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一 悪魔

2018.01.24 ダークマ総帥のイラスト修正 額の紋章描き忘れてた・・・

2018.01.27 コミック調で表紙イラストつけることにしました。ので、挿絵追加

2018.02.18 拓馬の表紙イラスト追加。途中の挿絵(リリス&ダークマ)のカラー修正。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)



一 悪魔



 ――――ピピピ、ピピピ、ピピピ


「ああ、うっさぁ~いっ!」

 私は拳を突き出し、ノールックで音の元凶を叩く。すると、そいつは呆気なく騒ぐのをやめた。


 ――……そうすいぃ~……。


 ……。


 ……。


 ……総帥いぃぃ、一生ついていきます……ああぁ、マジかっけーっす……。


 えっ、あっ、そんなっ。あぁぁ私、心の準備が……あっ、痛いっ。


 悶え、体を動かすと、背中に痛みを感じた。何かの破片が当たっているようだ。


「……あれ?! ……えっと……なんだ。夢、か」

 ――なんだよ、気持ちよく総帥とのアバンチュールを楽しんでいたというのに。


 痛みの現況を探るべく、体を持ち上げてベッドを見る。すると、無残にもいくつかの破片に分かれた目覚まし時計が転がっている。次いで、壁時計に目をやると七時半を示していた。


「え……これって、出る時間……やばい、遅刻よ! ギミュ、あんたなんで起こしてくんないのよっ!! ……って、あいつ今日は早朝から出掛けてんだったぁ~」


 その場でパジャマを脱ぎ散らして、洗面所に駆け込む。

 鏡に映る寝癖のついた髪をヘアコームで引き延ばす。まだそこかしこが跳ね上がっていて、まるでテレビCMでよく見るピンク色の毛玉クリーチャーのようだと思いつつも、直している時間などない。ちきしょう。


「なんだってんだよ、あの目覚まし時計ってやつは。たった一回で壊れるなんて、使い捨てならちゃんと書いとけってのよ……とにかく、急がないと」


 顔に水を叩きつける。ヒヤリとした感覚が肌から染み込み、それがじわりと脳髄に到達すると、ようやく私の思考回路が復帰した。

「よしっ、今日から新しい高校生活が始まる。やっとあの人に、会えるかもしれないっ!」

 私は真新しい制服に腕を通し、学校指定のバッグを掴み取る。それをブンと一振りして肩にかけると、ぶら下がるアクリルキーホルダーがカチリと音を鳴らした。




@地球/亀島高等学校


「名前は、ダービル・エトス・リリスよ。リリスって呼んでよね。あんたらの友達になってあげるから、私のことはよく覚えておきなさい。じつは日本に来てまだ一年程度なの。こっちのサイエンステクノロジーには馴染んでいないところが多々あるし、この国の文化も意味不明なものがたくさんあるから、色々と教えてよね。よろしく~!」


 ――よし、きまったわ、完璧ね。これで第一印象は悪くないでしょう。言葉に関しては、作戦訓練の教習と、こっちでの実践でほぼマスターしたし、あとは体面を良くして友達とやらを増やし、人脈を徐々に広げいくわ。


 パチ、パチ……パチ。と、僅かに起こった拍手は、教室の静寂をさほども乱さない。

 あれ? おかしいわね。称賛するときは立ち上がって盛大に拍手、が常識でしょ。この間もテレビに映ってたなんたらデミーショーとか言うので皆やってたわよ。こいつら、見たことないのかしら……無知な奴らね。それとも協調性の問題かしら。

 一切同期することなくパラパラと発せられる手のひらの打音。こいつら、こんなんで戦時に、まともに戦えるのかよ。私ならともかく、弱者は寄り集まってなんぼの世界でしょ?


 ――と、軍の養成学校で散々協調性をどやされた私が言うのもなんだがと思いつつ、クラスメートらの行く末を案じてみる。


「……あ、えっと。リ、リリスさん、自己紹介ありがとう。みんな、リリスさんは海外に住んでいましたが、ご家族の都合で日本に移って、この亀島高等学校に編入することになったそうです。まだ、日本語も慣れていないようだから、みんな優しく教えてあげてね」


 はっ? こいつ何言ってんのよ。私の日本語は完璧でしょが。


 言ってることは承伏し兼ねるが、まぁそもそも低能な地球人のことだから良しとしよう。

 で、そんなことを言いながら私の横でぎこちない笑顔を作っているこいつが、クラス担任の先生。鎌井希里かまい・きりというらしい。編入の面接や説明会の時に既に何回か会っているが、大学を出たばかりの新米教師らしく、職員室にいた他のくたびれた奴らと比べると、かなり若い女教師だ。


 教師っつっても、所詮こいつらの知能レベルは、私の足元にも及ばないだろうけど――と思ってはいるが、事前調査の情報によると、ここ日本国でうまく生活するには、『空気を読む』という特殊スキルが必要とのこと。正直性分じゃないけど、当分はできる限り周囲のやり方に合わせて、取り繕っていこうと思っているわけよ。


 そのためにも、不本意ながら、多少はこいつも敬っていかねば。まっ、私クラスの手練れともなると、その程度のスキルの体現は容易いだろうけどね。


「オッケー、先生も宜しくね。私に関して質問があれば、いつでも聞いていいわよ。で、私の席はどこなの?」


 少しの沈黙の後、先生はオイルの抜けたようなきしんだ表情で言った。


「それじゃぁ……リリスさんの席は、窓際の中央になります。先月転校した子がいて、そこが空いているの」


「ふぅ~ん、わかったわ。悪くないわね」


 沈黙の中、席に向かって歩みを進める。すると、周囲の生徒たちが私にちらちらと視線を投げかけてきた。口を開けたまま呆然とした表情が並んでいるが、どうせ格の違う私のオーラに臆しているのだろう。


