1-1 チュートリアル
序章のまとめ:
・事故で死んだら創造神になってた幼馴染と再会した
・彼の世界は人間が戦争ばかりして荒れ果ててしまいもはや崩壊間近
・人類を結束させるために人類共通の敵・魔王として降臨することになった
目を開く。
見渡す限り、荒れ野が広がっている。
いつの間にか、俺は見知らぬ土地に立っていた。
『テステス、聞こえてる? 本日は晴天なりや?』
遼也の声が聞こえる。だが耳から音として拾ったわけではない。
再び辺りを見渡すも、やはり彼の姿は確認できない。
そうか、こいつ直接脳内に。これが天啓というやつなのだろう。
「……曇天なり?」
『ん? あー本当だ。それよりちゃんと通じてるみたいだね。よかった』
「そうだな」
神の天啓は、その神を信じている者にしか届かない。
その点は俺には心配なく、当然のごとくこのようにはっきりと聞こえている。
推測はできていても遼也には少し不安だったらしい。安堵した雰囲気が伝わった。
「それで、これは?」
『うん。ここは僕の世界。君にはもう魔王の体に入ってもらってるんだけど、不都合はないかな?』
言われて気づいた。俺の体が透けてない。
大体は以前の俺と変わらなく見えるが、ちらりと視界に入った髪は銀色だった。衣装は黒くてなんというか仰々しい。むしろ物々しい。そして爪が長い。
腕の曲げ伸ばしと屈伸をしてからジャンプをしてみると、驚くほど高く跳んだ。
そのまま色々な動きを試してみる。異様に体が軽いが、慣れれば不自然な動きではなく、むしろ自分の思いのままに体がついてくる。息を切らすこともない。
「問題ない。……というか、凄いなこれ」
『身体能力が向上してるからね。魔力も凄いんだけど……まあそれは後でいいか。とにかく君にはこれからその体で過ごしてもらうことになるよ』
「ああ」
そっけなく答えるが、俺の内心はかなり弾んでいた。
前の世界でもよく体を動かしていたが、今の感覚はその時とは段違いだ。
この体ならどんなことでもできそうな気がする。
だがその興奮は外には出さないことにする。多分からかわれるから。
その作戦の甲斐あってか遼也はそのまま話を続けた。
『それでさ。僕は今、世界全体を把握するために世界の中心の空間にいるんだ』
「世界の中心?」
『前の世界で白い空間に行ったでしょ? あれは世界の端の空間だけど、雰囲気でいえば大体あれに近いところだよ。多分しばらくはずっとこうしてると思う。でもそうすると、こうやって会話をする事はできるけど、力を使って直接手助けをするのは難しいと思うんだ。だから──』
「実行役は俺一人ってことか。まあ仕方ないな。任せろ」
『お、なんか乗り気だね。ああ、もしかしてその体の性能でテンション上がった?』
「なっ、……い、いいだろ別に」
『あはっ、やっぱりそうなんだ。いいよいいよー、お気に召したなら何よりだ。テンション高い蓮斗が珍しいとか、楽しそうな魔王ってちょっと面白いなんて別に思って、ぷっ、思ってないし』
「笑ってんじゃねえか……」
速攻でボロが出てしまった。作戦失敗。
これではいけない。気を引き締めなければ。
俺はこれから魔王という役になりきらねばならないのだ。人類すべての敵である魔王として、人間相手に不自然な態度は見せてはならないだろう。
正直なところ俺には少し荷が重い気がするが、それでもやらねばなるまい。
演技力よ俺に降りてこい。人間に相対するまでには。
自らの頬をぱしりと叩いて気を引き締める。
「それで? まずは何をすればいい」
『えーとね、できればすぐにでも魔王としての行動を開始してほしいんだけど、やっぱりまずは新しい力に慣れてもらうのが先決だと思う。魔法と、その後に創造の練習をしよう』
「わかった」
俺は頷いた。
実は既に魔法の使い方がなんとなく感覚的に理解できている。なんとも形容しがたい感覚が体の内にあることには気付いている。おそらくこれが魔力なのだろう。
あとはその魔力に何か変化を起こすきっかけを与えればいいはずだ。
創造についてはまだよくわからないけれど。
『この世界の生き物はみんな体内に魔力を持ってるんだ。もちろん蓮斗のその体にもあるよ。多分意識すれば違和感みたいなのがあるってわかると思うんだけど』
