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狩るモノ  作者: 海水
狂気の魔法使い
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第一話 マジックギルドの対立

本編開始です。

 男達が今日一日の苦労を癒やしている酒場の喧騒を避けるように、一つの影が小走りで建物が軒を連ねたの狭い裏通りを急いでいた。頭から灰色のローブを目深く被り、尚且つ手で口許を隠している。微かな月明かりの中、常に目で周囲を気にしては足を運んでいた。

 その影がある荒ら屋の前で足を止めた。秋の涼風に吹かれガダガタと軋む音を立てている程、朽ち果てる直前とも思える崩れ具合の二階建ての建物だ。扉もあるが風化の度合いが激しくささくれ立っている。周囲の建物も大分くたびれているが、この荒ら屋程ではない。

 影は肩で息をしつつ、そこが目的の場所なのかを確認している。ボロボロの柱に何かの印を見つけ、大きく息を吐き、額の汗を拭った。


「ご苦労さん」


 後ろからその影に掛けられた低い声と同時に、蛇のような細い鞭が襲い掛かった。唸りをあげながら迫る鞭は影の左足に絡みつき、ミチミチと音を立て、締め上げる。


「くっ、サイラス! 撒いたはずだ!」

「アホか。あれぐらいで撒かれるかよ」


 剣を背負い鞭を構えた巨体のサイラスが、凶悪な笑みを浮かべて暗がりから姿を現した。左手の鞭をグイと引き、更に相手の左足をメキと締め上げる。


「クソっ」


 影は苦痛に呻き声を漏らすが、素早くローブの裾に手を差し込んだ。


「甘いんだよ」


 鞭が再び唸りをあげ、左足ごとローブの人物が宙に引き上げられた。そしてそのまま向かいの建物に吸い込まれるように激突する。

 短い男の悲鳴が響く。

 木片が飛び散り濛々と土煙が立つ中から頭程の大きさの燃え盛る火球が4つ、サイラスに向かって飛び出した。


「はっ、悪足掻きがっ!」


 人気の無い裏通りを赤く染めながら迫る火球に対してサイラスは背中の剣に手を掛けた。鞭を引きながらも巨躯を縮め、襲い来る火球に黒い暴力を振るう。

 黒い剣は一振り毎に灼熱の火球を粉砕していく。サイラスは破裂音と火花を飛び散らせて最後の火球を砕くと、左手の鞭を切れんばかりに引き寄せた。

 鞭がギチギチと悲鳴をあげながらも捕まえている獲物を手繰り寄せる。土煙の中からローブが引きずり出され、サイラスの足元に土煙を立てて転がった。


「はは、かかったな!」


 ローブの人物が浮かべた歪んだ笑みを見た瞬間、サイラスは眉を顰め大きく跳躍した。建物の壁を足場に更に蹴り上がり、空高く舞い上がる。同時にローブが弾け、赤黒い焔と轟音を伴って炸裂した。