「ヨロシクね~」

 私は、一瞬目が合った後ろの席の男子に声をかけてみた。


 無造作にだらりと垂らした前髪に、伸ばしたと言うより伸び切ってしまった後ろ髪をとりあえず結っただけの、ポニーテールを冒涜するような髪型。そして、安っぽい樹脂フレームの眼鏡を透かして、まるで生気の感じられない小さな瞳を挙動不審に転がす切れ長の眼。私の故郷にも、気が触れてそんな表情を浮かべている人格崩壊者がよくいたものだが、こっちの学校で見るその様は、あまりに滑稽に感じる。


 そして、彼の机の横にはロフストランドクラッチの杖が立てかけてあり、机の下から覗いている左足には膝や足首を支えるための装具が見える。どうやら足に障害があるか、怪我をしているのだろう。ところが、風貌から伝わる負のオーラが強すぎて、全くと言っていいほど同情を誘わない。


 正直、こんな小汚い奴には関わりたくないけど、とにかく今は情報網が必要だし、後ろの席とあらば無視するわけにもいかないわね。


 何も発しようとしないこの男子の言葉を待たずして、私はもう一度言葉をかけてみた。

「私、リリス。あなたは?」


「……いで……くま……」


 ……なんだ、こいつ。声小さくて全然聞き取れない。

「わるい、よく聞き取れなかった。もう一回よろしく」


 若干の間。

 その間、こいつの目玉は何度も左右を行き来する。まるで別の球体型生物がその頭蓋骨に二つはまり込んでいるかのようで、気色悪い。

 鎌井も朝会を終わらせたがっている空気を出しているし、私は、こいつを無視して席につこうとした。だが、突然彼の目が一点を見つめて止まった。


「……それ」


 視線の先にあるのは、何の変哲もない私のバッグだ。

「えっ……なに?」


 少しの沈黙の後、彼はようやく視線を私に戻し、口を開いた。


「少女戦記のユリミューであるな。もしやおぬし、アニメの嗜みが?」


 は、アニメ?!

 どうやら、こいつは私のバッグにぶら下がっているアクリルキーホルダーに食いついてきたようだ。


 このキーホルダーは、駅前の街路を歩いているときにたまたま店先にあったもの。少女が着ている戦闘服が、以前私が着ていたものに似ていたから、少し気になって買っただけ。イラストの感じから言って、所謂アニメや漫画の類だろうということは分かっていたが、このキャラの謂れは正直知らない。


 ……そうか、なるほど。私は理解した。

 こいつ、ひょっとしてアニメオタク――通称ヲタとか言う、あれか?

「アニメって、あの……そ、そう。絵が動いているやつでしょ?! まぁ、割と嫌いじゃないよ」


 私はとりあえず話を取り繕おうと疎い知識を振り絞って乗っかってみた。

 しかし、そもそもそれが間違いだったようだ。この挙動不審な男子は目を輝かせて食いついてきた。


「マジっ?! お前も同士か! 俺、二次元業界に関してはそこそこの手練れ、って、自分で言うとか自信過剰かっ! なんつってね。くふふっ」


 しまった――情報収集のために人脈は広げたいけど、こいつはなんかヤバい気がする。

 面倒なことになる前に、ここで話を断ち切った方がよさそうだ。


「あの……授業、始まりそうだから」


「うむ、休戦の申し入れ、致し方あるまい」


 なに、こいつ。掴み切れない。まるで別の人格が付け焼刃的に詰め込まれたような印象を受ける。たった二言三言でそう思わせるわけだから、こいつは筋金入りの変人なのだろう。


 そいつは私の想像に難くなく、まともに話せる輩ではないようだ。目線の先の机上には、露出の多い女の子や幼女と言ったアニメキャラと思わしきグッズが所狭しと置かれ、主役であるはずの教科書を差し置いてその場にのさばっている。

 これが、ヲタか。テレビで見たことがあるけど、実際目の前にするとインパクト強いわね。戦時中はこんな異常者も多くいたけど、向こうは命を懸けている分、一定の理解もし得るというもの。


 私は悩んだ。ヲタと言えば、自我を押し通すことに主眼を置くあまり、周囲を顧みず欲求を満たそうとする社会不適合者だという情報もあった。センスがずれた見た目の違和感だけでなく、コミュニケーションの成り立たない不愉快さと流動的で掴めないキャラが乗じて、コミュ障の代表格をほしいままにし、キモヲタとまで呼ばれる人種と聞く。


 しかしながら、こと興味を持った専門分野となれば、限りあるインプットから練り出されるアウトプットの物量と精度は目覚ましいとも聞く。それを人脈に取り込む行為は、吉にも凶にも転じ得る、まさに諸刃の剣。


 う~ん……。けど、背に腹は代えられない。時間も豊富にあるわけじゃない。そう、私は何としてでも探さねばならないのだ。

 ――あのお方を。


 ようやくここまで辿り着いたのだ。

 一年前に発生した『次元リーク』。テンプトアル星と地球が結ばれ、二人がここに転送された。一人は私、そしてもう一人は――。



 あの日に起きた災害や事故を手当たり次第に調べた。そして、私はついにその情報を得た。


 私が降り立ったあの日。同じ日に、ほど近くで見つかった身元不明の少年。意識不明で救急搬送された彼は、一命を取り留めて保護施設に入所し、最終的にこの学校の学長に引き取られたようだ。そして去年、彼はここに入学している。おそらく、その生徒があの方と見て間違いないだろう。


