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狩るモノ  作者: 海水
日常
11/45

閑話 カシルダの魔女修行

あたし、カシルダ・メルカドは、魔女エイラの弟子になりました。





 師匠の朝は早いです。夜明け前には起きています。お年寄りだからかな、って思ったら睨まれました。師匠はつり目気味で、睨むと凄い怖いんです。普段は凛々しいお婆ちゃん、という感じなんですけど。

 あたしは日が昇るくらいに起きます。師匠は早く起きろ、とは言いませんでした。あたし、甘えてますね。





 朝は体を解す運動から始まります。これが結構キツいんです。ギルドに居た時は運動なんてしてませんでした。運動する場所もありませんでしたけど。

 体を曲げるだけでヒーコラしてるあたしの横で、足を直線に開脚してペタンと座っている師匠がいます。年齢にして百三十年程若い筈のあたしが、完敗しました。


「体が固いと、魔術が失敗した時に逃げられないからね」


 師匠の言葉は重いものでした。

 ギルドでは安全を確保してから魔法を練習していました。それに比べれば厳しいです。でも実際に魔法を使う場面では、安全を確保なんて出来ないですよね。師匠は実際に使用する状況を考えてるんです。ギルドの実践派よりも実践的です。





 運動が終わると、朝食になります。このお屋敷は使用人がいて、食事を用意してくれます。ただ師匠は「女たるもの料理くらい出来るべし」と言います。あたしは正直苦手です。

 ギルドでは食堂があって、そこで食事をしていました。勿論、食事を買う訳ですが。

 ですので、お昼は自分達で料理をする事になりました。魔法の修行よりもキツいです。泣きそうです。


「お前もいずれは伴侶を見つけるんだ。その時の修行だと思っておけ」


 師匠はそんな事を言いますが、あたしに伴侶とか、想像出来ません。





 朝食が終わると瞑想をします。これは魔力の効率を上げる為なのだとか。ギルドでは聞いたこともない話です。

 魔法とは、内にある魔力を変換して発動させるものです。魔法は難しくなる程、必要な魔力も多くなります。魔力の効率を上げるというのは、魔力の変換率を上げる、と言うことになります。

 具体的に言いますと、同じ魔法を少ない魔力で発動させることが出来るようになる、と言うことです。また、同じ魔力でも魔法の威力が高くなります。良いことだらけです。

 でもあたしは瞑想が苦手です。胡座をかいて目を瞑ると、あの事が、瞼の裏に浮かんでくるのです。

 光るナイフがあたしを陵辱し、侮蔑の目があたしを取り囲むのです。耐えられない恥辱で、無意識に拳を握りしめてしまいます。そんな時、師匠がそっと頭に手を乗せてくれます。


「無理に続けなくとも良い」


 師匠はあたしの記憶を見たかのように、優しい声を掛けてくれます。頭に乗せた手からは、なんだか暖かい魔力が伝わって来るんです。

 その魔力が体中を駆け巡って、あの忌まわしい記憶を駆逐していきます。自然と手の力も抜けていきます。


「ありがとう、ございます」

「辛かろうが、時が解決するのじゃ」


 師匠は、ぽんぽんとあたしの頭を叩きました。故郷のお母さんを思い出して、目の奥が熱くなりました。


「のぅカシルダ。落ち着いたら、故郷の村に無事を知らせに行こうな」


 暖かい師匠の言葉に、あたしはポロポロと涙を零してしまいました。ギルドでは、こんなに優しくして貰ったことは無かったからです。


「ありがとう、ございます」


 あたしはこの言葉を言う事しか出来ませんでした。師匠、あたし、頑張ります!





 お昼を作る事は戦争でした。包丁を使えば指を切り、食材に爪が混ざり、料理が血で赤くなりました。これくらいの怪我は魔法で治してしまいます。


「魔法使いとしては一人前じゃが、女としては落第じゃな」


 師匠の厳しい言葉が襲ってきますが、事実なので反論出来ません。


「よく言うじゃろ、男の胃袋を掴め、と」

「は、はい!」


 師匠はあたしを、一人前の女にもするつもりのようです。こっちの方が難しいんじゃないかと思うんですけど……

 とても美味しいとは思えないお昼を、何故かサイラスさんも食べます。

 彼の怖い顔はまだ慣れません。あの顔を見ると足がカクカクしてしまいます。チビってしまいそうです。


「なんで俺が」


 と言いつつも、彼は凄い速度でお皿を綺麗にしてくれます。味わっているんでしょうか?


