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ヨルベのない音  作者: 幸村 洋夏
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僕はどうしようか。

 サックスの朝練を見学したその日の放課後、僕を含めた新入部員は、一班六人の班に分かれ、音楽室の椅子に座っていた。四班までできたので、新入部員の数は二十四人前後ということになる。そして、普段先生の話を聞くように、部長の福原先輩と副部長二人の説明を聞いていた。

 内容は楽器決めの方法である。

 すべての希望者は、リズム練習と書かれたプリント通りに手拍子でテンポ通りに叩けるかどうかを見る。

それに加えて、金管楽器希望者には、マウスピースを渡し、唇の形だけで音階を吹けるかどうかを見る。木管楽器希望者も、ほぼ同上。打楽器希望者はすべての楽器志望者共通のリズム練習プリントをスティックで叩けるかどうかを見る。

 試験日は二週間後で、その間は試験内容をこなせるように練習するように、もし余裕があるのなら、希望パートの見学とするように、というのが、この一年生ミーティングの主な内容だった。


「と、まぁ、大体こんな感じかなー。何か質問あるかなー?」


 説明をしてくれていた部長の福原先輩は、のんびりとした調子で聞いてくる。

 下の名前も含めれば、福原由柚ふくはらゆゆ。耳上の黒髪を後ろ側に持っていき、後頭部辺りでまとめて下におろしている。そんな髪型と合わせて、おっとりとした顔立ちに、常に微笑んで見えるほど細い目が、福原先輩を優しそうな人に仕上げている。

 福原先輩は、少しの間を取ると、満足したように頷いた。


「それじゃあ、私の話はこれで終わりにしてね~練習しようー。」


 しまりのない一声で、一年生ミーティングは終了した。


 

 そして、現在、僕は配られたリズム練習と書かれた楽譜をじっと見つめていた。

 班の真ん中では、メトロノームが鳴っている。三角錐の形をしており、左右に揺れる振り子が真ん中にくるたびに、チンっとレンジ音のような音を出している。こうして音を出すことで、一定のテンポを示しているんだそうだ。

 横では、このメトロノームに合わせて、小唄が手拍子をしていた。


「この三連符が七回続くところ、何回叩いたか忘れそうになるな。」


 どうやら苦戦しているようである。タッタタ、タッタタ、タッタタと手拍子の音が何回も聞こえてくる。

 一方、僕はというと、苦戦することもなかった。

 今まで、横で小唄がピアノを弾いているのを、何十回と見てきているが、僕はこの音符の意味を理解したことはない。四分音符も八分音符も十六分音符も名前は聞いたことがあるが、それがどういうリズムを表しているのか分からなかった。よく五線譜の上を泳ぐオタマジャクシと例えられる音符たちだが、僕にはそんな可愛いものに見えない。そんな可愛げすら僕には分からない。

 初めのうちは、小唄に聞いていたが、小唄も自分の練習がしたいだろうし、そう何度も聞くのは心が引ける。ということで、今の楽譜と睨めっこ状態である。


「タンタンタンタンタッタタ、タンタンタンタタタタ、ダー…と、ふーっ。」


 そうこうしているうちに、隣から手拍子音が止んだ。

 まだ、一年ミーティングが終わって二十分ぐらいしか経っていないが、疲れたのか、小唄は肺にある空気を一気に吐き出した。今の間なら聞いても邪魔にはならないだろう、と小唄に声をかけようとしたが、小唄から


「出来た。」


と、謎の言葉を頂いた。…出来た??


「小唄君」

「お、なに、はーちゃん。」

「もしかしてだけど、もう出来たの?」

「おお、簡単だぜ?これ。」


 それは小唄君だけだよ…。


 同じ班に座っているメンバーを見ていても、順調そうな人はいるがもうすべて出来たなんて人は見当たらない。ある人は、メトロノームを見過ぎて手拍子の音が変になってたり、楽譜を見過ぎて、メトロノームのテンポをまるで無視したりと悪戦苦闘している人が大多数である。

 

「じゃあ、ちょっと教えてよ。ここなんだけどさ。」


 と、僕は分からない音符を指さし、小唄に質問する。出来たというのなら、問題ないだろうと思ってのことだ。


「いいけど、それ教えたら俺、サックスの練習見に行くからな?」


 小唄はそう言うと、僕の楽譜を覗き込む。

 朝練に参加する時間から思っていたことだが、小唄は随分とやる気だ。まだパートが決まっていないこの段階には異常なほどだ。まるで、小唄の中ではもうサックス以外のパートは考えていないような感じだ。

 いや、実際のところそうなのだろう。楽器決めでサックスパートに入るためにどうするかではなく、サックスパートに入った後のことをもう小唄は考えている。視野狭窄に見えるが、それが良いことなのか悪いことなのかは僕には分からない。