 今現在、彼がどのクラスにいてどういう姿をしているかは分からない。だけど、早く見つけ出す必要がある。どんな手を使ってでも。

 そして、私は後ろのヲタ野郎を杓子定規にかける。


 ――すると、結論が出るのに時間はかからなかった。リスクなくして、成果は得られない。今までも、私はそうやって乗り切ってきた。今のところ会話が成り立つ気配はないけど、情報源として確保しておいて損はないはずだ。


 とにかくまた、あの頃を取り戻さなきゃ。まだ、彼の目的は達成されていないのだから……。





 三年前 @テンプトアル/ドラルド国領南部/スキィーウェブ渓谷 


 ドラルド国軍都側から、小型軍用機の一群がかなりのスピードで接近して来る。動体視力には自信のある私の眼でも、一瞬の瞬きで軌道を見失う速さだ。


 そしてその様は、飛行艇にして翼はなく、まるで滑りとテカる水辺の生き物のような風貌。それは飛行と言うより、空間を自在に移動する、強力な重力コントロールアルキマイトを実装した三次元移動機とも言うべき最新鋭の戦闘機だ。それらが、寸分狂わぬ統率であっと言う間に球状の陣形を作った。


 その数、二十機程。その機動力と統率力と言ったら、正直キモいレベル。機体から発せられる薄緑色の光が相まって、こうして遠くから眺めるとまるで上空に浮かぶ球状の大きな発光体と見紛う。


 私たちテンプトアル星の人類史を支えるアルケミーテクノロジーという分野に特化して言えば、奴らドラルド国のそれは、我スアール国を大きく上回っているのは確かだろう。


 ――でもあいつら、大誤算もいいところね。


 球体状に配置された全ての戦闘機が、その中心に向かい、砲塔を向けている。そしてそこには、いつもの黒を基調としたほとんど防御効果のない薄着をまとったあのお方が、両手をポケットに入れてふわふわと漂っている。何度見ても異様で美しい光景――私はそう思いながら、彼を地上から眺めている。

 うっとり。


「そんなの、何機用意しても無意味よ、ば~か。なにせ、あんたらが対峙しているのはマグラと称される伝説のマルチスキル、テンプトアル星最高ランクの能力者にして最高位のアルケミードクター、そして何より、冷徹非道と世界中から恐れられる我スアール国軍の総帥、ディモン・マグラ・ダークマ様なんだからね!」


 おおぉ~、噛まずに言えたわ。

 このセリフも、各地で発している間に、大分舌に定着したみたい。

 足元に転がっている、すでに戦意喪失した敵兵の地上部隊にわざと聞こえるよう、私はいつも大声でそう叫ぶ。


 総帥は中空で体を翻し、何度か首を振って周囲を見渡しているようだ。数百機くらいならチラ見程度でその配置を掌握できると聞いたことがある。おそらく、敵機のマッピングは既に完了しているのだろう。


 彼は次に、取り囲む敵機を撫でるかのように、両手を宙に這わせていく。まるで、それらの全てを紐で結んでいくかのように。

 その様相は、まるでオーケストラを指揮する戦地のマエストロ。その舞は華麗で、優雅で、気品に溢れているが故に、言葉なく死刑を宣告する冷然さが際立っている。その類を見ない知性と特別な力で世界を動かす彼は、とても私と同い年とは思えない。


 その存在はもう、嫉妬を通り越して、憧れでしかないわ。


 ゆっくりと両手を上げる彼。それは、この美しきアンサンブルの終演を告げるような儚さを漂わせている。

 そして、彼はその両手を一気に振り下ろした。


 敵機の陣形が揺らぐ。戦闘機に伝わる見えない力。それは、彼が得意とする、サイコキネシスの一種。同種の能力使いは多いが、この規模の紐付けができる者はいない。

 終焉ね。いつもならこれで終わり。

 こいつらの機体は、雨のように地面に降りかかることだろう。


 ――の、はずだったが。

「あ、あれっ?!」私は驚いた。


「おかしい。そんな、馬鹿な!」今回は様子が違う。


 まるで総帥の力に抗うかのように、戦闘機の表面が七色に輝き出し、その場に留まっている。そして、その神力たる糸が断ち切られたかのように、揺らぎが収まり静寂が戻った。


「……嘘。あれは、結界?!」私はそれを瞬時に理解した。それも、ダークマ様の能力に抗えるとは、かなり高位の結界のはず。おそらくは、クラス五を超える強度。


 ――まさか、クラス四以上の結界能力の実装は、プロセス世代の開発曲線から大きく外れている。ドラルドと言えど量産レベルに達っするのは数年先だって聞いてたのに。一気にここまで?!


 怯んだ私に向かい、負傷部を手で押さえた敵兵が、膝をついたまま絞り出すように笑い始めた。軍服に佩用した階級章が、研究者であることを示している。


「お前、軍属の研究者か?」

「ああ、その通り。俺はドラルドのアルケミードクターの一人だ。どうだ、あれには驚いただろ?」

「クラス五、ひょっとしたら六にも達する結界ね」

「ほぉ……、少しは知っているようだな。このテンプトアル星の人間は、誰しもアルケミースキルを使える。能力種は一人一つだが、それをアルキマイト鉱石に転写する技術が確立されたことで、多様な能力が機工化され、この星の文明は急速に発展した。そのアルケミーテクノロジーの進化を支えていたのが、我々ドラルド国の技術力だ。いくらマルチスキルのマグラと言えど、最新鋭の戦闘性能とこの物量の前ではひとたまりもあるまい。馬鹿なのはお前たちの方だ。ドラルドに栄光あれ!!」