 爆風に後押しされて、サイラスの体は荒ら屋の屋根を遥かに越した。音も立たせずにその巨躯でふわりと屋根に着地したサイラスは盛大に舌打ちをする。


「自爆とはな。ったく、振り出しに戻っちまったじゃねえか」


 鞭を引き上げ手に戻し、屋根の上からくすぶっている人間だったモノをチラと確認する。鼻を突く臭いが漂うとサイラスは顔をしかめた。


「なんだ今の音は!」

「裏の方から聞こえたぞ!」


 突然の爆発音に野次馬が集まってきたのを確認したサイラスは、剣を背中に戻すとスッと夜の闇に消えていった。









 小鳥の囀りが聞こえる時間。未だ分厚いカーテンを締め切り、サイラスは寝ていた。巨体を収めきる規格外のベッドに無防備に横たわっている。

 昨晩は泳がしていた魔法使いの追跡をして、居場所を突き止めようとしたが対象に自爆され失敗した。それからひと仕事をして部屋に戻ったのは月も沈みきった頃だった。

 だが、そんなサイラスの部屋に何者かが侵入してきた。身の丈に似合わないほど大きなハンマーを持った影が、忍び足でひっそりと近付いて枕元に立った。

 その人物はニンマリと口許に笑みを浮かべると、手にしたハンマーを振りかざした。


 ポコ


 情けない音を発して、見事にハリボテのハンマーはサイラスの額に炸裂した。


「早く起きるのだ、このゴクツブシ!」


 少し跳ねっ返りな黒い髪を揺らし、スカートの腰に手を当てた小さな女の子が、口悪く罵った。


「起・き・る・の・だ」


 紫の瞳に使命感の炎を燃やした少女は、自らの言葉に合わせてリズミカルにハンマーでサイラスを小突き続ける


「……レオナ。毎朝御苦労だが、今日は寝かせろ」


 目を閉じたままのサイラスは呟いた。

 その少女の名はレオニーダ・アルチェーミエヴィチ・セスラヴィンスキーという。アルチェミー・ゴルジェーエヴィチ・セスラヴィンスキー伯爵の四番目の末っ子にして長女だ。父親譲りの髪と瞳と口調を持つ、五歳の強気な女の子だ。

 レオニーダは毎朝の日課として、好きなだけ寝るサイラスを叩き起こすように、父親である伯爵に頼まれているのである。まだ五歳のレオニーダはその事が嬉しくて、一生懸命に任務を果たしているのだ。

 そしてレオナと呼ばれたレオニーダは容赦なく続ける。


「お父様が呼んでいるのだ。さぁ起きろ、デクノボウ!」


 レオナはサイラスが目を開けるまで、ハリボテのハンマー(通称レオナハンマー)でポコポコ叩き続けた。





 ハンマーを抱え満面の笑みのレオナを左腕に乗せながら、サイラスは身を屈め扉を潜って応接間に入った。一般的な入り口というのは高さが二百センチとなっている。それ以上の丈を誇るサイラスは必ず潜らねばならない。扉を潜ったサイラスの視線の先には、椅子に腰掛け優雅に葉巻の煙をくゆらせている伯爵の姿があった。


「お父様、レオナはニンムカンリョウです!」


 サイラスに降ろして貰ったレオナはニパッと笑うと伯爵に駆け寄った。伯爵は葉巻を脇に置くと、にこやかに微笑んでレオナを抱きしめた。


魔獣サイラスに襲われなかったか?」

「タイジしてやったのです!」


 そこには愛娘を抱き上げる、優しい父親がいた。ちなみにレオナは産まれてからずっとこの凶悪な顔を見ているために、サイラスに対しても物怖じしない。


「……ホント、気味悪いよな」


 血塗れの殺戮現場を見てもピクリとも動かなかった表情が、レオナを前にすると豊かに動く伯爵を見てサイラスがぼやく。


「ふん、お前に言われたくはないな」


 伯爵はレオナを膝に乗せ、サイラスに答える瞬間だけ、あからさまに嫌な顔をする。サイラスは「まったく」と肩を竦めて椅子に座った。


「レオナ、私はこれから仕事の話をする。母屋のカチューシャの所に行きなさい」


 伯爵がそう言うとレオナはピョンと膝から降り「はーい」と可愛く返事をしてテトテトと走っていった。カチューシャとはレオナの母親、つまり伯爵夫人だ。

 終始にこやかな伯爵にサイラスは呆れた顔をしている。


「何か言いたそうだな」


 元の無表情に戻った伯爵がサイラスを見た。どうやら睨んでいるらしいが、無表情で分からないのだ。


「レオナの婿殿は大変だな、と」


 伯爵は唯一の娘を溺愛しており、普段は一ミリたりとも動かない表情筋が、レオナの前でのみ活躍するのだ。


「お前にだけはやらん」


 伯爵に憮然と言われたサイラスが「俺にその手の趣味はねえ」と返せば「娘に魅力がないと言うのか!」と伯爵が不機嫌な声をあげる。そもそも五歳の少女に対して何をいうのか、だ。

 サイラスは「まったくメンドくせえ男だ。この親ばかめ」と心の中で悪態を付き、天を仰いだ。





 ここはセスラヴィンスキー伯爵の屋敷の離れで、サイラス専用の建物だ。二階建てで必要最小限の部屋と設備しかない。元々は伯爵の親友でサイラスの父親サウロン・ガーランドが同じように公都に十年間の留学をしている時に建て、使用していた建物だ。

 父であるサウロンもサイラス同様に強面であり、公都で世話になってる伯爵の使用人に無用な圧迫感と恐怖を与えない様に、と気を配った結果なのだ。この離れは二人の使用人が交代で担っており、その雇い主は伯爵だ。同じ敷地に主が二人いる事を避ける意味がある。