 しかし、少なくとも都合が悪いことではある。主に僕にとっては。

 依辺先輩は言っていた。アルトサックスは自分が使っているのを除いて、一本しかないと。つまり、いくら僕と小唄がアルトサックスを第一希望としたところで、一緒のパートにはなれない。

 どっちかは、希望外の楽器となる。そして、そうなるのは僕だろう。

 

 (ぼく)(こうた)に勝てるはずなどないのだから。


 なら、僕はどの楽器にすれば良いか。多分、普通に僕がサックスを吹きたいと考えているのなら、テナーサックスかバリトンサックスを選べば良いのだろう。同じサックスパートということもあり、小唄と共に行動する機会も多くなるはずだ。

 しかし、それは最善ではない。僕は朝練の依辺先輩の姿を思い出す。

 今日の朝練は一人で練習していた依辺先輩だが、ほかにもう一人朝練に参加していたサックスパートの人がいた。その人は、サックスパートの練習ではなく、低音の合同練習に参加していたという。

 楽器が違えば、関わる練習も違う。つまり、小唄を頼れなくなる場面が、どうしても出てくるということだ。

 自分で考え、自分の思っていることを言い、自分が正しいと思う行動する。

 考えただけで、僕には、怖かった。小唄の考えに沿えない自分、小唄の行動に従えない自分、想像してみるが、あまりに現実味がない姿に思えた。


「だからここは、タッタタってリズムになるわけ。分かったか?」

「…うん、分かった。」


 小唄の説明は分かりやすく実演を交えた丁寧なものだった。考え事をしながら聞いていたので、聞き逃したところも多分にあったのだが、それでも分からない所が、分からないままだなんてことにはならなかった。


さて、疑問も解決したし。


「それじゃあ、行こうか」

「は?どこに行く気だ。」


あれ?

 小唄は、僕の言っていることが分からないようだった。少し、端的だったかもしれないと思い僕は、捕捉として、


「サックスの練習場所。見学に行くんでしょ。」


と付け加えた。

しかし、それでも小唄の表情は変わらない。それどころか、さらに深く疑問の色が塗られていく。


「はーちゃん、この楽譜、全部出来た?」

「いや、出来てないよ。小唄君に聞いたの、まだ初めの方だし、出来るところのほうが少ないくらい」


 それは小唄も分かっているはずだ。初心者丸出しの質問を何回もぶつけておいて、実は全部出来ますと言えるほど、僕は天才肌でもない。


「それなら、まだ練習してろ。まずはこの楽譜が叩けるようにならないと、アルトサックスは吹けないんだから。」


 小唄は、呆れたように言う。

 僕がアルトサックスを吹くことはどう考えてもあり得ない。僕が、小唄よりも上手くリズムが打てるとも思えないし、たとえ上手くに叩けたとしても、そこに小唄がいなければ意味がない。

とは言わなかった。

 言う必要もないし、小唄の言うことも正しかったからだ。僕がどの楽器を選ぶにせよ、まずはこのリズム練習の楽譜が出来るようにならなければ、話しにならない。


「分かったよ。じゃあ、気を付けてね。」

「お前は俺の親か。はーちゃんこそちゃんと練習しろよ。じゃないと、アルトサックスは俺が吹くことになっちまうぜ。」


うん、僕もそう思う。

このままいけば、アルトサックスを吹くのは、小唄になるだろう。なら、僕は?僕はこのままいけば、どの楽器になるだろう。

 先程は、もし僕が普通にサックスを吹きたいと思っているのならという前提をもとに思考を進めたが、なら、特に楽器の希望も何もない僕にとっての最良はなんだろうか。


「…ねぇ、小唄君。希望楽器を変えるつもりはないの?」


それは、考えるまでもない。小唄が、やりたい楽器を変えてくれるだけで良い。小唄が、楽器が二つ余っている楽器に変えてくれれば、僕は小唄と同じ希望を出すことが出来る。

 しかし、この可能性は、残念ながら一パーセントもない。


「ないな。やりたくない楽器を希望にしても意味ないしな。ましてや譲る気なんて、誰にも、それこそはーちゃんにも一切ない。」


 小唄は本当にサックスを吹きたがっている。その視野狭窄に見える情熱も、小唄のサックスを吹きたいという前提をもとに成り立っていることを僕は知っている。

 だからこそ、最良の可能性ではあっても、僕はその可能性をはじめから捨てていた。


「んじゃ、俺は見学行くからな。」


そう言うと、小唄は自分の席を離れて、音楽室から出る際に、失礼しましたと音楽室に頭を下げ、姿を消した。サックスの練習場所がどこにあるかは知らないが、おそらく真っ直ぐそこに向かうことだろう。

 どうすることが一番良いのか、今の僕にはまるで分からないが、僕は小唄に言われたように再び楽譜と睨めっこを始めた。

閲覧ありがとうございます。

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