「ああ、それには気付いてる」
『さすが。後はその魔力を体の外に出しながら、頭の中で念じて命令をするんだ。別に口で唱えてもいいけどね。そうだなぁ、最初は風属性がいいかな。周囲に風を起こしてみるとかどう?』
「風、ね」
体内にある魔力。血液のように体全体をめぐっているのがなんとなくわかる。
手を前に出し、掌を上に向ける。そして、風が吹くよう念じながら掌から魔力をほんの少しだけ押し出してみた。
すると、手の上を中心として小さな風が起こり、肩まである髪がフワリと持ち上がった。想像通りの成果。成功だ。
次は手を外に向けながら、先ほどより多めの魔力を放出する。
俺を中心とした周囲一帯に突風が巻き起こり、千切れた草花が舞う。着用しているマントがバサバサとはためいた。
魔力の放出をやめると、ぱたりと風が止んだ。これも想像通り。なんとなくコツは掴んだ気がする。
その調子で、炎、水、雷、土、光、闇など様々な属性の魔法を使ってみた。光魔法、またそれに分類されるらしい回復魔法は少し感覚が掴みにくかったが、魔王の苦手属性らしいので仕方ないだろう。
何の属性に分類されるかはよくわからないが、念力とでもいうような、離れた物体を動かすことなどもできることがわかった。
応用編として、瞬間移動、浮遊、視覚聴覚を含めた身体強化なども試してみた。植物の成長を促進させることもできるようだ。ただしこの土地は植物を繁殖させるには向いていなさそうだが。
また、魔力を固めて外に出してから解放すれば、遠距離で発動する魔法も使えた。
固めるだけで解放せず壁のように展開すれば、魔法を防ぐ結界にもなるようだ。
魔法を使うことにより、自然現象で起こるような、元ある物質を変化させることは大抵できるようだが、無から有を生み出したり、有を無にすることはできないようだ。
ただし魔力を消費すれば、土魔法による壁や岩など、ある程度の物質を生成することはできる。
魔法を試す一連の動作に、遼也は感嘆したような声を漏らした。
『大丈夫そうだね。もう魔法はほぼ完璧だ。後はアイデア次第で色んな魔法に発展させるだけ。こんなにスムーズにいくとは思わなかったなあ』
「そうなのか?」
『うん、普通の人間は魔法が使えるようになるまで結構何年も練習するものなんだよ。魔法の属性の得手不得手もあるし。魔力量が多くて感覚が掴みやすいのもあるかもしれないけど、やっぱり蓮斗はこういうのセンスあるよ』
「褒めても何も出ないけどな」
『いやいや、本心だよ。やっぱり蓮斗に頼んでよかった』
「……そうか」
そう言われて悪い気はしないが、少々むず痒い。
努めてそっけない返事をするが、照れるなと笑いながら返された。
別に照れてない。
続けて創造の力についての説明を受ける。
形のあるものならほぼ何でも創ることができる。それは無から有を生み出す力。創造神の力だ。
これはいわゆる神の加護であり、この力を行使する際に魔力は必要ないらしい。
ただし精神力的な何かを消費するのか、練習していると少し疲れる。
こちらを習得するのは先ほどに比べてかなり苦労したが、それでもそれほど時間がかからないうちに、思い描いたものを大体再現して創造することができるようになった。
創造の力とはいうが、自分が創造したそのものに限っては消滅させることもできる。
ただし氷が融けて水になるなど、何らかの要因で中身が少しでも変われば消すことはできなくなるようだ。
『うんうん、だいぶ良くなったね。最初は一体何が生み出されちゃったのかと思ったけど、慣れて安定してきたみたいだ。で、これ何?』
「……どう見ても剣だろ」
創造の力を行使して創った物体を手に、俺は憮然として答える。
ファンタジーといえば剣だろう。魔王の物理攻撃の手段が体術ばかりというのも示しがつかない気がするし。
確かに少し不恰好ではあるが、それは主にセンスの問題だ。仕方ない。
剣としての性能は……多分大丈夫なのではないか。俺は知らない。
『うーん……やっぱり創造は僕が手本を見せるべきか……』
しかしどうやら彼はお気に召さなかったらしい。
