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狩るモノ  作者: 海水
狂気の魔法使い
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第六話 呪われた血筋

 忌まわしい記憶を垣間見たカシルダの身体に異変が起きた。下腹部に明らかに真っ赤な光が漏れだしてきたのだ。ちょうど、髪の毛のない、細身の男が小さな赤い石を彼女の体内に入れ込んだあたりだ。


「グ…グル…グルァ!」


 カシルダは突然唸りだすと、痛むのか頭を抱えだした。足がガクガクと震え、立っているのがやっとに見えた。


「ちっ!」


 それを見たサイラスは右手の黒い剣でカシルダに横薙ぎに斬りつけるが、硬い何かに阻まれた。

 サイラスの剣は、間違いなくカシルダの脇腹を斬ったはずだった。だが発した音は金属に叩きつけたような、硬質な音だった。

 剣から伝わる異様な感触に、サイラスは眉間に皺を寄せ舌打ちをした。


「何だってんだよ!」

「おや、まずいかね」


 サイラスとエイラは唸り声を上げる彼女から距離を取った。その間も彼女の異変は続いている。

 カシルダの体は徐々に大きくなり、身に纏っていた焔は、その色のまま体毛に変化していった。


「グルル……」


 彼女の口から洩れるその声は、既に人のものでは無くなっている。カシルダの手はいつの間にか地上に触れていて、その丈を伸ばしていた。腰からは長く赤い尾が生えだし、先端に焔を灯している。


「なんだぁ、こりゃ……」


 サイラスもこんな事は見たことがなかった。明らかに巨大化していく身体が人ではなく、四本足で駆ける獣のそれなのだ。

 カシルダの金色の髪はそのままに、顔が変わっていった。


「魔力が増幅してる上に暴走もしてる! 気を付けな!」


 頭上からエイラが注意を促してきたとなれば、サイラスも緊張せざるを得なかった。黒い剣を構え、いまだ唸りを上げ巨大化している人だったモノに相対する。


「グルァァァ!」


 その獣は、もはや身の丈はサイラスを超え、二階建ての建物に迫りつつあった。


「はは、なんだこりゃ」


 サイラスの額から汗が頬を伝わった。久しぶりの緊張からか剣の柄を強く握りしめた。サイラスですら見上げるほどの巨体。

 目の前に現れたのは、焔の様に真っ赤な体毛に覆われた、巨大な獅子だった。その赤い獅子は夜空に顔を向けると、空気を震わせる咆哮をした。

 




 赤い獅子がゆっくりと顔を下に向け、サイラスを睨んできた。その赤く染まった獅子が餌を見つけたように瞳を開き、僅かに口元が綻ませた。


「うわぁぁ!」

「な、なんだあの化け物は!」

「俺の目が、いかれちまったのか!」


 丁度赤い獅子の向こう側から、複数の男の叫び声が聞こえた。


「ちっ! 兵士が来ちまった!」


 あれだけの火災が起きれば、当然治安部隊を派遣することになる。このスラム地域一帯が火災により建物が崩壊している為に多少遠くてもこの化け物が見えてしまうのだ。

 兵士たちの声に、赤い獅子がのっそりと振り向いた。


「ひぃぃ!」

「ば、化け物!」


 獅子に見つめられた兵士たちが恐怖と混乱で腰を抜かしたのか、ベッタリと地面にへたりこんだ。


「ババア!」

「言われなくとも分かっておる!」


 エイラは杖に乗ったまま手を翳すと「エリコの壁」と呟いた。すると兵士と赤い獅子の間に石造りの薄い壁が地面から飛び出した。壁は兵士達を守るように半円型になっており、高さは赤い獅子をよりもはるかに高く飛び越えられるとは思えなかった。


「グルアァ!」


 それでも赤い獅子が壁に突撃した。地響きを鳴らして壁は大きく揺れたが壊れることはなかった。獅子は二度三度と破壊を試みたが結果は同じだった。諦めたのか赤い獅子はぐるりと向きを変え、サイラスに狙いを定めてきた。


「けっ! かかって来い!」

「グルルル」


 赤い獅子が唸り声を上げ、瓦礫を踏みつけながらゆっくりとサイラスに歩み寄ってくる。緩く開いた口からは白い牙がチラと姿を覗かせ、軽く息を吐けば炎が吹き出された。


「随分と余裕じゃねえか」


 サイラスはぼやいた。

 悪魔(デイモン)の二つ名を持つが、ここまでの化け物を相手にした事は、()()なかった。

 体に震えを感じるが、それが恐怖からなのかはサイラス自身分からなかった。だがサイラスは今まで、立ちはだかる問題は自らの鋼の筋肉で叩き潰してきた。

 その自負は、強い。


「問題は、ない」


 サイラスはニヤリと、凶悪かつ挑戦的な笑みを浮かべた。

 そう、問題はないのだ。

 鋼の筋肉が問題を解決する。

 それがサイラスの哲学(モットー)だ。


「グルァッ!」


 赤い獅子が無造作に右前脚を横に薙払う。空気を裂き迫る巨大な爪を、サイラスは両手に持った黒い剣で、渾身の力をもって迎え撃つ。鈍い金属音が鳴り、腕に衝撃が走り、筋肉がミチと悲鳴を上げた。


