第3話 橋下 圭介part2
「どうですかね?」
彼は真剣な顔付きで私に問いかけた。その表情から彼の不安な気持ちが鮮明に伝わってくる。
「少々お待ち下さい」
そういって私は資料に目を通した。
名前は橋下圭介、年齢は29歳。職業は小さな会社で営業をしていたが、3ヶ月ほど前にリストラされている。親も早くから亡くし、そばに寄り添ってくれる人もいない。自殺を選択したことにも頷ける。だが、もう少し踏ん張れなかったのかと、疑問にも思う。
「橋下様ですね。これから私と一緒に人生を振り返ってみましょう。私は小池です。よろしくお願いします」
「はい…お願いします」
この世界にも来世選択基準法という決まりがある。そのひとつに、死者が新たな人生を歩むために来世の選択をするのだが、その際にしっかりと納得してもらわなければならない、というものがある。面倒だが従うしかない。橋下の人生を一緒に振り返り、来世の選択に確かな同意を求めなければならないのだ。
それと私は小池ではない。正確に言うとそもそも名前なんてない。ただの役員だ。呼び名があった方が会話をするのに楽だと感じたからつけてるだけ。なぜ小池かというと、最初のお客様が小池だったからだ。つまらない理由で申し訳ない。
「ここって、あの世にしては変な雰囲気ですね。なんか懐かしい感じがします」
「そうですね。お客様に馴染みがあるつくりになっていますので、そう思ってもらえるのはありがたいですね」
私も最初は思った。あの世といったら、雲の上にあって全てのものが極楽や癒しに満ち溢れているイメージだ。しかし、ここは違う。何もない真っ白な空間に、ポツンとどこにでもありそうな白いオフィスが建っている。室内も至って普通だ。一見小さい町役場のようにも見える。窓口が2つに待合席になるソファーが1つ。後は書類や機械が並んでいるだけだ。死者に違和感を与えないように、見慣れたつくりになっているが、逆に気にってしまう。おそらく、創設者は人間の心理がいまいちわからないのだろう。
「それではこれから、人生の初めからこの資料に誤りがないか一緒にご確認して下さい。なお、この資料が基になって来世が決まりますので、慎重に判断して下さい」
「わかりました。自分の過去を見返すのは恥ずかしいですね」
「その気持ちわかります」
この言葉を最後に橋下圭介様の振り返作業が始まった。