釣り
エビにはタイが食いつきます。
ルアーにはブラックバスが。
では、人形には?
何が食い付くのでしょうね?
あの、友達から聞いた話なんですけどね。
詳しい場所は伏せますが、この付近の話なんですよ。
その友達の子、取り合えずアミちゃんってしておきますね。
その子のお兄さんが、今、独り暮らししてるんですよ。
それでですね、その子がお兄ちゃんちにいったら、お兄ちゃんが所謂ダッチワイフと言う、浮き輪みたいに空気の入った人体模型を持っていて、それで通行人を驚かせようぜって話になったんです。
それで夕方頃に出発した二人は、そのダッチワイフと釣竿をもって急斜面がある山に出掛けたんですよ。
その斜面は、斜面というよりは崖のようになっていて、下の方に道にはときどき人が通るし、少し離れた所にある橋からも見通せるんです。
もう、分かりました?
ダッチワイフを竿で操って通行人を驚かせようとしたんです。
最初、崖の上の方からダッチワイフを釣竿の糸先に付けて下ろそうとしたのですが、どうやら軽すぎて風に流されてしまうので、少し重りを付けることにしたらしいのです。
そうこうしていると、もうかなり暗くなってきたんですよね。
そして、その時に崖下の方に誰かが数人やって来たようだったので、お兄さんはチャンスだと思いダッチワイフを落としました。
しかし悲鳴は聞こえませんでした。
それから暫くして引き上げようとしたとき、明らかに空気が詰まった人形にはあり得ない負荷が釣竿に掛かりました。
お兄さんは風に流されたダッチワイフが木々に引っ掛かったものだと思ったらしいのです。
だとしたら慎重にしないと空気詰まった浮き輪の様な人形なんて破裂してしまう。
そう思って覗き込んだのですが、
その、なんていうか釣竿から伸びる糸は下に真っ直ぐ伸びていて、しかもその辺りには木々は無かった筈なのです。
暗くなっていてよく解らなかったお兄さんはアミちゃんにライトを付けてもらいました。
そのライトはあまり強いものではなく、崖下の方までははっきりとは映っていませんでしたが、それでも何となくは見えたそうです。
その先に映っていたものは、ミミズの様に細かいものが全身を蠢く、
いえ、寧ろミミズみたいなもの達がかたまって出来た黒い人型。
それが数体、人形に絡み付いていたのです。
アミちゃんにはそれがお釈迦様の手から伸びる蜘蛛の糸に群がる餓鬼を思い浮かばせたそうです。
恐らくそれらは、人間だと思ってそれに絡み付いたのでしょう。
そして、その人形が疑似餌で、しかもその先には本物の人間がいるとしたら?
お兄さんの竿がどんどんしなってきたのをみて、アミちゃんは泣き出したそうです。
そのとたん、竿のしなりが無くなって、お兄さんがライトで崖の下を照らすと、
「ヤバい…。」
と呟いてアミちゃんを引っ張って逃げ出したそうです。
恐らくアミちゃん達に気が付いたそれらが崖を登ってきたのかもしれません。
残念ながらお兄さんの方には、それ以降の話を聞くことは出来ませんでしたから。
ただ、1つだけ言えるのは、
釣りをするときは、どんな餌にはどんなものが喰い付くのか、よく考えて釣りをするべきだと私は思います。ええ、本当に。
ご両親に正直に話したアミちゃんはこのおおぼけがって怒られたらしいですけど、こぼけぐらいなのでは?
なーんて思った私は人の話の意味をよく理解できていないと言われます。