楽器希望?
太鼓
太鼓
入部初日の自己紹介が終わると、明日からのスケジュールを伝えられ、解散となった。
二、三年生は、練習のために楽器を持って、それぞれの練習場所に消えていく。体験入部のときも密かに驚いていたことなのだが、空き教室などを利用して、楽器ごとの練習場所を持っているそうなのだ。もちろん、学校行事や居残りで使うときには譲ることになっているが、楽器を吹くだけなのに、そんなに教室が必要な理由が分からなかった。
「小唄君、これからどうするの?」
小唄は、「う~ん」と唸りながら周りを見渡す。
周りの一年生達は、大半が見学に行ったようだった。一応、今日は入部初日なので帰っても良いとは言われているが、自分が興味のある楽器の練習ならば、見学したいことだろう。
僕は手元にあるスケジュールの書かれたプリントに目を落とす。
そこには、2週間後にパート決めと書かれてある。パートというのが、音楽知識皆無の僕には、良くわからないが要するに楽器決めのことだろう。2週間後にある楽器決めのために見学という分かりやすい形でやる気を示す方が、入部初日の新入生としては正しい姿だと思う。
だから、高槻はおそらく残ると言い出すと思っていたのだが。
「いや、今日はもう帰っとこう。なんか疲れたしな。」
意外だ。
しかし、反論する理由もなく、僕達はすぐに鞄を持って音楽室を後にした。
そして、下校である。
田舎と都会の間にある中学校で、表門から出れば、そこそこに建物が並んでいるのだが、僕達の家が近い裏門から出れば見渡す限り田んぼしか見えない。夏になれば、肥料の匂いが学校の中にまで臭ってきて、大変らしいが春先はまだそこまで強烈な匂いは感じずに、先ほどまでの狭い音楽室に閉じ込められていた閉塞感も相まって開放的な気分になれた。
僕は、指定された駐輪場から自転車を取り出し、学校の外に出る。家のある方向に目を向ければ、先に出ていた小唄の姿をすぐに見つけることが出来、僕は自転車を走らせ、小唄の横に付けた。
「はーちゃん、やっぱりあの自己紹介は何度考えても、もう少し言うことがあっただろ?」
開口一番に文句を言われた…。
音楽室を出てから下駄箱に靴を取りに行く間も同じことを言われた。
水戸先生から言うように言われていた内容は二つ。
名前と入部動機だ。後は、何か言いたいことがあるならどうぞという程度で、僕としては問題ないように感じていたのだが、あまりに端的な自己紹介に小唄は不満たらたらなようだった。
「緊張してたの。結構人数居たし、先生の前だよ?小唄君みたいにあんなに話せないよ。」
「あー……。はーちゃんは緊張しいだもんなぁ。」
これは、本当。緊張しいの日頼遥希である。
「いやでも、入部動機ぐらいは言えたろ?名前だけの自己紹介だったの、はーちゃんぐらいだったぞ?」
「小唄君に体験入部に連れられて、楽器を鳴らすのが楽しかったので入部しようと思いました。至らぬところは多いですがよろしくお願いします。」
「固ェ!!そしてそれをさっき言え!!」
これは、嘘。小唄が入部すると聞いたから入部しようと思った。
いや多分、思ったというのも違う。自分が、ああしたいこうしたいというよりも、小唄の意志を自分の意志に置き換えた。そうして、誰かの意志に乗っかること、誰かを寄り辺とした方が、楽で、苦しくないことを僕は知っている。
でも、それを本人もいるあの場で言えるわけもなく、
「緊張しちゃって……。あれぐらいしか言葉が出てこなかったんだ。」
と、誤魔化した。多分、半分は本当だけれど、半分は嘘だ。
僕は、ハハハと愛想笑いを浮かべながら、小唄の機嫌を伺う。
小唄は、まだ不満そうだったが、何を言えばいいのかわからないようで、無言が続く。
そんな時、目の前の信号が赤に変わりそうになっていた。点滅する青を指さし、移動の速度を少しだけ上げる。別にこの後、用事があるわけでもないけれど、話題を変えるきっかけが欲しかった。
駆け足で横断歩道を渡り終えたタイミングで、僕は
「そういえば、練習の見学しなくて良かったの?」
と、意外だった行動について質問をした。
小唄は、急に替えられた話題に最初は何のことを言っているのか分からない様子だったが、すぐに思い当たったらしい。速度を戻すと、思案する様子もなく、あっさり答えてくれた。
