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破壊のゴルゴンゾーラ  作者: 茹でプリン
一章 魔王降臨
7/21

1-3 その名はゴルゴンゾーラ

「私はここセントリア国の6代目国王、アデルバート=フィン=セントリア。魔物の王よ、先ほどは我が国の騎士が失礼した」

 

 王は俺から少し離れた場所で、右手を握って胸に当て、小さく頭を下げた。この国の敬礼だろう。

 左手に豪奢な錫杖を持った、輝く金の髪をもつ若い国王。年齢の割りに落ち着きがある彼は、俺に対して形だけでも敬意を払う方向にしたようだ。

 明らかに圧倒的な力を持つ魔王が相手だ。穏便に済ませられるならそれが一番だろう。賢明な判断だと思う。

 俺は目を細めて鷹揚に頷いた。

 

「ふむ、別に気にしてはいないさ。不問とする」

 

「……感謝痛み入る。魔物の王よ、確認させてほしい。貴殿がここに来た理由を、もう一度お聞かせ願えないだろうか」

 

「先ほど言った通りだよ。我が国を築くには人間の国が邪魔なのだ。特に中央にあるこの国は、我らが世界を征服するための重要な足がかりとなるだろう。……だが、我とて無益な争いがしたいわけではない。大人しくこの国を明け渡せば無駄な血を流すこともなくなるぞ」

 

『最初に無益とも言える襲撃をしておきながら何言ってんのって感じだね』

 

 遼也からのツッコミが入る。

 うるさいな、俺もそう思ったよ。

 俺の譲歩の形をした恐喝に、人間の王は首を振った。

 

「私は一国の王として、我が国の民を危険に晒すことは極力避けねばならぬ。だが、奴隷に落とされると聞いてその条件を呑むこともできるはずがない。従って、残念だが貴殿の要求は受け入れられない」

 

 至極尤もな意見を率直に述べる王様。俺個人としては好印象だ。

 

「ふむ、それは残念だ。であればどうする」

 

「願わくば対等な関係を。我々は以降貴殿の国に手出しはしないと約束する。貴殿らが望むなら、可能な限りの協力もしよう。その代わり、貴殿ら魔物も我が国の人間に手出しをせぬよう約束して頂きたい」

 

 つまり同盟を組みたいと。締結されて条件がしっかりと守られるのならそれが一番民にとって安全な道かもしれないが、俺はこの国にダークサイドに堕ちてもらいたくはない。

 第一、人間には魔王と敵対してもらわなくては意味がないのだ。

 俺は腕を組み、王を睥睨する。

 

「それこそ話にならないな。対等な関係だと? 思い上がりも甚だしい。……もしや、貴様らは自らが犯した罪に気付いていないのか?」

 

「……何のことだ」

 

「人間という種族は発展しすぎた。自らの暮らしを豊かにしたい、それ自体はまあいいだろう。だが、貴様らは私利私欲で力を持たぬ魔物や動植物を乱獲し始めた。そればかりか、同じ種族同士にもかかわらず、至る所で戦争をし、大地は荒れ果てていった。……その結果として何が起こるか、わかるか?」

 

 俺は目を閉じ、淡々と語る。

 前に遼也と何度も相談したところだ。

 生態系が乱れ、植物も生えなくなり、餌がなくなったり住処を追われたりして、どの生き物も生きにくい世界になる。

 王も俺が言いたいことに気付いたようで、苦々しい表情になった。

 

「人類の、衰退……」

 

「人類だけではない。生態系の破壊、世界の荒廃。このままではじきに世界全体が破滅を迎えるだろう」

 

「……」

 

『まあ前世の僕らも人のことは言えない存在だったけどね』

 

 思いつめたような表情をする王。今までも人間が世界に及ぼした影響について考えたことはあったのだろう。

 そして遼也。俺達の計画の根本を揺るがすようなことは言わないでほしい。

 俺達の時代には戦争がほぼなくなっていたし、一般市民も環境に配慮するようになっていただけまだマシだ。多分。あの世界の神はちゃんと管理をしていたのだ。

 

「我らとしても、その事態は望ましくない。世界に影響を及ぼしたのは人間だ。そしてそれが改善される気配がない以上、人間をこれ以上のさばらせるわけにはいかない。故に、表舞台から貴様らを引きずり下ろし、その代わりに我ら魔の眷属が世界の頂点に君臨しよう。──さあ、今一度だけ言う。国を明け渡せ」

 

『環境破壊について人類にお説教。作戦の目的その3は達成かな』

 

