹のような光輪が浮かんで見えた。
そしてそれが、拓馬の光と融合して、幻想的なまでのライトアップショーと化す。
正直、私自身は溢れ出す感覚を抑えるのにそれどころではなく、断片的な意識でそう見えたに過ぎない。
「……まさかとは思っていたけど、こんなの見たことないわ。あんたたち、いったいどんな能力を持っているのよ――」
マミルが困惑した表情っでこちらを見ている。
――いや、困惑するのはこっちよ……。もう、無理。耐えられない……。
自分が自分でなくなりそうな自分を抑えきれず、私は思わず拓馬に向かって身を投げた。
何故だか、同じものを感じている彼となら、少しはこの苦しみが和らぐんじゃないかと思い、理性ではない別の感情で体が動いた。
無意識の内に拓馬の背に手をまわし、私は彼を力いっぱい抱きしめる。
胸と胸の光が混じり合い、お互いが一つになっていくという感覚。その感覚は最初から変わっていないはずだが、何故だか私の頭の中で恥辱に満ちた狂おしい違和感から快感に変換され、徐々に清涼感へと変わっていく。
そして、その時、彼の中から何かが湧きおこってきた。
――これは……拓馬からの、テレパシー。
懐かしい。テンプトアルでの戦闘で、何度も経験しているこの感覚。そこでは、思念能力者が構築したテレパスのネットワークが主だっての交信手段だった。
――ああ、こいつ、本当にスキルを使えるのね。
拓馬は今起きている状況が飲み込めないようで、目を泳がせて震えている。
おそらく、自分がその能力を発揮していることさえも理解できていないのだろう。本当に彼がダークマ様なのだとしたら、あのミッションルームで彼が言っていた『次元転送による障害』で記憶喪失になっているのかもしれない。
元々、拓馬に対しその線を疑ったこともあった。
でも、二人のキャラのギャップは両手をめいっぱい広げても表せられるものではなく、私の想像力は追いつかなかった。
だから今でも、容易には信じられない。たとえそうだとして、本当にあのダークマ様が、ここまで堕ちるなどということがあるのだろうか。
――あってたまるか。
でも、私がいくらそう思ったところで、現実は今、ここにある。マミルが引き出したこの状況証拠を並べられた今、考えられるのはおそらく、彼と思わしき人物が、今私の抱く――こいつだということだ。
だとすると、やっぱりそれは私の責任……『あのとき』、私さえいなければ――。
噴き出すほどの汗が全身にまとわりつく。それが私のものか、それとも拓馬のものか、それさえ分からない。
さっきまでの如何とも表現しがたい異常な感覚とは異なり、今は明確に、一つの感情が私の中を支配している。
……これは、恐怖心。
始まりつつある。
彼から送りこまれるテレパスの映像。そこには、何が映し出されるのだろうか。
彼の中に、テンプトアルの記憶や思念がわずかでも残っていた時、ひょっとしたら、そこには私に対する憎悪がひしめいているかもしれない。
でも、それは彼の中にダークマ様が残っているという証拠。本来の彼を取り戻すきっかけにもなり得る。私の心は、そんな二律背反の起こす振幅に揺さぶられている。
――私は、それに耐えられるのだろうか。
今までは、自分が感じる苦痛だけを我慢していればよかった。どんな凄惨な戦闘でさえ、どんな痛みでさえ、『悪魔』と呼ばれる自分に従い、ただ己だけを見て耐えていればよかった。そして、私以上に『悪魔』と称されるダークマ総帥を追いかけることで、生きる目標を得ることができた。
――でも、今は違う。
私は、そんな彼から流入する感情に耐えなければいけない。そこにもし、私自身が現れるようなことがあれば、それはこれまで経験したことのない苦痛となるに違いない。
徐々に視界が白く塗りつぶされていく。彼の記憶と感情が映像化され、私に流れ込んできた――。
それはまるで、一面雪のような、いつまでも続く白銀が包み込む空間に、一人。
総帥だろうか……いや……それは、白銀に溶け込んで消えてしまいそうな、淡青色の洋装をまとった幼い少女だ。私は過去に、彼女を見たことはない。いったい、誰だろう。
白い肌と青い瞳。まるで、早朝の春空のように澄んでいる。
その小さな手には、装飾の施されたスティックが強く握りしめられている。
彼女の顔は、一見して幼い美少女。だが、その大きな瞳子は、恐怖を乗り越え未来を見据えるような力強ささえ感じられる。
彼女は天を仰ぎ、目を瞑って何かをそっと呟く。さっきまで穏やかだった風が突如乱舞し、幾重にもレースをあしらった彼女の洋装がはだけて、華奢な足が覗いた。強風で周囲の木々から掠め取られた緑葉が、まるで彼女を守らんとするかの如く、その周りを取り囲み、何度も舞う。
少女の眼尻から涙が垂れ落ちる。
反射した光が、それをまるで流れ星のように見せた。
その時だ。
スティックの先端がメカニカルに開き、翼のオブジェクトが出現した。
そこから発せられた眩いまでの光が彼女を包み込み、その小さな体を宙に浮かせる。
縫い込まれたフリルのスカートが捲し上げられ、見る見る丈が短くなる。華奢だった太腿は肉付きを増して色香を放ち、付け根に覗く白と白桃色のストライプ柄の布地を周囲に晒す。
そして、ゆったりとまとっていたキュートを地で行くようなドレスは、途端に膨れ上がった乳房で裂けんばかりに窮屈に張り、いまにもその肉感が漏れ出しそうなボンデージへと変貌する。
「きゃるり~ん☆ マジカルセクシャル、スタイルアップコンプリート! てへっ」
グキョッ、と骨肉から響く打撃音が木霊した。
「ぐほぉあっ!」
「てめぇ、拓馬! なんてくだらねぇもん見せんだよ、このクズが!!」
思わず彼の頬にめり込ませてしまった拳を、私はゆっくりと懐に収めた。
意識を失った彼からは、その後も雪崩のように映像がテレパスされたが、ロリータ美少女、巨乳美少女、ゴスロリ美少女、メイド美少女、甲冑美少女、一から十までアニオタ脳の二次元美少女盛り自動再生の嵐。
――心配した自分が馬鹿みたいで、もうゲロ吐きそう。うんざりだっての、このオタク野郎め。
こいつの頭の中はそれしかないのか。私はついでに三、四発をぶち込んで、この淫猥な夢を終わらせた――のだが、そこでようやく思い出した。
彼こそがダークマ総帥、だったということを。
――し、しまった!
「ああぁ……そ、総帥……ごめんなさい。私ったら、つい」
私は慌てて、横たわる彼の半身を抱き起した。
ゆっくりと頭を撫でると、ようやく彼は目を開いた。
「う……うう~ん」
「よ、よかった」
「いててて……なんだ、俺、どうしてたんだろ……ん? これ、なんだろ?」わしわし……。
そして、あろうことかその手が私のあらぬところを鷲掴む。
「てめぇ、拓馬! どさくさに紛れて、どこ揉んでんだよ!!」
「ぐほぉあっ!!」
それから、骨を断つ肉の音が部室内を幾度も木霊し、拓馬の悲鳴がそれを彩った。
胸の先に残る局所的な刺激。
私にはもう、何が何やら分からない。
――憧れの総帥が……こんなクズ野郎になっちゃうなんて……そんなことって、あり?!
とにかく……私が、どうにかしなきゃ。