降りてくるから少し待ってろといわれたので、創りだした物体を消しておく。
すると少しして、何やら神々しい光と共に遼也が降臨した。
神が世界に降り立つための仮の肉体、すなわちこれが遼也の化身というものらしい。
姿は遼也そのままだが、衣装が何というか少し豪奢に見える。しかし彼に似合ってはいて、不思議な雰囲気を醸しだしている。これなら神だと言われてもまあ信じられないこともない。かもしれない。
「よっ、と。やあ蓮斗、さっきぶり。創造はやっぱり任せきりにはできないや」
「ああ、それはいいんだが……。世界の状況の把握は大丈夫なのか?」
「ん、まあ最低限はできたかなって。どうやら向こうの世界でゆっくりしすぎたみたいで、少し急いでもらわないとまずそうなんだけどね」
遼也の話によると、遼也がこの世界を離れてからどうやら既に数年が経過しているらしい。
俺が死んでから今まで体感では数時間も経っていないと思うのだが。これが世界ごとの時間の流れの差ということなのだろう。
人間達は不毛な争いを続け、小さな国々の内には既に滅びてしまった所もある。そうでない国々でも、度重なる戦争で疲弊し、内政を整える余裕もなくなり、格差が広がり、治安も悪化しているのだとか。
大丈夫なのかこの世界。俺は片手で頭を抱えた。すると手が何か硬いものに触れた。どうやら俺には角が生えているらしい。今は関係ないことだが。
「……そんな状況を俺がどうにかできるとは思えないんだが」
「大丈夫だよ。蓮斗は人々が手を取り合うきっかけを作ってくれればいいんだ。後は彼ら自身に何とかしてもらうさ。僕も彼らに力添えはするし」
創造神は繁栄、豊穣の神でもあるらしい。
人間を取り巻く環境が上向きにさえなれば、その神の力で彼らをよりよい状況へと導くことができるのだとか。
不安はあるが、まあ本人がそう言っているのだ。信用するしかあるまい。
「それより今は創造だよ。剣を創るならほら、こんな感じで。真似してみて」
遼也は一瞬で手元に剣を創造した。
その刃は赤く、波打っていて、一言で言うなら禍々しい。更に、その内からは底知れない魔力を感じる。魔王が扱う武器ならばここまでするべきなのか。
その魔剣を受け取り、観察し、コピーを作り出してみる。遼也の助言を受けながら数回練習して、やがて同等のものを作り出すことができるようになった。
その他にもいくつか有用そうなものを創造するための手ほどきを受ける。
練習の甲斐あって、どうにかコツをつかむことはできた気がする。しばらくしてついに遼也から最終的な合格をもらった。
ついでに鏡を創造して自分の姿も把握した。
銀の髪、赤い眼、縦に長い瞳孔、とがった耳、巻かれた角。爪も長い。
装備品は黒い軽鎧に長いマント、先ほど創造できるようになった赤い魔剣。
実にラスボスチックな魔王である。
ただ、ベースが元の俺なのが何ともいえないところだ。
俺が言い出したことではあるが。
比較的長かった創造訓練を終え、遼也は満足げな顔で頷いた。
「──よし、魔法と創造については終了! 残るは魔物の従え方なんだけど、えっと、魔物の位置とか状態はわかるよね?」
「ああ、それは大丈夫だ」
これも魔王の能力なのだろう。
力を持たない小さな魔物から、ケルベロス、ミノタウロス、ヒュドラなどの強大な力を持つ魔物。様々な種類の魔物達が存在していることが手に取るようにわかる。
距離にかかわらず、どの魔物がどこにいるか、どんな状態なのか、何をしているのかすらほぼ完璧に把握できている。不思議な感覚だ。魔物にはプライバシーなどなかった。
「うん、じゃあ後は魔物に向かって頭の中で命令すれば大丈夫。これは練習もいらないはず。魔物に意思なんかほとんどないから道具として使ってくれればいいよ。命令以外にも色々できるんだけど、まあこの辺は追々で」
プライバシーどころか意思もなかった。
小さな魂こそ入っているが、魔物の中ではその魂も不活性状態らしい。
大した自我は持たず、基本的に本能のみで生きている生物。
魔王に無条件で従うという習性も、全ての魔物が備えた本能だ。
ただ、どこかの火山の地中深くに眠る一体の魔物。これだけは俺の言うことを聞いてくれる気が全くしない。