 無言で目を閉じる王とは対照的な軽い声が響く。

 ちなみに目的その1は魔王の存在を知らしめること。その2は人々を魔王に対抗するよう仕向けること。1は達成済み、2は遂行中だ。また目的その4も存在する。

 心配げな周囲の視線と冷たく見つめる俺の視線を受けて、王は目を開き、毅然とした態度で口を開いた。

 

「……それでも、私は人間の王だ。我が国の民のため、貴殿に国を譲ることはできぬ。人間の過去の所業のせいで貴殿らに迷惑をかけたことは詫びよう。だが、我々にはまだ未来がある。まだ変われる可能性が十分にあるはずだ。民に周知徹底し、環境への影響の緩和、並びにその改善を図ることを約束しよう」

 

 真摯な言葉。この王ならやってくれそうな気もする。

 しかし、それも狭い範囲の話。それだけでは大して解決しない。

 

「これはこの国だけの問題ではない。国同士での不毛な争いが絶えぬ現状を、一国の王の力ごときではそうそう変えられるとも思えんな。もはや人間は信用するに値しない」

 

 それに、今の俺は魔王だ。人間と敵対するために存在する。

 俺は冷笑を浮かべ、嘲るように続けて言う。

 

「また、人間どもが今後どう動こうと、我が世界を統べるのは決定事項だ。国を我に渡す気がないのなら、交渉は決裂。我らに敵対するものとみなす」

 

「っ! 待ってくれ、魔物の王よ……!」

 

 

 一方的に話を打ち切り、臨戦態勢をとる。焦りを帯びた王の言葉はスルーだ。

 軽く右手を上げた俺の前に、いつの間にか拘束を解いていた騎士の男と魔導師の青年が立ちはだかる。

 俺は構わずに手を前に向け、闇と風の複合魔法を放った。相手を吹き飛ばすような威力を持った黒く禍々しい魔力球とでもいうものか。

 魔導師の青年は結界を張るが、すぐに貫通し、吹き飛ばされた。この闇魔法には魔力封じの呪いのような性質も持たせている。これでしばらく青年は魔法が使えないだろう。

 続けて騎士の男が斬りかかってくる。先ほどとは違い、感情に任せた剣戟ではない。隙のない剣筋。俺は刃の赤い魔剣を創造し、迎え撃った。

 数度打ち合い、最後は力任せになぎ払う。騎士の剣が折れ、障害をなくした俺の剣は彼の肩から腰を深く傷つけた。彼は剣を持ちながら右手で傷口を押さえ、一歩後退した。

 

「ふん、他愛もない。所詮は人間、やはり脆弱の一言に尽きるな」

 

 一瞬で戦闘の継続が難しくなった二人を見て、俺はつまらなそうに息をつく。まあ実際つまらなかった。自分の新しい体の能力が高すぎるというのも考え物か。

 そして顔をゆがめた王へ視線を移す。

 俺を妨害しようとする有象無象を魔法で適当に払いのけつつ、悔しげに錫杖を構えた王との距離を一瞬でつめ、至近距離から俺は闇の魔力球を放つ。

 だが、その魔法は王に直撃する寸前に消え失せてしまった。

 俺は眉をひそめ、一拍おいてから、今度は周りから囲い込むように闇の炎を出現させる。しかし王には効かない。

 俺は舌打ちをした。

 

「……チッ、神の宝玉か。厄介な」

 

 あの錫杖や王冠はかつて遼也が与えたもので、それらには神の力がこもった宝玉がはめ込まれている。

 今回の闇魔法は俺があえて神の宝玉の持ち主には無効になるよう設定したものだ。

 それをあたかもその宝玉の効果であるかのように、小声で悪態をつく。

 その声が聞こえたようで、王はハッとした顔で錫杖を見た。

 そう、それは神の力だ。だからさっさと遼也を信仰しろ。天啓が届く程度には。

 目的その4、神の存在を示唆すること。同時に目的その2のために魔王にも神の力という弱点があることを主張しておく。攻略法の見出せないボス戦など挑戦する気が起こらないだろうから。

 

 

 

『蓮斗、目的はこれでほぼ全部達成できたはずだ。帰還していいよ』

 

 遼也が終了の合図を出した。

 俺は返事の代わりに、斬りかかってくる騎士達を軽く吹き飛ばし、王から少し距離を取り直す。

 驚いた顔の王の周りに、散らされていた騎士達が再び集まってくる。

 俺は軽くため息をついて魔剣を消し、肩をすくめた。

 