「この、化け猫がぁ!」


 サイラスは剣の柄を握りしめ、雄叫びをあげて獅子の爪を更に押し切った。サイラスは襲ってきた右前脚を跳ね返し、下がって距離をとる。

 額から汗が垂れてくるが拭う余裕はない。


「ガァッ!」


 赤い獅子が大きく下顎をさげ、灼熱の炎の球を吐き出してくる。サイラスは舌打ちをしながらも左に飛んで避けた。

 が、そこに獅子の前脚が待ちかまえていた。


「はっ! 喰らうかよ!」


 サイラスはその襲撃してきた前脚を足場に赤い獅子の頭上に跳躍した。黒い剣を逆手に構え、両手で柄を握り締める。だが狙いを定めニヤリとした時にはサイラスの眼前に獅子の炎の尾が迫っていた。


「しまっ」


 サイラスが叫び終わる前に、炎の尾に吹き飛ばされた。まだ燻っている建物に、飛ばされ背中から激しく叩きつけられた。


「がはっ!」


 剣を盾にしていたから直撃は避けられたが、それでも衝撃で体が軋み息が詰まる。


「ちっ!」


 サイラスは瞬時に身を起こすと、右に飛び込むように逃げた。その瞬間、彼が居た場所に炎の球が現れ盛大に瓦礫を吹き飛ばした。サイラスは息つく間もなく起き上がり、雄叫びを上げて黒い剣を袈裟懸けに振り抜く。その黒い剣は突然眼前に現れた赤い獅子の爪と激しくぶつかり合い、火花を散らした。