「いやぁ、したかったんだけど、サックスの先輩が見当たらなくてさ。他の楽器の練習覗いても意味ねぇし、帰っても問題ねぇだろ。」
「サックス?」
「ほら、はーちゃんが前に言ってただろ?6の字型の楽器。」
小唄は、空中に6の字を書いて、僕に示してくれた。おかげですぐに、楽器と名前が一致した。
体験入部に来て、すぐの時だ。楽器初心者の僕は、どの楽器を吹けばいいのか分からず、小唄が吹いていたものと同じものを選んだのだ。その時、テナーなんちゃらとかアルトなんちゃらとか色々名前が出てきて、良く分からなかったので、6の字型の楽器と呼んでいたのだった。
「小唄君はサックスが吹きたいんだ?」
僕は、確認を込めて、6の字型の楽器の名前を使う。しかし、そんな簡単な名前だっただろうか?もっと長かったような気が…。
「まぁな、サックスは、一番格好良い音が出るし、ソロも多くて楽しそうだ。金管にも少し興味があったんだけど、マウスピースが鳴らせなかったからな。」
「マウスピース?」
「楽器に息を吹きこむところに、鐘みたい形をしたやつを差し込んでただろ。体験入部の時、机の上にあった銀色のやつ。」
「はぁ……。」
分からないことだらけだなぁ。まぁ、まだ新入部員だからしょうがないんだろうけど。
…目の前にいる小唄も、新入部員か。
少しだけ、笑いが零れる。自嘲の笑みだ。興味を持って、吹奏楽部に入部した小唄と違って、僕は別に吹奏楽部に興味があるわけではない。そんな僕と小唄だからこそ、知識の差はあっという間に生まれてしまう。
「まぁ、僕は初めて、楽器とか触っていくし、分からないことはこれからも小唄君に聞いていくね。」
気付けば、もう高槻家が見えるくらいまでには来ていた。高槻家を過ぎれば、僕の家まで5分もかからない。
「……なぁ、最後に聞いていいか?」
「いいけど、なに?」
「はーちゃんは、どの楽器がやりたいの?」
うわっ…という言葉が口からこぼれそうになった。
されたくなかった質問、というか答えることが出来ない質問の一つだ。何度も言った通り、自分の意志で入ろうと思ったわけではないのだ。希望の楽器などあるはずもない。
「さっき、楽器を鳴らすのが楽しかったって言ってたけど、ってことは」
そう、ほぼ三択である。
一つは、強引な先輩に連れられて吹いたチューバという楽器だ。体験入部期間に吹いた楽器の中では、一番大きく、なおかつ一番重い楽器だ。しかし、実際に持ち上げて吹いているわけではなく、チューバを乗せる椅子のようなものがあり、支えるのに苦労するわけでもなかった。男子である必要あるか?とさえ思ったほどである。
音は、重低音。腹の底が痺れそうになるほど、低い音が出る。かなり息を吹き込まないと、大きな音が出ないために、かなりの肺活量が必要となるが、幸いなことに僕は小唄と違い、マウスピースなるものを吹くことは出来たし、チューバの音は個人的には好きな音だった。
二つ目は、打楽器だ。金管楽器、木管楽器とともに体験希望者が多すぎたせいで何もしていなかったところに、申し訳なさそうに勧誘され、触ることになった。
初めに触ったのは、ドラム。難しそうな楽器と思っていたが、実際にやってみると、手と足が別の動きをすることなく、間抜けに地団駄を踏むような姿になってしまったことを覚えている。さらに、太鼓(多分違う)をスティックで叩くとき、なにか違和感がした。『なにか』がなにか分からないが、音が広がらない感じがして気恥ずかしくなり、すぐに投げ出した。
次に、触ったのは太鼓(多分)。これは、チューバに似たものを感じた。
理由はきっと音である。低くて、叩いた瞬間、張ってある皮が震え、その震えが太鼓の淵を通して、震えとして伝わってきた。びりびりと、チューバとは違った震えに思わず、太鼓から手を放してしまった。
三つ目は…説明しなくてもわかると思う。
「うん、僕は」
元々、僕が吹奏楽部に行った理由は、小唄がいるからである。なら、僕がこの楽器を吹いていないわけがない。そして、僕が小唄の意見に沿わないこともなかなかない。
「6の字型の楽器。小唄君と一緒の楽器をやるよ。」
僕は、小唄のリアクションを見る前に、自転車のペダルを踏み込んだ。ギィと音が鳴る。小学校から使っているものなので、古くなっているのだろう。
背中から、サックスだっつのー!という、小唄の声が響いた。
閲覧?ありがとうございます。
ヒロインは、まだ出てきてないです。




