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破壊のゴルゴンゾーラ  作者: 茹でプリン
序章 再会
2/21

0-2 魂と神

 死んだと思ったら幽霊になって行方不明になっていた親友と再会して拉致された。

 何を言っているのかわからないかもしれないが、俺もよくわかっていない。

 

 そのまま遼也に腕を引かれて走っていると、いつの間にやら広い空間に出ていることに気がついた。

 ただ、ここがどこかは分からない。何故なら、その空間には建物や人はおろか、空も地面も何もないからだ。

 霧が濃すぎたり光が強すぎたり等で何も見えていないだけなのだろうか。俺には分からないが、何にせよただの白い空間としか形容できない。

 俺が周囲を横目で窺っていると、ようやく遼也の足が止まり、俺の腕も解放される。

 そのまま彼はこちらを振り向いた。

 

「久しぶり、蓮斗」

 

「ああ、丁度1年ぶりだな」

 

「そっか……、1年。1年経つのか」

 

 遼也は懐かしそうに目を細めて頷く。

 彼は丁度1年前の今日を境に、突然行方知れずになった。

 一体どこで何をしているのかと常々思っていたが、まさかこんなところで半透明になっているとは考えてもみなかった。

 まあ体が透けているというのは俺も同じ。なんとなく嫌な事情が窺えなくもない。

 とにかく何もわからない状態というのは癪なので、色々と聞いてみることにする。

 

「で、何なんだよこれ。状況が全くつかめないんだが」

 

 周囲の広い真っ白な空間。行方不明になっていた遼也(半透明)の登場。そして彼に連れてこられた、死んだはずの俺(半透明)。

 

「あー、だよね。どこから話すかな……」

 

 あごに手を当て、何か考えるそぶりを見せる遼也。俺の知らない何かを彼は知っているのだろう。

 少しして考えがまとまったのか、彼は頷いてこちらを見据えた。その真剣な表情に俺も思わず身構える。


「じゃあ、単刀直入に言います」


「おう」


「あなたは、しにました」


「お、おう」


 頷く。

 知ってた。

 俺のリアクションの薄さを何かと勘違いしたのか、遼也は少し眉尻を下げる。

 

「……悪いけど、これは冗談じゃないんだよ」

 

「いや、わかってる。あの状況を見れば……なあ」

 

 あの真っ赤な光景を思い出してしまって、俺は僅かに眉をひそめた。

 実は死んだ瞬間の衝撃は一瞬だったのでそれほど印象にない。問題はそれよりもむしろその後に見た凄惨な現場の方だ。

 俺自身は正直どうでもいいが、あれは傍から見て決して気持ちのいいものではないだろう。あれを処理する警察だか何だかの人、見てしまった無関係の通行人、それとついでにトラックの運転手も大変だ。

 警察から逃げてさらに死亡事故を起こしたあの運転手も、ある意味自らの人生を終了させてしまったのかもしれない。

 だが彼が今後どのような人生を歩もうと歩まなかろうと、それは完全なる自業自得であり同情の余地はない。

 まあ、どちらにしろそれはもう自分のあずかり知るところではないのだが。死んでしまった自分には。

 

 ──そうか、死んだのか、俺は。

 

 考えるうちになんだか実感が湧いてきた。

 これは現実なのだと、不思議と納得できた。

 

 この19年、別に良くも悪くもない人生だった。だが、楽しいことはそれなりにあったので、どちらかといえば良い方だったと言えるのだろう。

 この世への未練は遼也が見つかった以上もうほとんどないといえるはずだ。

 遺してしまった家族には申し訳ないが、彼らも彼らで何とかやっていくだろう。

 ふぅと小さく息をつき、俺は一旦気持ちの整理をつけた。

 

 遼也はそんな俺をじっと見て、感心したように息を漏らしていた。

 

「そっか、死んだことを理解しててもそんなに冷静でいられるんだ……。やっぱり凄いな、蓮斗は」

 

「別に、そんなもんだろ。どうせみんないつかは死ぬんだ。今回は流石に早すぎただろうけど」

 

「……うん、そっか。そうだね」

 

 俺は肩をすくめてみせる。

 遼也は小さく微笑んだ。

 

 

 

 唐突に、遼也は俺に椅子に座るように勧めてきた。

 見ると、いつの間にかこの空間に椅子二つと小さなテーブルが出現していた。さらにテーブルの上には紅茶が入ったマグカップが二つ乗っている。多分さっきまではなかったと思う。気にしていなかったから自信はないが。

 これから長話をするということなのだろうか。この不思議空間のことは一旦頭の隅に追いやり、素直に座ることにする。続いて遼也も腰を下ろした。

 遼也はマグカップの一つを手に取り、一口すすってから話し出した。

 

