不満げな幼馴染
「先輩、理科室で練習するなら、一言連絡くださいよ。探したじゃないッスか。っていうかなんで理科室にいるんッスか?」
「ははは、ごめんごめん。音楽室、トランペットとトロンボーンが合同練習してたでしょ。邪魔しちゃ悪いから理科室の方に来ちゃったのよ。」
「それを一言誰かに伝えといてくれたら……。どの先輩に聞いても居場所わかんないし、一瞬サックスの音が聞こえたと思ったらすぐにならなくなるし…。」
一応先輩ということで、あまり強烈な言葉をぶつけていないが、小唄は登場早々に不満そうな態度を見せた。小唄の立場に立ってみれば、こんな早い時間から登校したのにも関わらず、少なくとも五分は探し回っていたのだから仕方がないことだ。
そんな小唄に対し、先輩もさすがに悪いと思ったのか、いつもの笑い声もなんだか乾いていた。
「ホントごめんね。誰かに伝えようと思ったんだけど、うっかりしちゃって。音で気づくかなと思ったけどそういえばそんなに吹いてなかったなぁ、なんて。ハハ」
チラッっと先輩は露骨にこちらに視線を送ってくる。いや、確かにスティックの叩き方を教えてもらうのに、時間は取ってもらったが、ここで僕の方を見ないでほしい。連絡の件に関していえば、僕はまるで悪くないのだから。
しかし、先輩の視線に釣られるように、小唄の視線も僕に向けられた。
「……はーちゃん、先に見学してたの?」
そして矛先も僕に向けられた。真っ直ぐに向けられる小唄の視線が身体に刺さるように痛い。
「そ、うかな。見学っていうより、先輩に教えてもらってたんだ。スティックの叩き方。」
「スティックの叩き方?」
小唄は不思議そうな表情で、聞いてくる。
「うん、ほら、この前、見学の時、太鼓叩いた時に、なんか変だって言ったじゃない?スティック叩いた時も変な感じで、だから教えてもらってたんだ。」
と、答えた段階で、僕は小唄がなぜ不思議そうな顔をしているのか、わかった。確かに言葉にしてみれば、ずれている。
サックスの見学に来ていて、どうして打楽器で使うスティックの叩き方を教わっているのか。
おそらく、不思議そうな顔の理由はこれだろう。そしてそれが分かれば、自分の回答がずれていることにも思い至る。
しかし、訂正しようと次の言葉を吐こうとするが僕の中にその回答はない。サックスの練習にスティックを持ってきていたのは、先輩なのだから。
「そっか…、はーちゃんが一人でなぁ。」
小さな声で、小唄が呟いたが良く聞こえなかった。しかし、僕に向けられた言葉ではなかったらしく、小唄は僕の反応を待たずに。
「そういうことなら、ま、いいか。」
と言った。
って、え?
「いいかって……怒ってたんじゃないの?」
「いいんだよ、時間もないしな。先輩、練習見させてくださいよ。」
先程までの、不満げな態度はどこにいってしまったのか、小唄はなんでもなかったかのように、話題を変えた。
今度はこちらが不思議な顔をすることになったが、わざわざ掘り返したい話題でもなく、僕は何も言わないでおくことにした。
それは先輩も同じだったようで、サックスを持ち直し、演奏体制に戻る。
「いいよ、って言っても、四月も夜具先輩も今日は朝練来てないみたいだから、実質私の個人練なんだけどね。」
「四月先輩と夜具先輩……テナーとバリトンの人っすよね?」
「そうそう、四月がテナーで、夜具先輩がバリトンね。夜具先輩は、今確か低音組の方に行ってるはずだからバリトンが見たいならそっちに行った方がいいかも。低音の合同練習って迫力あるのよ?」
「大丈夫ッス。自分、アルトサックス第一希望なんで。」
「お、つまり私の下がお望みと?私の下は大変だぞ~」
「あ、それはなんとなくわかりました。」
「いきなり毒を吐くのね、あなた……。」
小唄が先輩と普通に話し始めたことで、ようやく僕も一息ついた。
全く知らない人と、小唄の仲裁も仲介もなく、話をしたのは、本当に久しぶりだった。少なくとも、ここ二、三年は記憶にない。人見知りだからというのもあるが、人付き合いは小唄の方上手いので、任せていたというのが大きい。
朝から疲れた。
「なぁ、はーちゃん。そういえば聞いてなかったけど、はーちゃんはバリトンサックス希望?だったら低音の練習見に行ったほうがいいと思うが。」
「あれ?二人してサックス希望なんだ?」
小唄が近くにいるだけで会話を考えなくていい。会話の進行は小唄がやってくれるので、僕はただ聞かれたことに答えるだけでいい。
ああ、楽だ。虎の威を借る狐は。
「はい、僕はまだサックスの種類とか良く分かってないんで、どのサックスが希望とかはないんですけど。小唄は?」
「アルトサックス希望。」
じゃあ、僕もアルトサックスだね。とは、心では思っていても口には出さない。それでは、せっかく濁した意味がなくなる。
ここで、アルトサックス希望を口に出してしまえば、それは責任を持つことになってしまう。もしこの場が小唄だけなら問題はないだろうが、今はアルトサックスの先輩がいる。アルトサックスの人の前でアルトサックス希望を口にする以上、それは僕程度の意志では変えられない強制力を持ってしまう。『自分の言葉には責任を持て』という奴だ。
逆にいえば、口に出した小唄も、もう変えられないというわけだが、念のためだ。
「はは、上手くいけば、アルトも男子で、テナーとバリトンのどちらかも男子になるのねー。夜具先輩もいるし、サックスパート男ばっかりになるなぁ。」
ところが、口に出さなかったというだけで先輩が変な勘違いをし始めた。
テナーかバリトン??アルトは??
なんだか嫌な予感がして僕は、先輩に
「僕と小唄君、両方がアルトを吹くことはないんですか?」
と聞いた。
もしや、今明言しなかったことが気に食わなかったんだろうか?今からでも、はっきりとアルトをやりたいと言えば、取り返せるだろうか?と的外れな方向に思考が働く。
そう、的外れだった。
先輩は、僕の質問にいつも通り、なんでもないことのようにケラケラと笑いながら答えた。
「ハハハ、無理よ。私の楽器と、引退した先輩が使ってた楽器。アルトサックスはこの学校には二つしかないからね。」
それは、僕にとって、絶望的な返答だった。
閲覧ありがとうございます。
三人を会話させるのって難しいですね。(;´∀`)