 費用はサイラスの稼いだ賞金をピンハネする形で賄っている。親であるサウロンから滞在費が出ているのだが、サイラスはあくまで自ら稼いだ金で生活しているのだ。ちなみにガーランド領は特殊な理由でかなりの金持ちだ。それはサイラスのあの体躯の原因でもある。





「昨晩はどうした? 謎の爆発で大騒ぎだったらしいじゃないか」


 伯爵が煙をくゆらせながら話し始めた。その眼には少々嫌味がこもっている。


「泳がしていたヤツが実は囮だったのさ」


 サイラスは目の前の料理をフォークで口に運びながら説明する。一応貴族の末席にいるからか、優雅からは程遠いが作法は出来ている。ざっくりと大きく切っては口に運び、瞬く間に料理を平らげていく。


「お前にしては珍しいな」


 伯爵の目が細まった。


「今回使った情報屋がグルだった」


 もう全て食べ終わったのか、サイラスは口を布巾で拭きながら答えた。

 信用を失った情報屋はこの公都には居られないだろう。どうやら昨晩のうちに冥府に旅立ってしまったらしい。誰がやったとは言わないが。


「どうするつもりだ?」

「助っ人を頼んだ」


 サイラスは答えた後に食後の紅茶をがぶ飲みした。サイラスに品位という言葉は定着しない。


「カテゴリーⅤが相手ではさすがのお前でも厳しいか?」


 心配したのか珍しく伯爵が身を乗り出してきた。明日は槍でも降るかもしれない、勘弁してほしい、とサイラスは内心うんざりした。


「時間を掛ければ捕縛でも殺害でも出来るが、その頃には公都の半分は灰になってるぞ」


 サイラスの返答に伯爵が背もたれに体重を掛け大きく煙を吐いた。珍しく額に光る物が見える程には緊張したようだ。


「まったく厄介な事をしてくれる」


 伯爵は指で眉間を解し始めた。

 今回の依頼はかなり特殊で魔法使い(マジック)ギルドからだった。

 魔法使い(マジック)ギルドとは、魔法を探求する為のギルドで、研究を主目的とする魔法使いの集まりだ。

 だが探求すれば、それを使ってみたくなる奴らも出てくる。魔法使い(マジック)ギルドは、あくまで研究者としての立ち位置の探求派と研究結果を知らしめたい実践派に真っ二つに別れているのだ。悪いことにこの二派は犬猿の仲だ。実際はもっと悪く、犬と猿ですら仲良しと言い切れる程の仲だ。

 ここで、実践派が探求派を一掃する為にカテゴリーⅤの狂気の魔導士を野に解き放ってしまったのだ。これを止めて欲しいとの依頼だった。


「殺したいくらい仲が良いからって、カテゴリーⅤの狂人を放つ事はねえだろう」


 カテゴリーⅤ。

 全てのギルドは所属する組合人を腕前に依って区分している。それがカテゴリーだ。ⅠからⅤまであり、Ⅰが初級、Ⅱが中級、Ⅲが上級、Ⅳが一流、Ⅴが人外だ。戦争でも起きなければカテゴリーⅤの人間が表に出ることはない。

 今回はマジックギルドの地下に閉じこめてあるカテゴリーⅤの規格外の化け物を解き放った訳だ。いくら相手が憎いとは言え、公都の被害は考えないらしい。


「悪い事に、マジックギルドの探求派が傭兵ギルドに護衛を頼んだらしいのだが、奴らが導き出した答えが、カテゴリーⅤにはカテゴリーⅤをぶつける、という最悪なモノだ」


 さすがの伯爵もこれには顔を暗くしている。サイラスも「マジかよ」と呟く程だ。

 規格外には規格外。一見正解かと思われるが、実際には狂気の殺人鬼を公都に放り出す事に等しい。伯爵は事の深刻さを思い知り汗が目立つ額深い谷を作っていた。


「その事を大公に緊急報告したところ、何とかしろ、とお叱りを受けた」


 伯爵が、長く絞り出す様なため息をついていた。伯爵もとばっちりも受けていて、どちらかというと被害者だ。

 この事があり、寝ていたサイラスをわざわざ起こしてまで話しをしたかったのだ。


「って事は、だ。今回の金は弾むわけだな? 安きゃ、やらねえぞ」


 サイラスは凶悪な顔でニヤリと笑った。

お読みいただき有難う御座います。

更新は不定期です。

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