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足跡のない旅人―番外編―

ある国に、一人の旅人が来ていた。正確に言うと、二人。

その二人は一緒に旅をしていて、一緒にその国に来た。

一人は若い女性で、もう一人は若い男性。

二人は国に入るととても歓迎され、ある家にお世話になることになった。

その家には30代半ばの夫婦と、小さな男の子がいた。

夜、二人の旅人は晩御飯をご馳走になった後、別々に部屋に戻り、寝る支度をしていた。

男性は部屋に案内されると、連れてきてくれた男の子に礼を言い、静かにドアを閉めようとした。

だが、男の子がそれをやんわりと阻止し、男性の部屋に入る。

「・・・どうしたの?」

男性は、優しく男の子に問う。

男の子はニパッと笑い、部屋のドアを閉める。

「あそぼ!」

「もう、夜遅いよ?」

「だいじょうぶ、おとうさんもおかあさんも、たびびとさんのじゃまにならないならべつにいいって!

・・・それとも、ぼく、じゃまなの?」

男の子は男性の足にピッタリとくっついたまま、上目を使い、尋ねる。

男性は少し困った顔に笑みを残したまま首を横に振ると、男の子の小さな体を抱き上げる。

「それじゃ、一緒におしゃべりでもしとこっか。」

男性のその声を聞くと、男の子は嬉しそうに笑った。




その夜、男性と男の子は夜遅くまで一緒に話していた。

他愛ない日常の話や、男性の旅の話、男の子は母親や父親との毎日のことを話していた。

そういう話の中で、男性が奇妙な話を始める。

「君にだけ、俺の秘密教えてあげよっか。」

男の子はパッと顔を上げ、嬉しそうに言う。

「なに!?教えてくれるの!?」

男性は優しく笑い、男の子をヒョイッと膝の上に乗せてやる。







「俺、さ・・・人の記憶に残らないんだ。」

「・・・・・・?」

男の子は首をかしげる。

男性は、不思議そうに見上げている男の子の頭を、くしゃりと撫でてやる。

「一言では、ちょっと難しかったかな・・・。

例えば、今俺と話していたのを、君は俺から離れたら忘れてしまう。

つまり、君の記憶の中には俺はいないんだ、最初から。」

「ぼく、ちゃんとおにいちゃんのことおぼえてるよ?」

「今は、ね・・・・・・。

今、このまま眠ったり、この部屋のドアから出ていったりしたら、すぐに忘れるよ。

・・・忘れたことさえも忘れて・・・ね・・・・・・。」

男性はやわらかな笑みを見せたまま、男の子の男の子の頭を撫でている。

男の子は堪らなくなって、男性に尋ねる。

「・・・なんで?」

「え?」

「なんで、ぼくはおにいちゃんのことをおぼえていられないの?

ねえ、どうして?」

男の子は男性の服の裾をギュッとい握り、今にも泣き出しそうな顔で尋ねる。

「・・・なかないの?」

「え?・・・泣く?」

「だって、ぼくだったらおとうさんとおかあさんにわすれられたら、ないちゃうもん。」

「んー・・・・・・。確かに、何度も泣きそうになったりしたし、何度ももう嫌だって思ったりもした。

・・・色々あったよ、色々・・・・・・。

でも、最後の最後に、あの女の人・・・俺と一緒に旅をしてるあの女の人だけど・・・あそ人が、最後の最後に支えてくれたから・・・・・・。

いや、まだ終わりじゃないかも知れないけどね・・・・・・。」

男性はそう言い終わると、ほんの少し照れくさそうに笑う。

「えへへ・・・おにいちゃん、あのおねえちゃんのこと、だいすきなんだね♪」

男の子がそう言った瞬間、男性の顔が一気に赤くなる。

「なっ何言って・・・!!

もっ、もう寝ようか、夜遅いし・・・・・・。」

男性が何気なくそう言うと、男の子は泣きそうな顔で男性にすがりつく。

「いやだよ、おにいちゃんのこと、わすれたくないよ!!

