0-4 確認と旅立ち
「それで、確認するけど。俺は何をしたらいい?」
神である遼也の手伝いを了承したとはいえ、詳しいことは聞いていない。
魔王といっても何をすればいいのか。ラスボスになればいいのか。
説明を要求する俺に、遼也は頷く。
「えーと……。じゃあまずおさらいしようか。要点をまとめるね」
遼也は紅茶を一口飲んで話し始めた。
「まず、僕は世界を創造した。世界は普通、創造神と破壊神の二柱で管理をするんだけど、僕の世界には破壊神がいない。人間に力を与えたらなんかインフレしちゃって、いつの間にか大変なことになってた」
「いい加減だな。ちゃんと見てなかったのかよ」
「仕方ないじゃないか。時々天界に話を聞きに行ったり、僕らが生まれたこの世界に来たりしてたんだよ。蓮斗が今日事故で死ぬことも天界で運命神に聞いたから、こうやって迎えにこれたんだし」
遼也は口を尖らせるが、それで自分の世界情勢を上手く監視できなかったというのは、結局のところ世界の時の流れを速く設定した彼が悪いと俺は思う。
「ま、いいけどな。それで?」
「増えすぎた人類は力に驕り高ぶって、協調性もなくした。戦争ばかりして、世界は荒れ果てているんだ。人類にとっても生きにくいし、弱い魔物や動植物にはとばっちりだよ。だから、人類に少し痛い目を見させて、協調性を取り戻してもらう」
「そこで魔王の登場か」
「うん。人類の共通の敵として立ちはだかってもらいたいんだ」
つまりはヒールプレイである。嫌いではない。
魔王は魔物に命令を与えることができる、魔物の王である。
本能で生きている魔物達も、王の命令には従わざるを得ない。
本来は魔物にとって必要な存在ではないのだが、今は魔物の数のバランスも乱れているので、その調整をするのにちょうどいいのだそうだ。
乱獲された魔物を保護し、増えすぎた魔物を間引きする。そうして生態系の保全をすることもできるのだという。
「でも、人類は戦争で疲弊してるし魔物との戦闘も慣れてないから、単純に魔物達をけしかけたり、強い力で攻めたら簡単に滅んじゃうかもしれない。その辺りは蓮斗の腕の見せ所だね」
「俺のかよ」
細かな調整は俺に丸投げされるらしい。
結構責任重大だった。
大事なところでぶん投げるのはやめてほしい。
気を取り直し、遼也がまとめた要点を、俺はさらに整理する。
「つまり俺の役割は、魔物を適度に人間にけしかけて軽く魔物のバランス調整をしつつ、魔物に対抗するため人間同士が協力するように仕向ける、ということでいいんだな?」
「そうだね。人間同士が仲良くなって戦争しなくなるのが最終目標。荒療治だけど、そうでもしないときっかけを作ることさえできないと思うんだ」
要約終了。
俺は頷いて、先ほどから気になっていたことを質問する。
「そうか、大体理解した。……それで、終わり方は?」
魔王が出現しました。魔物をけしかけてきました。人類が協力して打ち払いました。魔王が突如消えました。これでは人類は納得しないだろう。
魔王の存在を最初から秘匿するとしても、いきなり魔物が現れ始め、いきなり現れなくなるというのもそれはそれで怪しいだろう。魔物が現れたのはあの国の仕業ではないか、とかえって不信感を煽る結果になってしまっては元も子もない。
となると、つまり。
遼也を見る。
彼はさっと俺から目を逸らした。
「えーと……。魔王への危機感が煽られた人類には、魔王の討伐隊を組ませたいんだ。いわゆる勇者パーティというやつかな。できれば彼らが無事に魔王を倒してハッピーエンドというのが理想なんだけど……」
「……つまり、死ねと?」
「そ、そうなる……のかな……。…………ダメ、かな?」
「……」