 彼はドラルド軍の胸章を平手で二回叩くと、胸の前で拳を握り、腕を空にかざした。


「っさいわね!」

 私は膝立ちの彼に回し蹴りを放ち、その顔面を容赦なく打ち抜いた。敵兵は片腕を上げたまま、意識を失ってその場に突っ伏した。


「総帥……あの結界は多重構造。破るには複数のセキュリティーを突破する必要があるわ……ひょっとして……総帥程の力でも、こればかりは本当にきついんじゃ……」


 私は、戦士として敬愛する総帥をアイドルさながら追いかけていた。

 事実、私たちの国『スアール』には総帥ダークマ様のファンクラブがいくつも存在する。多くの女子たちは、ただ彼の雄姿に狂喜乱舞するだけの軽薄な外野でしかない。おそらく、戦闘一徹、何事にもクールな彼にとって、その声は雑音でしかないに違いない。


 でも、私は違う。私は、純粋に彼の力に魅了され、その存在に生かされ、その恩に報いたいと願い、彼にこの命を捧げるため、軍学校に入隊した。

 そして今、彼の部隊にいる。


 これまでの戦闘は、総帥からは縁遠い前衛部隊での参戦だった。しかし、多少なりとも上げられたそこでの戦績を買われ、ついに総帥直属の親衛部隊に配属されたのだった。

 親衛部隊と言っても、彼の能力に勝る者などなく、留まることを知らない彼の攻勢を前に、その選りすぐられた戦闘員でさえ精々サポート役と言ったところではあるが。


 そして、今日のドラルド侵攻は、私にとって新部隊での初陣。それは、憧れていた彼の戦いを間近で見ることができるチャンスだった。私は、まるで遠足でも行くかのように、この戦闘を楽しみにしていた。それは同時に、多数の中の一人とはいえ自分が精鋭の一人として彼から認められたという、高揚感からくるものでもあった。


「くそっ、私だって総帥のお役に立ちたい!」


 戦争では新米もベテランも関係ない。だったら、その責任を全うするのが自分の役目。見ているだけじゃダメだ。

 ――飛行能力のない地上の私が、できることは限られるが、まずはやる気を見せなきゃ!


「よっしゃ、総帥、加勢します!」

 ところがその瞬間、光を放っていた敵機は突如としてその輝きを失い、コントロールを失って次々と落下していった。目線を下げると脱出用のパラシュートが幾つも開いている。


「え……うそ、何が起きたの? 結界が、崩壊している?!」


 私の兄は高位の結界師だ。だから私は、結界についての知識が多少ある。結界のスキル実装の研究についても、兄から休日の度に苦労話を聞かされ、いつもうんざりしていた。

 だから、私には分かる。あの結界は最新鋭の技術。足元で横たわるドクターの言うことも事実だ。それを解くには、固有に張られた多重のセキュリティーを解除する必要がある。


「……この一瞬で、それを無力化したと言うの?! ……それも、あれだけの台数を同時に」


 わずかに残った数機も右往左往しているうちに、重力コントロールが無力化され、進路を地面へと変えていく。


「す、すごい……これが、総帥の力……」私は絶句した。蹴り飛ばして眠らせといてなんだけど、このドクターにも今の光景を見せてやりたかったわね。


 呆然と立ち尽くしていると、最後の一機が総帥の攻撃を逃れ、私の前方に回り込んできた。

 ――しまった、油断していた!

 敗北を悟った敵兵が、一人でも殺して一矢報いてやろうということか。


「えっ、ちょ……これって、やばいんじゃ?!」

 まずい。タイマンの戦闘に関しては一定の自負がある私でも、戦闘機相手では少し話が違う。しかも、最新鋭の機体だ。加勢すると言ったものの、これではどうする手立てもない。

 私は、無意識のうちに中空にいる総帥を見上げていた。それが、救いを求める行為だというのは分かっている。そんな自分に嫌気がさす。だが事実、今の自分には何もできない。


「あれ?」

 彼の周囲が歪んで見える。私は気が動転して目が眩んだのかとも思ったが、背後の岩山に走る直線的なクラックが彼の周囲だけぐにゃりと曲がっているのが分かる。まるで、レンズの中にいるようだ。


「そうか、圧縮……」

 前に親衛部隊の先輩から聞いたことがあった。総帥はサイコキネシスで空気を圧縮させ、極度の圧力差を生み出すことで自在に真空を生み出すことができる。「この星の誰もが、アルケミースキルの本質を理解していない。どんなスキルでも、新たな効果を生み出すことができる」確かに総帥は、よくそんなことを言っていた。


 彼は、手元に”それ”を集中させ、こちらに向かって矢のように放った。本来、真空とは"ない"状態を言うが、連続的に気流を操作して押し出すことで、あたかも”ない”という実体が”ある”かのように鋭く飛び放たれる。いくら同種の能力者でも、そんな芸当はできない。それには、カオスを掌握した演算能力とそれをコントロールする技術が必要だ。


 これはスキルの”応用”。でも確かに、ここまでくるとすでに新たなスキルと言える。

 彼が放った高圧で発熱した真空の槍は、太陽の光を掻き分けるようにして中空に直線を焼き描き、それが一瞬で私のすぐ横の敵機を貫いた。それは、戦闘機の心臓部とも言える動力源のアルキマイトを正確に射抜き、機能を完全に奪っていた。


 私はその場にへたり込んだ。

 総帥がふわりと地上に降り立ち、こちらに向かって来る。敵機の最期を確認するためだろうか。それとも、ヘマした私に罰を下すためかな……。ま、後者の場合、”罰”程度で済めばいいけど。


