上京した次男が、ど田舎の村落にふさわしくない嫁を連れてきた(2代目)
県庁所在地で一人暮しをしている息子が、女性を連れて帰ってきた。
彼女は、髪を金色に染めていた。目の回りが黒くてルージュが紫だからか、顔色が悪く見える。
さらに圧巻なのはピアス!!いや、ピアスと呼んでいいのか、安全ピンだ。たくさんの安全ピンが両方の耳たぶにぐるっと一周刺さっている。黒光する皮ジャケットにも、しこたま刺してある。安全ピンマニアか?
玄関で固まる私に、女性は「チッス」と小さく頭をさげた。
孫の恋人が気になったのだろう。歯みがきをしていたはずのおじいちゃんが、ガラス戸の後ろに立っていた。玄関と奥をさえぎるガラス戸は、下半分が曇りガラスで、ちょうどおじいちゃんの顔の辺りから上が透明ガラスだ。
来客とガラスごしに目があった瞬間、「ぶほっ」むせる音がした。ふりかえると、ガラスに白い斑点がとびちり、下手人は逃げていた。そして、来客嫌いな猫のように、彼女が帰るまで姿を見せなかった。
パンクな来客と反対に、息子は今風だ。濃い色のジーパンに、体にぴたっとしたTシャツ。ネックレスジャラジャラ。
「ただいま~。じいちゃん、汚ね~」と笑っている。
私服はチャラいが、一応公務員である。普段はスーツを着ている…はずだ。たぶん。
とまあ、私服の息子は若い、というか幼い。二十歳になったばかりだという彼女の方が、少し年上に見えた。
とりあえず、ふたりには居間にあがってもらった。義母の仏壇に手を合わせるよう促し、ひとまずはキッチンに戻らなくては。お湯、沸かしてたのよね
ヤカンの火を止めたタイミングで、ピローンとLINEが鳴った。息子からだ。
「彼女ねー、摩瘉羅ってゆーの」
おう。名が体を表しすぎ。キラキラネームって、20年前から実在したのねえ。お習字が大変だったでしょうに。
なんて考えながらお茶を用意していたら、「ばっかもーん!!」と、怒声がとんできた。
お父さんだわ。あらあら。居間にかけつけてみれば、夫が息子を張り倒していた。眉のないマユラは下腹部に手をあてて、無表情で一歩引いている。
あ、そういうことね。
わかりやすすぎるわ~。
「まあまあ、お父さん」
息子と夫の間に入り、夫の肩に手をおいた。夫は毒気を抜かれたように拳をおろした。
「帰れ。顔も安全ピンも、二度と見せるな!」
苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てると、息子は尻餅をついたまま
「でも、マユラと結婚するから」と言い切った。夫の目をまっすぐに見つめて。
「勝手にしろ!!」
バーンと襖をしめて、出ていく夫。
マユラは驚いた様子もなく「やっぱり」と口の中でつぶやき、息子は叱られた子どもみたいに「へへ」と笑った。
次男だからか性格か、この子はすこぶる楽天家だ。青アザがくっきり浮かんだ頬で、へらへら笑っている。
「お父さんたら、こんなに強く殴らなくても」
「あ、こっちはマユラのとーちゃんにやられた。やっぱ、オヤジよりとーちゃんのが痛いな」
「現場監督だからね」
どうやらマユラは、小さな土建屋の次女らしい。長男が跡取りで、長女と母が事務。マユラは現場に出ているという。息子いわく全員170㎝オーバーの平たい顔族だとか。
「あ、もう大丈夫だよ。昨夜はみんなで酒のんできたし」と、ヘラヘラ。息子、ムダにコミュ力高いな
築45年の田舎の一軒家の畳の居間に、まあるいおばちゃんと、黒髪だけどへたな茶髪よりチャラそうな青年、金髪安全ピンピアスがボーッとしていてもしょーがない。ごはんにしちゃおう。
「ごはん、持ってくるからちゃぶ台直して」
すると、息子は動かず、マユラが自然に体をちゃぶ台に向けた。いつの間にか同棲していたらしいが、普段の生活もこうなのだろう。
「これ、宗次!! あんた妊婦さんに」
「大丈夫っす」
息子を叱ろうとすると、マユラがしれっと入ってきた。
「自分、ドリルで地面掘ってるんで。ヨユーっす」
「そうそう。まゆまゆは力持ちなんだぜ~♪」
そのとーりだろうけど、そりゃないだろ息子よ。長男の方は保護者かってくらい嫁に甘いけど、次男はダメだ。公務員のくせにヒモのにおいがプンプンする!!「結婚するから」と言った瞬間の男らしさはいずこ?
