1-4 神の啓示
魔王ゴルゴンゾーラの不本意な爆誕から数週間。
情報の浸透具合や兵士の数などにより細部は少しずつ変えていたが、俺は他の国々の王都でも似た作戦を遂行した。
途中、遼也が神の仕事で忙しく、ほぼ連絡が取れない状態で襲撃したときもあったが、慣れと俺のアドリブ力により問題なく遂行できた。はずだ。
ともあれ、世界征服を目論む魔王という脅威の登場。それに対抗しうる神の力が込められた宝玉。今は世界中その話題で持ちきりだ。
それにより少しだけ権威が回復した創造神遼也は、宝玉の効果(実際には俺の魔法の設定によるものだが)を目にした者達に天啓を授けることが可能になりつつあった。
そして先日、満を持して、創造神遼也は全世界に天啓を授けた。
曰く、今人類にとって未曾有の脅威が迫っている。魔王の登場だけではない。配下の魔物も凶暴化し、次々と人々の町を襲うだろう。
曰く、神が現在魔王の力を抑え、結界の中に封じ込めている。しかし長くは持たぬ故、早急に力を蓄えよ。
曰く、個々の力では対抗し得ない。全人類が結託し、魔の眷属に立ち向かえ。
曰く、神の力が宿った宝玉は、王宮以外にも様々な箇所に点在している。それらを集め、ひとつの"神器"とせよ。
曰く、強き心を持ち、魔王に対し絶大なる力を発揮する神器を使いこなすことのできる"勇者"を育成し、魔王の城へと向かわせよ。
突如出現した脅威、魔王を神が封印したこと。またその魔王に対抗しうる手段。
普段の遼也とは随分と雰囲気の違う口調で告げられたそれは、恐怖に震える人々への道しるべだ。
天啓を授かった人々は、全世界にその内容を伝え広げた。
随分と丁寧な道案内である。
遼也が言うには、こうでもしないと各国が競って、むしろ足を引っ張りつつ、各々の方向に突っ走ることになるだけだろうとのこと。人間に説教した俺が言うのもなんだが、そこまで仲が悪いのか、現在の国々は。
だがその誘導の結果か、人々は神の力添えという希望があると知り、今全世界は魔王ゴルゴンゾーラを打倒せんと燃えている。まずは隠された宝玉を手に入れようと冒険者達が各地のダンジョンに挑んでいるらしい。
国同士の戦争は一時中断し、少しずつ各国が連携をとろうという動きが見え始めているそうだ。いい傾向である。
だがやはりというべきか、今はまだ他国の宝玉を盗もうという動きや他国を支配する形で連携を取ろうとする動きもあったりするそうで、目指す目的までの道は長そうだ。
ちなみに宝玉を集めてつくる神器というのは強力な武器であるらしい。ひとまず彼らにはそれを目指して頑張ってほしい。
遼也が時々忙しそうにしていたのは、その辺りの準備もあったのかもしれない。
現在は少しずつ人里に魔物を送り込みながら人間達の動きを見守る段階である。
俺は今、魔王城周辺を囲む結界に封印されているという設定なので、しばらく人間のいるところに出向くことはない。
適当に魔物をけしかける以外は特にやることがないので、結論から言うと暇である。
魔法や創造とついでに体術や剣術の練習を適当にやった後、現在俺は魔王城の中の自室でのんびりとくつろいでいる。
『──へえ、そんなゲームが出てたんだ』
「ああ。なかなか面白かったし、直前にやってたから印象が強くてなあ」
『そこから魔王ゴルゴンゾーラが生まれたわけだね』
「……自分がこれからずっとそう呼ばれることを思うと気が重いけどな」
『あはは。まあこっちではその名前のついた物は存在しないから、元ネタを知らなければ普通に強そうな名前だよ』
「元ネタを知ってる俺からすると変なイメージがついた名前だけどな……」
お前も凄い勢いで笑ってたし。
肩を落とす俺に、くすくすと笑う遼也。
まあ今更言っても仕方がない。そろそろ受け入れよう。俺はゴルゴンゾーラだ。