「それで今、君は肉体から精神が乖離した状態にある。肉体を失った魂、いわゆる幽霊だね」

 

「だから体が透けてるわけだな」

 

「そう。体を失っても精神は元の状態であろうとして、形の上では普段と同じ姿をとるんだけど、実体がないからどうしてもね」

 

「ふうん」

 

 透けた自分の腕を眺めながら、手を開いて握ってみた。指に力の入る感覚、手のひらに爪の食い込む感覚がある。普段と変わらない。よくできたものだと感心する。

 そういえば、遼也は俺の腕をひいてここまで走ってきたのだった。実体がないといっても物に触れないわけではないのか。いや、俺は自分の死体を蹴ろうとしてすり抜けた。つまり霊体と実体は干渉できず、体のない霊体同士だからこそ互いに干渉できるということだろうか。俺は無意味に首をひねる。

 そうだ。これはまだ聞いていなかった。あまり気は進まないが、そうも言っていられない。

 

「なあ、遼也」

 

「うん?」

 

「お前はどうなんだ? お前も俺と同じなのか?」

 

 俺と同じ、幽霊。

 つまり、遼也も死んでいるということなのか。

 

「ああ……、ええと」

 

 何だか言いづらそうに視線を泳がせる遼也。

 予想していた反応とは違い、俺は首を傾げる。


「確かに人間としての僕はもういないし、死んだのには違いないかもしれないけど……。でも、僕は幽霊ともまた違うんだ」


「どういう意味だ?」


「うーん……、いきなり言っても信じてもらえるかどうか。頃合を見て話すよ」


「……? まあいいけど」


 この状況で信じられないも何もない気がするのだが、本人がそう言うなら仕方ない。

 俺が頷くと、遼也は「助かるよ」と曖昧に笑って言った。

 

 

「じゃあ、話を戻すね。君は交通事故で死んで、幽霊になった。本来ならその魂を死神が刈りに来るんだけど」


「死神……」


「うん。あ、僕じゃないよ? 死神は死者の魂を刈り取って、転生をつかさどる神の下へ持っていくんだ。そしてその魂は記憶や人格の全てをリセットされ、新しい体、新しい環境の下で生まれ変わる。同じ種族、人間とは限らないけどね」


「輪廻転生か」


「そう、そんな感じ。さらに言えば同じ世界の生物とも限らないんだけど。何になるかはその魂の生前の行い次第かな」


「へえ」


 生きている人間が考えたであろう宗教の教えも、案外正鵠を射ていたということだろうか。あるいは本当に神や仏、またはその化身がそれを伝えたのかもしれない。今なら何でも信じられる気がする。

 紅茶を一口飲んでみる。うまい。飲み込んだこの紅茶がどこに消えるのかは考えないでおこう。


「そう。本当は君もその輪廻の下で転生するはずだったんだけどさ……」


 遼也は手の中のカップを揺らしながら、浮かない顔で呟く。随分と言い難そうだ。

 暫しの静寂。紅茶をもう一度口に含む。実にうまい。

 遼也は俯いてカップを握り締めている。よく見れば手元は少しだけ震えていた。

 怪訝に思って声をかけようとするが、それより少し早く遼也が口を開いた。

 

「──だって、転生したら記憶が全部消えるんだ。蓮斗は僕の友達なのに、たった一人の親友なのに、それも全部無かった事になるんだ。そんなの絶対嫌じゃんか……」


「……遼也?」


 遼也はまるで犯行動機を告白するような口調で小さく呟く。

 急に雰囲気の変わった親友に、俺は何を言えばいいのかわからなかった。

 

「これは僕のエゴだ。蓮斗には悪いことをしたと思ってるよ。魂の本来の流れを遮ってしまったんだから。でも、耐えられなかった。僕にはそんなの無理だった」


「……」


「ごめん。今更謝ったって遅いけど……。許してほしいだなんて言うのも、おこがましいけど」


 遼也はカップをテーブルに置いて顔を上げた。

 意を決したような表情でこちらを見つめている。


「僕はね、蓮斗。君の魂を、死神に取られる前に僕の手で匿ったんだ。──いや、そうじゃないな。君の転生の権利を、僕は魂ごと奪い取ったんだ」


「……」


 俺は瞬きをする。

 俺を転生させないようにするために、死神から隠したということか。

 それがどれだけの大事なのかよくわからないが、褒められたことではないようだ。

 彼の言葉から察するに、おそらく俺はもうこれ以降転生できないのだろう。これに彼はかなりの罪悪感を抱いているようだ。

 そこまで気にすることではないような気がするのだが。

 