そういえば、この子は、女に甘える天才だったっけ。小さい頃からずっと。
自分が甘やかす分にはかわいいと思ったけど、客観的に見るとキモいな。童顔とはいえ、三十路近いし。おっさんだし。
息子夫婦(予定)は、出前の鰻丼をたらふく食べて帰っていった。夫の分まで食べた。
つわりはないそうだが、結婚の条件として「1年間現場禁止」を言い渡した。
いくら頑丈だって、妊婦がドリルを両手に地面に穴をあけるお仕事は、いただけない。息子だってこれで「給料の安くない」公務員だから、嫁が働けなくても生活ぐらいできるはず。
県庁がある政令指定都市の、となりのとなりのまたとなりの市にある小さな駅舎(終点に近い)に、安全ピンピアスに金髪に黒ジャケットの女性が降りた噂ははやかった。
まして、沢谷さんちの次男坊とでき婚ときた。沢谷さんちの次男坊は、いなか町ではなかなかにモテモテだったのだ。モテる分だけ、だらしなくもあったけど。
増水した木曽川のように、噂は流れに流れてゆく。我が家には連日のようにご近所さんが押しかけてきた。もと彼女たちも押しかけてきた。
「マユラはやくざの娼婦でトルコ嬢で、たちの悪い美人局に違いない。みんなが笑っている」と、おじいちゃんが言い出した時には、食べていたカステラを吹いてしまった。
トルコ嬢て。いつの昭和? たちが悪いのは息子の女性遍歴で、マユラは我命有限男宗次愛死続! て種類の昭和だ
出所をさぐったら、町外れのつぶれる寸前のエロ本屋だった。ネットでエロ本を買えなかった時代は、定価の10の位を繰り上げて販売していたセコいジジイだ。こいつは、私が嫁にきた時も同じことを言った。
赤ちゃんは成長を待ってはくれないので、とりあえず、籍だけ入れるように言った。ら、もう入っていた。ぬかりないな。息子。あんた、相当本気だね?
「母さんはのんきすぎる。孫ができて浮かれているのか?あれはろくな女じゃない。子供だって宗次の子かどうか」と、夫は嘆くが、私はフフンとほくそえむ。
あなたねえ、あのバカ息子がらみで何人の女の子(被害者)が乗り込んできたか、忘れまして?
ちゃんと家に連れてきたのなんて、初めてじゃないの。殴られてまでして相手の親御さんに頭を下げたのも、あなたに口答えしたのもね。
マユラって子、悪くはないわよ。たぶん。
うん、若い頃の私に似てるし。
私は、18の時に木曽川の向こう側から挨拶にきた。
高校を卒業していなかったから、セーラー服だった。その頃の私は、美容院でパンチパーマをあてなおし、磨いた木刀を持っていくことが、礼儀だと信じていたのだ。
当然、村中の人にびっくりされた。
夫が宗次を殴ったこの居間で、夫はおじいちゃんに薙刀をつきつけられたのにねえ。忘れたのかしらねえ。
それとも、よーく覚えているから、ばつが悪いのかしらねえ。夫も。おじいちゃんも。