自分で淹れた紅茶を飲む。これはあの時に遼也と飲んだものと同じ種類だ。茶葉はこの部屋に降臨した遼也が創造した。
ちなみにこれも遼也に聞いたことだが、あの時俺が本名を名乗ってはいけなかったのは、この魔王の体が俺の真の姿ではないかららしい。
一条蓮斗という俺の名のように生まれたときにつけられる本名は魂に刻まれた名であり、特別な力を持つ真名というものなのだとか。
遼也から与えられはしたが魂と本当に結びついたわけではない仮の姿である魔王の体で真名を用いると、その体のもつ力を最大限に引き出すことができないそうだ。またその真名の力に耐えられず、体が崩壊することさえあるらしい。怖い。
それを防ぐため、仮の体を使う場合は、その体専用に新しく名前をつけて普段はそちらの名を用いるのが普通なのだという。
あだ名のように本名を呼ばれたりする程度なら特に問題はないそうだが、あくまで俺がこの体を使っているときはやはりできるだけ別の名で名乗らなければならない。改名できそうにもないため、つまりゴルゴンゾーラだ。
未だに慣れないし笑いそうになるが仕方ないのだ。俺はゴルゴンゾーラだ。
ちなみに神の化身は例外のようなもので、仮の肉体ではあるが、それも神の真の姿のひとつ。よって、その姿の時でも真名を名乗ることができるらしい。
別に羨ましくなどないが。決してないが。
『時にゴルゴンゾーラさん』
「何だビーフストロガノフ」
『ビーフ……うん、えーと……。あれ、なんだっけ』
自分だけ変な名前なのは少々納得がいかないので適当に呼び返す。
遼也にとっては予想外の反応だったようだ。こいつ動揺している。
『あ、そうだ。あのさ、実は今近くに人間が来てるんだ』
「……は?」
『宝玉を見つけて先走っちゃった人がいるみたいでさ、自分が魔王を倒すんだって意気込んでる。結界の中まで乗り込んできちゃったんだけどどうしようか? そろそろ城にも入ってくるよ』
俺を封じ込めるという名目の神の結界は一応実際に存在している。俺は出ようと思えば無理矢理出られるし、人間には効果がない類のものなので、本当に形だけの存在ではあるが。
その結界をわざわざ越えて、俺の許へとやってきた人間がいるらしい。神の宝玉さえあれば俺を倒すのもたやすいと思われてしまったのだろうか。これはあまり望ましい展開ではなさそうだ。
というか気付いていたならもう少し前から知らせておいてほしかった。
「どうしようと言われてもな……。見せしめで半殺しにして結界の外に追い出すか?」
『うーん、魔王城に乗り込んだのに生きて帰れたっていう時点であまり見せしめにはならない気もするけど。でもこういう勇気ある子達をあまりむやみに殺してほしくはないような。んーでも……任せるよ。いい感じで頼むね蓮斗』
「……ほんと無茶言うよなお前」
結局は丸投げか。
ため息をつきつつ、俺は城の中にある謁見の間に向かった。
その床に敷かれた赤いカーペットの先にある玉座に座り、足を組む。
謁見の間とかいう名前ではあるが、実質勇者を迎え撃つためのバトルフィールドだ。
文字通りの謁見を行う場所として使われることは未来永劫ないだろう。多分。
肘掛に頬杖をついて来訪者を待っていると、やがて大きな両開きの扉が開かれた。
そこから出てきたのは、剣を腰に帯びた細身の男と斧を持った大男。彼らはそれぞれ左手に松明も持っている。
さっさと奥へ入ってくればいいものを、彼らは周囲を警戒して慎重に歩んでくる。罠もないし手下もここにはいないから無駄な行為なのだが。
いや、明かりがないからよく見えてないのか。おそらく彼らは俺の存在にも気付いていないのだろう。
この部屋には窓がなく、松明の火がなければ暗闇だ。魔王の目は暗さをも物ともしないつくりなので、俺は明かりをつけることをすっかり忘れていた。
