1-5 初邂逅
あれから、宝玉を持った人間の襲撃が相次いだ。
最初の二人のように舞い上がって勘違いした人間だけならまだしも、各国の兵士達がたくさんの宝玉を持って襲撃してくることもあった。
だが無意味だ。それだけではダメなのだ。返り討ちにせざるを得ない。
宝玉を奪い取るようなことはせず、襲撃してきた者たちはもれなく石化して結界の外に放り出している。
宝玉を集めて一つの神器にしろ、勇者を育成しろ、という遼也の天啓は届いていなかったのだろうか。
または各国で連携できず、神器をつくるまでの宝玉が集まらないのか。
せめて襲撃してくるなら宝玉以外の点でももっと力をつけてからにしてほしい。
そう愚痴をこぼすと、むしろ俺が強すぎるのだと遼也に苦笑された。
確かに普通の人間だった前の世界でも俺が喧嘩で負けたことは一度もなかった。
とはいえ、こういっては何だが向こうの世界では敵もアマチュアばかりだ。戦いが生業の人間などほとんどいなかっただろうし、何故か俺に喧嘩を吹っかけてきていた奴等の中にそういう人間がいたとは考えにくい。
いや、いたかもしれないな。そういえば遼也を出汁にいかにもな事務所に呼び出され、待ち伏せていた男達に袋叩きにされそうになったという出来事が一度だけあった。もちろん返り討ちにしたが、あれはスリル満点だった。
それはさておき、あちらと比べたこちらの世界は、こう言っては何だが戦闘が日常茶飯事。もっと戦いに慣れた人間が多いと期待していたのだがこの現状。非常に残念だ。
魔法によって自分の身体能力を制限するべきだろうか。所謂縛りプレイだ。できればやりたくないが、そういったことも多少真面目に検討中である。
現状を見かねた遼也は、もう一度全世界に天啓を授けた。
大まかに言えば、宝玉を集めて神器とせねば勝機はないといった内容だ。
その他に神器の作り方(宝玉が一定数以上集まれば自動的に変化するそうだが)などの知識も与えたり、ちゃんと心の強い勇者を育成するようにと忠告したりもしていた。
ついでに遼也に神器の詳細について尋ねてみた。
普通の武器としてもかなりの力を持つものらしい。それに加えて魔物や魔王に対する絶大なる特効効果。対俺専用最終兵器なのだとか。
それ以上は実際に見てのお楽しみだとはぐらかされた。
まあ、確かに敵の武器に対しての事前知識はないほうが楽しめるかもしれない。
俺は素直に退いた。
それから数ヶ月が経った頃には、無謀な襲撃者はほとんどいなくなり、ようやく宝玉が一所に集まりだす気配が見えてきたそうだ。
また、有望な若者が各国で選出され、国の補助を受けて訓練をしているらしい。
優秀な勇者が無事に誕生することを願おう。
ちなみに俺の方は、以前と同じく魔物を操るだけのお仕事だ。
段々と国の兵士達の練度も上がってきたようで、ただ魔物に蹂躙されるだけの村という図になることは減ってきた。それを確認したら次はもう少し強い魔物を送り込むというループになる予定なのだが。
それでもやはり俺は暇なので、最近は時々化身として降りてくる遼也とともにテレビゲームの対戦をしたりしている。
もちろんディスプレイやゲーム機は遼也の記憶を元に創造したものだ。
ゲームソフトは、前の世界でプレイしたソフトの模造品だけでなく、遼也のオリジナルのものもある。悔しいが意外と面白い。
そういった物が並ぶ俺の自室はもはや世界観が崩壊している。よく考えなくてもオーパーツ満載である。でももう快適ならば何でもありだと俺は思う。
しかし爪が長いので少し操作がし辛い。これについては諦めろといわれた。
魔王のデザインに長い爪は必須らしい。
それからは特筆するような出来事は起こらないまま、幾許かの年月が経った。
当然、神である遼也は成長もせず老いることもない。またこれも当然といえば当然かもしれないが、俺の魔王としての体も同様に何の変化もなかった。髪も伸びたりしない。
城の周囲を覆う神の結界は健在なので、俺はあまり外に出ることができない。しかし城だけでも十分に広いので、運動や訓練をする分には全く困らない。
基本的には、元の世界では経験したことのないような、時間的束縛が一切存在しないのんびりとした生活を満喫している。
この数年で人間の兵士達も随分と強くなった。
最近はそれなりの強さの魔物を送り込んでも返り討ちにするか、少なくとも追い返すことができるようになっていた。