「クソっ! 分が悪いな!」


 剣を左に流し獅子の爪から逃れると、サイラスは化け猫の左脇に体を滑り込ませて獅子の胴体に黒い剣を力の限り差し込んだ。


「グルァァ!」


 肉を裂く確かな手応えと熱い血が吹き出、サイラスの体を赤く染める。赤い獅子の悲鳴のような雄叫びが夜空に震わせた。


「へっ! 化け猫でも血は出るんだな!」


 吹き出す血の感触にサイラスが勝利を確信しようとした、そこに、炎の尾が迫っていた。


「ぐほっ!」


 油断した隙をつかれ吹き飛び膝をつくサイラスに、追い討ちを掛けるように獅子の巨大な爪が迫った。


「クソ!」


 サイラスは身を捩って避けようとしたが爪に胴を薙払われ、血を吹き出しながら、まだ辛うじて形を残していた建物に叩き込まれた。





「なんだい、あれっぽっちしか保たないのかい?」


 まだ煙の上がっている上空で杖に腰掛け、サイラスと赤い獅子の戦いを見学していたエイラが、呆れた声を上げていた。

 先程の兵士達は、戦闘の邪魔になるから近付かない様仲間に知らせろ、と追い返していた。

 魔法で作った壁は既に消え去っていた。遮るものの無い廃墟の闘技場に観客はいない。


「こんなんじゃ、サウロンの後は継がせられないねえ」


 エイラはサイラスを助ける様子も無く、ただ杖に座り空から推移を眺めていた。





「はは、やるじゃねえか」


 建物の壁に背を預けて座り込んでいるサイラスが、血が溢れる腹を押さえていた。口に溜まった血をプッと吐き出し、考えた。

 剣は赤い獅子に刺さったままだ。武器はナイフと腰の鞭しかない。ナイフなどあの化け猫には通用しないだろう。それは鞭とて同じだ。


 絶体絶命。


 この言葉が頭をよぎったはずだ。常人ならばそうだろう。

 だがこの男は常人ではないのだ。自らの鋼の筋肉を信奉し、それに絶対なる自信を持つ、この男は。


「くははははっ!」


 サイラスは気が触れたように大声で笑い出した。だがその目は諦めた者が持つモノでは無い。赤い瞳は力強く燃えているようだった。


「コレだ……コレだぜ!」


 サイラスが笑いを止めると、その凶悪な顔を歪ませて楽しそうな笑みを浮かべ始めた。楽しくて愉しくて湧き上がる喜びを隠しきれないのだ。


「くはははっ! 良いぜ、楽しいぜぇ!」


 沸々と湧き出してくる灼熱の何かがサイラスの内側を満たしていった。鋼の筋肉がビクビクと蠢いて喜んでいる。言いようの無い高揚感が脳に分泌されてくる。

 サイラスの腕に紋章のような赤い模様が浮かび上がってきた。手の甲にも赤い幾何学模様が現れた。腕だけではなく体の各所にも現れた。

 身体が熱を持ち、腹の中が燃えているかのようだ。


「こう、じゃないとな!……いいぜ。狩ってやる。お望み通り、狩ってやるぜ!」


 血が吹き出していた腹からの出血は止まっており、破れた服の隙間からも奇妙な模様が覗いている。体からは白い湯気が立ち上っていた。


「くっ。くくっ。クハハ。ハハハハ!」


 狂った様に笑い出したサイラスの赤い瞳が、妖しく輝きだした。右目を横断する傷も赤く光り出す。

 サイラスはゆらりと起き上がると息を吸い込んだ。体に染み入る空気を感じたサイラスは力一杯床を蹴り、猛獣のように駆けだした。

 瓦礫を蹴り上げ、闇に浮かぶ赤い獅子をその眼に捕らえ、狩りの始まりを告げるべく咆哮した。


「クハハァッ!」


 サイラスは狂ったような笑い声を木霊させながら赤い獅子に突っ込んでいく。武器も持たずに一瞬で間合いを詰め、獅子に刺さりっぱなしの剣の柄を握りしめた。

 剣はサイラスの赤い紋章に呼応するかのように、禍々しくも生々しいどす黒い赤に光り始める。その色は、悪魔の血の色のようだ。

 獅子が気が付いた時にはサイラスは既に懐におり、距離と取ろうともがき始める獅子に向け嗤った。


「おせぇ!」


 サイラスは一気に剣を抜き取ると、そのまま勢いのまま剣を回転させ目の前の左前脚に斬り付けた。赤黒く光る剣が抵抗もなくケーキを切るように獅子の足に入り込んでいく。


「グルァァァ!」


 左前脚を失った赤い獅子が痛みで狂った様に暴れ出した。が、サイラスは意に介さず、赤黒く光る剣の平で赤い獅子の鼻っ面を殴った。

 脳震盪を起こしたのか獅子はふらつき、額を地に打ち付けた。


「ほほ、サイラスめ。やっと本気になったようじゃの」


 上空で見学しているエイラが呟いた。

 サイラスは狂人の笑みを顔に張り付けたまま、赤い瞳を月よりも輝かせていた。


「……呪われた巨人の末裔。魔獣を狩る事を定められた一族の血」


 エイラは悲しみとも慈しむともとれる表情を浮かべた。

 彼女が仕えるのは呪われた一族、ガーランド家だ。遠い祖先が巨人だった、という眉唾の話だが、彼等の身体が普通の人間と違う巨体であるのがその昔話を現実と証明していた。


「神に呪われたガーランド家。はは、あたしもその一部か」


 エイラが遠い目で自嘲気味に笑う。

 ガーランド家は神に逆らった、もしくは裏切ったとされ、罰として魔獣という冥府から生み出される化け物を狩る事を運命づけられた一族だ。

 一族は、その魔獣が生み出される魔の森から人間を守る為、自らの宿命の為にそこに住み魔獣を狩り続けていた。ガーランド領とは、魔の森に面した土地であり、一族に仕える者達だけが住む土地なのだ。

 魔女エイラ。本名はエイラ・パディントン。

 エイラもこの一族に仕えている魔女だ。夫を領地に残し、公都に来たのだ。彼女もある意味呪われた者といえる。

 そしてサイラスはその呪われた一族の末裔であり、魔獣の様な化け物を前にしてそのあるべき本能を解放したのだ。





「ハハハ! おいおい、お楽しみはこれからだぜ!」


 サイラスは狂気の笑みで赤い獅子に語り掛けていた。獅子は震えながら頭を上げ、真っ赤な(あぎと)を開けた。


「ガァッ!」


 赤い獅子が口から炎の球を吐き出すが、サイラスが赤黒く光る剣を横一閃に一振りすると吸い込まれるように消滅した。獅子は何度も何度も炎の球を吐き出すが、全て赤黒く光る剣の前に沈黙した。


「もう、終わりか?」


 サイラスが口元をほころばせ嬉しそうに言い放った。赤黒く光る剣を高く掲げ、残った前脚目掛けて振り下ろした。


「ギャウン!」


 前脚は無残にも縦に裂かれ、夥しい血を吹き出した。サイラスは狩ったネズミを甚振る猫のように意味もなく剣を振るう。

 一気にけりを付けては勿体無い。

 そんな子供の悪戯の様だった。

 全身から血を流した赤い獅子が最後の力を振り絞ってその牙を露わにする。そしてそのままサイラスを噛み千切ろうと襲い掛かって来た。


「仕方ねえ」


 サイラスが呟いてスッと右に身を躱すと、赤い獅子は頭から地面に突っ込んだ。両前脚が使えない状況で起きようともがくが、サイラスが大人しくしている訳は無い。

 サイラスは黒い剣を両手に持ち転がる獅子に向け、短く息を吐くと一気に斬り上げた。獅子の胴体の半分を切り裂き、振り上げた赤黒く光る剣をその血で真っ赤に染めた。


「グギャァァ!」


 断末魔に近い叫びをあげ、血を吹き出して獅子は地に崩れ落ちる。狂気を顔に貼り付けたサイラスが、命の末期に痙攣する獅子の止めを刺そうと剣を構えた。


「サイラス、そこまでにしておけ!」


 剣を振りかぶったサイラスの目の前に、立ちふさがるように両手を広げたエイラが現れた。

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