幾許かの時間をかけ、彼らがようやく俺とそれなりに近い距離まで来たとき、俺は頬杖をついていないほうの手で指を鳴らし、魔法で部屋の壁に備え付けられた燭台に一斉に火を灯した。これはいいな。勇者を迎え撃つ時もこういう演出にしようか。
周囲にいきなり火が灯って驚いた人間達はきょろきょろと辺りを見渡し、正面に座る俺を見つけて息を呑んだ。
そして彼らは得物を構え、臨戦態勢をとる。
「お前が、魔王ゴルゴンゾーラか」
名前で呼ぶなよ。
眉がぴくりと動いた気がするが、表情は変えずに済んだと思う。
「……何用だ、人間よ」
「覚悟しろ!」
会話が噛み合わない。
いきなり斬りかかってきた男達に闇魔法を当てて退けようとしたが、吹き飛んだのは一人だけ。
効かなかったもう一人は確かに宝玉を持っているらしい。
仕方ないので魔剣を出して攻撃を受け止め、そのまま力も大してこめずになぎ払う。もう一人も簡単に後方に吹き飛んだ。
「つまらぬな。その程度で我に刃向かうか」
やはり全然ダメじゃないか。宝玉を得て舞い上がっただけだったか。
予想通りの期待はずれで、俺はため息をついた。
それに対し、彼らは慌てたように武器を構えなおした。
「な、何故だ……! 確かに神の宝玉は持っているのに! くそっ!」
彼らは悪態をつきながら、がむしゃらに突撃してくる。何度も何度も。
反撃するのもなんだか面倒になってきた。
俺は剣で適当に受け流すだけなのに、彼らは玉座に座ったままの俺に一太刀も浴びせることができなかった。
『宝玉を集めて神器にしろって、僕言ったのにな』
遼也もため息混じりに呟く。
ちゃんと啓示を聞かないこういう輩が出ることもあるのか。
「たった一つの宝玉ごときで我をどうこうできるとでも思っていたのか? ふん、甘く見られたものだ」
諦めようとしないその根性は見上げたものだが、このまま彼らと戦っても全く意味はなさそうだ。
せめてもっと強ければ少しは楽しめたのだが、これだとただ面倒なだけである。さっさとご退場願おう。
肩で息をする彼らを俺は冷徹に睨む。
それだけで彼らは縮み上がり、後ずさった。
「! 待ってくれ、すまなかった! 無礼は謝る、だから命だけは──!」
「……許可なく我が城に上がりこみ、襲撃をした上で無様に命乞いか。……ふん、まあいい。安心しろ、今は我が城を血で汚す気はない。代償は払ってもらうがな」
「う、うわああああっ!」
俺は怯える彼らの視線を捉え、魔力を放出した。
宝玉の所持者にも発動するよう設定し直した闇の煙が、彼らを貫く。
彼らは引きつった顔で後ずさろうとするその姿のまま、体の組成を石へと変えた。
石像となった彼らは、妙なポーズを保ってゴトリと音を立て、その場に倒れた。
『なるほど、石化か! 考えたね』
「命はとってないから石化がとければ元通りだ。それでも一応見せしめにはなるんじゃないか」
『うん、それにゴルゴンゾーラの名前に相応しい技だね。まさにゴルゴン』
「……それはどうでもいいな」
せっかくだからと思って視線を捉えてから石化させたのは俺だけれど。
俺は頬杖をついたままもう一方の手をひらりと振り、床に倒れた石像二つを魔法で結界の外に放り出す。そして本日何度目かのため息をついた。
今回の相手はあまりに弱すぎて、全く楽しめずに終わってしまった。最初の国の王都にいた二人の方がずっと強かっただろう。
そう思いながら玉座にもたれる。
早く強い勇者が来ないだろうか。そう望む俺は、意外とバトルジャンキーなのかもしれない。
そう呟くと、遼也にはさも当然のように『前からじゃないか』と返された。
そうだったのか。
確かに考えてみればそんな気がしなくもないかもしれない。
意外なところでの新たな発見だった。