様々な国に満遍なく魔物を送っているが、やはり国によって兵力には差がある。
しかし力や物資が心許ない国も他国から援助をもらってどうにか魔物に対抗できているらしい。いい傾向だと思う。
これでようやく強い魔物の間引きをする事も可能になった。
そろそろ魔物の生態系も整えていこうと思う。
そんな折、ようやく待ちに待ったその時が近づいていた。
俺が一人用のゲームをしていると、突如遼也から弾むような声の天啓がきた。
『聞いて聞いて、朗報だよゴルゴンゾーラ!』
「ん? どうしたモッツァレラ」
『モッ、……えっとね、やっと宝玉が集まって、神器の剣が作られたよ!』
「ああ、やっとか。長かったな」
魔王に対抗する力があるという神器。それがついに完成したらしい。
まずはこれで無事に第一歩を踏み出したといえるだろう。
『ほんとにねぇ。宝玉を一つにまとめるだけで何年かかったか。今度はどこの国が持つかでまた論争になってたけど』
「戦争にならないだけまだいいんじゃないか」
『あはは。まあね』
あとは優秀な勇者が育成され、神器の扱いをマスターして、各国の補助を受けて万全の状態で俺に挑むのを待つだけ。
それまでには人間達皆が手を取り合うことのできる状況になっているのが理想であり、できれば魔物の生態系バランスももう少し整えておきたい。
あれ、まだまだじゃないか。
『それで、早速勇者候補とその仲間たちがその神器を持ってこっちに向かってきちゃってる。でもまだその時じゃないから返り討ちにしてね』
「こういう行動は迅速なんだな……」
ちなみに俺がかけた石化を解く方法を人間達はまだ見つけだせていない。
その方法を簡単に言えば、俺がこめた魔力を、それを超える力により引き剥がせばいいのだ。つまり人間には無理である。折を見てそろそろ復活させる手段を与える予定ではあるが。
ちなみに石像となった人間達はどこかでまとめて保護されているらしい。そろそろ場所が足りなくなるんじゃないか。なのにまだ増やそうというのだろうか。
やはり、命をとらなければ大して見せしめにはならなかったのかもしれない。
俺は肩をすくめ、持っていたゲーム機をスリープ状態にしてテーブルに置き、小さく伸びをしてから瞬間移動の魔法を使った。
着いたのはいつもの通り、明かりのついていない謁見の間。
俺は玉座に座って足を組み、そしてこの城の至る所に魔物を控えさせておく。
普段の有象無象が相手のときは、無駄に殺しすぎたりしないようにするため、魔物を配置してはいなかった。だが今回の相手は各国で特別な訓練を施された勇者候補。しかも強力な武器である神器を所持している。まさかこの程度で死ぬことはないだろう。
迎え撃つための準備は整った。俺は玉座の上で、静かに時を待つ。
『いつも思ってたけど、やっぱ蓮斗は魔王としての振る舞いが様になってるなあ』
「……それは褒めてるのか?」
『褒めてるよ。やっぱり僕の人選は正しかったね! うん』
「ああ、自分を褒めてるのな」
『いやいや、それだと僕がナルシストみたいな────あ、来たよ』
遼也とくだらないやりとりをしている間に、勇者候補達が城に入ってきた。
勇者は神器を使いこなすことのできる心の強き者でなければならない。
彼らが勇者たる素質を持っているのかどうか、確かめなければならない。
まずは力を見せてもらうとしよう。
魔王である俺は、偵察に向いたコウモリのような魔物の視界を共有することで現在の状況を把握することにした。これはコウモリに似た魔物だが、別に超音波を使うわけではない。視界は良好だ。判別できる色の数が少ないのは残念だが。
やってきた勇者候補達は3人パーティで、剣士と魔導士と、どちらもこなす万能型というバランスのいい編成だ。
どうやら今度の来訪者達はそれなりに力があるようで、立ち塞がる魔物達を難なくなぎ倒していた。
低空を飛ぶ小さな魔物には攻撃がなかなか当たらないようで苦労しているが、その瞬間眩い閃光が走る。いつか王都で見た魔法か。俺が視界を借りていたコウモリも墜落し、視力が回復する前に討ち取られたようだ。
魔法の範囲から逃れていた別のコウモリの視界を借りて観察を続行する。今度は気付かれぬよう、少し離れたところから見守るように指示を出す。