・・・おねがい、もうちょっとだけ、いっしょにいてよ!!」

男性は男の子の体をギュッと抱きしめ、それからゆっくりと離す。

「・・・大丈夫だよ、君は少しも傷つかない。」

それでも、男の子は嫌だといって、とうとう泣き出してしまった。

「いやだよ!!ぼくはおにいちゃんのことわすれないもん!!」

元はと言えば、子供にとっては残酷な話であった。

知り合ったばかりの兄のような人が、いつのまにか自分の中からいなくなってしまうなんて。

その人を忘れたことさえも、忘れるなんて・・・

「・・・ねえ、じゃあ一つだけ賭けをしようか。」

男性の服にしがみついて泣いていた男の子が、なんとなく興味を引かれたのか、ふと顔を上げる。

「なに?なにをするの?」

男性はやわらかに笑い、男の子の頭を撫でる。

男の子も、その男性に撫でられるのが嬉しいようだ。

キャッキャと笑いながら、男性に抱き付いている。

「簡単だよ、コインの裏表で決めるんだ。」

「どうやって?」

男性はどこからかコインを取り出し、それを指先で持つ。

「こっちの面・・・表が出たら、今日は君が納得いくまで、一緒におしゃべりしていてあげるよ。」

「ほんと!?」

男の子の顔がパッと輝く。

「でも!こっちの面・・・裏が出たら・・・そうだね、今日はもう眠って、明日の朝またおしゃべりしよっか。」

「えっ?・・・でも、そのときにはもう、ぼくはおにいちゃんのことをわすれてるんでしょ?」

「だーかーら!その為の賭けなんだよ。」

「?」

「君が明日の朝起きても、俺のことを憶えていたなら、君の勝ち。」

「ほんと!?」

「うん、本当だよ・・・。

そうだ、君が勝ったらなんか勝ってあげようか?お菓子とかは・・・あ、パフェはどう?」

「パフェだいすき!!ぼく、ぜったいしょうぶかつもんね♪おもてがでても、ぼくのかちだよ?」

「だいじょうぶだよ。

・・・どっちにしても、君が明日まで憶えていれば買ってあげるよ。

・・・それじゃ、投げるよ?」

「・・・うん!!」

男性の手の中にあったコインが、空中に投げられる。

『ッキィ―――ン・・・パシッ)