「おい、お前、新人か?」


 緊張。体が硬直して動かない。


 あの総帥ダークマ様が、憧れの彼が今、私の目の前にいる。高鳴る鼓動。本当なら、純粋にこの高揚感に浸ったまま、彼との距離を一層縮めたい。――だが、この状況は最悪だ。タイミングが悪すぎる。彼の役に立つために命を捧げようと誓ったのに、邪魔をしてそれを実現するなんて、全く本意ではない。


 とは言え、それでも、私は嬉しかった。

 これまで、新人の私は部隊の端で遠目からそのお姿を目に入れるのがやっとで、恐れ多くもこんな間近で、さらに直接お話をする機会などなかった。

 彼は、口元をマスクで覆っていて、その尊顔や表情を拝することはできない。しかし、風に揺れる黒い前髪の間から覗いた鋭い目が、溢れ出るオーラと共に恐ろしいまでの荘厳さを存分に伝える。


挿絵(By みてみん)


「おい、聞いているのか、新人」


 彼の視線は、私の肩具に付けられた階級章に向けられている。私は咄嗟に右手を左胸に当て、肘を直角にして挙手をするように指先を空に向けた。それが、上位階級者への敬礼だ。


「あっ、は、は、はいっ、新人であります!」


 彼は閑散とした辺りを見渡した。テレパスで全体配信された情報局からの通信によれば、このとき、すでに彼一人の攻撃でドラルドの軍勢が壊滅状態にあった。


「お前が新人だってのは白の階級章を見れば分かる。名前は?」

「しし、失礼しました! リリス……です。ダービル・エトス・リリスです!!」

「……スキルネームがエトス。ってことは、特殊属性か。リリスか、そういえば聞いたことがあるな。たしか今回の選抜担当をしたスキルマネジメントのクローダが言っていた。珍しい能力を持った新人が入ったとな。貴様の能力にはいささか興味がある。この後始末が終わったら、二人で話がしたいな。時間はあるか?」


 ――なんと、私、名前を憶えられていた!


 やべぇ、超感激なんですけど!

 しかも、話がしたいって?!

 これって、まさかデートのお誘いとかじゃないよね?!


「もちろんです。こここ、光栄であります!」

「そうか。まぁ、それは後のこととして、今は戦闘を楽しもうじゃないか。さぁて、骨のある奴はもういないのか?」


 総帥って、こんなにしゃべるお方なんだ――私、初めて知った。

 彼はまだ物足りないようだ。周囲の敵兵はすでに皆、地に這っている。ほとんどは私がやったものだが、こんなことなら少し残しておけばよかったかな。もはや、彼に歯向かおうという気概を見せる者は存在しない。


「ちっ、腰抜けどもめ……なぁ、リリス。戦争ってのはいいもんだ。そう思わないか?」

 その言葉に、私は困惑した。

「えっ? あの、そう……でしょうか」


 もう、二年前のことになる。私は六歳から十五歳までを軍の能力養成学校で過ごした。

 頭のできは平均よりちょい悪い程度で自虐ネタにもできないような微妙なところ。でも、私の能力は珍しいものらしく、その特殊性もあってスキルレベルは誰の追随も許さなかった。


 そんな私は、いつだってそれにものを言わせて力尽くで物事を捻り潰し、そしてこじ開けてきた。いつしか、情け容赦ない性根から、『悪魔』とも呼ばれるようになった。

 問題を起こすことは日常茶飯事。それでも、このコミュニティーには見えざる力の対流が自然発生的に生じ、どんな横暴も階級のピラミッドを支える下層が吸収することで、全体のバランスが保たれていた。


 ところが、初めて経験した戦地は、そんな私が平均化して埋もれるような連中ばかりが集まった、混沌とした世界だった。入ったばかりの私は、能力種だの学校の成績だのは関係なく、ただの新人でしかなかった。そこには自然発生するバランスも、当然のごとく秩序も尊厳も存在はしなかった――ただ唯一、ダークマという名の絶対的な理を除いては。


「なぁ、リリス」総帥がにやりと笑ったことは、そのマスクごしでも察しがついた。


「自国の軍がすでに壊滅状態にあると知ったとき、そいつらはどうなるか。完全に勝機を失い、ただ命を請うだけの敗者の様相を呈すのか、また逆に、強固な精神が命を越え、最期の魂を燃やして突き進んでいくのか。――戦争って世界は、そこにいる者を単純にそのどちらかに二分する。そのほとんどは前者。今そこに転がっている奴らだ。――しかし、まれに逢うことがあるんだよ――後者に。それが、そいつがだ、俺に与えてくれるんだ。その強く美しき精神に満ちた心――それを、俺がへし折る瞬間に、最高の高揚感と、快感をな」


 私は改めて痛感した。やはり、この方こそが、本当の『悪魔』だ。

 そして、それに憧れる。真っ黒に輝いている、という、もはや異次元の絶対的魅力。今、この方と共にいることが、嬉しくてしょうがないんだ、私は。


「……総帥、マジかっけぇっす! さすが伝説のマルチスキルっす! 誰も勝てないっす!」

 私はつい興奮がオーバーフローし、雑多な言葉が口を突いて出てしまった。


「あっ……もも、申し訳ありませんっ!」

「ふっ、面白い奴じゃないか……まぁ、俺もマルチスキルなんて言われるが、別に万能の力があるわけじゃない。普通よりも多少選択肢が広いというだけの話だ。そこから先は、この世の理を見極めることにつきる」

「――この世の理を見極める……わっ、分かりました!」


 本当は何も分からない……。

 彼は蔑むような眼で私を見ている。疑いと敵意と戦意に満ちた切れ長の美しい眼は、まるで心の内を見透かしているようで、私は恐怖と含羞の入り混じった感情を隠そうと、ついその目を逸らした。事実、彼はテレパス系の能力も持っていたはずだ。私は、色茶けたこの岩原の深くに、自分の心を埋めてしまいたいと思った。


 ――ゴトンッ!