 特に何も言及しようとしない俺に、遼也が怪訝そうに首をかしげた。


「……恨まないの? 僕は私情で君を輪廻の環から外したんだよ?」


「あー、いや。恨むとかはないだろ」


「え……?」


 彼は目を丸くしてこちらを凝視している。

 彼はここで俺に恨みつらみを吐かれる事を想定していたのだろうか。

 実際のところ、俺には今現在転生できないことに対して恨む気持ちなど一片も無い。

 それは単に俺が転生についての知識を持たないからかもしれないが、今は心底どうでもいいのだ。

 それよりも、落ち込んだ風な親友にここで何かかっこいい慰めの言葉でもかけられるといいのだが、生憎と俺はそのように臨機応変に立ち回るのが苦手なのだ。予想外の状況が続いたこともあり、咄嗟にいい言葉が思い浮かばない。

 

「その、さ。あー……、それによってこの先どんな影響があるのかを知らないから何とも言えないけど、何にしろ転生したら今の俺は消えるんだろ? だったら俺も別に転生したいとは思わないな。それよりは俺だってこうして親友と話でもしていたいからさ」

 

「蓮斗……」

 

「だから、まあ、何だ。気にすんなって」

 

 うまくまとまらないまま必死に探して言った言葉に自分で気恥ずかしくなり、俺は視線を逸らして頬杖をつく。

 横目でちらりと彼の様子を窺うと、彼は感極まったような、本当に嬉しそうな顔をしていた。

 俺は思わず目をしばたいた。

 

「本当にごめんね。ありがと、蓮斗」

 

「お、おうよ。任せろ」

 

 何をだ。

 予想外の彼の反応で焦った俺のよくわからない一言に、遼也は吹き出した。

 くすくすと笑う遼也を、頬杖をついたまま半眼で睨む。

 彼を励ますことができたらしいのは何よりだが、なんだかこの状況は思っていたのとは違う気がする。

 そこまで笑うようなことでもないだろうに。ちくしょう。

 そう拗ねたように悪態をついた俺が可笑しかったのか、遼也はつかえが取れたように声を上げて笑い転げた。

 

 

 

 思う存分笑ったおかげか、遼也の表情は先ほどよりも幾分か和らいだように見える。

 結果オーライというのかなんというか。俺にとってはあまりオーライじゃないが。

 憮然として遼也を睨みつつ、無理やりにも俺は話を進めた。

 

「……それで? 転生ができないってことは、このまま俺は幽霊として過ごすことになるのか? 天国や地獄へ行くわけでもないんだろ」

 

「そうだね。地獄はあるにはあるんだけど、とんでもない大罪人以外は基本的にみんな転生して新たな肉体を得るんだ。転生できなかった魂を改めて死神に引き渡すには色々面倒な手続きが必要だから、基本的に消滅でもさせない限りその場に留まることになるね」

 

「そうか」

 

 ずっと幽霊か。こうしている限りは生きている時と何ら変わりないように思えるが、なんとなく複雑な気分ではある。気にしないでいいと言った手前、文句は言わないが。

 まあ、天国や地獄に行ったとすれば、結局こいつと別れることになるのだろう。

 ならばこれは俺にとっても望んだ状況であることに間違いはない。

 

 

 そんなことを考えている俺に、遼也はニヤリと笑ってとんでもない提案をしたのだ。

 

「君がこのままでいいなら別にいいんだけどさ、もしよかったら僕のところに来ない? ちょっと手伝って欲しいことがあるんだ」

 

「お前のところ?」

 

「うん。僕が作った世界。新しい肉体に入れてあげられるよ」

 

「──は?」

 

 突拍子もない発言に理解が追いつかない。

 今、こいつは世界を作ったと言ったか。

 それに俺は転生はできないのではなかったのか。

 遼也はニヤニヤと笑っている。混乱する俺を見て明らかに楽しんでいる。そういえばこいつはそんな奴だった。

 

「……さっきと言っている事が違うだろ」

 

「ううん、これは転生じゃないよ。記憶はなくならないし、人格もそのまま。ただ僕が用意した器に入ってもらうだけ」

 

「な、何だそれ。そんな事ができるのかよお前。それってまるで──」

 

 言いかけて気付いた。

 生きている人間にはない様々な知識を持っていて。一瞬で椅子やテーブルや紅茶を用意することができて。

 死神を出し抜く力があって。世界を作ることができて。

 死神や転生をつかさどる神に頼ることなく、器を用意して魂を憑依させようとする。

 そんなことができるというこいつはまるで。

 

「そう。僕は、神様なんです」

 

 いたずらが成功したような顔で、満足げに遼也はそう言った。



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