大部屋で待ち構えていた、所謂中ボスといった立ち位置のミノタウロスには少し苦戦したようだが、やがて弱点を見極め、ミノタウロスが斧を振り下ろした隙に一斉攻撃をする事で無事に勝利していた。
『お、なかなかやるね』
「ああ。流石は勇者候補ってとこだな」
むしろ今までの人間達は何だったのか、などと考えてしまうほどの成長具合だった。人類もそろそろ本気を出してきたということか。
とにかく、彼らなら少しは楽しめそうである。口が自然と弧を描いた。
やはりバトルジャンキーじゃないかと遼也に突っ込まれた。そうかもしれない。
やがて彼らはついにこの部屋の前まで到着する。大扉の前で彼らは向き合う。そして口々に何かを言い合い、それぞれの得物をつき合わせた。
このコウモリは鋭敏な聴覚を持たないため内容は確認できなかったが、どうやら共に戦ううちに友情が深まったらしい。まるでラスボス戦前の熱い展開だ。残念ながらこれは負けイベントなのだが。
俺はコウモリとの視覚共有を解き、左手で頬杖をついて彼らを待つ。
やがて、彼らは意を決してこの謁見の間の大扉を開いた。
真っ暗な部屋を彼らが数歩進んだところで、俺は後ろの大扉を魔法で閉め、指を鳴らすと同時に燭台に一斉に火を灯す。
彼らは息を呑み、警戒するように周囲の様子を窺う。
それに対し、俺は薄く笑みを浮かべてゆっくりと拍手をした。
玉座に座る俺に気付いた彼らは、緊張した面持ちで各々の武器を構えた。
「よくぞここまでたどり着いた。歓迎しよう、人間達よ」
「……貴方が、魔王ゴルゴンゾーラか」
俺は鷹揚に頷く。
そろそろ自分のことをゴルゴンゾーラと呼ばれても平常心を保つことが容易になってきていた。ただし自分で名乗るのは未だに慣れないので名乗りたくはない。
「いかにも。して、念のために問う。何用か」
ここまで毎度のパターンだ。
いつもなら来訪者はこの辺りで問答無用で俺に斬りかかってくる。それはつまりしっかりと人類の敵になれているという意味であるので、俺はそれで構わない。
だが今俺の前に立っている彼らは、武器を構えてはいるものの、こちらに斬りかかるようなそぶりを見せない。
「僕達は、魔王討伐の命を受け、人間の国から派遣された勇者だ。僕達は貴方と命を賭して戦わなければならない。……だけどその前に聞いておきたいことがある」
「ほう? 構わぬ、申してみよ」
魔王との会話を試みる人間は珍しい。
俺は目を細め、腕を組んで続きを促す。
彼らのリーダーであろう金髪の少年は、後ろの二人に目配せをして口を開いた。
「まず、何故貴方は人間達を石にしたのか。教えてくれ」
つまり何故殺さなかったのかと。まあ深い意味はないけどな。
俺は頷いて答える。
「つまらぬ戦いにより、我が城をむやみに血で汚したくはないからだ。その点、貴様らには期待しているぞ。少しは楽しませてくれるのだろうな?」
ニヤリと笑った俺に、彼は淡々と応じる。
「僕達だって負けるつもりはない。……それと、もうひとつ確認をさせてほしい」
彼は目を閉じて深呼吸した後、こちらをしっかりと見据えて口を開いた。
「貴方のことは人間の王から聞いた。貴方は魔物を従える王であり、魔物の国を作るために人間の国を滅ぼそうとしている……ここまで間違いはないな?」
「ああ。相違ない」
「だけどそれは、人間が環境破壊をしてきたからだ。そうだよな? 人間に未来を任せることができないと考えた貴方は、世界を守るためにその行動を起こそうとしている」
「……そうとも言えるな」
あれ、だがこの言い方だとまるで魔王がいいやつみたいではないか。
俺は最終的に絶対悪として気持ちよく滅ぼされなければならないのに、なんだかいまいち敵になりきれてない感がある気がしてきた。
しまったな。最初に各国の王に対してもっと意味の分からない主張をするべきだっただろうか。それはそれで啓発にならないのでダメか。
「……僕らは、もう国同士で戦争をしていない。皆も無駄な資源を使わないようにしたり、動物や植物、魔物に対しても配慮をする生活をするようになった。そうだろ?」
『確かに大分マシにはなったよ。周りへの被害も随分と減ったし、同時に国内の治安も良くなってる。まあこれがずっと続くならいいんだけどねえ』
つまり遼也の見立てでは、これは一時的な変化。
ここで計画を中断させればまた元の木阿弥となるのだろう。
「それがどうした」
「僕らは実際に、この短期間でここまで進歩したんだ。人間だってやればできるだろ? ……これでも貴方は、人間を信じてくれないのか?」