 するとその時、すぐ前に墜落していた戦闘機の中から大きな金属音が響いた。


「な、なに? ……て、敵の生き残りかもしれません。じ、自分、見てきます!」


 私は、赤く染めた顔を隠しながら、墜落した戦闘機に走り寄った。興奮冷めやらぬ今の状況では、少し離れて頭を冷やしたほうが良い。


「で、出てこい、この野郎!」と機体の背面にあるハッチを蹴り飛ばす。金属音が内部で木霊し、一部の波が共鳴して耳に不快な印象を与える。

 そして、音は消えた。しかし、何も起きない。ただ、静寂が続く。


 ――どうせ乗組員は死んでいるか、すでに逃げ出した後だろう。それは、ただ総帥から距離を取るためだけにここに来た私の、期待通りの展開。これ以上ボロが出る前に、丘の上の本部に戻ろう。


 ところがその時、目の前のハッチが予想だにせず、勢いよく上に持ち上がった。そして、その角が私の腕にぶち当たり、衝撃でなぎ倒された。


「いってぇ~! ちっきしょう!! てっめぇ~、マジ殺すぞ!!」


 私は開いた右手の平を敵機に向け、構えた。その手には、高熱線を照射するスキルが実装されたアルキマイト機工具を装着してある。


「出てきた奴は、どんな奴でもぶっ殺してやる」


 ハッチの奥からゆっくりと動く人影に光が当たる。

「ちょっと、待って……怪我をしているの。私はもう、戦えない……」


 私はうろたえた。そう言って出てきたのは、蒼白で震える、見るからに年下のか細い少女だった。その子は脇腹から血を流し、傷を両手でかばいながら機体からゆっくり降りた。


「……助けて、ください」


 私は突き出していた手を下ろした。正直、どうしたらいいのか、分からない。


 敵軍とは、絶対悪である――私が軍で教わってきたことだ。

 守るべき者がいて、初めて対となり存在し得る。戦争という複雑系の中にあっても、それを理解していれば自ずと自分を保つことができる――最初は、そうした正義感が私を動かしていた。


 しかし、繰り返される軍事訓練と実習戦で、いつしかその意義は枝葉をそぎ落とされ、『敵とカテゴライズしたものを殲滅する』ことだけが私の中に残っていた。だからこそ、私の前に立ちはだかる敵はどんな屈強な大男でも、鋭利な武器を持つ者でも、高レベルの能力者でも容赦はしなかった。

 それが、当時の私が『悪魔』と言われ恐れられるようになった所以。


 しかし、今目の前の状況は、そんな私をいとも簡単にぐらつかせる。自分の信じるすべての理が、それを支える骨子たる定義が、それを導き出した前提が、涙を湛える彼女のその眼で崩されそうになる。

 私は、本当の意味で『悪魔』と称されるダークマ様には成り得ない。だからこそ、私はあの方に憧れるのだろうか。


 ――いや、認めたくない。

 私は、彼女が伸ばす震えるその手を振りほどき、その現実から逃れまいとする。


「くっ、あ、あんた。私を騙そうとしてるでしょ。こっちくんじゃねぇ!」

 ――そうだ、こいつは敵だ。絶対悪なんだ。


 その少女は、ゆっくりと私に向かい、歩み寄る。そして、力尽きて倒れた。彼女は、地面に突っ伏し小刻みに震えている。そして、涙の滴り落ちる目を私に向け、言った。


「あなたを殺そうとした私に、助けてなどと言える資格はありませんね。……すみません。せめて、確実に急所を打って殺してくれませんか。虫のいい話だとは理解しています……ですが、これが最期の、精いっぱいの保身です」


 私は深呼吸した。ゆっくりと息を吐き、心を落ち着かせた。


「……ちっきしょう。わかったわよ。一瞬で終わらせてあげる」


 私は、少女の目の前まで歩を進めた。上から見下げると、彼女はなおのこと幼く見えた。涙を湛えるその眼には、私の顔が映り込んでいる。揺らめく自分の顔は、どんな表情をしているのか。私は思わず、彼女と私から目をそむけた。


 少女は右手の平を広げて空に向け、ゆっくりとその腕を私に向かって差し出した。それは、この大陸の者なら誰もが日常的に行う、挨拶の一種。彼女は、それで親愛の情を示そうとしているのだろう。私は、彼女の手を取り、そのまま自分の耳に当てた。


『その者の手を聞く』それが、この行為の真意。すでに形骸化している節もあるが、その手からお互いに本意を受け渡す意味が込められていると聞く。


 私はその手をそのまま強く握ると、今度は自分の右手を彼女の胸に置いた。機工具を介して、彼女の胸のわずかな膨らみが伝わってきた。

「いくわよ、さよなら」


 そして、――次の瞬間。


「――えっ?!」

 私は困惑した。右手が硬直したように動かない。いや、右手だけではない、左手も、右足も、左足も、体の全てが自分の意志では動かない。


 ――何が、起こったの?

「はははっ、馬鹿な女ね。まんまと乗せられてさ。私のスキルはナーブハッキング。迂闊に触れたが最期、あんたの神経系統は私が支配したわよ。さよならするのは、あんたの方ね」


 少女は血の付いた上着を脱ぎ棄てると、へその出たビキニ型の戦闘着が露になった。そこには、傷一つない鍛え上げられた彼女の腹筋が覗いている。


 ――だまされた! くそっ、私としたことがっ!!