「……塩が足りねえな」


 布巾で口を拭きながら、論評もくれます。確かに塩と砂糖を間違えた、失敗スープです。スプーンを口に運んで自分で食べても、美味しく無いです……


「作って貰えるだけ、ありがたいと思わんか」

「こんなのを食わされるんだぞ? ありがたいと思えるかよ」

「この罰当たりめ!」

「けっ!」


 師匠とサイラスさんの言い合いは、聞いているだけで怖いんです。いつ殴り合いになってもおかしくない、殺伐とした言い合いです。でも何時もサイラスさんが言い負けます。不思議な信頼関係です。

 あたしが師匠の後を継ぐと言う事は、サイラスさんとも張り合わなければいけない訳です。

 ……無理です。怖すぎます。顔を直視出来ません。


「アヤツも、慣れれば害はないぞ」

「慣れなきゃ、害があるんですか?」

「あの顔を夜中に突然見たら、どうなる?」

「倒れます、かね」

「じゃろ?」


 今更ですが、あたしはトンでもない所に来てしまったようです。





 午後は、お庭で師匠から魔術を教わります。ギルドでちゃんと学んでいたから魔法の修行は無用、と言われました。魔術は魔法と違って魔力のみに頼る訳ではなく、神の力を分けて貰うんだとか。神様って、いるんですね。

 先ずは杖に乗って空を飛べるようになるのが、あたしの目的です。


「あの、あたし、杖を持ってないんです」

「そんな事もあろうかと、用意してある」


 師匠は事も無げに話してきます。師匠が、指をパチンと鳴らすと、あたしの目の前に、赤く長い杖が落ちてきました。師匠の黒い杖とお揃いの形です。長さは、あたしの身の丈程もある、長い杖です。

 拾い上げてみると、結構ずっしりと重い杖です。杖の両端にある赤い石も、燃えるような焔の色で凄く綺麗です。

 ……なんだか、石の中に焔が揺らめいて見えるのは気のせいでしょうか? 気のせいですね、きっと。


「ちょうど良さげなのがあったわい」


 師匠は楽しそうにニコニコ笑っています。本当に楽しそうです。でも悪い顔をしているように見えるのは、気のせいでしょうか?


「お前の得意な属性に合った『劫火の杖』じゃ。この世を焼き尽くす劫火、じゃな」


 師匠はさも楽しそうに、さらっと怖い事を言います。この世を焼き尽くすんですよ? なんか黙示録ぽいです。


「師匠は、楽しそうですよね」


 師匠はあたしの質問に対して「当たり前じゃわい。好きだからこそ、こんなにも長い間、魔術に携わっておるんじゃ」と言われてしまいました。

 御尤もな答えを貰って「す、すみません」と委縮してしまいます。


「じゃ、杖を浮かそうかの」


 そう言いながら師匠は杖を横倒しにしました。そこで手を離すと、杖は宙に浮いています。あたしには何をしたのかも分かりません。だって何も唱えてないんです。


「凄い!」

「『エンリルの羽』という魔術じゃ」


 エンリル、という風の神様の力を、ちょっぴりだけ分けて貰うんだそう。

 意味が分からない。どうやら根本的な部分で魔法と違うみたいです。


「まずは、神にお前を紹介せねばいかんな」


 ニヤっという笑みを浮かべて、師匠は私を見てきました。いやな予感しかしません。

 師匠が、パンッと手を叩くと、あたしの足元に黒い魔法陣が出現しました。黒が脈動して光っています。気持ち悪い感じです。嫌な予感がビンビンしてます。


「あの、これって……」

「そら、行っておいで」


 あたしの視界が切り替わる直前に見たのは、師匠の、ちょっと意地悪な顔でした。





 視界が変わった先には、大きな竜巻がありました。その他は真っ暗で、先が見えません。音もしません。

 ここ、どこでしょう?


「ほう、人間が来るなぞ、ここ百年はなかったな」


 どこからか声がします。なんとなく、目の前の竜巻から聞こえる気が、します。竜巻がしゃべるなんて、ないですよね?