この魔物についての詳細はよくわからない。魔王の力で把握できたのは、他の魔物とは段違いの力を秘めているということだけ。
俺は眉をひそめた。なんだこいつは。
「……あ、封印されてるやつ? それは、えっと……テュフォンっていう魔物なんだけど、僕の黒歴史のようなものだから気にしないでくれないかな」
俺が地面から視線を外して遼也の方を向くと、彼は気まずそうに頬をかいていた。
「黒歴史?」
「いや、魔王として降臨させられないかなって思って。創造してみたはいいけど、やっぱり明らかに無理だったから、こう……ね?」
俺を魔王として勧誘する前に、一応魔王が創れるか試してはいたようだ。
創ってはみたものの、上手く制御できず、消すこともできず。どうしようもなくなってしまったのだろう。
ふむ、と俺は頷いた。
「それで、無かったことにしたと」
「端的にいえば……うん。まあ、うん、そうなるね」
なるほど。あまり掘り起こしてほしくない記憶らしい。
やたらと歯切れの悪い遼也に、俺は肩をすくめた。
どうやらテュフォンとやらは俺にも制御できる魔物ではなさそうだ。魔王自身として生み出されたのならば、それが別の魔王に従う本能を持たないのも道理か。
もし制御できたとしても、今回の計画で使うには力が強すぎる。人間を襲わせようものなら一瞬で簡単に国ごと滅ぼしてしまうだろう。
どちらにせよ、俺が無理に目覚めさせる必要はなさそうだ。
触らぬ魔王に祟りなし。そっとしておこう。
「……わかった。俺も何も聞かなかったことにする」
「うん、テュフォンなんていなかった」
互いに頷きあう。妙な協定が今ここに成立した。
出番の来なかった魔物よ、そのまま安らかに眠れ。
「えーと、他は……なかったよね、何も。うん」
気を取り直し、指を折りながら考えをめぐらせる創造神の化身。
これで魔王の能力の練習は一通り終わったらしい。
これからついに行動に移るのだろう。遼也は目を閉じて一つ息をついた。
そして彼は目を開き、改めて俺と向き直る。
「じゃあ……、チュートリアルは終了。そろそろ本番に移ろうか」
俺は頷き、遼也から具体的な計画の内容を聞く。
要約すると、まずは堕落した上層部の人間達を襲い、世界に魔王の名を知らしめる。
人が絶望しすぎず、かつ増長もせぬよう、適度に危機感を煽らねばならない。
また、魔王の裏に神がいることを人間に知られるわけにはいかないので、作戦中はこちらから遼也に連絡をすることはまずできない。逆に遼也も別件で忙しく、こちらに構っていられないこともあるかもしれないらしい。
難しい役回りだが、その分やりがいもある。
この作戦、絶対に成功させてやろう。俺は静かに決意を燃やした。
作戦内容を語り終えた遼也は、こちらに右手を差し出した。
「ここからは蓮斗の手腕にかかってるから、よろしく頼むね」
「ああ、俺にできる限りのことはやってやる。任せてくれ」
俺はその手を握り返す。
遼也は安心したように微笑んだ。
「ありがとう。僕はまた世界の中心に戻るよ。今から少し人間へ手助けもしないと────っとと、忘れてた」
突如遼也は握手していた右手を離し、俺の背後へ右手を伸ばす。
俺も気になって振り向くと、先ほどまでは確かに何もなかったはずの場所に、威圧感たっぷりの大きな城が出現していた。
黒い大きな城。明らかに魔王城だ。ラストダンジョン感満載である。
「えーと、ここを魔王の拠点にしよう。どの国からも適度に離れてて、周りに人は住んでないし色んな魔物の生息地が近いからちょうどいい場所だと思う。内装は後で適当に直しといて。じゃ、よろしく!」
「あ、おい──」
そうまくし立てるが早いか、遼也は忽然と姿を消した。世界の中心の空間に戻ったのだろう。現在こちらに構う暇はないようで、呼びかけても返事がない。
どうにもパッとしない適当な別れ方に笑いがこみ上げてくる。
ああ、本当に。滅茶苦茶だよ、こいつは。
「……全く、仕方がないな」
久しぶりにそんな親友に振り回されるのも悪くはない。
仕方ないから付き合ってやろう。
俺は笑いを無理やり抑えて、深呼吸をする。
そして瞬間移動の魔法を使い、目的の地、人間の住む町へと飛んだ。