喧嘩などでどうでもいいやつらから『死ね』と言われたことは幾度かあるが、親友から、しかも本心で頼まれたのは初めてである。
勇者と戦えると先ほど言っていたと思ったが、あれは戦って負けろという意味だったと。
俺はテーブル越しに遼也の額をグーで殴った。一応軽いジャブだ。
彼は軽くのけぞり、心底困った様子で額に手を当てた。
俺はため息をつく。
「……まあ、別に。俺は既にもう死んでるんだし、もう一度死のうが同じことだろうけど。とんでもない頼みだな」
「一応、痛覚なんかは遮断できるようにするよ。任意のタイミングで、体から魂を分離できるようにもするし。死神もこないから」
「別に死ぬのが怖いわけじゃないんだが……。はあ。まあいいさ。やってやるよ」
多少の不満を抱きつつも了承する。
途端、遼也の顔が輝いた。
「本当! よかった! 助かるよ蓮斗!」
「お、おう」
勢いのままにテーブルへ身を乗り出す遼也。
俺が死ぬことを了承すると喜ぶというのはどうなのか。
死後のことを理解した後ではある程度価値観が変わるのかもしれないが。
微妙な顔をする俺に、遼也は調子よく続ける。
「蓮斗ならきっとやってくれると思ってたよ! 自分が死んでも動揺しなかったし、むしろ自分の死体を蹴ろうとさえしてたしね! あれは驚いた。僕そんな幽霊初めて見たよ!」
「……」
俺はテーブル越しに遼也の額をグーで再び殴った。
彼は情けない声を上げて椅子ごと後ろにひっくり返った。
「あー、痛くないけど痛い気がしてくる」
精神体なのになあとぼやき、頭を押さえつつ起き上がった遼也は再び席に着く。
気を取り直して彼は紅茶を淹れ直す。今度は茶菓子も出現した。
彼の世界について、俺の役割についての説明はひとまず終了したらしい。
これからどうするか、計画を具体的に煮詰めていく必要があるのだが、それは向こうの世界に行ってからの方が説明がしやすいらしい。
だからその前に、とクッキーをひとつつまんで、遼也は口を開いた。
「えーと、まずキャラメイキングをしようか。どんなのがいい?」
ゲームか。
「……別に俺は何でも。作戦の遂行に一番いいのを頼む」
「えー、蓮斗も一緒に考えてよ」
俺の魔王としての姿を決めるのだろう。だが俺には別に興味のない話だった。
俺はデフォルト派だ。主人公の姿を設定する時も、カーソルの初期位置、またはパッケージに書いてある主人公の姿をそのまま採用する。
だが、そういえば遼也はメイキングに凝るタイプだった。キャラの登録を終えてゲームを始めるまで1時間ほどかかることもざらだ。
俺に丸投げされた遼也は、俺の顔をじっと見ながら、頬杖をついて唸っている。
今回も時間がかかりそうだ。俺は一体どんな姿にされるのだろう。
「んー……やっぱり強そうなのがいいよね。ドラゴン、悪魔とか? やっぱりツノと翼は欲しいかなあ」
「……そのままじゃダメなのか?」
「そりゃあ一目見て魔王の威厳がある方が──。ん、いや、案外いけるかも。カラーリングを変えて、目と耳を、こう──」
遼也は突然ぶつぶつと呟きだした。
俺としては面倒だから適当に言っただけなのだが、どうやら何かのスイッチを押してしまったらしい。
真剣な目が俺に向けられているが、遼也は別に俺を見てはいない。
退屈になった俺はクッキーを一つ口に入れる。これも結構うまい。
ややおいて彼は数度頷き、楽しそうな表情で口を開いた。
「蓮斗! 決まったよ!」
「そうか」
「蓮斗の意見を取り入れて、素材を活かすことにしたよ。姿はそのままで、髪や目の色と、細部の形をちょっといじるくらいで十分に幻想的だ。なかなかに魔王っぽい」
「……それは褒めてるのか?」
「褒めてるよー。元々の見た目がいいからなあ。いけるいける。うん、流石蓮斗だ」