「あ、あの。もしかしたら竜巻さんがしゃべって、いるのですか?」

「うむ。私はエンリルという」


 目の前の竜巻さんはエンリルって名前だそうです。師匠がさっき話をしてくれた風の神様の名前です。もしかして、本物、なんですかね?

 ていうか、ここ、どこですか?


「む? お前は、どちらかというと、ゲルラの方が相性が良さそうだな」


 なんだか名前が増えました。ゲルラ、ですか?

 そんな事を考えていたら、目の前に巨大な炎の柱が現れました。竜巻さんと同じくらいの大きさです。すっごい大きいです。轟々燃えてます。


「なんだエンリル、呼んだか?」

「うむ、呼んだぞ。そこな人間はお前の方が似合いそうだ」

「ほう、人間が来るなぞ、ここ百年はなかったな」


 同じ事を言っています。そんなに珍しいんでしょうか?


「お前の名前は、何という」


 炎の柱さんから声が聞こえた、気がしました。竜巻さんとは声が違うので、多分合ってます。


「カシルダと、言います」


 聞かれた以上、答えておかないと。師匠がここに送り付けたって事は、何かあるに違いないんです。真面目にやらなきゃダメですよね。


「ほぅ、カシルダ、か」

「おぉ、なんぞ面白そうな事をしているな」

「む、エンキか」


 ……また増えました。今度は巨大な水柱さんです。エンキ、という名前の様です。こうなるともう、なんでも来い、です。

 嘘です、怖いです。


「あら、楽しそうな事してるじゃない?」

「イシュタルか。何しに来た」

「だって、あんた達が集まってるなんて、珍しいもの」


 今度は緑色の光です。意味が分かりませんが、緑色に空間が輝いてるんです。もう何が何だか分かりません。


「この人間はカシルダ、と言うようだ」

「へぇ、随分久しぶりね」

「エイラ以来、だな」


 あら、師匠の名前が出ました。どうやら、お知り合いみたいです。流石が師匠、顔が広いです。


「あの、エイラは私の師匠、です……」

 

 あたしが師匠の事に言及すると、神様と思われる方たちは、声を揃えて「ほぉ」と言いました。仲良しなんですね。


「なるほどな、エイラの弟子か」

「じゃあ、来るわね」

「我らに紹介、という事だな」

「はは、懐かしいのぅ」


 もう誰が誰だか分かりません。


「私はエンリル。風を司っておる」

「私はゲルラ。火を司っている」

「私はエンキ。水を司っている」

「私はイシュタル。命の(ことわり)を担っている」


 えっと、頭がついていきません。エンリルさんにゲルラさんにエンキさんにイシュタルさん、ですね。ふぅ、覚えるのも一苦労です。


「良かろう、我が風の力を貸してやる」

「お前はなかなか見所がある。我が火の力、楽しみにしておれ」

「我が水の力、ツマラヌ事に、使うなよ?」

「我の命の理に触れる事を、許可しよう」


 えっと、力を貸してくれるそうです。


「あ、ありがとうございます」


 よく分からないけど、お礼はしておかないとダメですよね。


「他の奴等にも伝えておいてやる」

「偶には来い、とエイラに伝えておけ」

 

 師匠に言伝です。ちゃんと伝えないと。


「はい、分かりました!」

「ではまたな。ハハハ!」


 空間に笑い声が木霊すると、あたしはいつの間にか、お庭に戻ってきていました。目の前の師匠の顔は、最後に見た時と同じ、意地悪な顔をしています。


「おかえり、どうだった?」

「えっと、偶には来いと、言っていました」

「そんな事じゃない。力は貸して貰えたか、と聞いたんだ」


 師匠は呆れた顔をしました。あちゃー、弟子失格ですね。でも答えないと。


「えっと、力は貸して貰えるようになりました。それでゲルラさんと相性が良い、とか言われましたけど……」


 あたしがそう話をすると師匠は、思った通り、という顔をしました。


「はは、お前は火と相性が良いからな。結構結構!」


 師匠は、にっこりと笑いました。


「これで、魔女への第一歩を踏み出した訳だ」


 師匠はあたしの腰をバシバシと叩きました。師匠はちんまいですから、肩には届かなかったみたいです。ちょっと痛かったけど、師匠は満面の笑みでした。あたしも何だか嬉しくなりました。


「はい、よろしくお願いします!」





 あたしが初めて杖で宙に浮いたのは、それから一週間後の事でした。

お読みいただき有難う御座います。

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