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ヨルベのない音  作者: 幸村 洋夏
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初めての楽譜:苦戦

 楽譜に書かれた音符は、ほぼほぼ理解が出来る形をしていた。理解したところで思ったのは、この楽譜の繰り返しの多さだった。

例えば、中盤のところで三連符を七回繰り返すと、十六分音符の四連打をする箇所がある。この二小節を使ったリズムだが、これと同じ形の音符構成が、この後二回続いている。つまり、同じリズムを三回叩くように構成されていた。

 また、終盤では、連桁付きの八分音符が七個並んでおり、最後に三連符という形が三回並んでいる箇所がある。ここも、三連符の形が違うがほぼ同じ構成で連桁付きの八分音符と三連符が並んでいる。おそらく、小唄が簡単だと言っていた理由はこれだろう。繰り返しが多く一フレーズできるようになるだけで、出来るようになる箇所がかなり増える。問題は、毎回違う三連符の形がいったいどういうリズムをしているか、だがこれはいつか小唄に聞けば良い。

 

「これなら僕でも、何とかなりそうかな……」


 しかし、頭で理解するのと、実際に体を動かしてみるのとでは少し差があった。

 もう何度も教えに来ている先輩に言われたことだが、メトロノームの刻むテンポと僕の叩くテンポが合わないのだ。遅くなったり早くなったりと叩いている僕以上に周りから聞けば、相当不安定に揺れているらしい。


「もっと、メトロノームを見てみて。」


 そう言われて、メトロノームを見れば、今度は次叩くリズムが分からなくなってしまい、混乱してしまう。


「楽譜見ないと、分からなくなるよ。こう、ちらちら見る感じでやってみて。」


言われた通り、ちらちらと楽譜を見るが、少しでも楽譜に気を取られれば、テンポがおろそかに、メトロノームに気を取られ過ぎれば、リズムがおろそかになってしまう。テンポを気にしなければ、全部叩けるまで練習することはできたのだが、いかんせんテンポに合わせることが出来ない。

 そんな状態が一週間続き、楽器決めまであと一週間を切っていた。


「じゃあ、俺、今日もサックスの所に行くわ。」


 部活が始まって、三十分程が過ぎた。それまでは、一緒に楽器決め練習をしていた小唄だったが、最後まで通しで何回か叩き終えると立ち上がって、大きく伸びをした。一応、万が一がないように練習はしているが、出来ている楽譜を何度もするのは、退屈なのだろう。この一週間ほぼ同じ動作、同じタイミングで同じことを言っている。


「……僕も一緒に」


 行くよ。と続けようとしたが、小唄に拒まれることが分かってしまって、最後まで言うことは出来なかった。小唄はそんな僕の心中を察してかは分からないが、


「楽器決めのやつ、叩けないとサックス吹けないじゃん。今は、叩けるように練習頑張ったほうが良いと思うぜ。」


と、励ましてくれた。


「だよね。」


 最近は、小唄は頻繁にサックスの練習に混ざりに行っていた。自分が希望以外の楽器になるとは思っていないのだろう。この中の誰よりも早く、叩けるようになり、必要なだけの努力を、必要なだけの調整を怠ってはいないのだから。


「おう、頑張れ。」

「うん、頑張る。」


 それだけやり取りを交わすと、小唄は音楽室から出ていく。

 そして、僕は、この一週間で何度目になるか分からないリズム練習を始めた。

 最初はメトロノームを見る。何回も叩いているおかげで序盤の動きは身体が覚え始めていた。しかし、六十のテンポで揺れるメトロノームは、はっきり言って遅く、感覚やノリだけで合わせることが出来ない。

 そうして、リズムが怪しくなれば、楽譜をちらりと確認する。今自分が進んだ場所を探し、そこに焦点を合わせる。次の動きを確認して、再びメトロノームに視線を移す。


 大丈夫、まだずれていない。


メトロノームからなる音と、手拍子の音が同期する。なんだか調子が良い。叩けるかもしれない。


「失礼しますっ、すいません、課題の提出で遅れましたぁ!!」


 ガラッとスライド式のドアが勢い良く開かれると、うるさい音楽室全体に聞こえるほどの大きな声が響いた。

 結果、驚いてしまい手を止めてしまう。その一瞬を見計らったように、さっきまで同期していたメトロノームの音がチンッと聞こえた。



「あんた、またぁ?課題はちゃんとやりなさいって。夜具先輩に怒られるよ。」

「はは、やってるんだけどねぇ、全部間違えてるって言われて返されちゃうんだよねー。」

「マジで…?そんな奴いるの?」

「ハハハ……でも、今回は自信あるから多分大丈夫。」

「全部間違える奴の自信って、当てになんねー。」

 

 続いて、お気楽そうな笑い声が聞こえてくる。

 調子が良かったのに、と、僕は少しばかり恨みが籠った眼で、声の聞こえてくる方を見た。

 そこには、見たことがある先輩がいた。いや、見たことがあるといえば、毎日練習に来ている手前、見たことがない先輩はいないと思うのだけど、一度関わったことがある先輩という意味で、そこには依辺先輩がいた。