「……まあいい。今回はこの程度にしておいてやろう」

 

『典型的な捨て台詞だね』

 

「……? どういうことだ」

 

「今回はこの町を見物しに来ただけだと言っただろう? この程度の国、我が手にかかればいつでも潰すことができるが、こちらとしてもその前に多少の準備をしておきたいのだよ。拾ったその命、次に会う時まで大切にとっておくがいい」

 

『最後のってツンデレ?』

 

 違うのではなかろうか。

 遼也の妙な合の手のせいでなんとも調子が狂うが、とにかくこれで俺は今回の役目を無事に果たせた。はずだ。

 後はこのまま魔王城に帰還するだけ。

 

 俺はくるりと体を反転させ、王に背を向けて歩き出す。

 しかし、数歩歩いたところで王に呼び止められた。

 

「魔物の王よ。どうしても共存の道は歩めないというのだな」

 

「貴様らに、我が傘下に入る気がなければな」

 

「そうか……。話の通じる魔物と相対したのは貴殿が初めてであっただけに残念だ。……最後に、せめて貴殿の名を聞かせてほしい」

 

「……名だと?」

 

 まさか名前を聞かれるとは。魔王と名乗るだけでは足りなかったのか。

 振り返ると、王は真摯な目を向けていた。なんだこれ。

 予定外のことだが、まあ別に不都合はないか。

 

「魔王というのは肩書きだろう。貴殿自身の名を聞かせてくれ」

 

「……よかろう、後に貴様ら人間をも統べることになる者の名だ。心して聞け」

 

『あ、待って! 一条とか蓮斗とかって名前を名乗るのは無しだからね! 適当にかっこいい強そうな名前考えて!』

 

「我が名は……。…………」

 

 無茶振りだ。

 まずい。どうしよう。どうしたらいいんだ。

 本名を名乗るつもりだったのに、直前に釘を刺されてしまった。

 これだからアドリブは苦手なのだ。やり直しがきかない。名前は無いなどとごまかすこともできない流れになってしまったではないか。

 せめて遼也が考えてくれないだろうか。たった今丸投げされた所だし無理か。

 俺は口ごもってしまったが、せめて表情は変えない。人間に動揺は悟らせない。

 

「……どうした、魔物の王よ?」

 

 王に怪訝な顔で催促されてしまった。

 万事休す。センスのある名前など思いつかない。

 咄嗟に思い浮かんだのは、死の直前にやっていたゲームのラスボス。

 仕方なく覚悟を決め、冷笑の表情を作る。

 

「──我が名は、魔王ゴルゴンゾーラ。矮小なる人間どもよ、覚えておけ」

 

 

 とりあえず形だけはどうにか威厳がある風に決めて、俺は再びマントを翻し、彼に背を向けた。

 そして悠然と歩き出す。兵士達は俺の進行方向から退き、自然と道ができた。

 

『ぶはっ! ゴル、ぷっ、ゴルゴンゾーラって……! あっははははははは!!』

 

「……」

 

『あははははっ! 何その発想、最高! なんでチーズっ! ひー!』

 

 神の大笑を涼しい顔で聞き流し、歩きながら徐々に気配を消す。

 周囲の認識から完全に外れてから、転移の魔法で元の魔王城の前へ戻ってきた。

 

「…………」

 

 そして城の壁に手をつき、ずるずるとしゃがみこみ、もう片方の手で顔を覆う。

 周りに人間はいない。演技の重圧から解放され、俺は深く長いため息をついた。

 

 自分で言ったセリフながらダメージがでかすぎた。何だよゴルゴンゾーラって。覚えとけとか言ったけどむしろすぐに忘れてくれないだろうか。無理だろうな。

 俺はこれから魔王として活動している間、ずっとゴルゴンゾーラと名乗り、人間からもそう呼ばれなければならないのか。しかもその時に不自然に笑ったり表情を変えてはいけないのだ。何の罰ゲームだ。地獄のような日々が始まる。

 

『お疲れ、ゴルゴンゾーラ! なかなかよかったよ! でも僕らの計画はまだ始まったところだから、次からもよろしくねゴル、ゴルゴンゾーラ! っぷは、確かに強そうな名前だけど! っけほ、ごほっ』

 

「うるせえよ、ちくわ大明神……」

 

『けほっ……えっ、何それ僕のこと!?』

 

 笑いすぎて咳き込む創造神へ、俺は低く唸るような声で返すのが精一杯だった。

 こうして、どうやらこの世界に魔王ゴルゴンゾーラが誕生してしまったようだった。

 

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