赤い光
プロローグです。
『大抵の問題は金と筋肉が解決する。それが俺の哲学だ』
既に陽は地平線の下にもぐり、ベッドで夢でも見ている頃。散歩でもしているようにも聞こえる靴の音が地面に転々と続いている。
その靴がジャリと止まった。
「ここか」
嗤いを孕んだ小さな囁きは、闇に消えていった。
壁に設けられた松明の炎に照らされた、簡素な革鎧を纏った男が二人。月明かりも差し込まない岩窟の入り口付近でだらしなく立っていた。腰には短めの剣を携えているが、その柄には使用された痕跡はあまり無い。
「昨日の女は良かったな」
「あぁ、怯える顔も、具合もなぁ」
緊張感のない二人の男は下世話な話題にゲラゲラと笑い声を漏らしていた。
そんな二人を嘲笑うかのように闇の中に『影』が浮かび上がる。
ゆっくりと近づく程に異様な大きさを示す人型の『影』の頭に不気味に二つの赤い光が灯った。
同時に男達も不穏な『影』に気が付き表情を野蛮に変える。
「誰だテメェ?」
「ここには酒場はねえぞ」
二人の男が剣の柄に手をかけ、近付いてくる何かに警告を発した。
刹那、二つの赤光は二人の男の目の前にぬるりと現れる。
赤い三日月が横に昇り、頭上から空気を切り裂く音が聞こえた。
「ギャァァ!」
「くそっ、何だこいガフ……」
壁に差し込まれた松明が照らす洞窟の中、何かの肉を叩き斬る音と、男の野太い断末魔が響き渡る。
赤い光はゆらりと動いて、次の獲物を探し始めた。
「クソッ! アイツか!」
どこかで声を張り上げているが、どしゃっと、何かが潰れた音を奏でた。もはやその声が聞こえる事は無かった。
「けっ! どんだけ強えぇかしらねえが!」
腰だめに剣を構えた男が顔を歪めて吠える。
威勢の良い声とは裏腹に、額にはびっしりと玉の汗が吹き出していた。それでも空気を歪ませる殺気を浴びても逃げ回らない男気は、勇者と褒められよう。
勇者の目の前に迫った赤い光が細まった、気がした。
「ごふっ……」
揺らめく橙色の灯りが、背中から黒い鋭利なモノを生やしている男の最後を見届けた。貫かれた男は勢い良く壁に投げ捨てられ、熟れ過ぎた果実の様な結末を迎えた。
轟々と燃え盛る松明の炎が、その手に握る黒い獲物から滴る液体を更に赤く染める。
「ちっ、何でアイツが!」
「アイツは手出し出来なかったんじゃねぇのか!」
雑多な臭いが渦巻く岩の回廊に、そんな男達の叫び声が木霊する。その間にも金属同士の不協和音と聞くに堪えない断末魔は止まない。
急速に増す鉄の臭いと死の気配が忍び寄る。捕えられない赤光が、どしゃりと嫌な音を引き連れて暴れまわった。
「ひっ」
赤光に迫られ、壁に追い詰められた男が、短い悲鳴を上げた。ガクガクと意志とは無関係に動く足で、近寄るなと言いたげに、震える剣を突き出す。
男の頭上に襲い掛かる黒い気配はいとも簡単に地面を抉る。数瞬遅れ、躰は別れを惜しむ間もなく左右にずれ、崩れ、地に伏せた。
「テメエが、最後だ」
音の無くなった空間に、暴力を齎すモノの声はゆっくりと厳かに降りてきた。岩の回廊の行き止まりに逃げ込んだ男に、最後の審判が下される。
「や、やめ! やめてくれー!」
もはや剣も捨て、身を庇る様に腕を差し出すしか出来ない男が泣きながら懇願をしている。が、そんな事が意味をなさなのはこの男自身が一番分かっている。
「はっ! お友達が冥府でお待ちかねだ」
二つの赤光から、低く通る声が発せられる。
黒い暴力によって力づくで命をむしり取る音と散らされる悲鳴が、静寂の中で斉奏するように響いた。
今までの喧騒は蒸発したように消え去り、男の静かな呼吸の音だけがその場の生命だと知らせていた。
「おい、終わったぞ!」
二つの赤い光が勝鬨の代わりに、誰かを呼んだ。