 後悔しても、すでに遅かった。少女はガーターベルト型のホルダーからナイフを取り出すと、私の首筋にその刃先を押し当てた。少女の太腿で温められていたナイフの切っ先が、驚くほど違和感なく首に吸い付く。そして、ゆっくりと皮膚を伝うむず痒い感覚で、一筋の血が流れ落ちていることを感じる。エッジが研ぎ澄まされているからだろうか、不思議と痛みはない。


 ――なんとか、私の能力でこいつを……。

 いくら抵抗しようとも、体が言うことを聞かない。もう、どうしようもない。総帥はすでに別の敵を求めて離れてしまっている。そもそも、助けを請うにも、声が出ない。


 ……私は諦めた。そして、少しでも恐怖を和らげようと目を瞑ろうとする。でも、それすらも叶わない。


「ふふっ、どう? あんたらなんか、あの悪魔がいないと何もできやしないのよ。私もあいつのせいでたくさんの仲間を失った。だから、せめてあんたくらいは苦しめて殺してやるわ」


 少女はゆっくりとナイフを引き、少しずつ私の首を切り裂いて――いくのかと思ったが、なぜかその手が止まった。


「えっ、どうして?」

 今度は少女がナイフを握ったまま、まるで空間に縛らりつけられたように動かなくなった。

 そして、彼女と入れ替わるように、私の動きが戻った。


「っぷはぁ~! う、動ける!」


「そんな、馬鹿な……なぜ、私が動けない?! これは、ナーブハッキングとは違う。もしそれならば解除は容易なはず……」


「――ざ、ざまぁみろってんだ! 何が起きたか分かんないけど、私を騙した罰――っげふっ?!」言ってる途中で、私は突然背中に衝撃を受けて、地面に倒れこんだ。

「今度はなんなのよ、ちきしょう!」


 私は勢いよく振り向くと、驚きで声が上擦った。「……そ、総帥?!」


 気付かない間に背後にいたのは、総帥だった。

 彼は光り輝く片手の平を少女に向け、なんらかのスキルを発動している。それがおそらく、彼女の自由を奪った理由だ。そして、手と同様に彼の額にも、古代文字を象ったような円状に輝く紋章が浮かび上がっている。その意味するところは分からないが、よくある古代王家に伝わる何たらかんたらというものだろうか。いずれにせよ、その光は彼の荘厳な様相を引き立てるのに充分な効果を発揮している。


「おい、新人。手間とらせんじゃねぇ。そんな奴、さっさと殺さねぇから隙を取られるんだ」

「……は、はい。すみません。なんか、こいつ、結構年下みたいだったんで……つい、油断しました」

「つい? ふんっ。その結果がこれだ。子供も大人も関係ない。情けなどいらない。この世界は力だけが物を言う。年でも人格でも家系でもない。今お前が判断すべきは、そいつが敵か、味方か、それだけだ。こいつはどっちだ?」

「……てき、です」

「そうだ。敵は、殺す。ごく簡単なロジックだ」


「この悪魔め! 殺されていった仲間の敵を討ってやる!!」

 必死の表情からすると、彼女は体を動かそうともがいているようだが、その体は一向に動いていない。何が起きているのか私には分からないが、しゃべることはできるようで、汚い言葉を荒げる幼い声に、違和感を覚える。


「おい、小娘。お前、口だけは達者だな。さぁ、仲間の敵を討ってみろよ。お前と同じ能力だって使えるが、おそらく解除くらいは心得ているだろう。だから違ったやり方を使ったんだ。お前の体は空間に固定してある。サイコキネシスとボンダー(結合操作)の応用だよ。難しいんだぞ、細胞レベルでの固定が必要だ。上手くやらねぇと代謝が途絶えて生命活動まで止めちまうからな。どうだ? 体の自由を奪われる気持ちは。敢えてお前の能力に被せたんだ、屈辱だろう?」


 少女の表情が見る見る青ざめていく。自分が得意的に犯してきた所業を、自らの体で体現させられるとあっては、プライドを持った戦闘員であればこれ以上ない侮辱だろう。


 打ちひしがれる彼女を前に、総帥はなおも続けた。

「――そして、この下の鉱石層はスキル効果を保持するためのアルキマイト含有率が高い。その上、周辺はスキルの根源となるアルケミーエネルギーの滞留点でもある。ここまで条件が揃っていれば、俺ならこの空間にスキルを保持することだって可能だ。それが、どういうことか分かるか?」


 私は理解した。それは、恐ろしい末路だ。そしておそらく、この少女もそれを理解したのだろう。その顔は、すでに生きているか死んでいるかも分からないほど蒼白だ。


「そんな、たのむ、助けてよ! それが叶わないなら、せめて殺して!」


「せいぜい、仲間が見つけてくれることを祈るんだな。 ……と言っても、まだ生き残っている奴はいるのかな?」


 生きながらの放置――体が動かなければ、それを自ら終わらせることさえできない。まだ、生き埋めの方がどれだけ楽か。私は、彼女を自分に重ね、それを想像しただけで吐き気がした。