男性はキャッチしたコインを左手の甲に乗せ、その上に、隠すように右手を重ねる。

「・・・どっちだと思う?」

「おもて!!」

男性はその言葉を聞くと、顔をほころばせ、甲に重ねていた右手をスッと離す。

「・・・ぅわあ、やったぁ!!おもてだよ!!ぼくのかちだよ!!」

そのコインは表の面を上に向け、元の銀色を主張させている。

「ねえおにいちゃん、みてる!?ほら、おもてだよ!!パフェ!!パフェあした

いっしょにたべにいこ!!」

男の子は興奮して、男性の膝の上でバタバタと暴れている。

「ほらほら、暴れない。大丈夫だよ、明日君のお父さんとお母さんに聞いて、一

緒に食べに行こうか」

「うん!!ありがとおにいちゃん!!」

男の子はその夜のうちにすっかりなついてしまった男性のその体にひしっとしが

みつき、起きている間中、ずっと笑いあっていた。




次の日の朝。

ベッドから起きた男の子は、その時、会いたい人の名を呼んだ。


「・・・おとうさーん、おかあさーん!!」


当然のこと、ではあったのだ。

まだ甘えたい盛りの子供が、一人で寝ていたという孤独感を味わうのは、多少辛

かったのかも知れない。

男の子が起きたばかりのベッドには男性は居らず、男の子もそんなことは気にも

止めない様子だった。

「あら、どうしたの?こんなところで・・・」

母親が駆け付けると、男の子は母親の胸に飛び込み、泣きじゃくった。

「なんでこんなところに居たの?このお部屋はお客さん専用のお部屋なのよ?」

母親は男の子をなだめるように言う。

「まあ良いじゃないか、昨日泊まっていったお客さんは一人だけだったし。この

部屋には誰も泊まっていなかったんだろう?」

ドアの後ろから、父親が顔を出して言う。

「そうですけど・・・この子が人の居ないところに自分から行くなんて、珍しい

わ」

母親はフウッと息をつくと、優しく男の子に尋ねる。

「なんで、昨日このお部屋に居たの?」

「わかんないよお!!ぼく、なんにもおぼえてないよ!!だれもいなかったもん

!!」

男の子は泣きじゃくったまま、大声で言う。

父親と母親は静かに首を横に振り、男の子を抱き上げて部屋を出ていく。

「あ・・・あの・・・」

隣の部屋から、一人の女性がヒョイと顔を出す。

「あら、昨日の旅人さん?もうちょっと待ってて下さいね、朝ごはん、今作って

いますので」

母親がそう言うと、女性はすまなそうな顔をして言う。

「いえ、大丈夫です。私は今日、外で食べるので・・・あと、待ち人がいるので

、この家ももう出ますね」

「あら、せっかくなんだから、ゆっくりしていって下されば良いのに」

「いえ、急ぎの用事なので・・・もう荷物もできているんで、そろそろおいとま

させていただきます」

そう言うと女性は、たいして大きくもない荷物を肩に下げ、母親に礼を言い、静

かに家を出ていった。




「・・・ごめん、ロバート。・・・待った?」

女性は家のすぐ外に立っていた男性に向かって言う。

その男性はまさしく、昨日の夜男の子と一緒にいた男性だった。

「ん・・・色々あって、夜中に部屋出ることになったから、ちょっと疲れた、か

な」

女性は、少し眠そうなその男性を見て、クスリと笑う。

「昨日の夜、あの男の子ロバートの部屋に来てたでしょ?朝、すごく大泣きして

たよ?・・・人の記憶に残らないのも、大変だね」

「俺が朝起きてそのままいたら、誰も覚えてないから泥棒扱いだ。・・・普通に

生きてるシェリーがうらやましいよ」

男性は皮肉っぽく笑って見せる。

「旅人さん、お待ちを!!」

家の中から、母親と、一緒にくっついて来たらしい男の子が慌てて出てきた。

「旅人さん、これ、お忘れ物じゃないでしょうか!?」

母親は息を切らせて、女性の手に鍵のような物を乗せる。

「あっ、ジープの鍵だ!!どうもありがとうございました!!」

女性が母親に礼を言っている間、男の子が男性のことをジッと見つめる。

「・・・どうしたの?」

男性が屈み込んで優しく問うと、男の子は少し戸惑い、やがて男性に尋ねる。

「・・・おにいちゃんは、おねえちゃんといっしょにたびをしているひとなの?

「うん、そうだよ」

男性はそう言うと、男の子の頭をくしゃりと撫でてやる。

男の子はそれが嬉しいのか、キャッキャとはしゃいで男性に抱きついている。

そう、まるで昨日の夜のように・・・。

「―――・・・」

男性はふと思い出して、どこからか、あの銀色のコインを取りだし、男の子の手

のひらに乗せてやる。

「あのお姉ちゃんに鍵届けてくれたお礼だよ、これで、お母さんにパフェでも買

って貰って」

コインを手に持つと、男の子の顔はパッと輝き、すぐに母親の元へ駆けていった

「おかあさーん!!おにいちゃんにコインもらったよー!!これでパフェかって

ー!!」

「あら、ちゃんとありがとうって言ったの?」

母親がそう言うと、男の子ははっとして振り返る、

「・・・あれ?」

男の子が見た先には、知らない男性が立っているだけだった。

「・・・ぼく、だれからもらったんだっけ?・・・だれかから、もらったんだっ

け?」

男の子が首をかしげていると、女性が母親に言う。

「それじゃ、本当にありがとうございました。・・・それじゃ、また」

そう女性が言うと、母親と男の子は笑って見送ってくれた。

「・・・あれ?」

女性と知らない男性が歩いて行くのを見て、男の子は隣にいる母親に言う。

「おねえちゃんのとなりあるいてるひと・・・なんかあしあとがないよ?」

「あら・・・本当ね」

男性の歩く後には、砂に残された足跡が次々に風に流され、消えていく。




「・・・シェリー」

「?・・・どうしたの?」

「いや、一晩中外で立ってたから、なんか疲れて、さ・・・」

女性は、フッと笑う。

「・・・それで?」

「なんかこう、甘いものが食べたいな。・・・パフェ、とか・・・」

男性は笑って言う。

女性も、吊られて笑う。

「私も朝ごはんまだだし・・・今から食べに行こっか!!」

「ん。・・・そだね」




男性は、最後に一度振り返り、遠くにいる男の子を見た。

そして次に、自然に目に入ってくる、己の足跡。

一緒に歩いている女性の足跡だけが、あの男の子のところから長く伸びており、

まるで男性とあの男の子は最初から関係などなかったかのように、足跡はすぐに

掻き消されていく。




男性は最後にそれを一瞥すると、静かに前を向き、また足跡を残さずに歩いてい

くのだった。

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