「……」
どうにも褒められている気はしない。
だが満足そうに頷く遼也を見ていると何かを言う気も失せてしまい、俺はただため息をついた。
そもそも、こんなにのんびりしていて大丈夫なのだろうか。こうしている間にも彼の世界では物凄い速さで時が過ぎ去っているのではないのか。
人型の魔王もありだなあ、などとのんきに呟いている彼を見ると心配になってくる。
「終わったのなら、さっさと次に進もう」
「え、メイキングはまだまだこれからだよ。外見以外にも能力とか色々決めないと」
「何でもいい。任せる」
「えー、ノリが悪いなあ。んー……まあいいか。応用が利くように万能にしとく」
軽いノリで決まった魔王の能力の説明を受ける。
種族は魔王。寿命はない。身体能力、魔力共に全ての生き物を上回る。
魔法は、魔力を用いた現象ならほぼどんなことでもできる。回復もできる。魔力について俺はよく理解していないが、現地についてから実践で練習すればいいとのこと。
それと、念じるだけでどんな魔物にも命令を下すことができる。魔王の命令に従うのは何よりも優先される本能なのだとか。
以上が魔王としての基本能力らしい。
既に勇者にもまず負けられないくらい強いが、一応光や浄化の属性に弱いという弱点は設けられているらしい。
ここまで説明して、彼はもったいぶるように仰々しく腕を広げた。
「それと、せっかくだから特別に僕の創造の力も与えちゃいましょう」
「せっかくだからって何だよ」
「いいじゃん、僕の創造神としての力のお手軽版だよ。やったね、これで君もプチ創造神!」
「そんな適当でいいのかよ……」
妙にアバウトな創造神の説明によると、これは形のあるものならほぼなんでも作り出せる能力らしい。
ただし転生してきた魂をこめることはできないので、新しく生物を作ることはできない。一応魔力によって命令通りに動くゴーレムなら作れるらしいが。
これで適当に魔王の配下でも作ればいいのではないかとの仰せだ。面倒そうだから多分やらないが。
こうして、人類が勝てる見込みのない最強の魔王が完成してしまった。
「よし。こんなくらいでいいかな。蓮斗も準備はいい?」
遼也は紅茶を飲み干し、椅子から立ち上がった。
そろそろ彼の世界へ向かうのだろう。俺もティーカップを置いて立ち上がる。
「ああ。といっても準備するものもないけどな」
「うーん、でももうこの世界にはなかなか戻れないかもしれないよ。家族とか会わなくていい?」
静かにこちらを見つめる遼也に、俺は瞬きをする。
そういえば、そうだった。
この世界とはおそらく金輪際の別れとなるだろう。
家族や他の知り合いとももう会えなくなるが──。
俺は苦笑し、肩をすくめる。
「いいさ。どの道、俺はもう死んだんだから。俺自身での整理はできているつもりだ。今更会いに行ったって変な未練が残るだけだろ」
遼也のように突然行方不明になったというわけではないのだ。
悲しまれるかもしれないが、家族もいずれ理解し、受け入れてくれるだろう。
だから俺は、今の俺にできることについて考えていよう。そう決めた。
もう戻れないような、終わったことにしがみつくつもりはない。
「……そっか。じゃあ行こうか」
「おう」
テーブルと椅子が掻き消える。
一拍置いてから、遼也はこちらに向かって静かに手を差し伸べた。
俺は、ゆっくりとその手をとった。
すると、突如視界が白く染まった。
急激に力が抜けていくような不思議な感覚に身を任せ、俺は目を閉じる。
「ありがとね、本当に」
そんな声がなんとなく聞こえた気がしたが、定かではない。
答える代わりに口元で薄く笑みを浮かべ、やがて俺の意識は暗転した。
序章終了。
一章に続きます。