 そして、その時突然、あいつが現れた。

 ――そう、死臭と負の感情が漂った、こういう場所に決まって生まれる、あいつだ。誰にも疎ましく嫌われ、恐れられる。

 だが逆に、死を願う彼女にとっては、それが幸いなのかもしれない。


「あいつ……亜生体ね」


 総帥がニヤリと笑った。

「おぅ、ここにも来やがったか。さっそく餌を見つけたってことか。よかったな、お前。一人じゃなくてよ」


「や、やめてくれ! たのむ、亜生体は嫌だ!! あんなやつに飲み込まれるなんて、たのむ。助けてくれ!!!」


 ゆっくりと近づいてくる巨大な影。長さの不揃いな手足が数本。まるで動きのぎこちない蜘蛛のようなそいつは、周囲に転がる遺体を頭部に開いた口のようなところからズルズルと吸い上げていく。すると、その肉塊が体の一部となり、そのまま体の部位を構成していく。まるで、拾い物をかき集めてつなぎ合わせた、継ぎ接ぎの生き物のように。

 それが動くのに合わせて、ビチャビチャと、寄せ集まった肉や骨の不快な音が鳴る。

 

 亜生体――それは、物体のない抜け殻だけが実体を成した生命体のようなもので、とりあえずつじつまを合わせたかのように周囲のものを引き寄せて詰め合わせていく、『生物と非生物の中間物』だ。


 彼らは、体の隙間が埋まるまで大きな口のようなところから何でも吸い上げ、取り込んでいく。だが、個々に持つ波長のわずかな違いで、最終的に体を構成する物は大抵何等か一種の物質に集約される。それは個性にも近いもので、金属で体を作るもの、木々で体を作るもの、そして、決まって戦場に現れるのは、生き物やその残骸で作るもの、だ。


 何ともおぞましき姿ではあるが、それこそが聖なる生命の箱。それは誰もが持つ、と言うよりそれがあったからこそ、皆は生物として生まれ来ることができた。だから、実態は自分たちと何ら変わらない。そう思えるのは、私の特殊な能力のせいかもしれないが――。


 おそらく、この子はいずれ、あの亜生体に食われるだろう。生きたまま食われた者がどうなるかは、これまでの戦争でよく知っている。彼らは、生きたまま死ぬこともなく、生命の残滓の中で苦痛を味わい続けるんだ。


「さて、これでドラルド軍は壊滅した。軍都はすでに我手中も同然。リリス、ここを離れるぞ。俺も正直、あんな不潔な亜生体には関わりたくないからな。それに、これでようやく目的を達成する算段が整った」


「もく、てき……ですか?」私は総帥の言う目的の意味が分からなかった。


 ――この戦争の、目的。

 単に、領土の拡大と民の支配、そして統治による世界平和。それが、戦争というものだと教わってきた。


 総帥は横目で私をちら見すると、そこで待っていろと言うかのように私の足元を指し、ふっと笑って歩き出した。硬い鉱物ばかりの土地で植物も水もなく、視界の限り続く赤茶けた岩壁と起伏の多いこの岩原に、金属のプロテクターを施した彼の靴音がこだまする。

 そして、彼は一部に隆起した巨大な柱状岩の前に立ち、軽く手を当てると、まるでパンでも引きちぎるような感覚で、その岩を引き裂いた。


「きゃっ」私は突然の強い光に目が眩んだ。

 瞼の裏に光の残像が揺らめいているが、時間の経過と共に小さくなってくる。私は何事かと、手で目の半分を覆い、眼球に入り込む光量を調整しながら、恐る恐るその光景を拝んだ。


 すると、砕かれた岩の破断面に、透明度の高いアルキマイトの結晶が露出していた。その質の高さは、この惑星を照り付ける二つの太陽の光を存分に取り込み、レーザーのように反射光を撒き散らしている様子から充分に理解できた。


「総帥、そのアルキマイトは、いったい……?」

「純度、結晶方位、エネルギー吸収率、どれをとっても申し分ない。ここ一帯はこのテンプトアル星で最も高質で広大なアルキマイト鉱山。ドラルド国の連中が長年隠していたが、奴らのアルケミーテクノロジーが世界屈指と言われるようになった所以がこれだ。これがあれば、俺の研究も最終章を迎えることができる」

「研究……。あの、噂に聞く、次元転送ですか?!」

「そうだ。二つの次元が干渉することで発生する『次元リーク』。発生率と被害は徐々に増加傾向にある。俺たちの世界が、向こうに吸収されて消滅する日はそう遠くないだろう。だが、この研究が実を結べば、少なくとも安全にこの世界から離脱することが可能となる。俺の支配下にある者たちは救われる。そして、それを邪魔する奴らは、全て消す」


 鋭利に尖ったその眼は、空に浮かぶ二つの太陽を見つめている。いつもなら、見られただけで切り裂かれそうな視線も、何故だか今は柔らかく感じる。口元を覆うマスクのせいで表情は読み取れないが、私の知らない彼が、その中に潜んでいるような気がした。


「――おっと、おしゃべりが過ぎたな。新人、足を引っ張るようなら貴様も容赦なく切り捨てる」そういうと、彼の眼はナイフのように戻った。

「あっ、は、はいっ!!」


 総帥は足早に歩き出した。そしてジューシーな音を奏でながら近づいてくる亜生体をテレキネシスで容易く弾き飛ばす。


 彼は、少し振り向いて人形のように固まったままの敵兵の少女を見ると、そのまま宙に浮かんで飛び発った。彼女は屈辱的な表情を浮かべ、成す術なくその背中を見つめていた。


 ――やばぃ、総帥、マジかっけ! もう、憧れを越えて、崇めるしかないわ。神、いや、最強の悪魔よ!


 私は、恐怖に震える少女に向かって、にやりと笑った。

「ざまぁ~ないわね。あんた、選んだ相手が悪かったよ。総帥ぃ~、待ってくださいよぉ!」


 そして私は、双生の太陽が作る二つの小さな影を逃すまいと、それを追って必死に走り出した。

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