「何が言いたい。人間の働きを認め、我ら魔の眷属による建国を諦めろとでも?」
「国を作るのを止めるつもりはない。でも、そのために人間を滅ぼす必要はもうないんじゃないか? どうか、もう一度考え直してくれないか。僕らは貴方と戦いたくはないんだ」
やはりこうきたか。
真摯な瞳を向けてくる様子は、どことなくセントリア国の王を髣髴とさせた。
彼の後ろの二人を窺うが、赤い髪の少年剣士も、長い茶髪の少女魔導士も、こちらを真剣な瞳で見つめている。
ふむ、どう答えようか。
『わかってると思うけど、突っぱねてね? 折れちゃダメだからね?』
念を押されずともわかっている。
彼らの期待に沿うことはできない。少しだけ心苦しいが。
「ふ、我らには遠く及ばぬ自らの力をようやく理解したか。命乞いには応じぬぞ」
俺は冷たく笑うが、少年は首を振る。
「そういうつもりじゃない。不毛な争いを避けたいんだよ。こんなことをしていても、人間も魔物も疲弊して、また大地が荒れ果てるだけなんじゃないのか? それは貴方も望まないことだろう。この戦いは何も生まないよ」
「生むさ、害虫の存在しない理想的な未来をな。世界にとっては必要な犠牲だ」
「人間は害虫じゃない。この世界と共に生きる生き物の一員だ。貴方に指摘され、僕らは間違いに気付くことができた。もう同じ過ちは起こさない。これからは今までよりも、貴方達とも、他の生き物とも一緒に歩んでいけるはずだ。僕はそう信じてる!」
未来について熱く主張をする少年は、まさに勇者然としていた。
ゲームでいうなら主人公そのもの。こいつなら何とかしてくれそうだという気にさえさせられる。
だが今はそう信じてやるわけにもいかないのだ。
俺は静かに眼を閉じ、淡々と反論する。
「その状態が永劫に続くなど、どうして信じられる? 口先では何とでも言えよう。だが無数に存在する愚かな人間共がすべて、貴様と同様の考えや行動を継続すると思うか? 我には想像もできぬがな」
「それは、僕らがこれからも──」
「──それに、貴様らはどうやら忘れているようだが、世界を我が手中に収めることはもはや決定事項だと我は告げたはずだ。残念だが、今ここで貴様がどのように主張しようが、無駄な足掻きというものだよ」
言い合いになると、演技の上に別にそこまで確固たる信念があるわけではない俺は不利だ。だからさっさと打ち切らせてもらおう。
勇者候補の少年の話は容赦なく遮る。魔王は話の通じない悪いやつなのだ。
少し強引だったかもしれないが、別に言いくるめられそうな気がして焦ったわけではない。場数を踏んだ俺のアドリブ力を舐めないでもらいたい。
「決定事項? 決定事項って何だよ。誰がそんな──」
「これ以上無駄な問答をする気はない。それよりも、貴様らは我を討伐する役目を与えられてきたのではないのか? ならばその役目を果たせばいい。相手をしてやろう」
「え、ちょっと待ってくれよ! 話はまだ……!」
『あはっ、勇者くん焦ってる』
俺は口元だけで薄く笑みを浮かべ、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
そしてコツリコツリと靴音を響かせ、勇者候補パーティの許へと歩んでいく。
金髪の少年の後ろにいた二人は、俺を警戒するように武器を構えなおした。
「諦めろよトルテ。まともに話を聞く気はなさそうだぜ」
「説得の続きは、戦いが終わってからに致しましょう」
「くそ……、仕方ない。行くよ二人とも、手筈通りに!」
赤髪の剣士の少年と茶髪の魔導師の少女が金髪の少年を諭すように声をかける。
それを受けた少年は、悔しそうに歯噛みをしながらも、光り輝く神器の剣を両手で握った。
俺は彼らの間合いの少し外で立ち止まる。
というか金髪の彼はトルテっていうのか。ちなみに生前プレイしていたあのゲームの主人公の名前はザッハトルテ。なんだこのニアピン。吹き出しそうになったがなんとか堪えた。ニヤつきは抑えられなかったが、違和感のない程度ではあると思う。
一方遼也は声を出して笑ってはいない。おそらく以前から名前を知っていたのだろう。多分ニヤニヤして見ているはず。別にいいけどな。
一旦目を閉じて雑念を追い払う。
ともかく、これで無事に本来の計画を遂行できるわけだ。