 相変わらず、染めていることを疑いそうな赤味がかった髪が特徴的だった。それと、もはや癖となっていそうな笑い声も、変わった様子がなく、二年の先輩と楽しそうに談笑していた。


「話変わるけど、あんたん所、もう一年生が練習に参加し始めてるらしいじゃない。高槻だっけ?」


依辺先輩と話していたほうの先輩は、スティックをペン回しのように回しながら、言った。依辺先輩は、軽く笑いながら、答える。


「練習に参加してるって言っても、皆の音を聞いてもらったり、余ってるリードとマウスピースを渡してるだけだけどね。パーカッションパートには来てないの?」

「あんたは聞いてはいけないことを聞いた。」

「ぎゃあああっ!痛い!!痛いです!!」


 アイアンクローだ…。


 さすがに腕一本で人を宙に浮かすなどということはないが、刑を執行された依辺先輩は痛そうに頭を押さえている。


 …パーカションパートには怖い先輩がいる。覚えとこう。


「ったく、私が言いたいのは、その高槻ってやつ、練習に混ぜてやるんじゃなくて、楽器決めが近いんだからそっちの練習させろよってこと。他の一年達が勘違いするだろ。」

「お、仰る通りなんですが、高槻君、わりとリズムもテンポもしっかりしてるから、良いかなと思いまして…ははは…」


 それじゃあ、私はお先に…と、依辺先輩はその場から逃げるように会話を打ち切る。パーカションパートの人もそれ以上の話はないようで、呆れたように溜息をつくと、両手にスティックを持ち替えた。

 どうやらパーカッションパートの先輩は、小唄が見学に混じるのを良く思ってないらしい。だがそれ以上に気になったのは、勘違いという言葉である。

 一年生の小唄が、サックスパートに見学に行くことで、どういう勘違いが生じるというのか、他の一年達ということは当然僕も含まれているわけだが、どういう勘違いを起こすのか見当もつかなかった。


「……で、日頼君。盗み聞きはダメだよ。」 


 というか思考する間もなく、依辺先輩が僕に話しかけてきたために、予想も出来なかった。依辺先輩はパーカションパートの先輩から逃げてくる足で真っ直ぐ僕の方に向かってきた。


「き、気づいてたんですね……」


一応ばれないように、直視することは避けていたのだが。


「ははは、日頼君、手が全く動いてなかったよ。いつもはこっちが声を掛けちゃ悪いかなって思うくらい集中してるのに、集中してる様子でもなかったしね。」


 笑いながら言う先輩に、僕は舌を出してしまいたい気分だった。

 この一週間、何日か小唄と一緒に朝練に参加しているので、依辺先輩を含めたサックスパートの人に人見知りすることはなくなったが、それでもどちらかと言えば、僕はこの先輩が苦手だった。何かあったわけでもないが、僕にはない人懐っこさとお気楽さが、どうしても図々しく映ってしまう。

 だが、声をかけられた手前、邪険に追い払うわけにもいかない。

 

あ、そうだ。さっきのことを聞いてしまおう。


「依辺先輩、さっき言ってた勘違いってなんですか?」


 自分では、見当もつかなかった。だが、パーカションパートの先輩と会話が噛み合っていた先輩なら、勘違いの意味も分かるはずだ。


「ん?勘違い??はは、私、そんなこと言ってないよ。」

「あ、いや、先輩がっていうか……」


 僕は、後ろにいるパーカッションの先輩の方を見る。残念ながら、まだ関わったことがない先輩で、名前は分からない。一応、さっきの会話でパーカションパートの先輩であることは分かっているが、盗み聞きで得た知識を口にするのは、抵抗があった。

 だが、僕の視線の動きに合わせて、依辺先輩もパーカッションの先輩の方を見てくれたために、口にせずとも伝わったようだ。


「あぁ、アイアンクロー先輩。」

「誰もそんなことは言ってないですし、先輩は同学年ですよね?」


 名前も分からないのに、その覚え方はかわいそうだ。

 そう思って、忘れようとするが、意外な語呂の良さと、アイアンクローシーンの印象が強すぎて、アイアンクロー先輩が離れない。いざ関わるようになったとき、そんな風に呼ばなければよいが…。


「ハハハ、冗談冗談。まぁ、私も本当の所はどういう事が言いたかったかは分からないんだけど…」


そう前置きを置くと、依辺先輩は、笑顔で僕に言った。


「楽器も決まってないのに見学に行くとか、他の一年に調子に乗ってるって思われるって話だと思うの。」


 それは、違うような気がした。


閲覧ありがとうございます。

2日毎の更新は、ちょっと大変になってきたので、3日後にします(目標)

っていうわけで、次の更新は、24日の予定です(-_-;)

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