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ヨルベのない音  作者: 幸村 洋夏
9/16

阿宮さんの動機

 嫌な汗をかいた。

 依辺先輩は、僕と話しているうちに、時間を気にしていたんだと思う。


「そろそろ、サックスの練習に合流しないとね……それじゃあ、頑張ってね。」


 締まりのない笑顔を見せながら、依辺先輩は、僕の隣から立ち上がった。そして、楽器室に寄って楽器をケースから取り出し、音楽室が出ていく。

 僕はその様子を一通り見送ると、肺にある空気を入れ替えるような深い溜息を溢した。全身の力が抜けるような錯覚と同時に、震えていた心がゆっくりと平穏を取り戻していく。

 先輩が嫌いというわけではない。あの人懐っこさと、人を寄せ付けやすい花の咲いたような笑顔が苦手だというのはあるが、話しかけてほしくないと思うほどじゃない。むしろ、今まで話してきた先輩の中では、一番緊張せずに落ち着いて話せる先輩だ。

 その分、油断していた。


『アルトサックスだよね。私の、そして、高槻君がやりたがってる楽器をやりたかったのよね?いやむしろ、高槻君がやりたがってるから日頼君もやりたかったのかな?』


 あんな風に、人を見透かすようなことを言うとは思わなかった。

 どう思っていたんだろうか?小唄がやりたがっている楽器をやろうとする僕のことを。幼馴染にも嘘の入部動機を伝える僕のことを。楽器を楽しんでない僕のことを。

 あの先輩はどう思ったんだろうか。

 譲ったように見えただろうか。小唄がアルトサックスをやりたがっていることを知っているから、僕はあえて言いださなかったと。

 依存しているように見えただろうか。小唄がいなければ、何もできないと。

 あの時、僕は先輩の顔が見れなかった。あの時の先輩はちゃんと言葉通りに笑っていたのだろうか。


……いや、知られたからどうした。


 何か不利になるわけでもない。どう思われようと僕には関係ない。

 だって、

 僕は依辺先輩に縋っているわけではないのだから。

 依辺先輩を寄る辺にしているわけではないのだから。


 もう一度、深呼吸をするように大きく息を吸い込み、そして吐き出す。依辺先輩と話している時は地に足がついていないような不安定な心地だったが、ようやく落ち着いてきた。

 と、そこで、ようやく気付いた。

 目の前に座る女子が、睨むように僕を見ていることを。


「ど、どうしたの…っ?」


 この楽器決めの練習を始めてから一週間、僕の隣に座っていたのが小唄ならば、その女子はずっと目の前に座っていた。

 髪はカールしており、肩まで伸びている。左目だけが前髪で隠れており、僕から見えているのは右目だけだが、それでも瞳の圧が強い。ツリ目ということもあるかもしれないが、それでも人を責めているかのような瞳は、その女子のきつい性格を想像させる。

 彼女はその釣り上がった眼で、僕を睨むようにして見ていた。


「あんた、依辺先輩と仲良いの?」


 彼女の声は、少しばかり怒気を含んでいた。いや、怒気というよりは、不愉快そうだった。彼女と話したこともない僕が、どうしてそんな風に声をかけられるのか分からず、僕は混乱した。

 ただでさえ、依辺先輩と話して疲れているのに。

僕は、とりあえず彼女の質問に答える。


「ぜ、全然…。」

「……」


 そんな風には見えない。と顔に書いてある。

 確かに、はた目から見れば仲が良いように映るかもしれない。しかし、それは彼女の人受けの良い性格がそうさせるのであって、僕の認識からすれば、依辺先輩と僕は特別仲が良いというわけではない。

 

「あんた、サックスを吹きたいの?」


 再び、彼女は僕に問う。

 

「まだ、未定かな…。」

「その割には、サックスの見学ばっかり行ってるみたいだけど。あんたの相方も合わせて。」

「僕はただ小唄に付いて行ってるだけだよ。」

 

 比喩でも何でもなく、面接されている気分だった。それも、圧迫面接である。

 何が言いたいのか、良く分からず曖昧な返事ばかりを繰り返してしまう。人見知りの僕が言うのもなんだが、随分と回りくどい。聞き方が下手の印象を受けた。

 なんなんだろう。今日はやけに人に絡まれる。厄日なんだろうか。


「じゃあ、あんたはサックスを吹く気がないのね?」

「それは…」


 ない訳では無い。

 ただ、迷っている。小唄に合わせて、このままアルトサックスを選んでも小唄と同じ楽器を吹く未来はない。しかし、傍にいるためには、同じサックスであるテナーサックスやバリトンサックスを吹いていた方が良いと思っている。

 しかし、その旨を完璧に説明できるほど、人見知りが抜けているわけでもなく、僕は曖昧な返事をした。


「未定……。」

「…煮え切らない。はっきりしてよ。」


 僕の返答は、彼女の不愉快指数を大幅に上昇させたようで、彼女はイライラを誤魔化すように頭を掻いた。


「……あのさ。」

「なによ。」

「……名前、なんだっけ?」


 僕がそう言うと、彼女は面を食らったかのように目をパチパチさせた。

 あれ?初対面だよね?

 そう思った僕だったが、次の瞬間、もともと鋭かった彼女の目がさらに鋭く釣り上がった。


阿宮(あぐう)(とも)っ!この練習が始まったとき、ちゃんと自己紹介したでしょうがっ!!」


「ごめんごめんごめんっ!!思い出したっ!阿宮さんだね!阿宮さんだったよっ!」


 彼女の怒った口調につられて、慌てて言う僕の姿は覚えてませんでした、聞いてませんでしたと強調しているようだった。

 そして、さらに僕は失敗する。彼女が自己紹介したのなら、次は僕が、僕はあろうことか一度自己紹介しているはずの相手にもう一度名乗ろうとした。


「あ、っと、僕の名前は」


日頼(ひらい)遥希(はるき)っ!。知ってるっ!!ちゃんと聞いてたから!!」


 これ以上ない嫌味である。しかし、何度思い出しても、自己紹介した記憶が無い。覚えているのは、入部初日の、小唄に文句をつけられた、あの自己紹介だけである。

 しかし、阿宮さんが僕の名前を知っているところを見ると、どうやら挨拶程度の絡みはあったようだ。


「えっと……、阿宮さんも、サックス希望なの?」


 僕は何とか話題をずらそうと、阿宮さんが興味が食いつきそうなことを質問した。

 阿宮さんは、今にも舌打ちしそうな剣幕だったが(ぶつぶつ文句は言っていた、聞こえなかったけど。)、呆れたと言わんばかりに大きく肩を竦めると、


「……バリトンサックス。夜具先輩がやってる。」

 

と、答えてくれた。

 夜具先輩。何回か行った朝練見学で姿だけは見たことがある。確か、この中学校の吹奏楽部にしては珍しい男の先輩だったはずだ。依辺先輩も何度か名前を出していた。


「夜具先輩と、知り合いとか?」

「……中学に上がってきて初めて会ったわ。話したのも勧誘された時くらいで、ほとんど話もしてない。」


 わざわざ、夜具先輩がやってると付け加えたために、知り合いなのかと思ったがどうやらそうではないらしい。


「…理由とかって、聞いていい?」

「なんの?」

「バリトンサックスをやりたい理由。」


 単純に気になった。

 僕自身が答えを出せていないからというのもあるが、他の希望者がどんなことを思って楽器希望を出しているのか。

 小学校時代は、普通に過ごしていれば、楽器に触れる機会なんてほとんどない。ピアノ、ギター、もしかしたらトランペットぐらいはあるのかもしれないが、普通に授業を受けている分には、サックスなんて楽器は名前すら知らないだろう。

 僕が言っているように、体験入部で触って楽しかったから。

 高槻が言うように、楽器の音が気に入ったから。

 どんな理由でも聞いて見たかった。

 阿宮さんは、考えるような仕草をみせ、五秒くらいの間を開けた。そして、


「別に楽器が楽しかったとかそんな気持ちでこの吹奏楽部に入ったわけじゃないのよ。」


 しょうがなくといった様子で、その重い口を開いた。


「楽しくなかったの?」

「そうじゃないわよ。そうじゃないけど……。」


 歯切れが悪い。話す内容は決まっているが、どう話せば良いのか分からないと言った様子だ。僕は聞き上手と言うわけではないので、黙って彼女の次の言葉を待つ。


「下駄箱前で何度か夜具先輩が勧誘しているところを見てね。大人しそうな雰囲気してるくせに、何度も誘って来るから、仕方なく体験入部に行ったの。」


 体験入部期間、吹奏楽部に限らず様々な部が下駄箱前や校門前で勧誘活動を行っていた。あまり過激でなければ、学校側も禁止していないけれど、僕も何度も捕まって煩わしかった記憶がある。


「でも正直、わけが分からなかった。ただ、音を出して、それで先輩たちが可愛いとかすごいって褒めてくれるけど、何がすごいのか分からなかった。こんなん誰にでもできるって思ったし。……二度と来るつもりなかった。けど…。」


 けど…?

 その先を言うかどうか迷っているようで、いままではっきりとした態度を取っていた阿宮さんが言葉にするのを少しだけ躊躇をしていた。

 しかし、何かを決心するかのように


「夜具先輩が演奏している姿は、恰好良かった。」


と、言った。


「偶然だったけどね、体験入部から帰るときに見かけた夜具先輩は格好良かった。…音楽のこととか、あたしは正直なんも分かんないよ。音が良いとか、テンポにあっているとかリズムが正確だとかそんなことは良く分からなかったさ。けど、楽譜と向き合ってる夜具先輩の姿は、なんか格好良かった。憧れた。……そう、あたしは夜具先輩に憧れたの。」


 誰かに憧れたから。

 その動機は、小唄に依存して生きている僕にとって分かりやすい動機だった。『誰かに憧れたから近づきたい』と、『誰かに憧れたから頼っていきたい』は決して交わらない感情だけど、途中までは同じ憧れだからかもしれない。


「これが、あたしが吹奏楽部に入った理由だよ。あたしはバリトンサックスがやりたくてこの部に入ったの。だから、アンタがサックスをやりたいと思ってるんじゃなくて、どの楽器でも良いとか思ってるなら」


 おそらく、阿宮さんは僕にこれが言いたくて、声をかけてきたんだろう。依辺先輩とのやり取りを聞いて、僕がサックスを希望していることを知り、そして、決してやりたがっているわけではないと知ったから、阿宮さんは僕に停戦を申し入れたかったんだろう。


「バリトンサックスはあたしに譲って。」

閲覧ありがとうございます。

少し投稿遅れました、なんか今回訂正箇所が多かった気がする…。(;^ω^)

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